【 杜の風景 】[古代であそぼ] 


関東の海岸線     

 昔の海岸線はどの辺りか、というのは考えるに興味深く実に楽しいのですが、なかなか時代を追っての確定は難しいものです。大阪の河内湾→湖→平野への変遷は多くのボーリング調査をもとにした高名なお二人の研究があって割と明確になっているのですが。
 縄文海進の後に弥生時代から古墳にかけても海進があったとされています。日本地図で海岸近くの平地を見ますと標高2mと4mの平地が多く見られます。恐らくこの2m程毎の段を造った時が海退の激しかった時と思われます。
 千葉東京湾側での貝塚などの調査では海進について疑問を投げかける結果も考えられるそうですが、伊豆七島に限らず、房総先端でも地震で一晩で2m?程土地が隆起した、神奈川江ノ島も地震で隆起など特に太平洋岸に隆起の話は多いようです。さらに河川が運ぶ土砂も標高を上げ変える要因です。

まあ、古代で「あそぼ」ですからと、ザックリ取りだしたのが下記の画像。


[関東の海岸線]
関東h6m
 水色の部分が標高6mで海を描いた部分。地名は国造本紀などでの「国」。古代の時期は現在の海岸線と水色との中間辺りでしょうか、河川添いは細長く上流部まで入り込んでいたのでしょう。

<02.10/>  


  <その2(画像大)>







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