玲瓏作品抄

 

星に届く手

 

銀漢を映す水辺に佇みて君の双手は星に届く手

蜩の鳴く音の沈む宵闇に目鼻無き塑像としてあり我は

木漏れ日はそれぞれに降り礼拝堂のかたへはや我らの影は交はらざるを

黄金の季節にそつと封をせしある秋の日を風には告げず

荒々しき言の葉すべてを溶かし込む今宵の月を我は憎めり

片想い終はらせし日に挿みたる桜紅葉の頁も忘れき

火蜥蜴を膝の上にて愛でてをり黄昏近き地球の夢に

 

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」4620002

 

 

一匙の悪意

 

水無月の聖堂に翠緑の光は満ちて十字架(クルス)はおのれの影を失ふ

胸の嵐いまなほ渦巻き注ぎたるミルクティには悪意一匙

おほみづち一匹棲めり装ひて笑み湛へてもこの心の闇

その隅の暗がりに鳴くと思ひしが飼ひ猫”シュレディンガー”姿が見えぬ

我もまた道化芝居を風の戸の奥の真実見定むる日まで

黄薔薇黄薔薇あなたの思ひ出遠すぎてさす光さへ夢見心地の

雨に濡れ白薔薇ひとつが崩れをり 若さとは雲間から走る一瞬の光

 

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」4519999

 

 

毒殺

 

梅の実の太る夜には恋心あなたを殺す毒を育てよ

八稚女とふ名の殺法あり 血の飛沫く殺人ゲームにくれなゐ華やぎ

冬枯れの樹々は鋭し無傷なる天の鏡を突き崩さむとして

前の世のいかな罪負ふ我が背には真白き翼の生えて居ぬこと

情報都市は分析病に侵されぬ名もなき野望が風にさらはれ

明け方の夢の水温、螺旋たどるハルキゲニアの背(そびら)揺らめき

褐色の冬の背中を追ひあぐね影すら重き我のたそがれ

神々の黄昏(ラグナロク)聴かせよ年の瀬の街に驟雨のごときハイヒールの音

黒髪を手巻きて惜しめ君が手は我の全てを奪へぬことを

 

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」43199812

 

 

幻想物語

いにしへの月の光を浴びしゆゑ君に生ひたる銀のたてがみ

霧雨の心を我に推しつけて硝子玉になる君の魂

暗闇族がトロールを狩る夢の片隅に吾の探し物はある

礼拝堂のある学び舎に夢を食み青銅色の甲虫飛び去る

猫の目に天球細くとがりゆき今日の占ひまたもはずれぬ

夢といふ言葉汚されつつをらむ少女らは鶏の脚持つ

日夜地球(テラ)に核はつくられ鳥のごとく我らは歩焦土の予感へ

ヨク晴レタ昼下ガリノコト からからと鳴つてゐたのは男達の抜け殻

 

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」4219988

 

世界は青

青葉若葉五月の林の中に立ちモザイク模様の空ふり仰ぐ

うっとりと草木は風にあやされて地球はまどろむ青き揺籃

深緑萌ゆる季節が閉づる時一瞬強き君のまなざし

ふいに逢ふ瞳に世界は青となる涼しき風の想ひとともに

八月の水音に我は満たされて風がそよぐを体内で聞く

たましひの暗がりみつけ出ださむと緑陰を縫ふ蝶道たどる

森の奥不可視の扉あるがごと夏蝶次々吸ひこまれゆく

蝶道を踏み分け進む少年の夢幻の果ての道のくらがり

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」4119984

風のゆくへ

草原を駆け抜け来たる風の中に羽根なき君が手を広げ居る

一心に君に向かひて駆けてゆく君に天使の影兆す時

草むらを吹き分け風が渡るとき白猫の背は少しくちぢまる

天に向かひのびゆく生命のただ中のあなたもわたしも一筋の風

我と君の境を風は吹き抜けむ この風は世界樹をそよがせた風

来ぬ人を吾は待ちて居むあをみゆく大気の中の風となるまで

茜雲の中一瞬に陽光()をはじき銀の翼よ我が胸を射よ

鼓動高鳴る瞬間 薄闇の木の間がくれに青揚羽光る時

水の上を身を喰はれたる揚羽は流れ夏の記憶は閉ぢられてゆく

霧の先に路ははるかに吸ひこまれ風のゆくへを我は知らざり

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」4019981

春の楽音

海霧の朝の港は輝けり彼方を目指し船がまた消ゆ

花の下に君の姿を見し瞬間(とき)に春の楽音胸に生まるる

愛といふ言葉の手前で立ち止まる互ひの瞳を見交はせしまま

抱かれし腕の強さにやすらはで異なるかたさの胸に驚く

丈高き乙女となりし少女らは異界の扉をまたひとつ閉づ

風を切り走る電車の車窓より我が眼を射ぬく新緑(みどり)の光

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」3919979

影遊び

白き残像(かげ)空に映して見し日より未来へ続く風探し初む

蒼天に千の雪片舞ひ降りていつしか少女の影消え失せぬ

からっぽの部屋の硝子戸開け放ち無辺際へ還す君の痕跡を

心音を奏づる大樹を探しをり君の心の鼓動のかはりに

冴え冴えと天空の座は冷え渡り異形の翼を吾は背にたしかむ

酔ひ臥して火のごとき我の額より君は幾度も髪かきやりき

果てしなき記憶の緑野辿りゆけば巨いなる樹がいつも待ち居る

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」3819974

秋のそのさきへ

せみしぐれ振る森を抜け見上ぐれば夏空はいつか我より去りゆく

さしのべし指先秋津はとまりたり風にそよげば我も植物

肩を並べ見上げし秋津の薄羽(はね)越しにますます遠く澄みてゆく天

一斉に稲田の金色沈みこむ大気の重さに我はよろめく

湯の中に塩振りながら ブロッコリーお前程いさぎよき緑になれたら

見えぬものは現在(あしもと)か我の未来(ゆくさき)か白き手に追われつつ問う夜の魂

聖母子のあまりに優しきまなざしに「我ガ罪ハ君ノ幸ノミ願ヒタルコト」

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」3719969

匂いの存在

揺れる緑踊る光を吹き寄せてかくまで重し風の香りは

坂道を登りつめたる我が呼吸(いき)にあまくまざりぬ緑の息吹き

人工臭(ピーチコロン)をまとえる少女ら過ぎ行けり都市の地軸は少し傾きぬ

紫煙あびたる服を脱ぎさるバスルーム我の匂いが漸く浮かびぬ

音もなく星が燃え落つ 馬の瞳()はしばしば夜の湖

金星の光がとどくビルの谷間吹き降ろす風に顔上げて行く

ゆるい傾斜一気に駆けて風の中ぞ夏の少女の瞳はもえたる

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」3619963

結晶

風渡り枯れ色帯びる朝の野が一瞬に笑い出す光をこぼして

重くうねる心を余す 冬野には黄金(きん)をあざむくばかりの夕光

海のごとく青き気配の冬風にとぎすまされたり我が魂は

無人なる採石場に雪降臨(おり)てゆるやかにめぐり出す現実(うつつ)の出口

この足にふまるる小石(いし)の呟きはもしや我より重き一粒

黒きピアノにあざむかれつつあることを今の電話が伝えきたりぬ

夕映えに君の横顔結晶し触れんとした手を我はとどめぬ

誰そ彼に行き着くまでの五分間我と君とは異界の住人

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」35199510

秋・影・水

この秋を駆け抜くつかの間横頬に影のさしてる君の肖像

地下鉄よりもはしれる心 十月空の水のごとくあれば

藍色の秋風吹けり水面にひらめく影にさざめく心

白露に風の吹きしく秋の野は汝が瞳にあるや風やまぬ暮れ

秋の底へ忍び足にて向かう夜さらされて噴水は澄度増しつつ

なんて遠くにきたのだろうネガの中の去年の我に手さえのばせず

眠りの中の未明眼をみひらけば海目指す血潮のざわめき――!

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」3419956

脆き一点

あまりにも脆き一点 疾駆するバイクの上の温かき背

君に言えぬたったひとつの言葉がある背中の遠さを愛すればこそ

夕暮れに素直に溶けぬ心ありて君のバイクが消えるまで見き

川べりの道は眩しく果てしなく仕方なきこと思い出す我

黒揚羽真昼の壁を舞い過ぎぬ我が手と重なる夏の陰影

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」3319952

大学ノオト

外へ出れば日差しはあまりに巨きくて校舎の壁に身を寄せている

講義室に眠気さしつつノート取る歴史もチョーク粉も静かに積もる

幸せが明日にもあるか?確信は〇(ゼロ)だからこそ今日がいとしい

駒でしかないのかも知れず我ら皆見知らぬ巨きな運命盤(ルーレット)上にありて

星灯り新月闇を行く夜は輪を回す音彼方より響く

張りつめて次の風待つその一瞬(ひととき)見知らぬ我が万象を見る

白キ帆ノマボロシヲ見ル。教会のモザイク窓の外に春風

疾駆する影(バイク)の中にも体温は紛れなくあり脆く優しく

塚本邦雄選歌誌「玲瓏」3219949

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