第一回歌の葉新人賞応募作品(2002.05)
薔薇を巡って
春浅き土の湿りにうつすらと薄目を開けて「まだ眠つてていい?」
その前に本当のことを言ひなさい 遮断機掲げる影が降り来て
君が知らぬひとりへの想ひ深くしつつ固いトマトを齧る我である
イヤホンはつけないでおくわたくしがあなたの海になれない夜も
あなたには水のすべてを預けやう、だなんて馬鹿かも知れぬ我は
やさしすぎたらこはいよ、ときどきは舌出すしぐさしてよ、ひとなら
春先の死体のやうに眠つてるあなたの肩にも黄砂が降つて
魂は投げたりしないでほころんだ一枝を手に逢ひにゆくから
どうしても風が強いから届かせたい言葉がゆかない、砂ぼこりばかり
風除けの岩窪のやうな茶房あり緑の混じる白薔薇を活けて
この病院でとりあげられた、と指させばふいに重たくさくらのけはい
あつさりと週末は過ぎ火を焚かむ業をまた繰り返さねばならむ
蛇口より水が噴き出す 真昼間のわたしは生きて/生かされてゐる
恋鹿の鳴く声まねて笑ひあふ叙情に遠くひかりさす午後
ぐつすりと眠つて欲しい。恋人にチョコレイト渡す嵐の前夜
4月にも雪の降る日はあるだらう春一番にまぎれてゆく背よ
曲がり角に佇つ幻を見ぬやうに道路や壁も突つ切つて行け
その雪は溶けたりしない、さみしさはあなたの肩の白い山脈
春の夜の夢ばかりなる岸辺より真紅の薔薇が流れつきたり
しんじつにこころむかふはいづれなる はるさきの雪はだれ大きくて
薔薇を巡るこころの行方は決めがたく あなたはもつと生きてゐなさい
君はいつ知るのだらうか濃い藍に咲いても薔薇は薔薇でしかないこと
贈られたばらは枯れてもサボテンはまだ元気です、もうすぐ咲きます
さういへばあの日見た猫、白だつた。君との電話にふと思い出す
壊れやすさは同じくらいつて知つてゐた?フロッピーディスクとさくら卵と
淡雪を受けとめかねてくちびるの乾きしままに街を出で行く
(どうしても行きたいですか淡き陽が白樺なでるあなたの森へ)
いつかまためぐり逢ふならゆつくりと水噴き上ぐる井戸のほとりで
もう雨は降りだしゐたり誠実と熱情の狭間の野に至るとき
夕茜雲いつも張り出し無理やりにひからせる記憶の捏造ばかり
note
この作品には、わたしのさまざまな迷いや不信、そして憧れがあります。
薔薇は、そのときわたしを掻きまわしました。混沌とした気持ちから引き上げてきた言葉たちは、いまなお、結論にたどり着いていません。
ところで、ごく最近に、ベルリオーズの幻想交響曲を聴いたとき、19世紀の作曲家の苦悩の核が、ふいに私に飛び込んできました。たかがひとりの女性を愛することで、そんなにもかき乱された音楽家のこころが、響いたのです。わたしはベルリオーズよりはまだ理性的か?と思う反面、芸術は不幸を糧とする、だとかそこまで追い詰めなければ歌の真にはたどり着けないのか、などと取りとめなく思いを巡らせました。
出来事にいくつかの脚色があり、作品構成上、いくつかの嘘はありますが、ほぼ真実の歌たちです。
どうぞお読みください。感想をお寄せ頂ければ幸いです。