雑記帳
真実はつねに事実であるとは限らない
「牙を研ぐ」 2000.11.26
私は今から4年前、ある男にひとつの宣言をした。
「五年以内に自分の本が全国の書店で買えるようにしてみせる。」
それは、私自身も無謀かと思える宣言であったが、もう、これ以上ひきさがれない、という、
こころの切岸で発したことばでもあった。
案の定男はせせら笑い、できるわけがない、と言った。
一蹴してのけた。
そのころ、歌は私にとって杖だった。
私は弱く、何も持っておらず、自分が何をできるかも知らなかった。
それを考える余裕がなかった。
私はただ日々の感情のままに生き、自分の置かれた状況を指をくわえてみているしかなかった。
世界にとって、自分はどうでもいい存在である事を知らなかった。
歌はただ、私がここで生きている事を証明する、ちいさな灯りだった。
そんな私にとって、男ははじめて認識した「他人」だった。
彼は私に言った。
生きることに意味なんて無い。
おまえがいなくても、誰も困らない。
そのとき、彼は私よりはるかに豊富な知識を持ち、物事を正確に見る眼、的確な判断をくだす頭を持っていた。
こころざしは高く、独自の方法論を持ち、手にはそれを実現させるに十分な、確かな技術があった。
なによりも、彼には「自分」があった。
「自分」―――。
私はそれを持っていなかった。
いや、知らなかった。
私は能力が不足していることは知っていて、それゆえにわからないのだろうと、漠然と思ってはいたが、
そうして、それに甘んじていたが―――彼に出会ってひどく動揺した。
そのころ、ある種の宗教はどろりとした内側を露呈してしまい、
14歳の、父の愛情を求めて叶わない少年を描いたアニメは、社会現象と言われるほど流行った。
すがれるものなんて、この世にはないのだと、ひやりとした刃が、誰の胸にもつきつけられていた。
巷では「自分探し」なるものが流行った。
外にはない事がわかった以上、誰もが、自分の胸の中を覗いてみるしかなかった。
それとは無関係にときおり激しく痛む、切羽詰った、焦がれるような気持ちを、
私はもてあましていた。
彼がごく近くにいた数年間、私はずいぶんと傷つき、心のバランスを失いかけたこともあった。
けれど、逆に癒され、強さをもらったと思うことも、あった。
彼のことばは雷雨のように激しく打ち、かつ私の中にしみこんだ。
私の中のいろいろなところが、ふしぎな薬を飲んだみたいに反応した。
「くやしいっていうのはな、戦うためのちからなんだぞ。」
彼はよく私にそう言った。
くやしい。
私は平和主義をかんばんに、憎いとか、悔しいとか、見返してやる、とか思わない人間であったが、
それを厭って、自分に向き合ってこなかったのだと、胸をつかれた。
私は自分から、逃げていた、自分を真正面から見なかった。
ちくしょう。
彼はたいていのことは私よりよくやってのけた。
歴史学のレポートで世話になったことも、哲学で討論したことも、朗読の指導を受けたこともある。
教育論、社会論ではいつも言い負かされ、スポーツや、バイクの改造は私が門外漢、
映画、文学はてまたサブカルチャーにも詳しい。
パソコンは自作するほど、そのうえ料理はうまいし、作曲やイラストまでこなすといった具合で、
「くやしいと、思わないのか?」
彼のひとつひとつを知るたび、私の中にはなにかが溜まっていった。
激しくこころをかき乱されたり、おだやかな時間をもらったり、
それこそいろいろなことがあったが、私にとって彼はいつしか
いろいろなものを越えてそれ以上の「なにか」になった。
「くやしい」はすこしづつ私の中で育っていった。
くやしい、こと。それは、戦うための力。
ここから、もう1歩を踏み出す、
足がかり。
そうだ、私は黙って殺される羊なんかじゃない。
私には駆けるための脚、
叫ぶための咽喉、
そして、仕留めるための牙がある。
私はそれをすこしづつ知っていった。
そのころ歌は杖でしかなかった。
世界に私が存在するために、よろよろとすがる一行のことばだった。
存在を証明するだけに淡く光る蛍のともしびだった。
けれど、「くやしい」と思うことが増えるにつれ、それは形を変えた。
「杖」は「翼」に。飛び出すことを覚えた私は、もっと強くなりたいと思った。
そしていま、それは牙になろうとしている。
私は、世界に吼えかかろうとしている、一頭の獣だ。
私は、けれど、まだ力が不十分なことも知っている。
毎日、くやしいと思っている。そうして牙を研いでいる。
私は世界に牙を剥く。
私が私であるために、私の歌が、ひとりひとりのこころの障壁を切り裂けるように。
鋭い牙を、日夜研ぎつづける。