【 石仏観賞の手引き 】

はじめに

 石仏観賞に当たっては何より木彫仏像等と較べた場合の仏像の歴史、置かれる場所や信仰の対象の相違などを認識する必要があります。仏教伝来の後、時代を経て金銅仏中心から木彫仏となり、平安時代以降は木彫が全盛となり石仏が活発に造られ出すのは平安時代の後期であるにもかかわらず、現在仏像と名のつく彫刻の中で一番多いのは石仏です。また、木彫仏や金銅仏は堂の中に安置されますが、石仏の殆どは野仏として風雨にさらされ、その中の多くは路傍や墓地等庶民の親しみやすい場所に置かれています。

 これには彫像技術・材質・その他種々の原因があると思いますが
[1]自然崇拝に根ざす石そのものに対する信仰と仏教の結びつき
[2]地蔵信仰の隆盛
[3]大寺の豪華仏に対する庶民の抵抗

[4]天災地変・疫病・凶作等の人心不安による民間信仰の隆盛
等を大きな要因と考えたいと思います。

 従って石仏観賞にあたっては、木彫仏像のように仏教思想、彫刻美や美術的価値だけを追うのではなく、素朴さや儀軌にとらわれない造形の純真さ、石の中に生命を見出そうとした古人の心、当該石仏の存在意義等を見出すことのほうが重要に思えてなりません。あとは、観賞する人各々が石仏との対話により感じ取る何かを大切にしたいと思います。

石仏における造形的特徴

 金銅仏、木彫仏であっても初期の時代には、釈迦如来、弥勒如来、薬師如来が同じ与願施無畏印に作られるなど、その区別はむずかしいものでしたが、平安時代に密教が導入されると、儀軌により各仏像の造形が細かく定められるようになりました。石仏の流行は平安時代後期からですので、儀軌通りの造形をすることは可能であったのですが、材質や彫像技術等の問題から、石仏においては儀軌通りに造られていないものも多くあります。
 また石仏の多くは野仏として風雨にさらされているため風化により形が崩れてしまい、ほとけの種類を見分けることがむずかしいものも多いのですが、そんな中でも、儀軌に定められた形に準じて造られているものもありますので、代表的なものをいくつか拾いあげてみたいと思います。

【 どんな姿( 形 )が好きですか? 】

 2002年6月には、日韓共催のFIFAワールドカップが開催され、サッカーをあまりご存知でなかった方も、ベッカムやカーンに引きずられるようにして、サッカーに興味を持たれるようになりました。

 石仏の世界にも、胸の前で忍者のような手の組み方をしている大日如来や、お行儀悪くあぐら立て膝の座り方で頬杖をついている如意輪観音、手の親指と人差指とで輪っかを作っている阿弥陀如来など、スターがたくさんおります。
 自分の好きな形を決めて、気をつけて石仏を観てください。きっと、お気に入りの石仏に出会えますし、興味も広がると思います!

A.如来

 悟りを開いた釈迦の姿が基本です。

[1]釈迦如来

 悟りを開いた釈迦の、安定したこころを現わした禅定印(座った姿で両手の手のひらを膝の上に重ねる)や、説法している姿を現わした転法輪印(説法印)などがありますが、一般的には右手を上げ(施無畏印)左手を下げた(与願印)姿で表されます。
 与願施無畏印は、説法を聞く人たちに安心感と、仏の深い慈悲を与える印相で、初期の頃には釈迦像に限らず、阿弥陀如来や薬師如来などの他の仏像にも見られるものなので、通仏相とも呼ばれています。

       

左=埼玉県川越市・長喜院 / 右=埼玉県寄居町・少林寺

 左は金銅仏ですが、修行時代の苦行の釈迦を現わしたものです。従って、釈迦如来ではありません。修行中の釈迦ですので、言うなれば釈迦菩薩です。

[2]弥勒如来

 弥勒如来は、釈迦如来と同じ与願施無畏印で表現されますので、見分けることは難しいです。

【 残念ながらご紹介する画像は有りません! 】

[3]阿弥陀如来

 禅定印(坐った膝の上に両手を重ねる)、与願施無畏印(右手を上げ左手を下げる)によらず、親指と他の指で輪をつくっています。親指との輪は人差指・中指・薬指の三種類がありますが、石仏では人差し指との輪であり、それ以外のものは見かけることがありません。
 念仏といえば「南無阿弥陀仏」を唱えることと思っている方も多いかと思いますが、その阿弥陀如来です

        

左=京都市・竜安寺 / 右=茨城県守谷市・薬師堂

[4]薬師如来

 木彫仏像などでは、与願施無畏印で薬指を前に曲げる姿もありますが、石仏のほとんどは手に薬壷を持つ姿で表されます。

        

左=東京都荒川区・蓮田子育地蔵堂 / 右=埼玉県川越市・蓮馨寺

[5]大日如来

 法界定印(両手の手のひらを膝の上で重ねる=胎蔵界)、智拳印(左手の人さし指を立て右手でその指をにぎる=金剛界)で表わされます。
 釈迦如来や阿弥陀如来では禅定印と呼ばれる印相も、大日如来では法界定印とよびます。
 数ある如来の中では、例外的に菩薩形に作られ、宝冠をかぶり装身具で身を飾っています。

        

左=埼玉県春日部市・海善院 / 右=群馬県上牧温泉・戸倉観音堂

B.菩薩

 如来は人間と同じ姿で、お顔が一つで手が二本で現わされますが、菩薩になるとお顔が幾つもあったり(多面)、手が何本もあったり(多臂)する仏が現れます。
 三面六臂と言う場合には、お顔が三つで手が六本のことです。
 石仏には見られませんが、目が三つある仏もあります。その場合は三目というように表現されます。

[6]弥勒菩薩

 手に持った蓮華の上に宝塔を置いたものや、定印を結んで手のひらに宝塔を持つものがあります。

【 残念ながらご紹介する画像は有りません! 】

[7]観音菩薩(観世音菩薩)

[7]−ア.聖観音菩薩

 阿弥陀如来の脇侍として、阿弥陀に従うしるしとして宝冠に如来をかたどった小さなほとけ(化仏)をつけるとされていますが、石仏ではそれほど丁寧な彫り方をしたものは少なく、未開敷蓮華を持つことがひとつの目印です。
 後に出てくる十一面観音菩薩も似たような像容ですが、こちらは頭上に十一面を持つので見分けることができます。

        

左=東京都台東区・竜泉寺 / 右=東京都豊島区・南蔵院

[7]−イ.十一面観音菩薩

 手は二臂で、菩薩面の頂部に十面を置く特殊な姿です。

左・中=埼玉県秩父・金昌寺 / 右=東京都豊島区・金乗院

[7]−ウ.不空羂索観音菩薩

 残念ながらこの観音像に関する儀軌には多種類の像様が説かれており、一定していません。

宮城県松島・瑞巌寺

[7]−エ.千手観音菩薩

 木彫仏では本当に千本の手を持つものもありますが、石仏では六臂から十臂位の姿で表わされます。
 経典によれば幾つものお姿が説かれていますが、石仏では一面、十一面が多いです。

        

左=埼玉県秩父・金昌寺 / 右=神奈川県大和市・常泉寺

[7]−オ.馬頭観音菩薩

 三面六臂で忿怒相(怒っているような怖い顔)をしていますが、何よりも馬の頭を頭上に置くことが特徴です。
 実際に見る馬頭観音菩薩は、一面二臂や一面六臂のものが多く三面六臂のものは少ないです。
 近世以降は馬の安全、馬の墓標として建てられたものも多く、穏やかなお顔のものも多く見られます。

        

左=埼玉県秩父・金昌寺 / 右=神奈川県厚木市・七沢温泉

[7]−カ.如意輪観音菩薩

 平安時代初期からは、一面六臂がふつうとなりましたが、石仏では一面二臂で片膝を立て、わずかに首をかたむけた思惟形が多いです。
 お行儀の悪いあぐら立て膝ですが、輪王坐といわれる姿なのです。

        

左=東京都北区・正受院 / 右=茨城県守谷市・長龍寺

[7]−キ.准胝観音菩薩

 三面十八臂で、水上に咲く蓮華に坐るとされます。

宮城県松島・瑞巌寺

[7]−ク.白衣観音菩薩

 頭から白衣をかぶり、岩上に静かに坐った姿に表されます。

東京都北区・正受院

[8]勢至菩薩

 阿弥陀三尊像では、向かって左側で合掌している菩薩です。丁寧に作られた像なら、宝冠に花瓶のような壺(宝瓶)をつけているのですが、野にある石仏にはそんなに丁寧な彫り方をしているものは少ないです。
 従って、観音菩薩との区別がつきにくいのですが、観音菩薩に似た像容で合掌しているものは、勢至菩薩と思っても間違いはないと思います。

      

左=埼玉県秩父・金昌寺 / 右=横浜市磯子区・大聖院

[9]文殊菩薩

 獅子の背に剣と経典を持って坐る姿で表現されます。

        

左=埼玉県寄居町・少林寺 / 右=東京都港区・増上寺

[10]普賢菩薩

 白象に乗ると説かれています。

        

左=埼玉県寄居町・少林寺 / 右=東京都港区・増上寺

[11]虚空蔵菩薩

 右手に剣、左手に宝珠を持った姿に現わされます。

        

左=横浜市磯子区・真照寺 / 右=東京都港区・増上寺

[12]地蔵菩薩

 衣をつけ頭を丸めたお坊さんの姿(声聞形)に作られます。右手に錫杖をつき左手に如意宝珠を持った裸足の姿です。
 どんなところへでも気軽に出かけて、民衆の苦を救って下さる形は、庶民の心をとらえました。
 六地蔵として六つの地蔵を配列しているものもあります。

        

左=埼玉県秩父・金照寺 / 右=東京都台東区・安立院

  

左=東京都荒川区・浄光寺 / 右=神奈川県大和市・常泉寺

C.明王

 わずかな例を除けば、祈願者にとっての全ての障害を取り除く威力を示すため、全身がすざましい忿怒にみちあふれた姿です。

[13]不動明王

 右手に宝剣、左手に羂索をもつ一面二臂像で、火焔を背にしています。
 衿羯羅・制多迦の二童子を従える、三尊形式のものもあります。

     

左=東京都豊島区・金乗院 / 右=神奈川県鎌倉市・青蓮寺

 合掌しているのが衿羯羅童子、棒を持っているのが制多迦童子です。

[14]降三世明王

 三面八臂の忿怒形で、足下に男女(シヴァ神夫妻)を踏みつける姿に現わされます。

東京都台東区・安立院

[15]軍荼利明王

 一面八臂で、手や足首に蛇を巻きつけています。

東京都台東区・安立院

[16]大威徳明王

 六面六臂六足で水牛に乗るという、異形の明王です。

【 残念ながらご紹介する画像は有りません! 】

[17]金剛夜叉明王

 三面六臂で、両眼が二段になり眉間の縦の一眼と合わせて五眼を持つのが特徴です。

【 残念ながらご紹介する画像は有りません! 】

 

[18]愛染明王

 頭上には獅子冠をいただき、一面三目六臂で鈴や金剛杵のほかに、キューピットのように弓と矢を持っています。

神奈川県鎌倉市・青蓮寺

D.天 部

●帝釈天

 鎧の上に長袖の衣を着ています。

●多聞天

 右手に宝塔を持つ姿であらわされます。

●毘沙門天

 左手を肩のあたりに上げて宝塔を持ち、右手には法棒をもつのが普通です。

●弁才天

 本来は戦闘の神ですが、なんと言っても琵琶を抱く美貌の女神が有名です。

●大国天

 ♪大きな袋を肩にかけ大黒様が来かかると… でお馴染のように、大きな袋を肩にかけ、打出の小槌を右手に持って俵の上に乗っています。

     

左=群馬県新治村・たくみの里 / 右=東京都千代田区・UFJ銀行前

●摩利支天

 三面六臂で、石仏では猪に乗っています。

神奈川県鎌倉市・五所神社

D.その他の諸尊

[19]青面金剛

 忿怒形で馬頭観音に似ていますが、一面六臂が普通で、膝小僧を出しています。(馬頭観音は三面)
 上部に日・月を彫り、下部に三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)を刻むのが特徴です。また、足下に邪鬼を踏みつけているのも多いです。

左=神奈川県鎌倉市・御霊神社/中=茨城県守谷市・薬師堂/右=東京都台東区・天王寺

●猿田彦大神

 神道系で祀られるものですが、上部に日・月を彫り、下部に三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)を刻むのは、青面金剛と同じです。

        

左=埼玉県春日部市・香取神社 / 右=群馬県新治村・たくみの里

[20]訶利帝母(鬼子母神)

 乳児を抱き、幾人かの児童を周囲に配している姿が多いです。

横浜市南区・常照寺

その他の石仏

 広い意味での石仏には、木彫には見られない独特なものがいくつかありますが、その中の一部だけを取り上げて説明します。

A.道祖神(道陸神)

 サエノカミと呼ばれ、防障、防塞の神で村の入口や峠・辻・橋のたもとなどに建てられ悪者や疫病が村に侵入し、村人を困らせないように防障する番人です。石に文字で道祖神と書かれたものもあります。地方によっては双体道祖神が多いのも特徴です。

左・中=群馬県上牧温泉・吉平観音堂 / 右=神奈川県大和市・常泉寺

          

左・右=茨城県守谷市・路傍

宝暦13年銘の文字碑と横に並ぶ昭和53年銘の文字碑です。

     

左・右=群馬県新治村・たくみの里

B.宇賀神

 頭が人間の顔で、身体がとぐろを巻いた蛇の姿で現わされます。

左=埼玉県秩父・金昌寺/中=神奈川県厚木市・七沢温泉/右=埼玉県秩父市・路傍

C.板碑

 中世に流行した板状の塔婆で、上部に蓮座上の主尊の種子(梵字)を刻んでいます。

左=東京都台東区・長安寺/中=埼玉県川越市・養寿院/右=東京都豊島区・金乗院

D.宝筐印塔

 宝筐印陀羅尼経文を書写して納めた経塔で、屋蓋の四角には角と呼ばれる飾り突起、屋蓋には相輪があります。いまでは塔の一形式をさします。

        

左=茨城県守谷市・長龍寺 / 右=神奈川県鎌倉市・路傍

E.五輪塔

 名の通り五つの輪(部分)からなっており、名称は上部から、空・風・火・水・土。形は下部から方形・円形・三角形・半円形・宝珠形です。

        

左=東京都台東区・谷中墓地 / 右=横浜市南区・寶生寺

F.羅漢

 釈迦の説法に精進しているが衆生を救う能力がない者。仏にはなれない者で従って人間臭と俗臭がにじみ出ています。

     

左=埼玉県秩父・金昌寺 / 右=埼玉県川越市・喜多院

石仏における彫刻方法の種類

 石仏とは、自然の岩面に彫った磨崖仏、石窟の中に彫刻した石窟仏、独立した石彫仏の三つの総称であります。

A.彫刻方法の種類

 木彫仏と異なり、材質が硬い石に刻むほとけですので、線彫りから丸彫りまで幾つかの彫刻方法が見られます。

[1]線彫り

 石の平面に線で輪郭を描いたものです。

 

右・左=東京都台東区・天王寺

[2]薄肉彫り

 石に石像を少々浮き上がらせる程度に肉をもたせて彫る技法です。

東京都台東区・安立院

[3]半肉彫り

 薄肉彫りより少々厚みをもたせて彫ります。

     

左=横浜市磯子区・大聖院 / 右=神奈川県鎌倉市・常盤山文庫

[4]厚肉彫り

 側面からも見られるように、半肉彫りよりさらに厚みをだして立体感をもたせます。

        

左・右=埼玉県秩父・金昌寺

[5]丸彫り

 前後左右、いずれからも見られるように彫る方法です。

        

左・右=埼玉県秩父・金昌寺

B.光背の種類

 仏像の背後にある飾りのことを光背と呼びます。当然のことながら丸彫りの仏には、光背はありません。(辞書によれば「仏像の背後にある、炎の形の飾り」とあります。)

[1]舟 形

 船の形に似ていることからこう呼ばれます。石仏では最も一般的な光背です。

        

左=東京都北区・正受院 / 右=茨城県守谷市・長龍寺

[2]角 形(角柱形)

 字の通り角形(角柱形)の光背です。
 上部に飾りのついた ア.屋根つき角形 イ.笠つき角形 などもあります。

左=横浜市磯子区・海照寺/中=茨城県守谷市・薬師堂/右=神奈川県鎌倉市・御霊神社

[3]位牌形

 位牌の形をしています。

[4]家屋形

 家の形をしているものです。

群馬県上牧温泉・吉平観音堂

[5]駒 形

 将棋の駒のような形をした光背です。

[6]自然石

 自然石をそのまま利用しています。

        

左=埼玉県秩父市・路傍 / 右=茨城県守谷市・八坂神社

ま と め

 石仏はどちらかというと庶民の信仰対象として造られたものが殆どであり、現在残されている金銅仏、木彫仏とは作例数の傾向が必ずしも一致しません。これは、庶民の切実な願望に合ったほとけが、理論的性格のほとけより、より庶民に受け入れられたことを示すものと考えられるのです。従って石仏においては、阿弥陀如来や大日如来等もいくつかは見受けられますが、主流をなすのは観音菩薩や地蔵菩薩なのです。庶民の切実な信仰心に結びつくものは、具体的な救済誓願(現世利益的性格)を持ったほとけであり、反対に理論的教理から発展したほとけは庶民に受け入れられず、その中のいくつかは石仏には見られないことも、その現れだと思います。

 ただし、薬師如来だけは例外のように思われます。このほとけは病気の平癒を祈るほとけで具体的誓願を持つにもかかわらず、石仏としての作例が非常に少ないのです。仏教伝来当時の薬師如来は、釈迦如来と同じ与願施無畏印に彫られ区別しにくい点もあったと思いますが、石仏が活発に造られ出した時期(平安時代後期)には、左手に薬壷を持つ姿が一般化されており、釈迦如来と見分けられないことはなく、観音菩薩や地蔵菩薩と同じように、庶民に受け入れられて作像されていてもおかしくはないのです。
 この辺に仏教思想の根底にある来世の思想の影響があるのでしょうか。(仏教の根本から見れば、現世において利益があるとする仏は、大衆を教化するための方便から出発したもので、教理の中でも重要な位置は占めていないのです。)

 その他種々の不明な点はありますが、石仏観賞に当たっては庶民の心を伝えた野仏の素朴さ、純真さに親しんで欲しいと思います。併せて、私共の先祖が、祈り心をこめて造立し、私共に残してくれた貴重な文化遺産を守っていただくよう、お願いいたします。

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