| 愛らしい石像も石仏 |
石仏を撮影していると、石仏と呼んでいいのかなと思うような、愛らしい石像物に出会うことがあります。石仏とは何かを考えながら、紹介をしたいと思います。
石仏とは、言うまでもなく石で造られた仏像、石に刻まれた仏像のことでありますが、仏教経典にはない各種の尊像(道祖神等)もあり、その解釈には幅広いものがあります。このホームページ「庶民信仰のこころ・石仏」においても、種々の石仏(?)を紹介して参りましたが、原点に戻り石仏とは何か?を考え、私なりの石仏の定義を整理しておきたいと思います。
石仏の定義には、次のような専門書による定義が見られます。
[1]『一般民衆が、信仰の対象として手をあわせておがむ石造物』 =
「石仏石塔」 古井 徽典 著
[2]『仏像・神像を軸として形成された石の宗教的・信仰的造形』 =
「石仏を歩く」庚申懇話会 監修
【 AROT( 長岡=横浜・磯子 )の石仏の定義 】
前二書の定義を参考にして、次のように整理したいと思います。
石仏とは、広い意味での、信仰対象としての石造物です。従って、私が専門とする「庶民信仰としての石仏」では、墓塔石仏や供養塔・各種の石造尊像の他にも、道祖神や被災者を慰霊する石造物なども石仏として扱いたいと思います。

左=横浜市磯子区・宝積寺 / 右=埼玉県秩父・金昌寺
左は花を持つ異像でありますが、白毫相であることから明らかに石仏。右は羅漢像ですが、羅漢とは、釈迦の説法に精進しているが衆生を救う能力が無く、仏にはなれない者で、これも明らかに石仏。各地にある羅漢の中には、面白い像容のものも多くありますが、今風に言うと「お釈迦様ゼミナールの熱心な聴講生」であり、人間臭と俗臭がにじみ出ているもので親しみを感じるものです。

左=神奈川県鎌倉市・御霊神社 / 神奈川県鎌倉市・路傍
七福神めぐりなどで馴染の、七福神は明らかに石仏。右は古都鎌倉・長谷駅の近くで見かけた石像であり、朝鮮石仏を連想させるものでありますが、置かれていた場所柄、信仰対象としてのものであるかは不明です。

左=茨城県土浦市・高翁寺 / 右=茨城県土浦市・済岸寺
茨城県土浦市のお寺で見かけた墓塔前の線香受ですが、この石像そのものは信仰対象と考えられないので石仏からは除外をしたいと思います。

右・左=神奈川県鎌倉市・称名寺
この二像はいかがなものでしょうか? 三猿は、庚申塔に刻まれる見ざる・聞かざる・言わざるの三猿の独立バージョンとも考えられ、石仏と見なしたいと思うのですが…。

左・中・右=埼玉県秩父・金昌寺
私の大好きな秩父の童女像です。石仏としてよいものかどうか迷う石像ですが、幼くして世を去った子どもへの追悼供養像と思われますので、AROTでは、堂々と石仏の仲間に入れたいと思います。
右の像は私の一番のお気に入りですが、この像についての元カメラマンであった義兄の言葉を紹介します。
『石仏というよりは幼くして子を亡くした親が、子を偲んで造らせた石像物のように思えました。顎に当てた手の位置を頬に当てると仏像くさくなるので、それを避けるために顎の下に手をもってきたのかなと推測するのは考え過ぎでしょうか。
ポートレートを撮る時に手をどう処理しますか。写真の場合も手の扱いが一番やっかいで難しい問題です。差し当たり最近の人だったら、チョキを出してピース、ピースとでもやるのでしょうか?』
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