
ヨーロッパ...とてもお上品な香りがして、私には一生縁がないと思っていた、1番遠い外国。
この世に生まれて46年、今までずーっと貧乏暮らしだった。国内のホテルや温泉旅館でさえ敷居が高かった。自前では問題外、用事があってビジネスに泊まるのがやっとの現状。
が、常々の私の持論『人生何が起こるか分からない』奇しくもそんなチャンスに遭遇してしまった。
事の成り行きは私の日記のようなページ
「幌加内の空の下で」(新たなる一歩)にも書いているが簡単に記す。
私の住む北海道の幌加内町は旭川から北西に40kmほどのところ、行政上は道央、空知支庁の北端に位置する人口2000人ちょいの小さな町で、南に隣接する深川市を中心にいくつかの町と合わせて「北空知(きたそらち)」と呼ばれる。
今回はその北空知圏振興協議会の国際的視野と識見を持った圏域づくりリーダー研修とかで、目的から遥かに遠いのだが、そこは過疎の町の利点、何の経歴もない普通のおばちゃんでも応募できちゃうのだ。
地域づくりは人づくりから、人が...いないもんねぇ。で、北空知をもじって「北育ち元気村」かぁ、ちょっと恥ずかしいぞ。^^;
さて、同じように応募あるいは推薦で決まった団員14名(に団長、他添乗員を加えて総勢19名)一人当たり60万と聞いた旅費の個人負担はゼロという非常に恵まれた研修となる。
旅の日程は2002年8月26日(月)から9月5日(木)10泊11日。関西空港(大阪)1泊、スウェーデン2泊、ベルギー3泊、ドイツ3泊、機内1泊。
現地添乗員(通訳)付き、研修各2〜3時間程度6ヶ所、他は視察(観光みたいなもの)自由時間は少ないがないこともない。
なお、事前研修3回と事後の報告書作成のため数回の集まりがあり、報告会も開かれる。(11月9日)その後の活動他、地域に成果を反映させなければならないとも思うが、地域づくりへの興味から入っていったのでそれは望むところ、今後の展開を楽しみにしている。
前書きが長くなったが、旅行の背景が少しはお分かりいただけただろうか。もっとも以下に書く文章は報告用とはまるで別の「私」が見て感じたヨーロッパということで、かなりの偏見がまじっているということを断言する。
旅行まで
事前に出た費用
海外旅行保険11日間〜旅行社お勧めの無視して1番安いのに入る。
外貨宅配サービス〜スウェーデンクローネ1パック ユーロ1パック 合計4万弱。
三食付だけど、飲み物やチップそれにお土産代として。(つまり、これが私の小遣いね。)
事前に入ったお金
餞別2万 これはきっと最低かも。親親戚が道内にいないし連絡もしてない、幸い友人達はそんな気遣い無用の仲。
しかし同行者の中には20万貰った人もいるとか。
財布に外貨といざという時の日本円10万を忍ばせていざ出発。
【1】8月26日 北海道から関空へ
大きなバッグを抱えて徒歩10分、役場前からのワゴンに乗り全体の集合場所深川市へ。そこでの出発式のあと大型バスは千歳空港に向かう。バスは一人で2人分の座席を占有、これが終日まで続く。
空港にて昼食(会議室みたいなとこで弁当&お茶支給)、お土産宅配サービスを頼む。(2万弱)
関空ではネットで知り合ったナラしゃんがホテルまで訪ねてくれ、たこ焼きをおごってもらう。若いもんは大阪の街に繰り出す。(元気が羨ましい。)
【2】8月27日 いざ海外へ
実は海外二度目(前回はシンガポール、タイ。田舎の町では一時海外社員旅行が流行った。)だが、ヨーロッパ便は預ける荷物の重量制限があり20kgを超えたら、1kgにつきファーストクラス片道運賃の1%がかかるとか。具体的には1kgで5900円だそうで、前日慌ててバッグを買い手荷物を増やした者数名、スーツケースって案外重たいようだ。私のバッグはスカスカ状態。
出国手続き等、今後各空港で待ち時間を含め1〜2時間かかる。
長い1日
ヨーロッパとの時差は7時間(サマータイム中、普通は8時間)この日はフランクフルト(ドイツ)経由でストックホルム(スウェーデン)へ。機内だけで12時間プラス2時間、ヨーロッパは遠い。
が、新聞や雑誌を読んだり機内食(3回出た)を食べたり持参の本を読んでいたら腰が痛くなる前に着いた。ルフトハンザは快適だった。スウェーデンに向かう飛行機は座席6列とても小さかった。
眼下に見える景色は湖と森それに黄土色の平原。あとからそれは牧草地と分かるのだが、どこまでも平坦な風景だった。
ストックホルム現地時間18時(日本時間25時)着、気温23℃ ちょうどいい感じ。無料の高速道路を専用貸切バスは街の中心にに向かって走る。こっちは右側通行だ。そしてこの高速道路はヨーロッパの南イタリアまで続いているそうな。
この国はダイナマイトを発明したノーベルの出身地とか。(知らなかった^^;)氷河時代のあと地表は流れてその下の固い岩盤だけが残り、そこに道路や街を作るための必要上の発明と聞く。道の両端にも至るところに大きな岩が目立ち納得する。
街に入ってすぐ道路に挟まれた小さな草地に黒いウサギ数匹を発見。その後注意して見ていたが他では見つからなかった。巣穴らしいのがあったのでそこに自生しているのだろう。
ホテルについて夕食(って今日何回目の食事よ。^^;)いくら現地は夕食時間でも胃袋は満タン状態それより寝かせてって感じ。日本時間27時頃から2時間ほどかけて食事。(このあと毎回夕食は2〜3時間。種類がたくさん出るわけじゃないの。皿の数は3〜4品、一皿食べ終えてから次が出てくるまで30分くらいかかるのだ。それに一皿のボリュームがある)
結局ベッドに横になれたのは23時ごろ、日本時間で30時!つまり朝なの。
何だか一日中食べてばかりいた日だった。(残したくない性格なのでかなり頑張ったけど限界をみたよ。)
以下現地時間で話が続きます。
【3】8月28日 研修初日

午前中はストックホルム市内概要視察 市庁舎(ここでノーベル賞授賞式・祝賀会が開かれる)、ヴァーサ号博物館、旧市街見学。石畳の小路はどこに行っても絵になる風景。ここは外国って嫌でも思わされる。観光地なのですよね、とっても。
昼食はスモーガスボードという北欧のバイキングってあるから期待してたけど、ハム、スモークサーモンがあるバイキングって感じで、ホテルのバイキング(朝食)と大して変わらない。パン、シリアル、ハム類、スモークサーモン、果物。野菜がほとんどない。トマト、太いキュウリ、パプリカくらい。味付けは濃かった。
さて、午後から私の頭ではかなり難題の、しかもわがグループ(5名)が当番の研修地に行く。テーマは『世界有数のIT産業集積地シスタサイエンスパーク訪問 産官学の協力体制とその効果について視察』...う、う、う。
事前に勉強したって分かりませぬ。要はエリクソンというスウェーデンを代表する会社があって、シスタという何もない地域に大学や世界各国からIT産業の会社を集め、サイエンスパークはサイエンスシティに進化しようとしているところだそうな。
そこを訪問した時、まず研修室みたいなとこに案内され、その地域の概要を説明された。通訳(スウェーデン在住の日本人)の人が日本語に訳してくれるんだけど、担当者が途中「私の英語が(直接)分かる人はいますか?」と質問した。その時手を上げれたのはコーディネーターである拓殖大講師の先生だけ。思いっきり場違いなとこに来てると実感。そう、そこがどんなところか概要は分かったけど、それが私達とどういう関係があるか、まちづくりの参考にはならない。例えばつくば市みたいなその国の一つの分野をを代表する都市のように感じた。
その後周辺を案内された。見てまわるくらいなら大丈夫。でも、研修レポはどうやってまとめるんだ。まぁ、どうにかなる(と思うしかない。)
バスは再びストックホルム市街に戻り、夕食はノーベル賞受賞パーティ御用達レストランにて2001年度受賞ディナーメニューを市庁舎の一角にあるレストランでいただく。うすぐらい店内、キャンドルやテーブルセッティングはとっても素敵。お味の方は...期待に反して???
【4】8月29日 もう一つの研修
私を含むスウェーデン班は、『間伐材等の木材を利用したバイオマスエネルギー発電の取組みについて視察 広域行政体で運営されるブリスタ社訪問』という、もう一つの難題を抱えていた。要は木屑を燃やして発電し、同時に熱をパイプで送り地域暖房に使うということなのだが(いいんだろうかこんな説明で)これも工場じゃなく発電所?の方に行くかと思いきや、その関連会社(子会社と聞いた)のバイカ社というオフィスの一室での説明だった。
私の住む町も林業が盛んだし、クリーンエネルギーということで個人で取り組めることじゃないけど、地域に伝えることができたらと真剣に聞いた、が...。どうやら、巨大な集合住宅をパイプの熱で暖めるらしく、そうするには町の建物自体から変えないと無理そうだ。はぁー。ま、森のゴミの有効活用って面では発電以外でも考えたらいいかもしれない。

再び市街に戻り、昼食は日本食レストラン。スウェーデンに住んで30年ほどの日本人の経営するおみせへ。テーブルの上にすべての料理が並び食べるのに時間がかからない。この日はベルギーへの移動日だったが時間が少しあったので自由行動になる。
その前日にスウェーデンクローネを焦って使った私は、お土産やさんが並ぶ通りで非常に後悔した。
小さなキャンドル、ポストカード、小物いろいろ、1スウェーデンクローネ(14円くらい)からある。残ったわずかのコインで買い物をしたが、知ってたらとっておいたのに〜。
スウェーデンは今日でお別れ、バスは空港に向かい空路ベルギー(ブリュッセル)へ。
→スウェーデンの写真集
さて、夕方着のベルギー上空から見た家並みは(まだまだ明るい)緑の畑や木々、道路沿いに並ぶ赤い屋根や白い壁と日本とはちょっと違う雰囲気。
ホテルでチェックインを済ませ、歩いてグルメ横丁という雑多な繁華街へ。で、ここ一軒のレストランに入り、シーフードディナー...だったんだけど、イメージと違い、エビコロッケと脂っこい魚とベルギーワッフルで、どこがディナーなの?って感じだった。
そうそう、この日のホテル、フロント改装中で、えーっこんなのあり?という第一印象。で、そのお詫びのつもりなんだか、部屋はすごーく広かった。スウェーデンもここも同じホテルに2泊。そして今日から一人部屋。間取りはスィートという感じだった。後から他のメンバーに聞いたらどうやら年配女性?は広い部屋があたったらしい。
部屋に入るといきなりキーボードが目に付いた。おおっ、これは!インターネットができる♪ うふふ〜。パソコンは見当たらないけど、どうやら赤外線でTV画面と繋がるらしい。読めない英語を必死に解読すると明日の12時まで使って10ユーロ(1200円くらい)。高いけどいいや、なになにルームナンバーを入れろとな。と、ここまでは喜び勇んでいたのだが、どこをどうやっても繋がらない。部屋を見渡せばあっちとこっちに電話が2つずつある。どうやら電話も新旧切り換え工事の最中らしい。9月1日からって私達がこのホテルをでてからじゃん。(-_-;)
ルームナンバーを入れてしまった結果がどうなるか、自分じゃフロントに説明できない(英語だもんね。)ので、添乗員にお願いしたら当然だけど請求はなし。ほっ。
ヨーロッパに入ってから、ずーっと朝食はバイキング形式。3食ともかなりしっかり食べ続けている。食べた直後はズボンがきつきつになり苦しいけど、歩き回るおかげで次の食事までには多少のスペースができる。
【5】8月30日 楽しみな日
この日は『人口500人の世界一小さな町デュルビュイ訪問 本格グルメを中心としたまちづくりと童話の世界の街並みについて視察』これは分かりやすいテーマ、ベルギー班じゃなかったのが残念。(研修は全員で聞くが報告書の担当が各班ごとになる)
しかし、後から世界一の小さな町だった!と過去形になっていることを知る。こちらでも市町村合併のようなことをやっていて、近隣の町と合わさってしまったとか。それでもこの地区は古いたたずまいを残し、花があふれ、10年単位のスパンで町づくりをし、あらゆる手を使って地域を守り発展させようとする意欲が伺える。日本からの視察も後を絶たないようだ。
中世へタイムスリップしてしまいそうな古い町並みの小路の奥での
昼食は、デュルビュイの中心地での本場アルデンヌ料理。ローストポークと...(忘れた。^^;)
この日は午後からも研修、テーマは『過疎化を本によるまちづくりで活性化 再生に至る経緯と取組みについて視察「本の村」ルデュ訪問』
田舎の小さな村に古本屋さんが何軒もある。のどかな風景と花にあふれる村。デジカメの電池切れでここの写真はなし。残念。
村の中心部をぐるっと一回り、のんびりしたヨーロッパの田舎をいっとき味わう。古本屋さんの店内に入ってもいいと言われて、大急ぎで店の中の本を物色する。ドイツ語で書かれたらしい、野草と果物の図鑑?をそれぞれ、7ユーロと6ユーロで購入。文章は読めないけれど挿し絵がきれい。
こういうところは、何時間でもいたい。
夕食はブリュッセルの街に戻り、名物ムール貝の白ワイン蒸し。大きな皿いっぱいのムール貝はとても美味しかった
→ベルギーの写真集1
【6】8月31日 ブルージュへ
午前中、バスは荷物を乗せてアントワープへ向かう。市内概要視察、雨が降り少し肌寒い。大聖堂やルーベンスの家を見学。その後北のベニスと呼ばれるブルージュへ。 昼食はワーテルゾーイというクリームシチュー。大きなチキンが2つ入っていた。
午後のブルージュ市内は、ちょうど5年に一度の「黄金の木行列」というお祭りの最中で、運良くそのパレードの一部を見ることができた。また、ボートでの運河めぐりの時以外は街中を歩きに歩いて足がパンパンを通りこしてコチコチになった。(つる寸前)
夕食は、サラダとうさぎのビール煮込み。ビールの苦さが...。
この日はブルージュ泊、お祭りのため、市中心部のホテルが取れなかったようで、若干郊外のホテル。だが、周りに緑があって私としては非常に落ち着く。(笑)
【7】9月1日

ブルージュからブリュッセルへ戻る。昼食前に自由時間を少しもらえる。ベルギーはレースが有名で大小さまざまのレースが店に飾ってある。普段、えっ!レース? 柄じゃないという私も友人へのお土産用に小品を買ってしまう。
昼食はグランプスのレストランでシコンのグラタン。シコンというのはチコリのことで少し苦味のあるその野菜がハムに包まれていた。ベルギーに入ってからサラダにやっとお目にかかったが野菜料理が極端に少ない日が続いていたのでハムよりも中身を美味しく感じた。
→ベルギーの写真集2
昼食後、空路フランクフルト(ドイツ)へ移動。EU圏内は出国手続きといってもほとんど何もなく日本の国内を移動している感覚。
2度目のフランクフルトからバスは南下、古き大学の街ハイデルベルク到着。
夕食はホテルから歩いて数分の中華料理店。
ここまでの間、日本食はスウェーデンのホテルの朝のバイキング(私はパンにした)の他は1回だけだったが、それほどご飯が恋しくなっていなかった。それよりも野菜を身体が要求していて、なぜかこの中華料理店のレタス炒めがものすごく美味しかった。他に麻婆豆腐、チャーハンとだったけど、この日のみんなの食欲はすごかった。それに次から次へとお皿が運ばれてくるのがいい。数人で一皿を分けて食べるのだけど、皿は次から次へと空になっていった。
夜、パソコン2台と水、グラス(いづれも無料)が置いてある部屋を発見、やっとインターネットができた。と言っても日本語ソフトが入っているわけではない。キーボードも普段使っているのと違い、「Z」と「Y」の位置が入れ替わっている。それに私のHPアドレスにある「~(チルダ)」が見つからない。なので、自分のアドレスをダイレクトに入れられなくて、ドイツのyahooから日本のyahooに行って、そこからローマ字でhorokanaiと入れたら検索の何番目かに自分のページを見つけたので、あとはクリックを繰り返してBBSに行き、ローマ字でカキコをした。
が、どういう仕様なのか友人のHPは開けるのと開けないのがあった。リンクをいくつか辿ってみたが、所詮「お気に入り」があるわけじゃなし、家でなら延々とネットを楽しめるがローマ字カキコも疲れて適当に切り上げた。
【8】9月2日 古城

ハイデルベルクでは、今まで遠くから眺めるだけだった古城の内部に入れた。城は山の中腹に建っていて、古い市街を見下ろせて眺めがいい。
赤レンガの旧市街へ降り、街中の小路を歩いてカールテオドール橋へ。その途中で、日本語の通じるお土産やさんにも寄る。私は隣の店に入りたかったなぁ。(笑)
日本人留学生も見かける、ここは「大学の街」だそうだ。
どこへ行ってもそうなのだが、時間をたっぷりとってゆっくり見たい。いつも集団の後ろの方で、未練を残しつつ見失わない(見失われない)ようについていく。
そう、今回は下見。本番は、本番は...。
バスは無情にも次の研修地へ向かう。
『「我が村は美しくコンクール」金賞受賞ザスバッハバルデン村訪問その後、農家民宿オッテンフォッヘン村訪問。
農家民宿体験により遊休農地活用と新たなビジネス雇用創出のヒントとなる民宿複合経営について視察』

ということで、まずザスバッハバルデン村という丘陵地帯の山の中へ向かう。途中パリまで○キロという標識があり、フランスが近いことを知る。
着いた村は家々のベランダが花であふれていた。(って、ベルギーもそうだったけど)景観を良くするには、草地も大事な要素とかで、斜面に広がる緑の草原が、山の中の村だけど開放感を醸しだしている。ブドウ栽培(ワイン用)の盛んな地域で、北海道で言えば余市みたいな感じかもしれない。
そこでの昼食は本場ソーセージ料理だったが、お皿には大きめのソーセージ1本。少々物足りない。あとスープとサラダとデザートだったかな。チェリータルトが美味しかった。
そこから少し離れたオッテンフォッヘン村は村全体で農家民宿に取り組んでいる。とにかくここらの農家の家は大きい。空いている部屋を客間に改造し、部屋には簡単なシャワーとトイレが付いている。(家に寄っては共同。)
4つのグループに分かれて泊まったのだが、私達の泊まった農家は3階建てで、1階がおじいさんおばあさんの部屋、2階が若夫婦の部屋、そして3階を客用にしてあり、真ん中がテーブルと椅子のある部屋、その周りに客間が3つあった。その家は、老夫婦が民宿部分を任されているようだが、彼らは英語を一切話せない。優しい感じのおばあさんが一生懸命話しかけてくれるのに何も通じなくて、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。こんな状況ならもっとドイツ語を勉強するんだった。そして言葉は通じなくてもコミュニケーションのとれる小道具を持参するんだったと思っても後の祭り。
唯一14才の孫が英語を話せて彼女を中心に多少の会話が成立した。
夕食は村のレストランで、農家の方を交えての懇親会。朝食は各農家で頂く。メニューはパン、ジャム、チーズ、ハム、ゆで卵、コーヒー。マッシュルームの入ったハムが可愛かった。ちなみに急斜面に建つその農家の本業は果樹栽培のよう。
【9】9月3日 河のほとりの古城群
午前中、リューデスハイムという街に移動。バスは高速道路を走る。途中でサービスエリアに寄る。観光地のお土産やさんより面白いかもと小さな店内に入り子供への土産を買う。途中ライン河が見えてきて、遊覧船乗り場の一つリューデスハイムで昼食後、乗船時間まで少しの自由時間。狭い小路にお土産やさんが並ぶ。その中に入り口があまり派手でない、木製小物の店を発見。生活道具のミニチュアがたくさんあって、専門店風。その店のためだけにでもまた行きたい気持ちになる。小さな動物のついた木製洗濯バサミを1ユーロで買い占める。(十数個。すでに分散。)
その後のライン河クルーズ体験は、大きな遊覧船で、ライン河を下る。(上る船もある。)右に左に次々と大きな城が現れる。両サイドの急斜面はブドウ畑。(ライン河の照り返しがよいそうだ。海辺のミカンが美味しい、みたいなもんかな。)よく見ると崖の上の小さな畑は放置されたようでもある。
船は大小さまざまのが行きかっている。途中いくつかの船着場に寄り、わが団体の添乗員の特別?船内放送を聞き下船する。
それは、放送を聞いた直後に立つのが恥ずかしいノリの案内だった。が、おかげ?で無事全員下船。(各自バラバラになっていたので。)
この日はフランクフルト泊。ここでもインターネットができたが使い勝手は良くなかった。(自分のBBSは文字化けしていた。)
夕食は現地日本人を交えての懇親会ということで、フランクフルト在住のエリート?サラリーマン数人と日本食レストランで会話をする。私の席からは彼らは遠くあまり話せない。和食は豪華な弁当というふうであっという間に食べきってしまう。^^;
【10】9月4日 さようならドイツ(&ヨーロッパ)
午前中フランクフルト市内見学。高級ブランドショップが並ぶ通りも寄ったけど私は素通り。待ち合わせ場所の通りの向こうに文房具屋さんを発見。大急ぎで小物購入。
空港にて時間を気にしながら最後のお土産調達。いいなと思ったものは手持ちのユーロが足りない。日本円を使ってまで欲しい物じゃないので、チョコレートの店を見つけ(空港内はワインとかブランド品の店ばっかり)細かいのをいくつか買う。(残して両替したくないタイプ。)何枚かのコインは子供へのお土産とした。
この日は機内泊、満天の星空の中飛行機は東へ。(行きはロシア上空、帰りはモンゴル上空あたりのルートだったらしい。
→ドイツの写真集
【11】9月5日 帰ってきたぞ
関西空港着やや遅れて9時過ぎ。大阪は暑い。新千歳空港着12時過ぎ、昼食はバスの中でお弁当。 幌加内着夕方4時ごろ、翌日は仕事なので時差ぼけ解消のため、早く寝る。
帰ってきてから、ヨーロッパを思い出すたびため息がでる。ああ、もう一度(何度でも)行きたい! 新聞の海外旅行広告に思わず目が行く。(笑)、20万かぁ、でも、これじゃまた駆け足旅行だろうな。ゆっくりのんびり好きなだけ行きたいよぉ。
そしてまた、毎日のように出た生ハムやスモークサーモンを思い出すたび、ああ、また食べたい...などと。(苦笑)
≪追加 ヨーロッパ四方山話≫
【水】
海外旅行に行ったら水は買う物というのが定番
が、スウェーデンの水は安全、美味しいと聞き、飲む。
ベルギー、ドイツも同様。
但し出先ではペットボトルの水を離せない。貸し切りバスの中で1ユーロで買える。(運転手の副業?)
レストランでは日本のように水がでないので、アルコール駄目な私は水やジュースを頼む。
各2〜3ユーロ、高い水となる。(ビールと同額くらい)特に昼食の分は個人負担だが、やはり水分が欲しいので仕方なし。
【食事内容】
スウェーデン 野菜が全然ない。
ベルギー 野菜が少しでる 生野菜のサラダ 朝食にはない。
ドイツ 野菜がもう少し増える が、それでも足りなさ過ぎ。
→食事内容の写真集
【郊外の様子】(風景は全般的に北海道に似る)
スウェーデン 森、湖、街 牧草の畑
べルギー 牧草畑、デントコーン? ビート
ドイツ 上記+ アスパラ タバコ、街の近くでは市民農園が見られる
北に行くほど土地が痩せているようだ。
【街のようす】(特に花)
スウェーデン
プランターに少し 直植花壇少ない 空き地は伸びた芝風
一軒家があまり見受けられなかった ストックホルム及び近郊だけだったため?
今度行くなら郊外を楽しみたい。
朝、ホテル前の草地にスプリンクラーが回っていた。
ベルギー・ドイツ
空からかわいい町並みが見える 緑が多い 花が多い
レンガの家
ベランダに花が咲き乱れる
立体的な花壇が多い。花期はこちらより長そう、花で溢れる街、理想だな。
【建築物】
巨大建築物が多い、とにかくでかい。芸術的。
中世の建物 古城 石畳の道に歴史を感じる。建物の装飾が凝っている。
【失敗談】
関空のホテルの部屋にて
「あっ、レギュラーコーヒーがある。サービスいい。」
翌朝、一杯400円の表示に気づく。同室の人の分まで飲んじゃったよ。
出国前から痛い出費。800円なり。
出発前日仕事&準備で一睡もせず。荷物は万全なはずがない。
ホテルで多少の洗濯はしたが着る物に困る始末。向こうで服を買いたかったが、タイミングを逃す。
デジカメも電池がなければ...
充電器が重いし、もう行けないだろうから海外旅行用のプラグを買う気もなかったので、関空で予備の電池を買った。
充電式の電池、使ってから充電だと思ってたけど、使う前に充電しないとならないんだった。
途中使い捨ての電池を買うが半日写真無しの日が...。
スマートメディア、64MBだから1枚で大丈夫、じゃありませんでした。
撮ってから消した画像、数知れず。撮影枚数約400
【お土産】
ちょこちょこと買う時間があった。もっと買ってくればよかった。(特に小物類)
でも、行く前は時間配分の予測が全然つかなかった。日程表は非常に大雑把。
【全体の感想】
毎日毎日が新しい発見の連続でとにかく楽しかった。やはり旅はいい。
海外という異空間の体験を子供達にもぜひさせたい。
このレポを読んだ皆さんもチャンスを積極的につかまえることをお勧めする。
【これからの課題】
これが一番肝心な訳でありまして、(そうだよね。)今後我々は元気村づくりのスタッフになるとかで、
報告会には過去の参加者も出席し、講演や交流討論会、村民交流会も予定されています。
果たしてこれが充実した会なのか、それは今後順次報告する予定。