
私は、どんな時でも、主を賛美する心を持つように心掛けています。そして、主に心から賛美を捧げた時に、主の導きの道が開かれるのを何度も経験しました。それは、人間的な状況では、全く絶望的な状態であっても、全く関係ありません。いや、むしろ、絶望状態の時こそ、この神にのみ依り頼むので、主は道を開きやすいのです。道を開くだけでなく,必要な全てを備えていて下さいます。それでは、どうして、主に向かって心から賛美を捧げることが、このような神の導きを得ることが出来るのかをお話しましょう。
それはまず、主を賛美するということは、主のなさることに全面的に同意することだからです。
主のなさることに全面的に同意することは、主が、天地万物の創造者であり,また、全人類の救いの創造者であり,また、完成者であり、その素晴らしい、創造、設計、再創造の神のプログラムに全面的に賛成するということだからです。もちろん、私達が、賛成しようと反対しようと、神はこのプログラムを、歴史を通して完成へと導いています。
えっ? 完成? と思われた方も多いと思います。世界は完成どころか破滅へと向かっている状況があちこちで見られる今,とても完成とは思えないですね。しかし、天地万物を創造された方は私達人間のちっぽけな考えでは遥かに及びもつかない方法でそれを成し遂げます。
イエス・キリストを信じ受け入れた人は、自分自身が全く新しい人に変えられたということですが、この、天地万物も、全く新しく変えられる時が来るのです。それは、生まれ変わりの時です。キリストを信じる者は、死ぬことの無い、新しい天上の体を与えられますが、この天地もやがて、全く新しく変えられるのです。
現在の天地はやがて滅びます。しかし、それは永遠に続く、罪や悲しみの存在しない神の国に変えられるためです。
このような、素晴らしい主を心から賛美するときに、主の愛とその全能の力が働かれ、人間には不可能な新創造の御業を、神は恵みによってなして下さるからです。ただし、それはあくまでも、主の主権のもとで行われます。賛美する者の心が主と一つとなっていなければ、それは、もはや、賛美ではありません。また、人の思いに神を従わせるのではなく、"神のなさること全て良し"と、神に同意しなければなりません。そうすれば、私達の願いを遥かに超えて神は御業を成して下さいます。
賛美はこの世界と、あなたの上に神の御業を前進させます。


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