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砂の器 |
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| 製作 | 1974年 松竹 | |||
| 監督 | 野村 芳太郎 | |||
蒲田操車場構内で殺人死体が発見されるが、身元がわからず捜査は難航をきわめる。
警視庁の今西刑事(丹波)と蒲田署の吉村刑事(森田)の、必死の聞き込みで前夜、蒲田駅前のバーで被害者と酒を飲んでいた男がいることが判り、東北なまりで交わされていた「カメダ」という言葉に注目される。
東北各県から亀田姓の64名が洗い出されるが関係はなく、秋田県の亀田という土地も関係がなかった。
2ヶ月ほどたった頃に被害者の息子が警視庁に現れるが、被害者三木謙一(緒形)の住所は岡山県江見町で、知人にも付近の土地にもカメダは存在しなかった。
しかし、今西刑事の努力で出雲地方に東北弁との類似が見られること、又その地方に「亀嵩」(カメダケ)なる地名を発見し、出雲弁ではこれが「カメダ」に聞こえることが判明する。
そして、三木謙一はかつてそこで20年間巡査生活をしていたのだ。
一方、吉村刑事は新聞記事の紀行文から重要証拠品を見つけ出す。
三木の在職中の出来事を綴った報告書の中から、三木が哀れな乞食の父子の世話をし、親を病院に入れた後、引き取った子を我が子のように養育していた事実が目を引く。
ここに至り、石川県の片田舎を追われ、流浪の果てに三木巡査に育てられ失踪した本浦秀夫が、大阪の恵比寿町の和賀自転車の小僧になり、戦災死した店主の戸籍を戦後の混乱期に作り直し、和賀英良を名乗り成人した天才音楽家である事が明らかになる。
前大蔵大臣の令嬢との婚約も成立している和賀(加藤)が、自分の生い立ちを知る三木が忌まわしい存在だったのだ。
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後半の刑事がすべてを明かにする捜査会議と、犯人である天才音楽家が自ら指揮する交響曲の発表会、そして彼の暗い過去でもある日本全土を貫く父と子の道行きの回想シ−ンがカットバックで描かれる構成は見事です。
まさに映像と音楽が一体化した映画の醍醐味が堪能できます。
カメダの追跡はもちろんですが、三木が映画館で成長した秀夫が写っているのを偶然発見し、帰宅予定を変更して急に東京に行き、悲劇に出会うなどの謎解きのスリルも中々のものです。
ただ、和賀の愛人が車窓から血のついたシャツを切り刻んで撒き散らし、それが花吹雪として紀行文に載って・・・という下りは少し違和感がありました。
しかし、低く搾り出すような丹波さんのセリフ回しは心に染みてきますし、加藤嘉さん演じる流浪の老人がこの映画を重厚にしています。
人のよい三木巡査を演じる緒形さんは、相変わらずで、何をやってもウマイ。
結局その人のよさが、悲しい事件を引き起こす事になる過程をりきむことなく演じています。
音楽を担当した芥川也寸志さんの功績は絶対に見逃せません。