私の映画館
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私が見た邦画の中から、かって気ままに心に残る20本を選んでみました。
最近は一年間に見る新作の本数がめっきり減ったせいで、どちらかといえばなつかしの名画的な内容になっています。
入門は「笛吹童子」に始まった東映の時代劇でした。
日活の無国籍アクションや東宝の喜劇路線を楽しんでいた時期もあります。
オールナイトの仁侠映画に熱くなってましたし、ATG映画にも感動してました。
ロマンポルノの登場に興奮した青春を送り、「寅さん」から今まで歩んで来た私です。
これからも日本映画らしい日本映画を楽しんでいきたいものです。
わがままベスト20(洋画篇)
邦画同様20本選んでみましたが、世界となると結構いろんなジャンルがあるものです。
一監督一作品で選びましたが、好きな監督の作品はどうしても二本、三本と選びたくなってきます。
時々入れ替える事で、その欲求を満たしたいと思っています。
一番最初に見た洋画は、多分早川雪舟さんがでていた日本語吹き替えの「南海漂流」だったと思います。
題名は定かではありませんが、邦画にない画面の雰囲気を感じたのをかすかに覚えています。
高校生の頃は、「スクリーン」や「映画の友」をみてはロードショー館に通ってました。
各国の映画が色々ヒットしていたのに、最近はハリウッドのこれでもかぁと言った作品だけがヒットするのは寂しい限りです。
でも、シネコンなんかができてスクリーンの数が増えてきたのは嬉しい事と思っています。
なつかしの仁侠映画
すごい熱気だったですよね・・・。
オールナイトの立ち見客をも巻き込んだ、スクリーンと客席との一体感は言葉では言いようのないものでした。
「高倉!危ない、後ろだ!」と客席からの助っ人の掛け声が飛んだかと思うと、悪人をたたっきる前の口上にも「意義なぁーし!」と声があがる。
そういえば、学生運動も真っ只中の頃でした。
殴りこみの道行きに、一斉に沸き起こる大拍手・・・。
映画はこうでなくっちゃと思ったものでしたが、そんな映画館の雰囲気が再び帰ってくることはあるのでしょうか。
高倉健、鶴田浩二、藤純子、みんなよかったなぁ・・・。
若山富三郎や梅宮辰夫に菅原文太、みんな大スターだった。
なつかしのロマンポルノ
パートカラーのピンク映画しか見た事がなかったときに登場した日活ロマンポルノ。
オールカラーの猥褻感の迫力以上に、ポルノ映画を活躍の場として才能を開花させた監督たちの熱意に、より迫力を感じたものでした。
1971年11月「団地妻・昼下がりの情事」「色暦大奥秘話」の記念すべき第一作から、1988年6月に終焉を迎えるまでの足掛け18年の歴史でした。
このコーナーでは、その創生期の作品にスポットを当てています。
片桐夕子、白川和子、小川節子、谷ナオミ、絵沢萠子、宮下順子など数多の女優たちも排出しましたし、桃井かおり、森下愛子、石田えり、永島瑛子、伊佐山ひろ子などの正統派女優も出演しています。
天地真理、伊藤咲子などのアイドル達や関根恵子、五月みどり、池波志乃、今陽子、高田美和などのいわゆる熟女たち、美保純のようなピンク映画からの応援組なども銀幕を飾ったのです。
1972年の「恋の狩人 ラブ・ハンター」「愛のぬくもり」が次々に警視庁に摘発され、警視庁のアイドルと言われた田中真理。
その堂々とした対応振りから学生達の喝采を受け、ロマンポルノのジャンヌダルクとも呼ばれ、一躍ヒーロー(いやヒロイン)だった。
振り返れば、学生運動の風が吹き荒れ、学園闘争は全ての大学でやっていた頃だった。
団塊の世代の学生達は、仁侠映画を支持し、「あしたのジョー」「拝一刀」に傾倒し、そして日活ロマンポルノに歓喜していたのです。
時は流れ、一世を風靡したロマンポルノも回顧上映がされるようになりました。
回顧上映で見た映画も追加してみました。
黒澤明 フィルムライブラリィ
黒澤明は間違いなく世界の映画史に残る監督の一人です。
そのみずみずしい映像表現は今見ても圧倒されるものがあります。
私は一部の映画を除いて、ほとんどと言っていいぐらいみております。
個人的な好き嫌いで言えば、「どですかでん」以降のカラー作品よりも、それ以前のモノクロ作品の方が好きです。
意図したものかどうかは知りませんが、三船敏郎さんを使わなくなってから何か作品が変わったような気もするのです。
芸術と娯楽は相反するものとは思いませんが、しかし映画はまず娯楽であるべきだと思っておりますので、黒澤作品はその意味でも娯楽作品でありながら芸術性を追求した一級のもだと思います。
全作品をリストアップすると共に、私が見たものの中から好きな作品を紹介しています。
Oh! 西部劇
西部劇・・・すっかり懐かしい響きとなってしまいました。
「XXXXの決闘」などというタイトルを目にしただけでわくわくしたものでした。
チャンバラごっこもそうですが、二挺拳銃を下げて西部劇ごっこをする子も見受けなくなりました。
コルト・45・ピース・メーカーやバントライン・スペシャル、レミントン・S・Wは憧れの拳銃だった。
ウィンチェスター・レバー・アクションを持っていた子はヒーローだった。
それらはすべて西部劇映画からの知識だったのです。
「ララミー牧場」「ローハイド」「拳銃無宿」「バット・マスターソン」などのテレビ映画だけでなく、銀幕を飾ったスター達によって、西部の大自然とヒーローたちの伝説が僕達の脳裏に刷り込まれました。
あの西部劇はどこへ行ってしまったのでしょうか?