結婚して、子供も生まれて、今度こそ幸せ?そう思っていたのに・・・離婚までの道程
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++ 美由起組誕生まで ++

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離婚までの道程 美由起組誕生まで 1

++ はじめに ++
組長の生い立ちを書き終わって、「続きも読みたい!」「組長のその後を知りたい!」との、声を頂戴してました。何から書けばいいのか。どうして離婚して、組長になったのかって事なんだけど文章にするのは、難しいし、伝えきれるかな。これを読んでくれた人が、少しでも、勇気や希望を持って、「がんばろう!」って思ってくれたら。組長は嬉しいです。

誰だって幸せになりたいって思ってる。誰にだってしあわせになる権利はあるはず。そのために、毎日、泣いたり笑ったりして生きている。あたたかくて、笑いが絶えないような家庭。笑いながらご飯を食べて、テレビを見て、平凡だけど、穏やかな家庭に憧れていました。結婚して、子供も生まれて、今度こそ、幸せになれるんだって思ってました。そして、それが一生続くのだと。


今度こそ、幸せになれる?

平凡な日々

   

1人暮らしを始めていた組長のアパートへ、紙袋ひとつで住み着いた彼・・・それが元ダンです(笑)半年程、その部屋で暮らし、結婚の話が出て、風呂付へ引越し。その、2ヵ月後のバレンタインデーに、入籍しました。結婚当初は、2DKのアパートで、共稼ぎ。彼は7才年下。でも、かなりしっかりしている人。母子家庭で育った彼は、真面目で働き者。サッカーが3度の飯より好きっていうタイプでした。休みの日は、母校の女子サッカーチームのコーチをしたり自分の所属するチームの練習や試合に出かけたり・・・付き合いで飲みに行く事も多くて、午前様も常習。
あまり家にいる人ではなかったですね。飲みに行くのも、仕事!なんて言ってましたね。同棲中は、かなりマメで(笑)、飲みに行く事も、なかったけど。結婚すると、男ってある程度変わりますから。いや、女も。
彼の母親が、経済的にかなり苦労をしていたのを見ながら育ったからでしょうか?男は稼いで一人前?みたいな・・・その代わり、たまの休みは、好きな事したいって感じで、家庭サービスするパパさん族に対して、「平日家族の為にめえいっぱい仕事して、休みの日まで家庭サービスなんかよくできるよな」と言ってましたね。子供を嫌いな訳じゃないけど、休みの日に子供を連れて、家庭サービスをするタイプではないんですね。月に1回位、休みの日に家にいればいい方だったかな?確かに、朝早くから、夜遅くまで働いてくれる彼に、家庭サービスを求める事は、できなかったしね。
子供の夜鳴きは、かなり嫌がってましたね。それと、おむつ交換は、絶対にしない人でした(笑)給料稼いでくるんだから、文句ないだろう?みたいな。若かったけれど、かなり稼いでました。その代わり、小遣いもずいぶん使ってましたけどね。優しいし、真面目だし、頼めば掃除も洗濯も料理もしてくれる。気が向けば、たまには家族で出かける事もしてくれる。組長の父とも、嫌がらずに飲んだり食べたりしてくれる。彼なりに、家庭を守ろうと、毎日頑張っていたと思います。ただ、組長的には、家族団らんとか、もっとしたかったな。お出掛けなんてしなくても、一緒に過ごしたかったな。
彼の仕事は、かなりの肉体労働。将来を考えて、転職をしました。転職先は、消費者金融。サラ金です。その頃の彼は、クレヨンしんちゃんに出てくる、園長先生にそっくりで・・・パンチパーマに、口ひげ。薄い色のサングラス。オニキスの指輪をつけ、金の太いネックレス(笑)仕事で着るスーツは、それっぽいダブル。天職じゃないの?って感じでしたよ。
平凡でのんびりした生活。お菓子を作ったり、家庭菜園に精を出したり。楽しい生活でしたよ。相変わらず、放っておかれる事が多くて、嘘ついて飲みに行ったり、友達の名前を使って朝帰りしたりそういう事もかなりあったけどね。朝刊より早く帰って来て欲しかったと言うのが、本音。でも、仕事の付き合いだ!と言われてしまえば、扶養されている組長は、何も言えなかったです。まるで、母子家庭?組長ってお手伝いさんなの?夫婦って何?みたいな・・・経験ある人多いでしょ?そんな疑問。不満。 でも、ま、いいかってさ。

2世帯住宅

   

長女が3才になる頃、組長の実家では、M子ちゃんの、アルコール量が増えかなり、依存が進んでいたようでした。昼間から、泥酔状態の事も増えていたようでした。父から、同居の話しが出ました。泥酔状態で、火事でも出したら大変な事になる、昼間誰もいないと、飲んでしまうから、組長達が隣の家にいれば気が紛れて、飲まなくなるんじゃないかと。
確かに、キッチンドリンカーのきっかけは、暇?話し相手がいないって言うのもあるらしいから。彼と話しをして、家賃ただ!も、魅力だったし、区役所・病院・駅・学校・公園・・・と、かなり環境はいい。街道沿いで、交通量多いけど、角地だし、日当たりもいいし。台所も別だし、引っ越す事になりました。
父とM子ちゃんが住む棟の隣に建っている2DK。実家は、1階が貸店舗。父達の1階は、ガレージと赤提灯と寿司屋。組長達の住む1階は、駐車スペースとスナック。1階の入り口は、ひとつで、階段を上がると左右に玄関があります。右側は、父達のいる家。左側は組長達の家。完全独立タイプなんですけど、お風呂が、組長達の方にしかなくてお風呂と、洗濯機は共有でした。
人間って、年を取ると角が取れて丸くなるとか、孫って言うのは、無条件に可愛いとか言いますけど、全く、例外もありまして・・・・組長の父は、ますます角が増えているような・・・機嫌のいい時は、長女をベタベタ可愛がり、機嫌が悪い時は、何もしていない長女を怒鳴ったり、相変わらず、いい時と悪い時の差が激しかったです。2日位、顔を出さないと不機嫌になり、気を使って隣の父方へ行こうとすれば、玄関に鍵がかかっている・・・父とM子ちゃんの仲も、相変わらずの様子で、順番に愚痴りに来る。こんな事は、想像していた事だからね。どうって事ない。組長は、母親になって、以前よりもっと強くなっていたし。たまには、お互いに作った料理を、お裾分けし合ったり、父の家でご馳走になったり、お酒飲んで、歌ったり♪なかなか、いい感じで、日々を過ごしていたんですよ。組長、甘いからさ、すぐに期待したくなっちゃうんですよね。一時的に、M子ちゃんのアルコール量も減り、いい方へ向かうかな?なあんて思ったり、またドカーンと落ち込んだりとか。で、そのうち、次女を、妊娠していた組長です。

5番目の母のアルコール依存症

   

相変わらず、超多忙な彼。少しは、家族と過ごす時間とか持つ気はないの?休みの日も、仕事が多く、たまの休みはサッカー。母校の女子高生に教えるのもいいけど、長女とボール遊び位してやってよ・・・と思いますが。そんな中で、妊娠が判明。組長は少し期待してました。子供が2人になれば、少しは変わってくれるかな?家族と過ごす時間も増えるかな?って。父も、いいおじいちゃんになるかな?なんてね。
そのうち、M子ちゃんの状態は悪くなり、ますます、酒浸りの毎日になって行きました。父には、組長のせいだと言われるし・・・「何とかしろ」って言われても。長女いるし、身重だし。なんて、環境のせいにもできません。でも、アルコール依存症って、どこに相談すればいいの?その頃、ネットなんてやってなかった組長。市の冊子に目を通し、保健所で相談できる事を発見。早速、電話で問合せをして、アルコール専門病院を紹介してもらいました。横浜にある、依存症の専門病院です。
M子ちゃん本人も、通院する気持ちになったので、父の運転する車で、M子ちゃんと組長と長女で、病院へ行きました。地図を見ながら・・・カーナビなんて当時はなくてね、地図を片手に必死。その地図を見るのは、もちろん組長(爆)
アルコール依存症。お酒が好きだから飲む。楽しいから飲む。ついだらしなく飲み過ぎる、眠れないから飲む、そういう事ではないんですね。もちろん、最初は好きで飲む。楽しいから飲む。そのうち、酔うという事が癖になる。おいしいと感じなくても、楽しいと感じなくても、酔う為に、アルコールを飲むようになる。酔っている心地よさを求めるようになるんですね。覚せい剤で快感を覚えて、繰り返すのと同じ。意思の力じゃどうにもならない病気です。
病院で受付を済ませ、組長はカウンセリング室へ。長女はとてもおとなしくしてくれています。M子ちゃんは、治療室で薬を飲み、点滴を受けます。カウンセリングも長引き、点滴にも時間がかかる。最初、おとなしく待っていた父が、だんだんイライラ。「おいっ、まだ終わらないのか!」と怒鳴り出す始末。M子ちゃんは、ソワソワして、点滴途中で看護士さんに「もう、いいですから」と、頼んでいるし。はぁ・・・父には、治療に協力する気があるのかな?父の怒鳴り声を聞くたびに、お腹がシクシク痛みます。(しっかり育ってくれよ。)思わずお腹に手を当てる組長でした。

アルコール依存症の治療

   

組長も彼も、できる範囲で協力しました。M子ちゃん自身も、電車に乗って通院して、抗酒剤をきちんと飲み、断酒会にも参加して、頑張っていました。抗酒剤は、アルコールにとても弱くなる薬です。抗酒剤を服用してアルコールを飲むと、頭が痛くなったり、動悸がしたりします。その事によって、少しずつアルコールを飲む気がなくなるっていう感じでしょうか?抗酒剤を飲んでも、依存症が治る訳じゃないんですけどね。
断酒会は、依存症で悩む人達が集まって、自分の体験などを発表するんです。それを聞いて、共感したり、励まされたり。悩んでいるのは自分ひとりじゃない、苦しんでいるのは、自分だけじゃない。それを知る事によって、自分が依存症と言う病気である事を認め、治そうという気持ちを引き出させるのです。自分の今の状況を発表する事によって、決意を強くしたり、依存症と戦う気持ちを引き締めたりするようです。父のそばでいつも、気を使い、怒られるんじゃないか、怒鳴られるんじゃないかと、そんな不安が強かった、M子ちゃんには、この方法はとてもよかったと思います。家から一歩離れて、同じ病気を治療している人達と、話しをするという事は、普段の緊張した生活から一時的でも開放され、気持ちが楽だったと思います。M子ちゃんは、きちんと断酒会に出席して、皆勤賞のバッチをもらい、組長に嬉しそうに見せてくれました。お酒を飲まなかった日は、カレンダーに丸印をつけて、今日で△日目って、話していました。
でも、結局、父がまた訳もわからず荒れたりすると、恐怖心から、また酔う心地よさを求めて、飲んでしまう。抗酒剤を服用しているので、具合が悪くなる・・・何度もそんな事を繰り返していました。M子ちゃんがお酒を飲むと、父はまた組長のせいにします。「お前が何か言ったのか?」・・・と。(あんたでしょ・・・)と、心の呟き。この人は、いくつになっても変わらないなと思いました。本人の努力と、家族の協力、そして専門的治療。これがないと、依存症は治りません。
病院で渡された本には、アルコールだけでなく、薬物依存症についても書かれていました。家族の理解と協力が、治療には必要です。まずは、依存症を理解する事・・・家族の心構えなどが書かれいてる本です。読み続けているうちに、これ、父の事じゃんと、漠然と思いました(爆)。父は若い頃、麻薬(ヒロポン)に手を出していました。当時は、流行っていたらしいけれど(汗)いきなり人格が変わったり、被害妄想的に思い込んだり怒鳴り出したり、父には、このような傾向がとても多いんです。
M子ちゃんには何とか、立ち直って欲しかったです。これ以上、八つ当たりされるのは、うんざりです。何とか、みんなが笑って暮らせますようにと、毎日祈るような思いでした。

      
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