2013年12月31日(火)
墓参り

 墓参りをしてからしばらく家で休んでから菱屋西、横沼方面に出かけてみた。自宅から近いのだがあまりじっくりと見ていない地域だった。何気ない道路端にも歴史が埋もれているように昔の石造物が車除けに置いてある。興味あることだが道を行くほどにもっと置いてあるようだ。

2013年12月30日(月)
本を伏せるとき

 本を読んでいて深く考えさせる個所がでてくると、しばらく本を伏せて瞑目するようになる。そういう本は良質の本と言える。一冊の本で何回も本を伏せることになると名著だと言えよう。これからもこのような本に多く出会いたいと思う。

2013年12月29日(日)
年の瀬に

夕暮れに家族と買い物に最寄りの駅付近に出かけた。マーケットでしめ縄など正月の品も買っておいた。今年も残りわずかになり寂しい気持ちが起こってくる。同時に元気に一年を送らせてもらったので感謝の念は心の中で起こってくる。多くの人たちに支えていただいた一年でもあったことに有難いことだと思う。

2013年12月28日(土)
歴史ある八尾へ

 八尾の高安辺りを自転車で回ったが玉祖神社や伴林光平の墓など歴史ある個所があり、その他に沢山興味あるところが多い。これらについてじっくりと調べていきたいものだ。寒い日だなと思っていたら途中で霰がひっきりなしに降ってきた。

2013年12月27日(金)
靖国神社参拝に思う

 私の父も家族を残して戦地に行って戦死した。このような家族は大変多い。首相は靖国神社に参拝した理由の一つにこのような国の犠牲者に哀悼の意を表したと言っているがA級戦犯が祭られている神社に参拝すべきではないだろう。昭和天皇はきっぱりとそのような神社に行かなくなった。戦争犠牲者を再度、政治的に利用すべきではないだろう。

2013年12月25日(水)
今年の勉強会

卒翁とのハングルの勉強会を今日に持ち、一年の最後の勉強会とした。朝鮮日報の社説を読むというこの会は題材が大分溜まった。日本語に翻訳した分を集めると一冊の本になる分量となる。何ごとも記録することにすると振返ると貴重なものになるようだ。

2013年12月24日(火)
ウエブの集い

 今日はあるウェブの忘年会に出席した。地元の発展に関心を持ち活動している人が多い。街の発展のために努力している人が多いことを知り励まされる最近だ。

2013年12月23日(月)
ことぶきの忘年会

日本橋の喫茶店「ことぶき」において宇田正先生を囲んで忘年会が開かれた。昔懐かしいロックンロールやジャズ音楽をレコードで聴いて参加者で楽しんだ。愉快なひとときを送れたのでよかった。

2013年12月22日(日)
東大阪物産アンテナショップ

 石切神社参道にある東大阪物産アンテナショップに寄り店内を覗いてみた。店に入る入口の前に足湯ができるようになっており親子が和やかに入っていた。店内には東大阪物産が一目瞭然に並べられており賑やかな雰囲気がある。日頃あまりお目にかからない商品をいい機会だと思い購入する。店内の奥には本や雑誌など置かれ情報コーナーになっており、くつろげるスペースになっている。また、訪れたいところだ。

2013年12月22日(日)
河内の郷土文化サークルセンターの役員会

午前中に河内の郷土文化サークルセンターの役員会を開き、来年に迎える創立30周年記念事業や「あしたづ」など討議した。午後になり他市に行きイベントに参加した。夜になり観光ガイド関係の打ち合わせに参加した。移動中に何とか雨に会わなくて良かった。

2013年12月20日(金)
本が人をつなぐ

はじめて単独で本を出版してそれなりに大変だったが人とのつながりに広がりがでてきたように思われる。人の温かさを改めて感じている。今までに御縁を持った人たちの応援に感謝している。

2013年12月19日(木)
東京都知事の辞職

 都知事は追い詰められて辞職したようだ。オリンピック開催地に東京が決定した時の得意満面の顔が忘れられない。人間の絶頂はそんなに長く続かない。諸行無常の鐘は常に鳴っているのであろう。鳴っていても気付かないようにしていて暮らしている。

2013年12月18日(水)
栗田樗堂の俳句

 新聞を見ていたら松山の栗田樗堂の俳句が掲載されていた。彼が亡くなって200年経つと言う。「けふ有て 命うれしと 鳴く蝉ぞ」 命の有難さを詠った俳句は200年の命を持って今だ生き続けている。

2013年12月17日(火)
ある古墳を訪ねて

 東高野街道近くにある古墳をたずねてみた。街道から登ること20分ほどで到着した。今から1600年前ぐらいの古墳でここから鎧や刀など考古学的に貴重な出土品が発掘されている。古墳の頂上から見る大阪の風景はすばらしく当時にこの場所を選んだ権力者の思いがじっくりとこちらに伝わって来たので感動した。

2013年12月16日(月)
年賀状の購入

 歳末になり郵便局に寄り年賀状を購入した。ここではサービスもよく箱入りチッシュをサービスにもらった。遅くなったが外国の知人にクリスマスカードを送付した。こうして新年を迎える準備を段々と整えていく毎日のように感じる。11月に刊行した「東高野街道」生駒山西麓編について出版社から好評で売行きがいいので増刷準備をするように連絡が入った。これも多くの方のお陰さまだと感謝の念で胸が一杯になる。

2013年12月15日(日)
里山の講義

 里山の集まりがあり専門家による講義があった。日頃はあまり考えていないテーマなので余計に関心があった。開発等により里山がどんどん消えているが歴史的に見ても重要な存在で日本の文化そのものであろう。山の木々を生活に使わなくなって消失の大きな原因にもなっている。

2013年12月14日(土)
「あしたづ」編集委員会

 編集委員会は午前中に開かれ順調に討議は終えた。各執筆者の原稿校正は執筆者によって進められ、刊行は予定通りの2月になる。「あしたづ」は第16号にして画期的に模様替えして出発されることになった。

2013年12月12日(木)
ある居酒屋で

 自転車で走っていると今日は特に寒かったので、ともかく暖をとろうとある居酒屋に入った。カウンターの端にいるお客に対して店の人はこんなに支払いが溜まっていると束になった請求書を示した。客は酔っ払っていたので知らぬ顔でいた。この光景を見て師走の風が余計に冷たく吹いたようだ。

2013年12月11日(水)
発掘現場を見て

 若江の旧村を自転車で走っていて偶然に昔の発掘現場に通り掛かった。時間に余裕があったので足を止めてフェンス越しに現場をのぞきこむようにしてみると掘ったところに何層もの色違いの地層が見え、土器らしいものが現れていた。昔の人々の生活ぶりがわかってくるとタイムスリップしたような感動をする。この現場の調査結果、解明された報告書を読みたいものだ。

2013年12月10日(火)
寒い季節に温かさ

 寒風吹きすさぶ候になったが、温かいひとの心に接することがある。今日もそのようなことがあり人の心の優しさが胸の中に届いて感銘をうけた。自分も温かいことをひとにしたいものだと心の中に念じた。

2013年12月9日(月)
ぼちぼちといこか

 最近は忙しい日々になっている。ときには周りを見てゆっくりと動くことが大事だなと思う。12月は師走といって誰も彼も忙しい忙しいといいながら走りまわる感じだがおめおめ巻き込まれないようにしたい。

2013年12月8日(日)
本を通じて

 今回出版した本を通じて小学校の同窓生や元の職場の人たちとのつながりが、有難く感じている。好意的に支援をしていただいているのを心から感謝している。さらにいい作品を作り上げていきたいとの意欲が胸の中に芽生えてくる。

2013年12月7日(土)
出版祝賀会

 かつて英語を学んだ知人仲間が集まり出版祝賀会を開いてくれた。本当にうれしいひとときを持つことができて祝ってくれた人々に感謝している。お世話になりました。今後ともよろしくお願いします。

2013年12月6日(金)
穏やかなる日

小春を想いだす穏やかな日が過ぎていく。この日に南アフリカの英雄、マンデラが95歳でこの世を去った。彼は南アフリカだけでなく世界に勇気を与えた人物。彼は永久に称賛されていく人物だろう。

2013年12月4日(水)
紅葉の水呑地蔵

 水呑地蔵に登りお参りをした。地蔵の入口辺りはすっかりと紅葉の木々に囲まれ太陽の木もれ陽と調和して美しい。山の上では寒さが一段と厳しいが、四季の変化で今の山は錦衣を身につけているように素晴らしい。

2013年12月4日(水)
特定秘密保護法

 仰々しい名前の付いた法律が急いでつくられようとしている。十分に国民が理解していないとき重要な案件を拙速に成立させては後で大きな問題を残すことになろうと心配する。

2013年12月2日(月)
キナ臭い世情

 中国が尖閣中心に防空圏範囲を設定したので日本を含めて隣国は神経を張り詰めている。トラブルを起こさないように平和的な方法を探して行くべきだ。これは近隣のひとと仲良くするのと同じことなので双方の努力は欠かせない。

2013年12月1日(日)
小学校の同窓生

 小学校のある同窓生と久し振りに会って喫茶店で話し込んだ。まじめな性格の彼は小学校以来変わってない。仕事においても家庭にいても真面目に取り組んできたのが話していてもこちらに伝わってくる。お互いに年齢は重ねたが頑張っていこうと言って別れた。

2013年11月30日(土)
コリアタウン

 久し振りにコリアタウンのゲストハウス「ヒロ」に寄ると埼玉県から独協大学の女子学生がここに調査研究に訪れていた。ここ何ヶ月間にわたり通っているとのことで真面目そうな学生だ。雑談して会話を交しているとここで商店街の人たちからヒヤリングをしているとのことで事情に通じている。共同著作「ニッポン猪飼野物語」の本も読んでいるとのことで会話が弾んだ。

2013年11月29日(金)
書籍「東高野街道」が広がっている

 お陰さまで拙著「東高野街道」生駒山西麓編を読んでいただいて、好評いただいているようで嬉しい。今日も大変喜んで読んでいただいた人物にお会いしてゆっくりとお話を伺った。これから人々の助けを借りて実のあるような行動をとっていきたいものだ。

2013年11月29日(金)
仮粧する知事

有名な知事は眉毛をかき顔に化粧してカメラに登場している。醜悪な状態と言えるだろう。こんな知事の顔を観たくない人は多い筈だ。

2013年11月27日(水)
知事の変質

 有名な知事はウソにウソを重ねていると考える人が多い。5000万円の大金を借りるのに紙切れごとくの領収書T枚で済むのは政治の世界だけか。このひとは元はルポライターとして権力者等、力を持っている側を鋭く追及していたのでかつては支持者は多かったが今はどうだろうか。テレビに映る彼の顔から品性がとうの昔に消えているようだが・・・・。

2013年11月26日(火)
ひとの世に想う

 ひとの世に想うことは様々あろうが、ひとの温かさほど有難く思うことは少ない。時には反対にそれが冷たく感じることもあろうが今日は特に温かさを感じた一日だった。そうこうして今日の日が更けている。

2013年11月25日(月)
ある集い

東成で知人が音楽家として再出発すると言うので励ましの会に参加した。神路の食堂「三福」は街の食堂として確かな味と店主の人柄で客が多いところだが、そこでささやかながら宴が開かれた。参加者がお互いに長い付き合いの中和気あいあいで楽しく音楽家として自立する彼女を励ました。

2013年11月25日(月)
詩吟の会

東大阪市の文化連盟所属の吟詠歌謡の会の催しに参加して舞台で演じられる皆さんの芸を楽しんだ。吟じる人と舞踊をする人のコラボレーションはひとの心に訴えるものがあり楽しかった。長年にわたり築いて来られた伝統と歴史を感じた一日だった。

2013年11月23日(土)
スケッチ

久し振りにカバンにスケッチ道具を入れて近所の街道に向けて歩いて行った。天気はよかったので戸外でのスケッチは気持ちがいい。一生懸命に描いていると通り掛かった中学生が声をかけてくる。この辺りでスケッチは珍しいのかな。

2013年11月22日(金)
お陰さまで「東高野街道」好評

 今月に出版した「東高野街道」ガイドブックが好評のうちに売れているようだ。はじめて単独で書いた本が多くの人に読まれているのでほっとしている。東高野街道が古道として広く知られ見直されていくと喜びに堪えない。

2013年11月21日(木)
珈琲の味

 研ぎすまされた味と技術でコーヒーの出来上がりはすごく変わる。もちろん豆選びからはじまるのだろうが達人の手にかかると素晴らしい味の珈琲が客に提供される。そして客への応対も気持ちのいいものだ。今日はそんな店に寄り感銘を受けて幸せな気持ちで帰ってきた。

2013年11月20日(水)
歯医者

 歯科医院に通っているがここの待合室で知人に会うことがある。年齢を重ねると歯医者にお世話になることが増えてくる。待合室ではお互いの近況を語ることになる。寒さも厳しくなる頃なので体に気を付けていきたいものだ。

2013年11月19日(火)
謎の鳥?

 今日は知人に連れられて今里を歩いてみた。大今里の西之口公園にある鳥の建造物には謎が多いようだ。近鉄の前身の大軌マークが入っている。この謎の建造物を探れば時代の変遷の何かが見えてきそうだ。

2013年11月18日(月)
コミュニティビジネス

地域社会で新しいチャレンジをして頑張っている若者が増えているように思う。今日もそのような一人に会ってお話を聴いたりお願いをしたりした。コミュニティビジネスといっても最初はそんなに簡単にはいかなかったと思われるが今やかなり軌道に乗っているようだ。この開拓精神に敬意を表したいものだ。

2013年11月17日(日)
サークルの集い

河内の郷土文化サークルセンターの第20回「サークルの集い」が今日で終わった。加盟サークルの協力し合った努力で内容あるものになったと思う。そして多くの来訪者があり喜ばれたことだろう。関係者の皆様にはお世話になりました。

2013年11月16日(土)
サークルの集いに大勢の人が

今日と明日、大阪商業大学のユニバースティホール蒼天で第20回河内の郷土文化サークルセンターのサークルの集いを開催。今日は石上先生の講演もあり大勢の参加者があり賑わった。恒例の地元野菜の即売もして安くて美味しい葉っぱ付き野菜やサトイモがよく売れた。明日も引き続き行う。

2013年11月15日(金)
サークルの集い

 河内の郷土文化サークルセンターの「サークルの集い」の準備で大阪商業大学で写真展示作業をすすめた。順調にはかどり本番の明日を迎える。幸いにもこのイベントを朝日新聞が読者お知らせ欄に掲載してくれたので感謝している。

2013年11月14日(木)
河内の郷土文化サークルセンターの行事の準備

「サークルの集い」開催を前にして準備を大阪商業大学にて行った。夕方の5時前に終わったが何とか開催日の16,17日に間に合いそうなのでよかった。

2013年11月13日(水)
霜月か

陰暦の11月は霜月と呼ばれた。まさしく霜月を想起させる低温の日になった。街を往来する人の服装も首にマフラーを巻いている人が結構いる。この間までの暑さはどこへ行ったのかと不思議に思う。

2013年11月12日(火)
パソコンに付き合う

 文章を書くにしろ、何か調べものをするにしてもパソコンを利用している。パソコンがしっかりと生活に入り込んでいる。これはパソコンが便利だからといえる。それと生活にとって便利なのは自転車があげられる。大通りや裏通りなど関係なくどこまでも自転車で行けるのがいい。

2013年11月11日(月)
東大阪市役所を訪ねる

「東高野街道」の本の出版をできたので関係する市役所の部署を訪ねて行った。本を見ていただいて幸いにも好評を得て知り合いの職員の方に購入してもらった。地域に存在する貴重な文化や歴史を掲載しているのでさらに沢山の人に読んでもらい街の素晴らしいところの掘り起こしにつながれば幸いだと思う。

2013年11月10日(日)
川中屋敷林を訪問

 川中邸は大阪府の第1号の屋敷林として指定されている。江戸時代中期から中甚兵衛にちなむ歴史ある大きな存在だ。今日は文化フォーラムがここで開かれ大阪商業大学の石上敏教授やフリーライターの浅野詠子さんが講演された。雨にもかかわらず多くの参加があった。

2013年11月9日(土)
直越から生駒山麓公園
小阪歩こう会に参加して石切駅下車し直越コースで生駒山麓公園から生駒駅まで歩いた。今回は瀧の口も寄り、神武天皇の兄、五瀬命の負傷地を過ぎて生駒山麓公園に到着したときは初めてのコースだけに感激ものなり。ここで食事をして風呂に入る。何とか徒歩で生駒駅に到着する。
2013年11月8日(金)
知人の訃報

長い間お世話になった先輩の訃報が入った。長い間お会いしてなかったので気にはなっていた。葬式に参列して遺影写真を見ていると親しげな御性格が浮かんできた。どうか安らかにお眠りください。帰宅後に大阪商業大学の一室を借りて展示する写真を台紙に張り付けていく作業を河内の郷土文化サークルセンターの関係者で進めた。段々と開催までの準備が整ってくる。

2013年11月7日(木)
若江の忠霊塔

4日に引き続き今日も若江の忠霊塔の位牌などや棚を学者の先生方と遺族会の人達ときれいにするとともに調査した。天候にも恵まれて順調に進行し、今日で終了できたことに感謝している。祀られている戦没者は20歳前後から40歳過ぎとまたがり、日清戦争から太平洋戦争と様々な戦争の人たち。戦後68年経って過去を振り返ることは大事なことだろう。

2013年11月6日(水)
正倉院展

 秋深まる中、奈良にある正倉院展の鑑賞にでかけた。木々が紅葉づいた古都の奈良は気持ちがいい。正倉院展示会場は大勢の入場者に驚いた。もう少しゆっくりと鑑賞したかったが残念ながら希望はかなえなかったが久し振りの古都に満足して家路に着いた。

2013年11月5日(火)
中村来梠(らいし)

 以前から松尾芭蕉の句碑、菊の香に くらがりのぼる節句かな を建立した中村来梠が気になっていた。彼は江戸中期の豊浦に住す文人で中村代官の子孫。「らいし」というのは農機具の一つであり俳号とした。彼の句碑が勧成院にある。もっと調べたい人物のひとりなり

2013年11月4日(月)
忠霊塔の調査

戦後68年になり若江の忠霊塔の内部を慎重に調査することになった。学者の先生方の指導のもとに遺族会の皆さんと棚や位牌など丁重にきれいにしていった。現在の実態が明らかになり後世に寄与することになろう。

2013年11月3日(日)
母親の年忌を迎えて

 亡母の33回忌を迎えて偲べば胸に想いうかべることの多さに言葉では表せない。あの戦後に子ども達を育て上げた大変さは苦労という言葉を越えていた。親の恩は大きくて有難いものだ。

2013年11月2日(土)
本「東高野街道」届く

 初めての自著「東高野街道」が我が家に届いた。母親の年忌を前にして少しでも供養になればと願っている。自分の住んでいる街には歴史と文化という宝が多いので大事にしていきたいものだ。

2013年11月1日(金)
東翠園自治会

東翠自治会に所属して何年になるだろうかと考えてみた。50年近くになる。東翠園の住宅が売り出されたのが昭和11年だが周辺の住宅も含み自治会として発足したのはずーと後のことだ。近所では何かと親切にしてもらって感謝しているが今日もちょっとした工事を近所の左官屋さんにお願いしたら快く引き受けてもらった。近所のお付き合いには有難いものがある。

2013年10月30日(水)
サークルの集い 準備

 11月16,17日に開く「サークルの集い」、東大阪市の昭和の展示のため大阪商業大学で準備作業をした。そして広報活動として近辺の自治会を廻り、周知のお願いに行った。出来るだけ大勢の人達に来ていただきたいと願っている。

2013年10月29日(火)
やまなみプラザ

 今日は東大阪市のやまなみプラザ事業の一つ、「枚岡・瓢箪山界隈」カメラ片手にということで20人ほどで歴史散歩をした。幸いに雨も降らずに2時間半ほど歩いた。このコースは大阪でも歴史あるところで自然がいっぱいにあり比較的にいいコースだと思う。枚岡駅から枚岡公園方面から無事に瓢箪山に到着してホッとした。

2013年10月29日(火)
講演と「東大阪の昭和」写真展

来月16,17日に開催されるイベントで会場近くの自治会の皆さんにもご来場依頼でチラシを持って訪問した。快く話を聞いていただいて感謝している。写真帖の監修された石上敏教授のご講演も楽しみにしているので多くの人のご来場をお待ちしている。

2013年10月27日(日)
若江の忠霊塔

 歴史ある若江の忠霊塔に注目している人が多い。今日も研究されている二人が忠霊塔を訪れられた。遺族会の会長や役員で対応した。この忠霊塔の歴史や現状について研究対象になっている。この塔に眠っている方々がより一層に安らかに浮かばれることを願っている。

2013年10月26日(土)
城東サロン

今日は大阪商業大学で第39回城東サロンが開かれた。担当は「町工場を記録する会」だったが、東大阪では貸し工場から技術のある工場が生まれている。業種もネジやナット、工具製造がおおい。大阪市の工場規制そして東大阪市の農家の副業としての貸し工場の建設など関連して今の結果につながった。興味深いテーマだった。

2013年10月25日(金)
台風多し

次から次とやってくる台風。そのコースにあたっているところには大変なご苦労がある。特に高齢者や病弱者等には大きな負担がある。これだけ涼しくなったのだから荒れる天候もおさまってほしいと願わざるを得ない。

2013年10月24日(木)
会議と作業

 河内の郷土文化サークルセンターの行事で「サークルの集い」がある。来月16,17日に大阪商大蒼天ホールで講演と「東大阪市の昭和」写真展がある。そのことの準備で役員会を開いた。午後から河内木綿畑に行って綿花の摘み取りをする。フワーとした綿を手にするときの感覚がとても良い。

2013年10月23日(水)
台風ラッシュ

台風が次から次と来るのは異常だ。気候は異常なのはわかっているが根本的なことは海水の温度が上がっていることにあるようだ。地球をこのようにヒートアップしている原因は文明の結果にあるようだ。これだけエネルギーを消費して出している社会は今までなかった。頭も社会も冷やさないと大変なことになるようで心配だ。

2013年10月22日(火)
「東高野街道」刊行まじかに

 ここしばらく携わっていた自分では単独著作の刊行がまじかになって来た。出版社の読書館をはじめ、多くの人に支えられ、助けていただいている。今日は原稿の最終的な校正にかかった。なんとかこのまま無事に刊行の実現を心から願っている。

2013年10月21日(月)
歯痛に苦しむ

 生まれて初めて歯痛のため眠れなかった。この年になる迄この痛みがひどいとは経験がない.。経験がないということがラッキーなのか有難いことなのか幸いにもなかった。朝になってすぐに歯科医院に駆けこみ診察と治療を受けた。今のところ嘘のように痛みを除いてもらったので感謝している。

2013年10月20日(日)
河内どんこう

 河内どんこう101が刊行された。手にとって見ると表紙の絵に目が魅かれた。毎回掲載の内容は勿論素晴らしいが画家河村立司さんの温かみのある絵に特長を感じる。地域文化の振興には文化誌の発行は必要だと確信する。

2013年10月19日(土)
著書「東高野街道」の原稿あがる

 この夏から調べて執筆した原稿がやっと何とかできた。出版社に大変お世話になった。浅学非才な自分なので向う見ずなことをしているなぁとときどき反省に近い考えが起こってくる。とにかく刊行まで無事に迎えたいものだと願っている。

2013年10月18日(金)
秋の味を楽しむ

 秋は特に果物が美味しい。栗や柿など好物がおおいので毎日のように味覚を楽しんでいる。今日は昼食代わりに栗を蒸して食べた。これでは体重が増えていくのかと心配しながら味覚を味わっている。

2013年10月17日(木)
久し振りの水呑地蔵

 天気もいいし自転車で水呑地蔵まで登ってみた。ふうふう言って地蔵に到達すると予想通りの見通しの良さだった。明石大橋まで眺められた。大阪の海が夕陽に光りとても雄大な風景だ。この景色を見るために苦労して登っているようなものだ。しばらく休憩していると寒くなって体が冷えてきた。

2013年10月16日(水)
台風の悲惨さ

 台風は伊豆大島に甚大な被害をもたらした。山崩れのため多くの人が亡くなっている。東京都にありながら東京都はオリンピックに熱心であっても足元におろそかになっていたのだろうか。痛ましくてお気の毒な災害だと言えよう。

2013年10月15日(火)
バスツアー

 河内の郷土文化サークルセンターの主催のバスツアーを行ったところ80名を越える参加者があった。行先は奈良の御所、五條そして河内長野と魅力ある場所だった。天気もよく参加者とともに秋の一日を楽しんんだ。参加者は和歌山や奈良など遠方からも来ていただいた。日本ではあまり知られていないが魅力ある町が多い。参加者の皆様に心から感謝申し上げる次第だ。

2013年10月13日(日)
どうなるshutdown

 アメリカ議会では野党の共和党が政府の予算を認めようとしない。そのためshutdownといわれる行政麻痺が迫っている。財政危機といえば日本のほうが深刻だと思うのだが、紙幣をどんどん刷って世の中に出廻るようにしているという。日本の議会は、のほほんとしていて大丈夫なのだろうか。

2013年10月9日(水)
天高く

 チョット蒸し暑いが、あの炎暑に比べるとしのぎやすくなった。街道をひたすら自転車で走っていると風を頬に感じて気持ちがいい。

2013年10月8日(火)
深蔵という言葉

“良賈深蔵如虚”という言葉があるが、まさしくこのような旧家が山麓にはある。長年の歴史と文化に培われたもので、気品を感じる。あちこちと廻っていると経験と見聞きが自ずから増えてくるように思われる。

2013年10月7日(月)
中之島図書館

 大阪府立図書館の中之島図書館へ行って調べものをした。ここでは耐震工事が行われており入口はいつものところとは違っていた。大阪の歴史に関してはここに資料が集まっている。カウンターの担当者に相談すると親切に応対してもらった。みたい資料がでてきた。貴重資料なので貸し出しはされていないものだ。

2013年10月6日(日)
異常な暑さ

 10月の上旬なのに家ではまだ扇風機を回している。私の記憶ではこのような状況はこれまであまりない。朝には北河内地方に地震が起こった。昼過ぎに永和図書館へ行き調べものをしようとしたが、ここへ行っても本がなかった。花園図書館へ行って欲しいとのこと。永和図書館はいま仮設なので利用者に不便をかけている。いつになったらまともな図書館ができるのだろうか。

2013年10月5日(土)
水呑み地蔵

 久し振りに自転車で十三街道の水呑み地蔵に登った。涼しくなったといえ登りにつれて汗だくになる。水呑み地蔵から眺めた西方には大阪の海が横たわっていた。ここまで来ると風がとても涼しく気持ち良し。登りコースは大変だが下りコースはあーっという間に終わってしまう感じだ。帰途の恩智川には白鷺や青鷺など野鳥が多くて環境がいい。

2013年10月4日(金)
街歩きの下見

街歩きの下見のために枚岡駅から暗越奈良街道そして瓢箪山駅迄、街歩きの役員の方と歩いた。気候もいいし天気もよくてよかった。本格的な秋になりこのような文化事業が増えているので毎日が勉強であり精進の日々と言える。

2013年10月3日(木)
日下の里

 旧河澄邸での連続講座を受けているが、今日は早い目に出かけて会場近くにある直越の山を下から見上げるようにしてスケッチをした。日本誕生期の風景を描いていると地元の人が近づいてきて話しかける。なかなか含蓄ある地元に伝わる歴史を語ってくれた。旧河澄邸での講座は残る一日となった。

2013年10月2日(水)
体験記録 死線を越えて

知人のお母さんが「戦争未亡人」のご苦労をこの『死線を越えて』という本に寄稿された。沢山の人が太平洋戦争の体験文を戦後50周年を機に寄せられていた。この記録本は東大阪市が中心になって企画して発行した。それから40年近くが経っているが歴史の大きな節目を記録してよかった。

2013年10月1日(火)
HIRO’S GUEST HOUSE

 久し振りにコリアタウンにあるヒロズ ゲストハウスに立ち寄ってみた。ここには国内やアジアからの客が泊っていく。客の応対がいいし情報提供がいいので、人気あるゲストハウス。オーナーはまだ年齢は若いが経験が豊富なので客に喜ばれている。今日はここでゆっくりとオーナーと歓談した。

2013年10月1日(火)
HIRO'S GUEST HOUSE
2013年9月30日(月)
枚岡神社

 枚岡神社に参拝するごとにその歴史の深さに感銘を受ける。奈良の元春日にあたるだけあって調べれば調べるほど奥行きが深まる。今日は枚岡駅から宝蔵の交差点過ぎて瓢箪山駅へ戻った。天気よし。

2013年9月29日(日)
直越へ

古事記や日本書紀に登場する神武天皇が試みた東大阪市日下の直越地点に登った。ここには昭和15年に建立された聖蹟碑がある。自分の足でここを訪れると3000年前の出来事だが何かがわかってくる。午後から東山会館で行われた河内寺のシンポジュウムを聴講した。水野正好先生のお話には感銘した

2013年9月28日(土)
弁当屋のおばちゃん

 久し振りに弁当屋に寄り弁当を買って帰った。弁当屋のおばちゃんは息子がやっているこの商売を手伝っている。この頃、商売がやりにくなっていると言う。おばちゃんの若い時とは社会が変わってきている。ここまで書いて自分もおばちゃんと、さほど年齢が変わらないと気付いたが、なにか肝心なところで変化しているように思う。

2013年9月27日(金)
素晴らしい天気

 さほど暑くなく青空が澄み渡る天気だ。秋晴れという気候を迎えている。この前までの雨と風の強い日々を記憶しているだけに気分よき日なり。小学校では運動会が始まっていくのだろうか。

2013年9月26日(木)
直越え(ただごえ)

 旧河澄邸を訪れて定期講座を受けた。テーマは木綿史。興味あるところだ。東大阪市の日下に所在するが日本でも有数の最古の歴史あるところだ。河澄邸から東を眺めれば神武天皇が東征しようとした直越えが見える。雄大な景色で心休まる思いがする。

2013年9月25日(水)
長瀬川周辺

金岡あたりの長瀬川を自転車で走った。川では鯉がパシャっとはねたり、青サギがパタパタと川面を飛びだったりする。昼下がりの長閑な風景だ。そうこうすると帝国シネマという東洋一の映画撮影所跡に到着する。いまは樟蔭学園の樟徳館が建っている。よくドラマの撮影の舞台に使われる。人気ドラマだった「カーネーション」もこの家を借りて撮影された。この辺りは広大な旧大和川河川敷だ。散策に良い処なり。

2013年9月24日(火)
ホームページの手入れ

 ホームページに書き込みをして発表するのにソフトを使っている。このソフトは大変便利だが、かなしいことに原理を理解しないまま使っているのでいったん失敗すると修正が難しいときがある。昨夜がそうだったが写真や文章を長時間かかって仕上げたと思ったら一瞬に画面から消えてしまった。回復できなくてはじめからやり直した。心身ともに大変だった。

2013年9月23日(月)
秋彼岸のお墓参り

 墓参りに出かけた。秋日和にしては少し暑いが天気は晴れなり。岩田商店街も墓参りのためがいつもより車の往来が多い。夕方になり以前に購入したパソコンの具合が悪いので日本橋まで行って相談するがなおる見込みなしと言われる。買った方が安くつくとのことだがパソコンの世界は日進月歩で修理して使うという発想はなきに等しい。

2013年9月22日(日)
若江の忠霊塔

 秋の彼岸になり若江の忠霊塔ではお参りの日。父が眠っているこの忠霊塔にお参りをした。“戦争遺児”とか言われる人たちもすっかり高齢者になった。“戦争未亡人”となるとひとりだけ参拝があった。90歳は越えておられるがお元気な様子だ。メガネが傷んできたので眼鏡屋さんに修理してもらうことになった。一週間直るまでかかるとのことだ。

2013年9月21日(土)
理事会

 河内の郷土文化サークルセンターの理事会が開かれた。11月には「サークルの集い」があるので、そのことをはじめとして議題とした。
来年にはセンターの創立30周年記念事業の取り組みも大きな課題となっている。理事会は皆さんの協力で円滑に進んだ。

2013年9月20日(金)
多忙な日

 今日は3人の人達にそれぞれの時間に会って事を果たした。それぞれの人達に何かと助けていただいているので感謝している。これも御縁のお陰と思う。奈良の学園前に久し振りに訪れたが周辺には緑が多くていい環境なり。おだやかな秋の日差しが穏やかでいい時間が流れていた。

2013年9月19日(木)
東高野街道

 生駒山西麓にある東高野街道について調べれば調べるほど興味がわいてくる。やはり千年以上の歴史ある街道だけに底がないほど本に載せたい個所が多い。午後では日下にある旧河澄邸における講座を受けた。内容のある講座が素晴らしい場所で行われている。

2013年9月18日(水)
一転して快晴

 大雨が続いたが最近は快晴が続いている。天高く馬肥ゆる秋になりしか。秋の味覚の一つの栗を蒸して食す。小学校の同窓生から電話が入り夕方に会った。談笑して帰宅する。

2013年9月17日(火)
河内木綿

 今年も河内木綿の出来がよくない。綿花の収穫時期になり畑に行ってみて出来がよくないことがわかった。綿花が小さく糸にしにくいだろうと心配する。この暑い中、水やりや草刈りに精を出した会員の皆さんにとってお疲れさまだが熱心に木綿の世話をされている。天候の悪さが影響しているのだろう。

2013年9月16日(月)
パソコンの前で

 最近はパソコンの前に座り、文章を打ち続けること多し。姿勢は悪くなって体にはいいことないだろう。そんなことで運動だと思って自転車で大東でおこなわれた会議に出席した。関西山城サミットを来月の十月にするとのこと。あまり知らない世界なので勉強にはなる。

2013年9月15日(日)
台風の影響

 台風が近づいている。大雨による被害があちこちで起こっているようだ。大雨による避難が場所によっては始まっているとメディアは報道しているが当事者にとっては大変なことだ。平穏に一日を送ることは有難いことだと思う。こうしている間も雨は降り続けている。

2013年9月14日(土)
取材で廻る

 本の取材で人と会ったり写真を撮りに回った。涼しくなったがあちこちと移動すると汗をかいて水分が欲しくなってやたらと冷たいものを飲んでしまう。今日は大東の三箇や御領を訪れたが歴史ある集落であり、雰囲気あるところだと感じた。

2013年9月13日(金)
久し振りの心斎橋

友人が絵画の展示会に作品を出しているので 久し振りに心斎橋に行ってみた。ここでは、どことなしに人が少ないように思った。キタゃ天王寺周辺では新しいビルが建ち話題作りして買い物客も増えていることに影響されているのか。外国人の観光客がよく目に付いた。中国から個人の観光客は増えているらしい。

2013年9月12日(木)
会報編集委員会

 河内の郷土文化サークルセンターの会報編集委員会が午前中に開かれて出席した。午後から石切の旧河澄邸で開催の講座に参加した。テーマは河内木綿だった。いつ来てもここの住宅には落ち着いた上品な雰囲気がある。名家の河澄氏の上品さが家屋や庭に今でも伝わる。

2013年9月11日(水)
季節の贈物

 秋の訪れとともに果物が一層美味しくなってくる。季節の贈物を有難くいただいた。新鮮で美味しさがそれを一口を口に入れると同時に伝わってくる。

2013年9月10日(火)
自転車であちこち

 本制作の取材のため四條畷の街をあちこちと走り廻った。温度は下がったとはいえ長時間自転車で走ったので汗が多くかいて疲れた。取材に訪れた東大阪市の文化財課や四條畷市の歴史資料館の担当者に親切に教えていただいたので感謝。走り廻ることで得ること多し。

2013年9月9日(月)
自分が可愛い訳

 “人類はみな兄弟”と高らかに言う人が、以前にいた。しかし、自分が一番かわいいし大事にするだろう。それは自己を守るための生存本能からきているのだと思う。きれい事にはすまないのが世の中だろうし、国家でも国としての生存する役割がある。これらがときには他人と衝突するし、国家間においては小競り合いが生じて不幸にも戦争に発展することも起りうる。お互いに礼儀やルールを守りながらできるだけいさかいを起こさずに済むように気を付けていかねばならない。

2013年9月8日(日)
カウンター談義

 よく行く喫茶店のカウンター前に座り世間話をしていると、オリンピックで東京が選定されたが客の話では半分近くは開催に反対意見をもっているとのことだ。まあ世間ではいろんな意見があるということだろう。しかし昨夜のプレゼンテーションの内容はよくて英語といい、センスといい良かったのではないか。

2013年9月7日(土)
オリンピックゲーム

 2020年の夏季オリンピック開催地がもう少し時間がたてば決定される。安倍首相を先頭に関係者はブエノスアイレスを訪問して東京への誘致に力を入れている。選考する際の条件として安全が上げられているので福島原発の汚染水漏洩が問題になっている。政府の怠慢を指摘されても仕方がないだろう。もともと東京電力には当事者能力があるとは大方の人は思ってなかった。

2013年9月3日(火)
友を見舞う

 入院中の友を見舞う。手術は無事に終わったようでよかった。見舞いに行った我々と元気に会話を交わした。やはり彼の精神力には頭が下がる思いがする。ここから最寄りの駅はJR東西線なのでめったに来ない場所だ。丁度涼しくなり雨も上がっていたのでよかった。

2013年9月2日(月)
モーニングの会

 朝に会って喫茶店のモーニングサービスを楽しみ語らう友の会は楽しい。雨であったが今朝もモーニングを前にひとときを過ごした。3人が身近なことでアトランダムに気軽に語り合うだけだがテーマによっては微妙に意見が違ったり考え方が違い、時には議論が激しくなるがこれも楽しいものだ。この会をいつまでも大事にしたいものだ。

2013年9月1日(日)
防災の日

 9月1日は関東大震災が90年前に起こった日。今では「防災の日」として記念日となっている。10万人を超える犠牲者が発生して東京はじめとして日本は大きく疲弊した。このことが昭和初期まで持ち越され大恐慌の一因となる。2年前の東北大震災が今でも尾を引いて多くの被災者の苦しみがつづいており福島原発電の汚水の海への垂れ流しは続く。

2013年8月31日(土)
河内学講座

今日の河内学講座は水野正好先生と川口六万寺往生院住職からお話しされた。テーマの河内のカミ・ホトケは身近なことだけに勉強になった。水野先生にはいつもながら豊富な研究成果から多くのことを学ばせて頂いている。いつまでもご元気にと願っている。

2013年8月30日(金)
異常な気候

 狂乱の暑さが何となく過ぎ去る兆しが出たと思ったら今度は台風がやってくる。地球の温暖化は確かに進行している。戸外で熱を放熱する自動販売機などは、不必要と思われるときは考慮していかねばと思う。そうでなければ次の世代の若者や子供達の将来に被害が一層広まっていくと心配する。

2013年8月29日(木)
変わらぬものなし

 街や人の移り変わりを眺めているとすべて変わりゆく。近所を見ても然りだろう。仏教ではこれを諸行無常と表せている。あるいは色即是空と記している。大きな家の持ち主の高齢化により屋敷が売り払われて分割されて建売りの家になっていくのをあちこちにみられる。人も同様で変わっていくのであろう。

2013年8月28日(水)
閲覧の制限

 『裸足のゲン』の漫画を読むことに制限することはいらないお節介にあたるだろう。この前の戦争は、実際はもっともっと悲惨なもので、その実態はとても書物などで表現できない。戦争では人間は獣になるといってもいい。この国の指導者と呼ばれる人たちは、いかに戦争に至らないようにするかについて知恵と力を出すべきだろう。そのために彼らはどんな事をしているのかが、実に疑問をもっている。

2013年8月27日(火)
長瀬川を逆のぼり柏原へ

 長瀬川沿いを逆のぼって自転車で走っていると川の中で青鷺がバタバタともがいている。よく見ると糸が羽根に絡みうまく飛べない。これはかわいそうだと思い何とか糸をつかみ切ってやると飛んでいった。長い糸や釣り糸は、人間には害はないが鳥に絡むとこれが命取りにつながる。長瀬川の川筋に赤とんぼが気持ちよく飛んでいたので秋を見つけた感じになった。

2013年8月26日(月)
大雨が過ぎて

 大雨の一過、大変涼しくなったがいつまで続くやら。午前中に近くの八戸ノ里公園を散歩すると雨の水気を含んだ木々の葉っぱは生き還ったように元気になった。気温もぐっと下がったので散歩しても気持ち良し。

2013年8月25日(日)
大雨のあと

 物凄い雨が降り続けた朝。午後になり馴染みの喫茶店に行くと店主が店の前の下水管が逆流して店内の一部に浸水したという。やはり今朝の雨は異常なものだった。その結果か気温は下がりしのぎ易くなった。もう秋はそこまで来ている感じになった。

2013年8月24日(土)
役員会と河内学

 午前中に河内の郷土文化サークルセンターの役員会を開き来月の理事会に備えた。午後になって「河内学講座」の河内キリシタンについて学ぶ。500年前の河内には大名を含み3000人ほどのキリシタンが生まれた。当時は今の四條畷、大東そして東大阪、八尾にかけて教会が建ち栄えていたが、秀吉のキリシタン弾圧により瞬く間に姿を河内から消えていった。

2013年8月23日(金)
今日は処暑

 1年を24節に分けた暦では今日は処暑にあたる。暑さが緩み少し涼しい季節に入るという。そういう関係か今日の散歩のときはほとんど日除けの帽子は必要としなかった。昔の暦は人々の生活と密接に関係していたと考えられる。
   道問へば 道なりといふ 友逝きし(三記雄)

2013年8月22日(木)
旧大和川めぐり

 家に居ても暑いので自転車で旧大和川の長瀬川や玉串川を巡ってみた。36度という高温だったが木陰の多い川筋を行くと結構快適に感じた。おまけに川沿いには歴史的なところや見どころが多い。旧大和川跡は偉大な“関西遺産”といえよう。あちこちを写真に収めたので文章にしていつか発表してみたいものだと思う。

2013年8月21日(水)
「東大阪市の昭和」刊行祝いの会

 このたびの樹林舎刊行「東大阪市の昭和」の祝いが河内の郷土文化サークルセンター主催で関係者が集まり反省会を兼ねて祝いの会を開いた。今年になって刊行に向けて写真収集や執筆などで苦労した面々なのでそれぞれ苦労話が披露された。お陰さまでこの写真アルバムの本は好評なのでよかったと安堵している。

2013年8月20日(火)
韓国文化院へ

 東大阪の工芸家、角谷征一さんが出演されるというので“韓日工芸交流会”を訪問した。会場は大阪市北区の韓国文化院であった。初めて訪れたが立派な建物で驚いた。あいにく時間が合わなくて角谷さんとはお会いすることができなかった。帰途に河内木綿の畑に寄り水やりをした。相変わらず水揚げポンプが故障していたので池から水をくみ上げての水やりは炎天下では大変だった。

2013年8月19日(月)
季節は変わる

 昼の暑さが響いてか夜の睡眠が十分に取れなくて体の疲れが残っていく。これが影響して昼によくうとうととしている。自転車で日本橋まで走って宇田正先生の絵画を喫茶店「寿」まで観に行った。先生の作品「噴煙上がる桜島」もあった。寿のマスターともお話をしてコーヒーとともに楽しんだ。日本橋から家路を走っていると涼しい風が気持ちよく顔にあたる。秋はもう近いだろうと期待する。

2013年8月18日(日)
喫茶店談義

 よく行く喫茶店が近所にある。常連客が座るカウンターにいると盆休み中の日曜日とあってかなりの客が集まっている。小さなカウンターだがそれぞれに好みの席があり指定席のように自ずから決まっている。盆で帰省した土産話等あり話題も豊富なり。こんなときはホッとする時間が過ぎていく。

2013年8月17日(土)
久し振りの散髪

 頭髪はめっきりと薄くなり散髪屋さんへの足取りは遠くなっている。今日は久しぶりに馴染みを訪れたがそこでの話は面白い。いわやる“床屋談義”といわれるものになるかも知れない。理容の看板は白、赤、青の三色だが元々は白と赤だったという。時期は中世の外国が発祥だが、外科医が使う包帯と手術ででる血の色の白赤の二色が始まりという。理容は外科医から始まり、それが理容の看板となり、フランス国旗のような三色になったと散髪の息子は説明してくれた。それにしても剃刀による髭剃りは本当に気持ちがよかった。

2013年8月16日(金)
地球のヒート

 この夏の暑さは異常的なものだ。昨日は東大阪市内でお気の毒なことに高齢者夫婦が自宅で熱中症で亡くなっている。このような悲劇は国内のあちこちに起こっている。地球上の温度は上昇しつつあるようなのでこの対策は言うまでもなく必要だ。自宅前を打ち水するだけでも一陣の涼風が起こるように感じて夕方になれば実行している。
 一筋の 影求め往く 暑さかな (三記雄)

2013年8月15日(木)
敗戦した終戦記念日

今から68年前に日本は敗戦して終戦となった。今日はその式典を国が行った。決してこのような戦争ははじめてはならない。このことについて天皇のお言葉と首相の挨拶に微妙な違いがあるのが気になった。自分の父親は中国で戦死したが自分なりに父親のことは決して忘れることはなく自分なりに静かに哀悼した。

2013年8月13日(火)
お盆を迎える

 お盆を迎えてお墓参りに行く。炎暑の中なのでゆっくりと動くようにした。帰途に買い物をして帰る。帰宅してしばらくしてから河内木綿畑に行って水遣りと草刈りをする。太陽光による水揚げ器が故障しているので水を手作業でくみ上げ運ばないといけない。この作業は結構なエネルギーが要して疲労し、汗まみれとなる。

2013年8月12日(月)
地元の歴史を求めて

 大和川の付替えについて興味があり、今日は長瀬のほうへ行って百間堤跡について調べた。段差が残っており古道が走っていて興味がつのる。真昼間だったので暑くて暑くて緊急避難するように喫茶店に入って喉を潤した。気温は上がって37度になったようだ。

2013年8月11日(日)
ゴーヤ

 近所の人からゴーヤをいただいた。ゴーヤの姿はイボイボが出て決して可愛らしいものとはいえないが、よーく見ると体全体は緑色に包まれ愛らしくも見える。第一にこの暑い中で食べるとビタミンC がたっぷりとあり少し苦味あるところも美味しい。食べる前にスケッチしたくなって水彩を使って画帳に収めた。

2013年8月10日(土)
落語会

ひょんなことから、ざこば師匠が関係している道楽亭の落語会を聴く機会をもった。会場の動物園前駅まで友人たちと出かけた。ざこば師匠をはじめとして一門が4人が演じた。暑気払いで腹を抱えて笑った。このときは酷暑を忘れていた。

2013年8月9日(金)
炎暑の中で

 気温も36度とか体温を超えてくると殺人的な状況になる。体を守るため炎熱下の徒歩の外出を控えて自転車で出かけて、行先では冷房の中で過ごすようにした。帰途には小阪駅前の「ますせん」で蒲鉾を買って帰る。小阪駅前には老舗の店が多く人気ある商品が多い。

2013年8月8日(木)
福島原子力発電所

福島原発所から核汚染された排水が海に一日300トンが流されている問題について世界は注目している。海への汚染は一国だけの問題には収まらない。東電は勿論のこと日本には問題対処できる力があることを世界に対して示さなければならない。

2013年8月7日(水)
『東大阪市の昭和』

昭和時代の東大阪市を写真と文章で表わす『東大阪市の昭和』が刊行された。初めて見る写真が多いので永久保存版として後世に残るものだと考えられる。この本が多くの人たちや団体などに見て読まれ活用されることを希望している。

2013年8月6日(火)
もう秋の風か

 暑い暑いといっても明日は立秋になる。外出して風にあたると秋の気配がしてきた。季節の移り変わりは目に見えないが明らかにすすんでいる。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」

2013年8月5日(月)
久し振りの夕立

 永和の市民会館からの帰途に雨がぱらついてきたなと思ったら凄い夕立となった。目の前に雨粒が飴玉状態に降っている。途中でしばらく雨宿りをしたが、その時点ですっかりと濡れてしまった。お陰で大変な状態になったが庭木に水やりをせずに済んだ。

2013年8月4日(日)
宮本順三記念館

宮本順三記念館が東大阪市内に開いて15周年になった。今日はその記念会が開かれた。宇田正先生はじめとして意義ある、ユーモアただようお話に会場の雰囲気は一気に盛り上がった。茶話会が楽しいうちに終わった。

2013年8月2日(金)
制作会議

 「東大阪の昭和」制作会議の最終会議を終えた。今年の2月からコツコツと会議を重ねて出版にこぎ着いた感じだ。制作会議に参加された監修の先生はじめ皆さんは大変にお疲れのことだろう。出版社の皆さんお疲れ様です。

2013年8月1日(木)
会報編集委員会

河内の郷土文化サークルセンター会報の編集委員会があった。例年のごとくに原稿を集めて秋に発行する予定で進んでいる。会の広報活動などで会報は大切なものである。午後には友人たちと会って歓談する。また脇の甘くて思慮の足らない政治家が世界の人にひんしゅくを買っている。

2013年7月31日(水)
震災復興費

震災復興費が何兆円と使われずに不用額で計上されているという。東北大震災の罹災者今だ多くが困っているのに使われないという。国民からも復興税という名目で徴収しておきながら災害と関係ないところに配分して使っているという矛盾はどうするのか。でたらめさでこの夏はより暑くなるのではないか。

2013年7月30日(火)
登山と人生

 韓国からの登山客が日本アルプスで遭難している。本当にお気の毒なことになっている。山の天候は急変するので山へ行くときは細心の注意がいる。日本アルプスには登山では行った経験がないが大峰山のときは大雨が降り道がわからなくなる怖い経験をした。予想しないことがやはり起こるのである。しかしこれで大変貴重なことを学んだ気がした。私のその後の人生にもこのことが影響しているようにも思う。

2013年7月29日(月)
アイスコーヒー

 よく行く喫茶店に入ると手伝いの人がいきなり今はママがいなくてアイスコーヒーしかできないという。何人かの先客がにやにやしている。仕方がないなぁと苦笑いして日頃あまり注文しないアイスコーヒーで我慢する。ママは商店街の用事で外出中らしい。カウンターでおいてある花をスケッチする。まあ、こういうことあるだろうし長い付き合いだからと思いながら店を出た。

2013年7月27日(土)
NHkの番組

 テレビを見て過ごすのは多いし為になる場合がしばしばある。しかし、これはだめだなとチャンネルを替えたりスイッチを切る場合も多い。NHKしか作れないようなすぐれた番組がある。そういう時は視聴者は心から局に対して敬意を表している、

2013年7月26日(金)
大阪府立中央図書館

 調べものがあったので荒本北にある大阪府立中央図書館まででかけた。ここへ来ると本が揃っているし施設も立派なものだ。今日はここに籠るように一日を過ごした。

2013年7月26日(金)
自転車の修理

 自転車の修理で桃谷のほうへ出かけた。サイクルショップは上手に修理してくれた。そのご上本町と難波の古書店に廻り本を探したが見つからずに帰宅した。欲しい本は見つかった時にちゅうちょせずに買うことだなと反省した。

2013年7月24日(水)
鳴川峠へ

 調べたいものがあったので四条のほうから鳴川峠に登った。この数年間は登ったことがないこの峠は少しきつかった。しかし登る中で快感も感じた。昔は河内から大和へ抜けるひとつのルートであり修験者の行く道だった。
汗かいて山を登れば涼風あり山ホトトギス鳴きわたるかな

2013年7月23日(火)
垣根の手入れ

この頃、忙しかったので垣根の手入れができなかったので今日は午後に少しした。暑いときなのでじっくりとできなかったが垣根はだいぶすっきりとした。このあと少し休んでから河内木綿の畑に行って雑草を刈った。水をやろうとしたら揚水ポンプが作動しない。ほとほと困って知人に電話したら故障しているという。万事休すで今日の水やりはあきらめで帰った。

2013年7月22日(月)
歴史的な判断は

選挙の結果に一喜一憂すべきではない。歴史は長い眼で見なければないだろう。各野党は木を見てるが森を見ていないので野党内で足の引っ張り合いをしている。与野党のバランスが取れていないので国の方向を失ってはならないだろう。

2013年7月21日(日)
取材で走る

 取材で現地に走ると予想しないことが起こるようだ。今日は結果的によかった。しんどいことが多いがそれに負けないほどに面白くて収穫が多いようだ。

2013年7月20日(土)
「河内学」始まる

今日から大阪商業大学商業史博物館主催、河内の郷土文化サークルセンター協力の「河内学講座」がはじまった。今回のテーマは「河内のカミ・ホトケ」。大東道雄氏と石上教授の講演は非常に興味があり勉強になった。会場にあふれんばかりの受講生が集まった。夕方になり学生時代の友人たちと落ち合った。

2013年7月19日(金)
清滝峠へ

 取材のため四條畷の清滝峠に向かった。途中に善根寺の原始蓮の花を見せてもらった。鮮やかな色彩のこの花は美しい。代々守って来られた稲田さんに深い敬意を示したい。久し振りの清滝峠へのサイクリングは私の体力には大変だった。峠で偶然に出合った高齢の女性は二つ折り腰の状態であったが小さな手押し車に収穫した野菜など積み優しく話しかけてくれた。峠に会う人には暗峠の人と同じように人生はこのように強く生きるのだよと私に語りかけてくれているように感じた。

2013年7月18日(木)
取材で走る

 暑いなjかだが本づくりの取材のため日下や石切そして四條畷まで足を伸ばした。現地を訪れ人と会って話を聞くと知らないことが多くて発見がある。これらを本づくりの中、発表していきたいものだ。

2013年7月17日(水)
期日前投票

 昼過ぎて陽が少し和らいだころから外出して市民会館で参議院選挙の期日前投票を済ました。会場では投票者はまばらだったので待つこともなくスムースに投票を行えた。布施まで歩いて夕食をとって買い物をした。途中の商店街である高齢者が座り込んでおり救急車が待機していた。暑さのために体の具合が悪くなったようだ。

2013年7月16日(火)
寝苦しい夜

 夜になっても温度がさほど下がらないので寝苦しい。ついついクーラーをつけている。蒸し暑い日本ではクーラーは必需品になっているようだ。経済的にクーラーを使えない人達も多くいるだろう。こういうことを考えると複雑な気持ちになる。

2013年7月15日(月)
大雨の後で

 朝に大雨が降り少しは涼しくなるかもと期待したがさほど温度は下がらなかった。午後になり雨が小雨になったので傘をさして散歩した。それも途中で雨が上がり傘をカバンにしまいこみ手軽になって散歩を続けた。蒸し暑くいなか、いつもの喫茶店に飛びこむように入ると店内は冷房が利いて気持ち良し。カウンターの上にめずらしく黄色い菊が活けてあり一度スケッチしたいなぁと思った。

2013年7月14日(日)
結婚式に参列

 親戚の結婚式に参列のため御堂筋まででかけた。御堂筋では国際親善を進めようというデモ行列が行進していた。いいことだと思いしばらくの間、眺めていた。結婚式と披露宴は厳粛なうちに終えて披露宴は和やかで楽しいものだった。

2013年7月13日(土)
公民館講座

 瓢箪山駅近くの公民館で郷土学の関係でお話をした。酷暑の中にもかかわらず数十人の方に来ていただいた。身近な歴史のひとコマを御熱心に聞いたいただいたようだ。帰途に今度の本に掲載することを取材した。秋に刊行予定の本に何を載せていくかが楽しみであり悩むところだ。

2013年7月12日(金)
猛暑と売上げ

今年は猛暑で日本列島がうだっている。 新聞を見ると、この暑さが景気にはいい刺激になるだろうと論じているがおかしいことだ。経済が上向くなら熱中症で人が死のうが倒れようがいいのだろうか。あまりにも経済至上過ぎになっていないだろうか。それこそおでこに氷を載せて冷やすべき時だ。

2013年7月11日(木)
人と会うこと

ひとつのことを成し遂げようとしたら、人にお願いすることが増える。こういうことで人間関係が広がり良い輪がつながってくるといい。これが御縁となっていくのだろう。今日も人と会い感謝しながら帰途についた。

2013年7月10日(水)
夏草に対処する

 河内木綿畑に行き、水やりをする。畑の周辺に夏草が覆うように茂っていたので鎌で刈っていく。激暑の中なので長時間するのには体力的にしんどいのでときどき休憩。帰途にスーパーに寄ってビールなど買って帰る。

2013年7月9日(火)
東大阪の昭和 写真帖

 『東大阪の昭和』写真帖がいよいよ8月上旬には書店の店頭に上がってくる。貴重な多くの写真が集められ解説文とともにこの本に登場する。忙しい日常から少し距離を置き昭和の時代を振り返るのは大事だろう。そこから何かが浮かび上がってくることを期待している。

2013年7月8日(月)
会議は続く

朝から夜へと会議は続く。よりいい本を刊行したいので十分に出版までに点検を重ねたいものだ。明日の朝からまた会議が再開される。体力の維持も当然必要だ。

2013年7月7日(日)
日本橋は面白い

 とても暑い日だが自転車で日本橋まで行き、いつものカフェでパソコンで文章を作成した。この店では電源差し込みのサービスが提供されているので周囲ではパソコンで作業している人が多い。人種の交差点みたいな場所で様々な外国人が利用している店だ。日本橋は刺激があって面白い街だといえよう。

2013年7月6日(土)
人に学ぶ

 人に接していて学ぶこと多し。自然の中にあって学ぶこと多し。森羅万象に学ぶこと多し。限られた人生で気づき学ぶかが大きな分かれ目になろう。

2013年7月5日(金)
調査で汗だく

 自信のないときは現地に実際に行ってみて調べることが重要だ。今日もそういうことで暑い中にもかかわらず枚岡の山を登って調べた。その結果確証を得たので自信につながった。汗だくになったが結果を得て心は清々しきかな。

2013年7月4日(木)
フエイスブック

参議院選挙運動にネット使用が緩和された。フエイスブックに政治家が一斉に参加している。いつもよりフエイスブックに政治家から送られてくるのでびっくりしているが当たり前だといえば当たり前にのこと。蒸し暑くて家でじ―っとしていても汗が額ににじんでくる。

2013年7月3日(水)
調べることの面白さ

 物事を調べていくと面白い発見があることが多し。簡単には発見できないが苦労した結果に得た発見のの面白さは格別といえよう。今日もそんなことで汗をかきながら調べていることがある。

2013年7月2日(火)
河内木綿

 中環の森へ河内木綿の水やりに行った。雑草が大分生えていたので鎌で草刈りもした。木綿の辺りはだいぶ見やすくなったので気持ち良し。夕方になり辻子谷の水車見学で大阪商業大学博物館のスタッフともに現地を訪れた。辻子谷では地元の昭楠会の人から説明を受けた。江戸時代から継承されている歴史について説明を受けて良く分かった。貴重な水車をこのように保存されていることに心から敬意を表したい。昭楠会の皆様有難うございました。

2013年7月1日(月)
会議は続く

 朝から会議をはじめ昼食を終えて午後から、また会議は続く。心身とも疲れるが努力すれば必ず前に進んでいく。メンバーとのいい関係を保ちながら進みたいものだ。

2013年6月30日(日)
どんずる峰の戦時中の地下壕を見学して来た。

香芝市にあるどんずる峰の戦時中に掘られた地下壕を見学した。どんずる峯自体は天然記念物、凝灰石によって構成されているがその下に旧航空隊がこのように2000mに及ぶような大規模に掘ったものが存在していたとは知らなかった。戦争という凄さを水たまる地下壕を歩いて実感した。

2013年6月29日(土)
会議の連続

河内の郷土文化サークルセンターの会議二つを午前中に参加する。午後から関連の大東市での打ち合わせに参加する。この辺りに来ると飯盛山が迫っているので美しい。

2013年6月28日(金)
慌てて

布施駅に丁度下りの電車が来たと思いふと乗ったところがこれが急行で八戸ノ里駅に止まらない。あれよあれよと走り石切駅についてしまった。ここで各駅の上りに乗って八戸ノ里駅にようやく到着した。到着の電車をよく確認してから乗らないといけないが安易に流れていた。これが単に電車でよかったが重大なことに乗り間違えればとんでもないことになるだろう。

2013年6月27日(木)
古文書の勉強

定例の古文書の勉強会に参加した。享保の三井家の文書だが現代に通じる含蓄のある言葉に感心する。人間の考えとか戒めは時代に関係なく共通するものがあり肝に銘じなければならない言葉に出合った。

2013年6月26日(水)
話すことの大切さ

雨が降り続くが、そんな中でも一日に一回は外出して歩いてみたいと思う。人と接して話をして腹の底から笑ったら気持ちがいい。今日もそのようにして胸の中がすーとした感じになった日だった。

2013年6月25日(火)
瓢箪山稲荷神社

瓢箪山稲荷神社は由緒ある神社。今日はここを訪れ山畑宮司にお話を伺った。土地に伝わる興味深い話をお聞きして有意義な時間を持った。何処かに書きと止めておきたいものだと思う。

2013年6月24日(月)
緊張とリラックス

 ボランティアの会議といえども続くと緊張して心身ともに疲れる。会議の疲れをほぐすには軽くビールを飲むのが楽しい。決して量は多くはないが緊張がほぐれる。それにしても暑いときはビールがうまい。

2013年6月23日(日)
ムンクの叫び

絵画でムンクの「叫び」は世界的に有名だ。百年以上前の絵だが文明がすすむにつれての人間の不安が描かれている。そんなムンクも最晩年の自画像は明るい色調で穏やかに描かれている。テレビの日曜美術館での解説を聞いて何かほっとするものがある。

2013年6月22日(土)
会議の一

 急いで会議を午前中に開いた。一定の方針が出たので今後は方針に沿って進めることになる。午後から城東サロンに参加して河内木綿の勉強をした。大阪商業大学の谷岡記念館の池田氏から講義していただいた。貴重な古文書も見せていただいた。

2013年6月21日(金)
まちを行く

町を自転車で行くと何か思わぬ出会いがある。今まで何回かそこを通っているのに見過ごしていたのだろう。今日は東大阪市の東部、弥生町のいわれの石碑に出合った。犬も歩けば棒にあたるかな。

2013年6月19日(水)
雨がつづく

 雨がやまないので仕方なく傘をさして散歩に出かけた。家を出て蒸し暑い中でも外気にあたると少しは爽やかに感じる。近くの喫茶店から見る中央環状道路の街路樹の緑にパソコン作業で疲れた目が癒される。

2013年6月18日(火)
公園の太極拳

 近くの公園を散歩すると色んな集まりができているようだ。大勢の若者は広場で踊ったりスポーツをして時には歓声を挙げている。少数の高齢者グループは昼間からカンビールを片手にして談笑している。多数で中国の太極拳に身を任せるように動く。これもあれも公園が広くて緑豊かなので可能だ。眺めていると風景良く心地よし。

2013年6月17日(月)
会議の進行

午前中に会議を持った。会議は2時間もやれば終えるのがいいと思う。どんな議題でも2時間内には一定の進行と結論を得たいものだ。午後からは市民会館の集まりへ参加した。梅雨らしく蒸し暑い一日だった。

2013年6月16日(日)
まちの中華料理店

 近所の中華料理店に入り餃子とニラレバ炒めを注文した。とても美味しかった。値段も適当に設定されている。人の幸福感は味覚が多いに関係するだろう。昔の昭和の写真を見ていて、やはり食べ物等は格段に発達していると思われる。

2013年6月15日(土)
役員会

 役員会を開いて河内の郷土文化サークルセンターの今後の進め方を論議した。先日の文化見学会を好評のうちに終われたのはよかった。天気はよく皆さんの協力がありおこなえたことだ。午後から大雨が降ったので蒸し暑さも少しはましになったようだ。

2013年6月14日(金)
ある日本画展

 知人が所属している文萌会日本画展が生駒で開かれた。会場は住宅街の中にあり広々したところで庭園が美しい。日本画は色彩が淡白で美しい。生駒駅前の百貨店で食事して帰宅した。東から見る生駒山の傾斜が緩やかで生駒山を雄大に見せている。

2013年6月13日(木)
今日は猛暑

今日は猛暑。家の中に座っているだけで額から汗が噴き出してくる感じだ。昼過ぎから外出すると屋外では風が吹いていたのでましだった。現在は本原稿書きなどに追われているので暑さにかまけておられない。

2013年6月12日(水)
自分なりのチャレンジ

 三浦雄一郎さんの快挙は国民栄誉賞の値打ちが十分にあるはずだった。80歳の高齢者が頑張るという日本は世界に誇れる機会だったのに、その機会を逸したのは誠に残念だ。しかし、国民誰もが、それぞれの目標を持ってチャレンジできるだろう。目標の大小は問わないでチャレンジ精神を失わないことに価値があるのだろう。

2013年6月11日(火)
 大阪の繁栄か                                      

 あべのハルカスがいよいよあさってからオープンするとテレビで報道している。キタではグランフロント大阪が始動し大阪では商戦が盛んになっている。全体の客数が減少しているので工夫が必要だろう。ハルカスには一度は訪れたいものだ。

2013年6月10日(月)
会議は続く

 河内の郷土文化サークルセンターの会議があり参加する。今月はこの種の会議の開催が多くなってくる。それだけ事業が多いことだといえる。事業がうまく進むように十分な論議は必要になるが、ついつい多忙になるといらつく自分に気がつく。いつになっても人間ができてない自分にも気がつくことになる。

2013年6月9日(日)
未解決事件

 実際にあった大量殺人事件を検証し、NHkでドラマ風に仕立て報道した。ごく平凡な家族が事件に巻き込まれていく姿を見ていると本当に恐ろしくなる。人の心理を巧みにつかむ犯罪者はどこでそのようなことを身につけたのだろうか。

2013年6月8日(土)
何が何だか

 次から次へと刺激的な発言を繰り返している政治家がいる。それで今まで人気を得ていたがよーく発言を検証してみると、言いぱなっしが多いようだ。チェックしないといけない国民なりが日常生活で忙しいので忘れてしまうのだろう。そろそろ、じっくりと検証してみたいものだ。

2013年6月7日(金)
汗かきつつ

 自転車で十三峠下の水呑み地蔵へ行く。気温が上がっているので汗が出て仕方がない。休み休みして無理しないようにして目的地にやっと到着した。体は疲れでフラフラ状態。明石大橋はあいにくの霞みかで見えないが阿倍野ハルカスは威容をきっちりと示している。水呑み地蔵で少し休んでいると知らない人二人が歩いて登って来られた。話をしていると八尾の方でよく登っているとのことで世間話をかわす。

2013年6月6日(木)
ほころび見える花見酒景気

 落語にある自分たちのお金を景気よく酒に遣い酔っ払うように日本は花見酒景気に酔うているようだ。酔いが冷めると大きな借金が残ってくる。あまり進歩をしていないような古い昔のフィルムを見ているようで現実にそうなってほしくないが、心配だ。

2013年6月5日(水)
天満宮

天神橋商店街を久し振りに訪れた。立派の商店街に寄席の繁昌亭が定着してまちの活性化に役立っているようだ。天満宮に参拝してから商店街の古書店をまわってみた。久々のこの商店街には魅力があり期待を裏切らない。

2013年6月4日(火)
五位鷺が人になつく

五位鷺(ごいさぎ)は神経質な鳥だが、長瀬川では人を恐れないで人に慣れている五位鷺がいる。なぜだろうかと観察していると近所の人が家から持ってきたえさになる魚を与えていた。この結果、この鳥に思いきり近づいて眺めてみることができた。まわりにはほのぼのとした空間ができていた。なかなかいいものだと考えながら自転車のペダルを踏み家路をいそいだ。

2013年6月3日(月)
モーニングサービスの会

 定例の3人の会をいつもの喫茶店で持った。この会を始めて途中でメンバーの一人が引っ越ししたりしたが何とか続いて数年になる。世間話から政治の話などで話題が多くて楽しくていい。政治等のテーマになるとついつい不満が口に出てしまう。しかし、日本では公然と批判できる自由があるのが幸せに感じている。

2013年6月2日(日)
東大阪日本語教室創立15周年

 HONKと省略される東大阪日本語教室が創立されて15周年になる。日本を訪れる外国人にボランティアの方々が日本語を教えておられる。この活動が地道に続けてこられて日本語に不自由な外国人、特にアジアからの人に喜ばれている。私には何もできないが世話人の方たちへ心から敬意を表したい。今日はボランティアの方たちの体験記集を拝見した。

2013年6月1日(土)
成熟国家

 国の良さは経済力だけではないのはいうまでもない。長寿で幸せを感じて生活しているか。礼節を重んじられているかも重要なことだろう。毎年、ロンドンで世界ではどの国がこのような評価を得ているかを調査しているが日本は毎回上位に入っている。GDPの数字はよく比較に使われるがロンドンの調査結果に心のよりどころとするのもいいのではないかと思う。

2013年5月31日(金)
泥つきラッキョ

 散歩中にスーパーにはいって買い物していると泥つきラッキョの袋入りを売っていたので買って帰った。ラッキョの粒が大きいので美味しそうだった。家に帰り皮を剥いて洗って塩漬けするのは手間はかかるが、段々と漬かってくるのがわかって楽しみが増えそうだ。散歩中に街路の上に枇杷がたわわに実っている。
 もいで食べ 口中満たす 野枇杷かな (三記雄)

2013年5月30日(木)
東大阪物産アンテナショップ

 石切神社の参道近くに用事があり出かけた。用事も済ませてから参道沿いの東大阪物産アンテナショップに寄り、入ってみた。アクセサリー、グッズや銘菓、書籍まで置いてある。すべてが東大阪に関係あるものばかりだが、今回は美味しそうなおかず味噌を土産に購入した。スタッフは頑張っているのがこちらに伝わってきた。自転車で帰途の途中から雨が本格的に降りだしてきた。

2013年5月29日(水)
夫婦の二人展

 御近所の傘寿のご夫婦が仲良く写真と絵画の二人展を開かれた。長年の趣味が稔って立派な作品が訪れた人々の目を楽しませている。私も今日、会場の布施駅前のギャラリーへでかけた。帰途に買い物をして両肩に荷物さげてふぅふぅと言いながら自宅に到着する。

2013年5月28日(火)
親知らず

 高齢になって親知らずの歯が、虫歯になり治療を受けている。親はとうの昔に亡くなった今、親不知歯の治療を受ける不思議さを感じた。歯を削るガ―ッと音と痛さのなか、痛さに我慢をしていたら額に汗がにじんできた。

2013年5月27日(月)
街で拾った話

 ふと出会った人から面白い話を聞く場合がある。今日もその例に出合った。先輩に連れられて入った喫茶店で暗越奈良街道沿いの御厨の住人から昔の街道の歴史や逸話を聞いて、是非記録しておきたいと思った。うずもれた歴史や文化がまだまだ日の目を見ていないだろう。

2013年5月26日(日)
ある老学徒の死

 歴史を学んで、ある老学徒の知己を得たが最近突然に訃報が伝わってきた。その少し前に彼の著書をいただいて間がなかったからだ。今から思うと贈与がお別れの挨拶だと思いあたる。立派な87年にわたる生涯だと頭を垂れた。

2013年5月25日(土)
平山郁夫展

京都で平山郁夫展があったので友人たちと出かけた。西本願寺前にある龍谷ミュージアムで開かれていた。ここを訪れるのは初めてだったが、雰囲気あるミュージアムだ。皆で昼食をとり二条城に入って楽しんだ。NHkの人気ドラマ「八重の桜」の影響か知らないが大勢の人達で賑わっていた。満足して二条城をあとにした。

2013年5月24日(金)
大阪船場を歩く

河内の郷土文化サークルセンターの文化見学会の行事で「大阪船場を歩く」ということで実施した。大勢の参加者があり、企業家ミュージアムや大林組歴史館など見学した。また歴史的建物を植松清志先生に案内して頂いた。大変暑い日だったが多くの人達に満足してもらったように思えた。

2013年5月23日(木)
地震学者と政治家

イタリアでは地震の予測をはずれて国民に損害与えて場合には、地震学者が有罪となったことがある。職務に責任をとらなくてはいけないという事例だろう。日本では首相や日銀総裁が血税を使って経済政策に思い切ったことをしているが、これが外れて国民に損害を与えた場合にはどんな責任をとるのだろうか。せいぜい職務を辞職することだけであろう。

2013年5月22日(水)
市井に人あり

街の中に凄い人がたくさんおられる。市井に人ありだろう。古写真を集めていて、まさにそのことを感じる。貴重な写真が世間に出ていないので今回の出版では永久保存版の本の中に収録していくのは意味あることだろうと考えている。

2013年5月21日(火)
通いつめれば

 その土地その土地には貴重な歴史や文化が残っている。これらを証明する証拠的な大事な写真が意外と残っていないことが多い。しかし、残っているはずだと今日もある地区を自転車で訪れた。めったに出会えない人と偶然にも顔を合わすことができたので気持ちが通じたとしか思えない。素晴らしい写真帖を是非とも今夏に出版したいとの願いが通じたのかな.。

2013年5月20日(月)
生とは苦なりしか

 アメリカの有名女優が将来の乳がんを懸念して乳房を切除。遺伝子研究の発達で解明されるのが多くなったのはいいが、それだけ自己が判断せねばならないつらさも増えよう。いまさら言うまでもないが、生とは苦なりしかな。

2013年5月19日(日)
東アジアとは

 日本は東アジアに位置している。いわゆる隣接国として中国や韓国などがある。この位置関係は変えようがなくて昔から長い交流がある。それにもかかわらず近年はしょっちゅうトラブッているといえよう。非常に残念なことだが、実生活でも近所関係は難しいところがあり、そこは知恵とエチケットで円滑に務めている。国家間でも同じように互いに努力は欠かせないだろう。戦前から問題を起こしていたドイツは、いつのまにかEU連邦の中心国になり活躍しているではないだろうか。

2013年5月18日(土)
「東大阪市の昭和」

小阪駅前の栗林書房に行ったら書店前に大きなポスターで「東大阪市の昭和」の販売予約中と宣伝されていた。この写真帖には続々と貴重な写真が集まっているので「昭和」という時代がくっきりと本に収録されていよう。「昭和への時間の旅」になり、永久保存版なので沢山の人に見ていただくといいと期待している。

2013年5月17日(金)
本の刊行に向けて

 今日も本の刊行の件で制作会議代表4人で大きな団体を訪れた。関係する担当者と面会する。協力を得られるようなので安堵した。この後、瓢箪山に向かって、さらに刊行のため足を運んだ。人々に会って学ぶこと多しと感じた。

2013年5月16日(木)
未熟な政治家

日本を代表する複数の政治家の発言が物議をかもしている。大阪の元気のいい政治家の発言には、国内外ともに受け入れられなくて馬鹿にされている。政治家の資質については、特に吟味して投票せねば品格のない国や地方自治体になってしまうだろう。

2013年5月15日(水)
バスツアーの下見

河内の郷土文化サークルセンターの秋のバスツアー下見のため、御所市、五条市そして河内長野市を訪れてコースや食事処を調べ点検した。御所や五条は昔からの街がよく残っており、美しい家並みが続いており歴史がある。河内長野の金剛寺は一時南朝の御所になった歴史があり立派な寺院。伝統の天見酒造り酒屋も素晴らしい。いい魅力あるバスツアーを役員会で検討し生みだしていきたい。

2013年5月14日(火)
鴻池幸方写真展

鴻池新田会所で開かれている「鴻池幸方写真展」を鑑賞に行った。鴻池新田会所はいつ訪れても歴史を感じさせる重厚なところ。本屋内で展示会があり縁側の向こうに立派な庭園が見えている。鴻池家当主の幸方が撮影した作品は芸術性をもった貴重なものばかりだ。午後からは大学の人達との地域交流会に出席した。

2013年5月13日(月)
写真を通じて

写真帖の制作活動を通じて多くの人から支援をいただいている。大変有難いことだと感謝しているが今日もあちこちと関係者に接触してお願いをした。あちこちと動き回るのは自転車に乗って出かけるが今日のような快晴だと本当に助かる。接触しているうちに土地にまつわる歴史やお話を聞けるのも楽しみだ。

2013年5月12日(日)
東大阪ふれあい祭り

第36回ふれあい祭りに留学生たちとともに参加した。「留学生の屋台」で4カ国の料理が売られたが、今日は快晴ということもあり大勢のお客さんで賑わった。材料の仕込みや運搬で苦労した学生も喜んでいた。アジアの学生達に元気をもらった一日となった。

2013年5月11日(土)
集まり

 年金者連盟の集いに参加した。こうして年に一回程度に顔を出しているが、お元気な先輩のお姿を見ると嬉しくなってきた。親しい友人も参加していたので会合後に会場近くの鉄板焼き「よしひろ」に行って談笑した。夜になると「ふれあい祭り」前夜祭に打ち上げられた花火の音が自宅まで聞こえてきた。

2013年5月10日(金)
T枚の写真

 「東大阪市の昭和」の写真を集めていて、T枚の写真が語る意味の大きさと深さに感じることが多い。写真を見ることで感じるので、その説明は不要なほど写真は、雄弁なものだ。人々は前を見つめて前に歩みを進めることに熱心だが、時には過ぎ去った昭和の写真をみつめて立ち止まることも大いに必要だと考える。

2013年5月9日(木)
初夏がいそいで

 春をゆっくりと楽しむ間もなく、いきなり初夏がやって来たようなこの頃になった。大阪商業大学谷岡記念館で「東大阪市の昭和」写真帖制作会議が開かれた。いい写真が相当数にわたり集まってきているようだ。さらに内容の充実に向けて歩んでいかなければならない。この努力が東大阪に地域の歴史と文化が記録され残っていくだろう。

2013年5月8日(水)
シャクナゲの花が咲く

 喫茶店に入ると花瓶に淡い色のシャクナゲの花が見事に咲いていた。何ともいえない、この色彩を描いてみたくなり絵筆をとってみた。美しいものにはすべて命があり華やかさに限りがあり、やがて花も散りて行くだろうから稚拙な絵であれ画帳にとどめておきたいものだ。

2013年5月7日(火)
河内木綿の種まき

 河内木綿の種まきの時期になった。今日は「命の輝き共生の森計画推進協議会」が進めている中環の森で700株分の種まきをおこなった。土もいいので順調に芽を出してくれるだろう。バックの生駒山は新緑鮮やかに姿を表せていた。
 山笑う 季語使うまなく 初夏来る (三記雄)
 

2013年5月6日(月)
小松左京の「わたしの大阪」

 先日、日本橋の古書店で買った小松左京著「わたしの大阪」を読んでいるが、文中に引き込まれるような面白さがある。大阪に関係深い彼が知識豊富なところで大阪の歴史や文化を論じている。その知識の深さと多様性に驚くばかりだ。この豊富な知識を土台にした新しい発想は「日本沈没」など話題作を生みだした。その彼も黄泉の世界に行ってしまった。

2013年5月5日(日)
久宝寺の帯喜太

 八尾の久宝寺町は顕証寺を中心にできた寺内町。この町には江戸時代から続いている御菓子屋、「帯喜太」に、餡巻と粽など買いに行った。ここでは少量の手作りで大量には餡巻は作らないし、作れない。素朴だが美味しい、懐かしい味がする。

2013年5月4日(土)
連休のまち

 馴染みの喫茶店が休みなので、中環沿いの喫茶店に入るとほぼ満席状態の繁盛ぶりだった。家族連れが多いような雰囲気のなか新聞を読んだ。ここはガラス越しに見える中環道路沿いのツツジの花に彩りがあり青葉とともに美しく目に映える。このあと、暗越奈良街道の唯一の松原旧宿場を訪れた。

2013年5月3日(金)
サイクリング

 天気がいい今日は、買い物があり、自転車で大阪市内をぐるりと回ってきた。連休とあって繁華街は大勢の人で賑わっていた。大阪城では観光客があふれるように大勢だった。楽しいパフオーマンスが人垣をつくっていた。

2013年5月2日(木)
大阪市立美術館へ

 友人が大阪市立美術館で開催中の大美展に絵画を出展しているので鑑賞に出かけた。立派な大作が多くあった。この美術館の本館ではボストン美術館の日本作品展が開催中なので鑑賞した。明治の初期にフェノロサなど外国人に買い取られてボストン美術館所蔵になった。名作品ぞろいだ。当時の買い取り価格は非常に安価だったということだ。見ごたえのある美術展だった。

2013年5月1日(水)
モーニングサービスの会

 定例のモーニングサービスの会を駅前喫茶店でもった。メンバーの一人は奈良へ引っ越ししたが今も参加してくれている。話す話題が多くて時間がすぐに過ぎていく感じだ。喫茶店の人もサービスがいいので居心地が快適だ。このような雰囲気が長く続いていくといいなと願っている。午後から歯科医院に行って治療を受ける。

2013年4月30日(火)
多様なスカパー

 スカパーは多様な衛星放送が見られる。今はサービス期間として何局かは無料で楽しめるのでいい。今日は香港から発信のフェニックステレビを見ていた。下に中国語の字幕が出るので勉強になる。外国語の習得方法としては安直な方法だろう。

2013年4月29日(月)
スカパーのアンテナ

 スカパーのチュナーが今までのが使用できなくなるので新しく送られてきた。アンテナも新しいものに変えなくてはならなくなった。今日はその取り換えに来てもらった。スカイパーは多チャンネルなので選択すると有料がほとんだが自由に視聴できる。楽しめるチャンネルは増えたがお金の問題と時間の配分が非常に難しくなっている。

2013年4月28日(日)
英国の苦悩

 昨日にコリアンタウンのゲストハウス「ヒロ」で偶然に出会ったひとりの英国人との会話が思い浮かぶ。彼は64歳になった今も働かなかったら生活はできないという。英国では街を歩いていてもパトカーはしょっちゅう走り回っているような落ち着かない社会だという。まだ比較すれば日本は平和な社会なように思う。名前も聞かなかったので彼の名前は知らないが、息子さんは日本人と結婚して大阪に住んでいるということだった。わずかな日本滞在のようだが、息子さんとの久し振りの対面を楽しんでいって欲しいものだ。

2013年4月27日(土)
会議を終えて

 河内の郷土文化サークルセンターの今年度第一回理事会を大阪商業大学谷岡記念館でおこなわれた。大学前の食堂で昼食を終えて数人と喫茶店でお茶をしながら談笑をする。その後、自転車でコリアタウンに出かけてゲストハウス・ヒロに寄った。偶然に出会った英国からの宿泊者と会話を交わす。先日に亡くなったサッチャー元首相のことや英国の社会等話題にする。そうこうする内に近くで通行人が車にぶつかるという事故が起こり救急車が来る。帰途には500メートル離れたところで子どもが車に又もや当てられた。春は交通事故が多いようだ。

2013年4月26日(金)
絵を楽しむ

 美しいと感じたらスケッチして画帳に残していきたい。喫茶店のカウンター前でスケッチしていると他の客もスケッチ道具を買ってきて描きだした。描きたいと思ったら絵筆をもつと画帳にその姿を留められる。上手下手はどうでもいいことで一心になって描けばいい絵が仕上がると思う。

2013年4月25日(木)
ぶらりと街へ

あてもなくまちへぶらりと出て歩いた。街角の喫茶店の路上テーブルの前に座りお茶を飲みながら街を歩く人を眺めていた。天気のいいなかのんびりとして時間が過ぎていく。無料で配られている中国の新聞を読むと四川地震のことを報道しているが、被災民がプラカード持って食料や水不足を訴えていた。

2013年4月24日(水)
靖国神社参拝

 靖国神社への重要閣僚が参拝して中国や韓国などが激しく反発している。私の父親も中国で戦死しているが、中国など外国が悲惨な戦場になったことを考えれば副総理の参拝には賛成できない。愛国心というのは、いうまでもなくどこの国にもあるのだから相手の立場も十分に考慮して行動しなければならない。隣国は日本の戦前の行動については特に当時の日本の指導者については心の中では決して許していないのだ。

2013年4月23日(火)
虫歯に

 親知らずの虫歯治療に通っている歯科医院で今日は歯石の掃除をしてもらった。歯石の掃除はさほど痛くないと思っていたが痛さに驚いた。しかしお陰で掃除後の歯を鏡で見ると物凄くきれいになっているのでうれしくなった。

2013年4月22日(月)
ふれあい祭りのプログラム

今年のふれあい祭りのプログラムができたので大学へ届けた。来月の12日(日)が本番であるので準備ができてくる。その後いきつけの喫茶店へ行ってカウンターでスケッチした花の絵を小さな額に入れて鑑賞してみた。残念なことに店の人に聞いても花の名前がわからないという。たぶん新種なのだろうが写真にとっておいた。右側が今回スケッチした花。

2013年4月21日(日)
春は三日と天気なし

春の天候は非常に変わりやすいといわれるが、今年は特にそのようだ。天気の日も三日とつづかないように思う。天候という自然に包まれている人間は、そのなかで合わせるようにタンスから厚手の衣服を出しては体を寒さから守っていかなけれならぬので忙しくなる。

2013年4月20日(土)
穀雨降りしかな

 朝の寝床でラジオを聞いていたら今日は雨が降り穀雨にあたるといっていた。なるほど田畑では春耕がはじまるので雨は穀物にはいいのだろう。春雨とか穀雨といえば聞いている方も爽やかな気分が起こる。今日の散歩も穀雨が始まるまでに終えて帰宅できたのが幸いだった。

2013年4月19日(金)
映画 「リンカーン」

 布施ラインシネマで映画リンカーンを観てきた。歴史に残る奴隷解放そしてアメリカ南北戦争など当時のリンカーン大統領の苦悩と喜びが映画に浮かびあがっていた。リンカーンの公的活動と家庭生活の陰影がくっきりと描き出されていたように思う。スピルバーグの名声に値する作品だと思われる。アメリカという国の持つ偉大さも理解されるに違いない。

2013年4月18日(木)
戦没者遺族会

写真帖作成のため、撮影を済ましてから若江遺族会総会に出席した。戦争遺児もすっかりと減ってきた現況だが会長のもとに集まりは継続されている。総会や人事案件も無事に終わる。帰宅してテレビをつけると米国では肥料会社の爆発があり大きな被害が出ている。不気味な事故が続いているような感がある。

2013年4月17日(水)
温かい日

急に温かくなって体がだるく感じるほどだ。気味が悪いなといっていたら東日本で地震が起こっている。気候の不安定さといい地球の変動期に入っているのだろうか。日記を書いている間にもテレビが東北で地震が発生したと報じている。

2013年4月16日(火)
名優の死

また名優が地上から消えた。三国連太郎が90歳で亡くなった。尊敬する役者のひとりだったが、身体は消えても彼の映画という作品は地上に残して逝った。飢餓海峡など話題の作品を鑑賞してみたいものだと思う。彼の生き方は強烈であり親子の関係などには賛否があるところだが反骨精神は孤高であり尊敬するところだ。

2013年4月15日(月)
英語を学ぶ

 英語を学ぶため市民会館まで出向いた。途中の2か所に寄りて所用など済ました。英会話をしてもスムースには単語が出てこないが会話をしなかったらさらに忘れるだろうから英会話をした方がいいだろう。まあ、趣味でやっているのだろうからマイペースでいこうと思う。きたる5月13日にあるふれあい祭りの近畿大学留学生の屋台について、支援するためフエイスブックとツイッタ―に掲載した。

2013年4月14日(日)
自治会の歓送迎会

 駅前の居酒屋で自治会の歓送迎会が開かれ、今期で役を終える身になって送ってもらう側で参席した。役員の皆様には6年間大変お世話になりました。有難うございました。本当に気持ち良く自治会活動に参加できたことを幸せに思っている。皆様の温かい性格に助けられた6年間といえる。

2013年4月13日(土)
長老と勉強会

卒寿翁と布施駅前の喫茶店で韓国語の勉強会を持った。今日の教材は朝鮮日報の記事から鉄の女、マーガレット・サッチャーを選んだ。この記事によればサッチャーさんも自分の双子の子どもたちには苦労したというが、子どもの教育には大変だったようだ。政治家として世界を飛び回っていたのでジッーと家庭で教育はできなかったので子どもたちは寂しい思いをして彼女の晩年は子どもたちが寄り付かなくなって寂しい終末だったようだ。鉄の女も家庭では力を発揮できなかった。帰途の小阪駅前、ますせんの蒲鉾と牛蒡天を買って帰る。

2013年4月12日(金)
八戸ノ里公園の桜

近くの八戸ノ里公園を散歩すると八重桜の花が咲きぱっーと辺りが華やかな雰囲気でとても気持ちがいい。行き交う人々の表情もにこやかにほほ笑んでいるようだ。しかし休日となるとバーベーキュが禁じられているのに焼き肉の匂いを周辺に及ぼしており、あまりマナ―がいいとは言えないありさまだ。花見の宴の後、ゴミが積み重ねて放置されているのが悲しい。

2013年4月11日(木)
白鷺や

雨上がりの第2寝屋川沿いを歩いていると川中の堰にせせらぎがあり白鷺や青鷺そして川鵜まで集まっている。のどかな風景をかもしている。
 白鷺や 稚魚ついばむ 春の川 mikio

2013年4月10日(水)
またもや徳庵へ

 写真帖に関してふたたび徳庵駅近くに行ったが店は定休日だった。徳庵駅のプラットホーム駅の基礎部分は蒸気機関車時代の赤レンガで支えられている。そこには停車場と表記されており時代を感じた。徳庵から小阪までぶらぶらと歩いていくと稲田神社や川俣神社など歴史ある個所が残り稲田桃も植わっていた。犬も歩けば棒にあたるといわれる通り思いがけない良きところに出合って気分良し。小阪では貴重な写真にも出会いそれなりに収穫があった。

2013年4月9日(火)
徳庵の別品餅

 いい天気だったので脚立を持ち出して垣根などの刈り込みをした。あまり高いところに昇ると足元がたよりないので怖い気がする。汗を流して小一時間ほどすると植木の形は少し整ってきて美しくなる。そのあと所用があって徳庵へ行った。江戸時代から続く土地の名物餅の別品餅を食べる。地味ながら昔から変わらない味に舌鼓を打つ。

2013年4月8日(月)
留学生と打合せ

第36回東大阪ふれあい祭りの屋台参加で近畿大学留学生学友会と留学生課を交えての会議に参加した。韓国、台湾、中国とマレーシヤの学生が出席した。若い学生達は溌剌として接していても元気をもらうような気分になる。このような会議に30数年参加しているが確実に時代の変化を感じてときには驚くことがある。アジアは総じて前進していることが学生達の話からも感じられる。春の宵の有意義なひとときと言えよう。

2013年4月7日(日)
友人たちと会う

 学生時代の友人たちと会って会食を持つ。今日は手術した友人は無事に退院して来たので皆で祝った。彼は手術前は不安そうな顔を見せていたが、今は元気になり笑顔を見せたくれた。会食のあと高津神社に行き桜の花見をしたが、あいにくの春嵐のために散り花は盛りを過ぎていた。

2013年4月6日(土)
花に嵐のたとえあり

昔から“花に嵐のたとえあり”というが今日の春嵐は桜の花には痛撃にならなければいいがと思う。「明日あると思う心の仇桜夜半に嵐の吹かぬものかわ」と和歌にも詠われている。自然に人生を重ねて妙なり。 

2013年4月5日(金)
桜咲く大阪城

 祭礼写真展を開催中の大阪城博物館を訪れた。桜が咲き誇るここでは外国人観光客も加わり大いに賑わっていた。やはりアジアからの国の訪問客が目立つ。長閑な風景であったが本土の中国人は減っていたようだ。帰途に入った麺之家のラーメンとライスには舌鼓をうった。美味しい和風のラーメンは日本刀のような味の切れがあるし、焚きこまれたササニシキはオカズなしでも食べられるほどの美味がある。

2013年4月4日(木)
制作会議

写真帖「東大阪の昭和」の制作会議が大阪商業大学の河内の郷土文化サークルセンター会議室で行われた。該当する写真も皆さんのご協力のもとに集まりだしている。これもまだまだPRや我々が努力をしていかねばならないだろう。

2013年4月3日(水)
人と会って学ぶこと

こ―だなと思っていても人から話を聞くと、今までの知識が違っていたり考え違いをしていたと自覚することがある。今朝もある人と会ってお話を伺い目の前の鱗が落ちる思いがした、そういうことでは謙虚にすることが大事だなと身が縮む思いがする。

2013年4月2日(火)
誇らしい街が

今朝は岩田へ古写真を求めて自転車で訪れた。訪問先のお家はあいにく不在だあったが、路地をよく見ると立派な舟板塀の蔵がある。道を挟んで別の邸にも舟板塀が使われている。今は暗渠になっているが舟運の川がいたるところに流れていた。舟板塀の舟は海上を往来していたかも知らない。いずれにしても舟とは関係深い岩田町もやはり河内を表す郷土だろう。アスファルトをめくると昔の姿が出て歴史をたどれるに違いない。

2013年4月1日(月)
奈良の友人宅を訪問

 親しくしている友人が奈良に転居したので、別の友人と新宅を訪問した。大和の歴史ある町だが、ここの駅には初めて下車したので自分にとっては新鮮に感じた。彼との縁を通じてこの地を知ったので、また、この辺りを散策したいものだ。奥川沿いの桜は満開の花盛りで満喫した。近辺の食事処の昼食は、季節料理でご飯に土筆が炊きこまれていた。
近鉄電車に乗って句作  漫然と優先席座り春寒し 煙立つ大和野今だ春浅し
3分の電車遅れ許されよ盲目夫婦の乗り込み待ちて
 mikio

2013年3月31日(日)
ある出会い

馴染みの喫茶店でくつろいでいると、ある先輩が入ってきた。いま取り組み中の写真帖について話が及び会話が続く。顔が広くて熱心な先輩なのでその収集力には頭が下がる思いがしている。そのご布施駅前の図書館に行き本を借りた。先日、I教授からいただいた短歌誌「うらら」に春名隆俊氏の短歌あり。いたく感銘する。ここに紹介する。
幼子と妻を残して出征し友は逝きたり国とは何ぞ

2013年3月30日(土)
写真展を見る

 市民美術センターで開かれているZEAL写真展を鑑賞に出かけた。また,その横の展示場で知り合いが絵画展に出品していた。春のこの時期はここでは芸術や文化の花盛りと言えよう。市民美術センター前では桜が咲き春爛漫だった。春宵のなか友人たちと食事をして楽しきかな。

2013年3月29日(金)
写真を求めて稲田へ

 稲田のとある知人を訪ねて行った。快く応対して頂き大変に有難い思いがした。写真を通じて名門の家族ヒストリーが伝わってきた。貴重なお話もお聴きした。

2013年3月28日(木)
写真撮影進む

 古写真帖制作に向けて集めてきた古写真を出版社により撮影がすすんでいる。今日はほとんど一日それにかかった。夜になり市民会館へ古文書の勉強会に出かけた。

2013年3月27日(水)
上方芸能を楽しむ会

 大阪のあるホテルで「上方芸能を楽しむ会」の定例会が開かれた。出演者は恒例の春野恵子や旭堂南青そして桂まん我、桂咲の輔だった。桜が咲こうとしている大阪城を前にした会場は雰囲気もよく春の日を楽しんだ。毎月一回の定例を楽しみにしている。

2013年3月26日(火)
暗越奈良街道について

今朝の朝日新聞は暗越奈良街道を「まち・ぶら」でイラストマップ入りで大きく取り上げてくれた。暗峠あたりは集落があり、歴史や文化が一杯に詰まっている。急な坂が多いが苦労して峠にたどり着いた達成感には満足させられる。この道は国道308号線になり地域とともに変貌しており、今は近鉄の発達につながっているが歴史街道はしっかりと息づいている。

2013年3月25日(月)
satoriという言葉

 若者の間では、あまり高価なものは以前のように受けないという。韓国の新聞にハングルでsatoriについての記事があった。日本語の悟りが津波(tunami)のように世界に広がっているようだ。日本の若者はバブルの時代を知らなくて車を持つことや高価なブランド品を身につけることが社会的ステータスの一つだったことから離れている。何が大事であるかを悟ってきている。自分にとっての価値観をsatoriして自己の考えを持っている。

2013年3月24日(日)
田原でのイベント

 四條畷市の田原で水野正好先生の講演会「寺々の湯屋と石の湯槽」について話された。中々関心あるテーマで先生の分かりやすいお話に身を乗り出すようにして聴き入った。ご高齢にもかかわらず熱のこもったご講演だった。田原の地も魅力ある自然環境に恵まれている地区なり。是非ともゆっくりと訪れたきところなり。

2013年3月23日(土)
年度末になって

3月末になれば新年度を迎えることで忙しくなってくる。学校、役所、自治会などでも会計や人事を考えて会議が増えてくる。今朝も私が所属している文化サークルセンターでは役員会の会合を持ち4月総会について論議をした。夜になり自治会の役員会に出席して同じように論議をされた。多忙な一日となったようだ。夜になり風が吹き戸外は冷えてきた。

2013年3月22日(金)
古写真を求めて

東大阪の古写真を求めて友人や知人に協力をお願いしている。多くの人達に助けられて貴重な写真が集まってきている。昭和史は身近なところから写真を通じて出だしているので何としても本に掲載して残していきたいと思っている。写真を見ているとものすごい時代に生きてきたのだと実感しているこの頃だ。じっくりじっくりと写真を通じて人の気持ちが伝わり人生、社会の動きが伝わってきて気持ちがジーンとしてくる。

2013年3月21日(木)
彼岸の墓参り

天気もよく、春彼岸の墓参りに出かけた。墓地では参拝者はちらほらと少なかったが昨日に終えた人が多かったのだろう。帰途におはぎや草餅を買ってきた。子どもの頃には春になると川堤などでヨモギを摘み家で草餅を搗いたものだった。春事の習わしが懐かしく胸に浮かんでくる。

2013年3月20日(水)
若江忠霊塔へのお参り

春の彼岸で若江の忠霊塔にお参りをした。遺族会のお世話をしていただいている会長を始め役員の方にはいつもお世話になっている。遺族会も高齢化しているが体が続く限り戦没者へのお参りは続けていきたいものだ。午後になり、卒寿過ぎてなお勉強で、93才の男性と韓国語の勉強をした。布施駅前の喫茶店で会って定例のように続けている。韓国新聞を読んでいると視野が広がってくる。雨が次第に強くなり温度も下がってきた。

2013年3月19日(火)
不安定な気候

 急に暖かい天候になり一段と薄着な服装になった。気候の変化に体が中々馴染んでくれない。今日はコーヒーを飲みに行くとカウンター上に水仙や蕗のとうが活けてあったのでスケッチをした。どちらも春を感じさせる植物なり。水彩画の淡い色彩が似合う対象物。春を絵筆を通じて感じ取った。

2013年3月18日(月)
WBC観戦

準決勝まで進んだサムライジャパンを応援してテレビ中継を観戦した。やはりプエルトリコは強かった。非常に残念ながらこの壁は厚かった。雨の中散歩がてらに行った喫茶店のカウンター前は常連客がさかんにWBC戦のうんちくにいっとき花が咲いたが負けたのであまり盛り上がらない。帰途は雨の中、菜の花の薫る布施高校付近をひたすら歩いて家路に向かう。ひどい雨であった。

2013年3月17日(日)
歴史を楽しむ会

菜の花が咲く小阪周辺を「歴史を楽しむ会」の皆さんが巡られた。司馬遼太郎記念館や小阪集落そして樟徳館など40名ほど歴史を楽しもうとする皆さんはよく歩きよく学んでおられる。中小阪集落を少しだけどご案内をした。皆さんお疲れさまでした。

2013年3月16日(土)
大阪船場を語る会

 大阪船場を語る会に参加して聴講した。今日は宇田正先生が「大阪の私鉄と河港」をテーマに講義されたが非常に興味ある内容だった。何気なく見過ごし深く考えなかったことが先生の深い洞察に依り研究されていた。これを機会にして身近なものを再考していくのはとても大事なことだろう。

2013年3月15日(金)
仮の永和図書館

 東大阪市立永和図書館が建て替えられることになり、現在、仮の永和図書館は布施駅前のビブレ4階に移転している。今日はリクエストしていた本が貸し出されるとの知らせを受けてここまででかけて借りてきた。仮設の図書館は以前と比べて明るく図書棚の本も見やすくなっていた。ただここでは読書室がないので利用者には不便なものだ。利用者としては早く新図書館を完成してもらいたいと思う。

2013年3月14日(木)
文化見学会の下見

河内の郷土文化サークルセンターの文化見学会の下見を役員会でおこなった。大阪市内の企業博物館などを中心にして見て廻った。街なかでは戦前からの文化的な建物も多くあり見どころが多い。本番は5月だが充実した催しにしたいものだ

2013年3月13日(水)
雨模様

午後に家を出るとき、空を見上げるとどんよりとした雨模様の天気だったのでカバンに傘をしのばせた。外出先に居るとしばらくして雨が降ってきた。それにしても最近はよく雨が降るようだ。まもなく春耕が始まるので自然の摂理で今は雨が多いのだろう。“春雨多くして春耕はじまる”ということになろう。

2013年3月12日(火)
平野方面へ

 天気も良く自転車で平野区から東大阪の西部を廻り小阪へ戻った。小阪の桜井でざるそばを食べて、満足して自転に乗るとパンクしていた。サイクリング車なので予備のチューブの備えがあり、チューブの取り換えに試みたがこれがうまくいかなくて四苦八苦となった。仕方なく自転車屋へ持ち込んで修理してもらった。やはり餅は餅屋で目にとまらぬ速さで修理は終わった。

2013年3月11日(月)
震災から三年目

 今日はあの大震災から3年目の日になる。被災した人達を思うと言葉がないほど胸がつまってくる。原発にしても根本的には解決していないが、日本全体では福島の苦しみがないように振舞っているように感じて自責感あり。午後になって暗峠にのぼってみた。青い空に梅の花が咲きのどかな山里には変わりはなく、峠の茶屋のおばさんも元気だった。
 くらがりの せせらぎの音(ね)に 春来たる  やまざとの 梅の花眺め 日長かな mikio

2013年3月10日(日)
WBCに沸く

 侍ジャパンの応援をしている。普段はあまり野球試合を見ない自分までWBCになると試合観戦をテレビで熱心にしている。ハラハラドキドキしてみるときが多いが今日の対オランダ戦は余裕を持って見守った。

2013年3月9日(土)
小阪は落ち着くところ

 夕食のために小阪駅前まで歩いていった。このあたりでは3代にわたり飲食店を経営しているところが数か所ある。この土地に美味しい味と信用を提供して顧客の信頼を得ているので店内に入ると心から落ち着いた雰囲気を感じて居心地がいい。三代にわたるてんぷら屋さんや書店もあり地域に貴重な文化などを提供している。このような街は好きだ。

2013年3月8日(金)
一層に春らしく

 春らしくなって今日は半そで姿の人を多く街中で見かけた。桜の花を咲くのを多くの人が楽しみにしている。大阪では3月の半ばから4月上旬にかけて桜の見どころのようだ。何ごともあせらずに一歩一歩でしか進まない。

2013年3月7日(木)
会議への出席

『東大阪の昭和』という写真帖制作のための会議に出席した。戦前から戦後にかけての古写真の情報収集からはじめている。会議に結集するメンバーはいい本をつくるために力と知恵をだしている。夜になり市民ふれあい祭りの出店説明会に参加して手続きを済ました。

2013年3月6日(水)
眠れない夜

昨夜はどういう訳か眠れない夜を送った。眠りを誘うためにラジオを聴いたりしたがどうにもならなかった。それでも明け方になり眠りに入ったようだ。午後から写真帖の関係で収集のため関係者にお願いに行った。

2013年3月5日(火)
啓蟄

あれだけ寒い、寒いといっていたのに今日は地中の虫が冬眠から覚めて地上に出てくるという啓蟄になった。梅の花が咲き、春が一斉に訪れたような天気になった。春の到来が平年より嬉しくなって来る奈良ではお水取りの行事が行われているが間もなく終えることになる。

2013年3月4日(月)
歯医者に通う

 変化は日常の中に突然に起こるものだ。いつものように食事をしていると口の中に小石のような固い小片が混じった。それが奥歯のかけらだったので慌てるようにして歯科医を訪れた。知らぬ間に起こっていた虫歯の結果だったが歯科医の速い処置のよってまもなく治療されるようになった。歳を重ねればあちこちと不具合が生じてくるものだろう。

2013年3月3日(日)
考古講座

東大阪市埋蔵文化センターにおいて『昆支王と飛鳥千塚古墳群』というテーマで笠井敏光氏による講座があった。大変に興味もてるものだったので講座時間が短く感じた。講師による説明は軽妙でユーモアがあり楽しくもあった。朝鮮半島と日本との密接さは古代から脈々と続いている歴史があるので長い目でもって両国間をみつめることが大事だろう。特に竹島問題など歴史的軋轢が多い現代ではより必要な見つめ方になろう。

2013年3月2日(土)
法事で八木へ

 法事に参列するため大和八木に向かった。昨日と打って変わったような寒さに驚いた。帰宅して野球のWBCのゲームをテレビ中継で観たがブラジル相手に中々点は入らず気をもんだが何とか日本チームが勝ってくれたのでほっとした。

2013年3月1日(金)
モーニングの定例会

 退職後の茶飲み友達が寄り会うモーニングサービスを楽しむ談笑の集まり。ここの喫茶店のパン、コーヒー、玉子のすべてが美味しいので会話も弾むようだ。3人のメンバーのうち、一人は引っ越ししてからも遠方から駆けつけてくれている。かなりの時間を過ごして別れを惜しむようにして再会の日程を決めた。午後から終日雨が降る。

2013年2月28日(木)
高田川部屋の稽古

 小阪にある高田川部屋の相撲稽古を見学に行った。写真と私語とか飲食は見学者には許されていない。親方の厳しい指導のもと力士の真剣な稽古を見ているとこちらにも大変さがひしひしと伝わってきて、見学に来てよかったと思った。歴史ある伝統の相撲はやはり日本の大切な国技の柱の一つだろう。若い力士たちの未来に栄光あるように祈る。

2013年2月27日(水)
少しおかしいな

新聞を読んでいると国の補正予算に景気浮揚策の中にミサイルの製造が入っていると報道されている。心配するのは昭和大恐慌のとき、満州を侵略したり兵器、武器製造して結果的に景気がよくなり国民の多くがそれを支持した。株が上がればいい、景気がよくなればいいだけでは、いつか来た道をたどり大変危険ではないか。

2013年2月26日(火)
春はまじかだが・・・

 春の足音が聞こえているのに寒さが思うようには緩んでくれない。三寒四温を繰り返すのだろうが例年になく厳しい寒さに体調を崩しておられる方が多いようだ。じーと頭を低くしていい時候の訪れを待つほかがない。寒さには自家製のぬか漬けが味よく出来上がるのでいいが。
 押入れが冷蔵庫になる冬の居間 mikio

2013年2月25日(月)
お相撲さんでいっぱい

 小阪駅前のキラッと小阪商店街の喫茶店カマラードに入ると、お相撲さんがずっしりと数人が入っていたので思わずお―と思った。もと安芸ノ島関の高田川部屋が近くに稽古場を開いている。お相撲さんは髷に着物がとても似合っていて周りの空気がパーと明るくなっていい。番組表をもらったのでこれで「春から縁起がいいな」と呟いていた。

2013年2月24日(日)
寒風に向かう

 昨日のイベント、「小阪は映画の街」は多くの人に支えられて盛大に行えてよかった思いと、感謝の念が同時に起っている。今日は午後から寒風の中であったが自転車で水呑み地蔵に行こうと頑張って登ってみた。地蔵に何とか到着してお参りしてから下界を見渡すと期待通りに難波の海が太陽の輝きを浴びてキラキラと光っていた。ベンチに座っているとご高齢の男性が息も切れ切れな様子で登って来られた。山のふもとに車を置いて登山をしてこられて「勾配がきつい道ですね」と疲労困憊気味の声で話された。お互いに無理しないでマイペースが大事と声を掛け合う調子で気を付けあった。ここでは知らない同士が出会っても自然と会話するのがうれしい。下山してJR八尾駅前の食堂に廻ったがあいにく休店だった。この駅前あたりの歴史ある雰囲気が好きだ。

2013年2月23日(土)
盛況のうちに終わる

イベントー小阪は映画の街ーが寒冷にもかかわらず大勢の人の参加があり盛況のうちに終わることができた。何気ない街にも歴史をたどればすごい物語がある。これからも街の歴史を学び掘り起こしていきたいものだ。

2013年2月22日(金)
小阪は映画の街-新聞報道される
明日に控えた河内の第32回文化講演会「小阪は映画の街」が新聞社の2社により報道された。このため事務局の大阪商業大学に問い合わせが入ってきている。多くの人に来ていただくと本当に有難いことだ。
2013年2月21日(木)
無事これ名馬

 日々を何こともなく過ごせると心安らかでいい。これを馬では名馬としてたとえられたようだ。特別なことを別にしなくても平穏に健康に過ごせればよいとしたいものだ。これは平凡ということにつながることになろう。

2013年2月20日(水)
この寒さは厳しい

 数年は経験しない厳しい寒さが続いている。年越しが過ぎて春は近いのかなとのんびりと考えていたが、予想を越えて冬に遡るような気候が続いている。今日はカバンに荷物を抱えて数キロを歩いたのでかなり体は温もったが家でじ―としているとしんしんと冷える。

2013年2月19日(火)
松原地区へ

 松原は暗越奈良街道で唯一の幕府公認の宿場であったので古写真を求めて訪ねた。応対された地元の方は昔のことはよくご存じだったが残念ながら該当する写真はなかった。何かと地元のことを教えていただいたので再度訪ねようと思った。そのあと近くの友人宅を訪問して協力をしてもらった。天候は依然として厳しい寒さだ。

2013年2月18日(月)
古写真を求めて

今日は朝から雨だったが古写真を求めてあちこちと伝手を頼って自転車で移動した。幸いにも趣旨を理解してもらって協力を得て前向きに進められることになった。卒業して何十年となる学校にも足を入れて懐かしい想いで古写真を探しに行った。帰途に近くの弁当屋さんに寄り夕食を購入した。弁当屋のおばさんは高齢にもかかわらずに頑張っている。それにしても今日は冷たい雨だった。

2013年2月17日(日)
近所のこと

 自治会を中心とした人のつながりを見ると、滋賀県や福井県など地方から大阪に来られている人が結構おられる。今日も司馬遼太郎氏が近江商人のことを書かれた記事をコピーして近江出身の自治会役員宅にお届けした。いくつになっても故郷は忘れがたいものだろう。そしていつもの喫茶店に居ると河内出身の旧知に出合ったので思い切り河内弁で話し合って意気揚々とした気分で帰宅した。

2013年2月16日(土)
自治会の会合

 年度末になり自治会の会議も増えてくる。ここでも高齢化が進み役員会も60歳代以上が多くなり活動もそれなりになってくる。出来るだけ団塊の世代が加わり役員の活発化をしていくべきだが現実はそうならないところに問題があるだろう。現実的に進めていかないと仕方がないといえる。

2013年2月15日(金)
人の善意に感謝する

 現在取り組んでいる昭和初期から戦後間もない写真の収集について協力して頂ける人に接すると本当に有難く感謝している。忙しい中時間を割いて探してもらえる有難さに人の温かさを感じている。今日もあちこちと温かく接してもらい喜びが胸中にひろがる思いがした。

2013年2月14日(木)
『東大阪市の昭和』編成に協力

 河内の郷土文化サークルセンターへ出版社から協力を求められている『東大阪市の昭和』写真帖刊行に向かって編集会を開いた。対象の写真収集も本格的に動き出してきた。皆さんの協力で立派な写真帖になればいいと願っている。

2013年2月13日(水)
若江を案内

 依頼があり若江の集落を案内した。日本歴史上、何回も登場するような歴史があり若江城も存在していたので集落を歩くと興味が尽きないほど面白い。司馬遼太郎さんも若江鏡神社の祭りを見物に訪れ「河内道」を記している。

2013年2月12日(火)
介護のはなし

 喫茶店のカウンターに座っているとたまたま居合わせた人達が身内の介護について深刻な話をしていた。偶然に二人の間に座ってしまったので否応がなく会話の中味が耳に入ってくる。両親の介護で女の人が苦労している。金銭面が特に大変だという。片や男の人は高齢の奥さんの介護についてであるが金銭と高齢による介護疲れについてであった。介護保険を利用しても経費は毎月大きな負担になっている。高齢者問題が真剣に目の前で語れるので、ついつい自分も話の輪に入ってしまった。

2013年2月11日(月)
建国記念日に思う

 今日は戦前では紀元節と呼ばれ神武天皇が即位した日とされた。古事記や日本書紀に依れば今から2700年前に東大阪の日下浜に上陸し生駒山を越えて大和に入ろうとしたが石切の長髄彦(ながすねひこ)の勢力に阻まれて紀州から大和入りした。この説で行くと日下から直越して大和入りしていたら建国記念日はもっと早い時期に変わっていただろう。

2013年2月10日(日)
生駒山を仰ぐ

東大阪から東方面に向かうとき生駒山を眺望する。日常の景色になっているので見慣れているといってもいい。しかし今日はじっくりと万葉歌の「難波門に漕ぎ出で見れば神さぶる生駒高嶺に雲そたなびく」を胸の中で詠いながら生駒山を眺めた。気持がいつの間にか穏やかになるように感じた。万葉歌はいつの時代にも人の心によみがえってくる。

2013年2月9日(土)
民具歳時記

 このたび往生院民具館の館長川口哲秀氏が『民具歳時記』第16集を発刊された。貴重な昔の嫁入り駕籠が主に収録されている。微力ながらこの収録の一つの駕籠について自分ながら嫁入りルートを探りながら実際に歩いてみて調べて書いてみた。何しろ100年以上前の出来事なので想像を交えながら執筆した。河内地方に残る貴重な嫁入り駕籠も今のうちに記録しておかないと何らかの駕籠について残らなくなる恐れがあるだろう。

2013年2月8日(金)
春の雪

 春立ちてし後に雪ちらつく寒い日となった。行きつけの医院に寄りてそして近くの喫茶店でモーニングサービスを注文する。常連客の多いカウンターで話をしながら新聞を読む。賑やかな時間が流れていく。午後になり自転車で水呑み地蔵まで登る。休み休みに、はいつくばるようにして到着したが西方に輝く大阪湾は神々しいばかりに美しかった。水呑む柄杓の柄につららが下がっていた。
 押し照るの ハルカルかすむ 春雪に mikio

2013年2月7日(木)
混乱の世界

 世界はとてつもなく広くて複雑だ。情報化が進んでいる現在、国内はもちろん世界各国の状態があからさまになっている。明らかになっても犯罪の根源など探っても解決は残念ながら遠い将来になりそうだ。インドニューデリーのレイプ事件の残酷さには思わず目を覆いたくなる。目を覆っても解決の道をたどれない。事実が報道されれば今までみたいに放置されることも少なくなるに違いない。

2013年2月6日(水)
東大阪の昭和

 この夏に『東大阪の昭和』という写真帖を刊行する予定の出版社から河内の郷土文化サークルセンターへ協力依頼が来ている。昔の写真の収集のための情報集めをしている。どこの家庭でもアルバムを繰れば該当する写真の何枚かは発見するらしい。友人や知り合いに対して声を掛けている。多くの協力をもらって立派な写真帖ができればと思っている。
 春立ちて 大気景色に 兆しあり mikio

2013年2月5日(火)
立春も過ぎ

 寒いといっても昨日で立春が過ぎていよいよ春になっていく。このような移ろいの時がいいのだろう。昔はこのような移ろいを一年,24節に分けて生活に変化を付けていたが,今は忙しく微妙な変化を感じるゆとりをなくしている。忙しい毎日の中、ふと立ち止まって身近な自然の息遣いに思いを馳せてみたいものだ。

2013年2月4日(月)
近所の訃報

 日頃、自治会で一緒に活動している役員のご伴侶が亡くなれた。数年前から体調を崩しておられたそうだが、そのことを全然知らなかった。そのような家庭の事情を顔にも出さずに自治会の世話をされていたので大変心労が大きい筈にもかかわらずよくされていた。

2013年2月3日(日)
恵方巻き

年越しに寿司の恵方巻を食べる風習が根づいて長らくなる。今日は店で買ってきて家族と一緒に味わった。何か可笑しさを感じながらするこの風習。店では大勢の人がこの寿司巻きを求めて集まっていたのには少し驚いた。不況といわれながらも安くはないこの手の寿司を求めて客は集まってくる。しかし、味は確かに美味しいと思いながらかぶりついて食した。

2013年2月2日(土)
川には鯉や鴨

 第2寝屋川や恩智川などには、大きな鯉や鴨がおよいでいるのをたびたびみかける。なくなった自然も多いが昔以上に人の心に安らぎを与えている風景には慰められる。これも日常生活で排水などを規制して注意を促してきたことがいい結果を生んでいるのであろう。東大阪市内にも豊かな自然を感じる場所が少なくないのはうれしいことだ。

2013年2月1日(金)
久し振りの"水呑み地蔵”

 自転車で登る水呑み地蔵は、長い間、体調もありご無沙汰していたが今日は思い切ってチャレンジしてみた。途中は息切れがして何回も休憩したが何とか目的地にたどり着いた。下界を見渡すとあいにく曇っていて視界はすぐれなかったが気持ちは極めてよかった。これからもときどき自転車で試してみたいものだ。

2013年1月31日(木)
駅前の喫茶店

近頃は街の喫茶店がめっきりといっていいほど廃業に追い込まれているようだ。チェーン店があちこちに進出しているので影響を大きく受けている。しかし昔ながらのこじんまりしてカウンターがあり店主と話をしながらコーヒーをすするのも何ともいえない味があっていいものだ。ここでは店主以外にも客同士の会話があり話題も広がっていい雰囲気をかもしだす。これは各人の好みや趣向が多いに関係するだろう。

2013年1月30日(水)
上方芸能を楽しむ会

森ノ宮KRRホテルで「上方芸能を楽しむ会」があったので落語や講談、浪曲をたっぷりと愉しんできた。伝統芸能は体の中でストンと通じるものあり大いに笑った。笑いは健康に良し、気持ち良しなり。落語の桂吉弥、講談の旭堂南青は芸に磨きがかかっている。将来はとても楽しみにできる。

2013年1月29日(火)
菜の花

 近所を散歩していると菜の花が黄色く色づいてきている。司馬遼太郎氏が亡くなれた命日の2月12日が近づいていることを告げているようだ。今日は氏が好んで食された小阪駅前の福寿司の海苔巻きを買ってきた。
  色づいた菜の花告げる司馬遼太郎忌 mikio

2013年1月28日(月)
美輪明宏のヨイトマケの唄

 あの紅白歌合戦の中で際立って人の心を打ったのは美輪明宏のヨイトマケの歌だろう。唄の命である歌詞にはしっかりとした主張があり、哀愁がある。私が小学生の頃に近所で実際にヨイトマケが歌われ杭打ち作業がされていた。昔はこのように労働して家族を養っていたのだ。これは労働歌であり日本の歴史のひとコマだ。歌には美輪氏の心がこもっている芸術がある。

2013年1月27日(日)
美術の持つ命

 テレビの日曜美術館は長寿番組だ。優れた絵画や美術を解説入りで画面に映し出される。今日は高山辰雄の独特の絵に生物学者の福岡伸一が読みとかしていた。絵画と生命とは関心ある深いテーマだった。

2013年1月26日(土)
発明とモノづくりの街

 東大阪市には、ノーベル賞受賞者が2人もおられる。またアイデアを持ち商品化するモノづくり達人が多く活躍している。なぜこのような現象が起こっているのか歴史的、環境的にも考えてみた。今日は“命の輝き”環境問題研究会に招かれて話してみた。勉強する機会を与えてもらった同会に感謝している。

2013年1月23日(水)
ひとつの万葉歌

 今から1300年前の万葉歌に日下が詠まれている。当時は草香江と呼ばれ大きな入江には蘆が生え鶴が舞っていた。「あしたづ」といわれて生駒山には鶴が棲息していた。「草香江の入江にあさる蘆鶴のあなたづたづし友無しにして」と万葉歌に詠まれた。いまや入江はなく鶴も見かけることがない。しかし時には生駒山裾野を見るときは当時を思い起こしたなら違う風景も見えてくる。

2013年1月22日(火)
東大阪ふれあい祭り

 東大阪ふれあい祭りが今年で36回目となる。今日はその出店説明資料を実行委員会事務局へもらいに行った。自分も当初からかかわっているので36年間にわたり携わっていることになる。今回も関係者と調整しながら坦々と進めていきたいものだ。

2013年1月21日(月)
若江の忠霊塔

 若江の忠霊塔の件で大学の先生や報道機関がわざわざ調べるために若江の関係者のお宅を訪問されるので同行した。O氏には大勢の人間が訪れたので大変お世話になった。これだけの立派な忠霊塔を個人の尽力で建設されたのは希有なことだろう。訪問後は一行で忠霊塔を訪れた。そのご英会話サークルに参加するため永和の市民会館へ行った。

2013年1月20日(日)
自治会役員の新年会

 地元自治会の役員の新年会で長田へ行った。長老や新しい役員も交えて新年会にふさわしい和やかな雰囲気でよかった。家に帰宅した後に資料にする写真撮影のため瓢箪山まででかけた。途中の中央公園の花園ラグビー場ではゲームがあったので人で賑わっていた。

2013年1月19日(土)
韓国語の勉強会

 布施駅前の喫茶店で卒寿過ぎの長老と二人で朝鮮日報を読んで勉強した。教材の内容は今から45年前に北朝鮮からの武装兵31名が時の大統領をはじめ韓国の要人暗殺を企てたが、30人がその場で射殺された。残ったたった一人(現在72歳)とのインタビュー記事だ。もと兵は牧師になり安保の必要性を韓国で説いて廻っている。当時は韓国は北朝鮮に経済力は劣っていたが現在では比較すると40倍の規模になるだろう。興味深い記事だった。

2013年1月18日(金)
粗雑な頭

日頃から元気のいい市長さん。御自分が以前に体罰を肯定する発言をしていて、体罰をした学校の受験生募集を認めないとおっしゃる。御自分の責任は横に置くのが得意な御仁とお見受けするがどうだろうか。

2013年1月17日(木)
河内木綿の授業

 東大阪市内の小学校で河内木綿の綿繰と糸繰り作業の授業があった。私たちコットンクラブのメンバーは生徒たちへ教えに行った。子どもは目を輝かせるように取り組んでいた。作業が終わると丁寧にお礼を言ってくれる。作業がすべて終わってから意見をそれぞれ発表してくれたので疲れが取れる思いになった。満たされた気持で学校をあとにした。

2013年1月16日(水)
いつか来た道

 コーヒーを飲みながら考える。日本の人口は段々と減少していく。このままいくとずーと先では江戸時代の3000万人ぐらいになってしまうらしい。元来日本の国土では食料が自給自足できるのは3000万人程度だから、いつか来た道に戻っていくかもしれない。今日も散歩の帰途に過ぎた一軒の家には誰も住んでいなくて歳月だけ流れている。
 主ゆきて いまも山茶花 咲きみだれ mikio

2013年1月15日(火)
地域懇談会

 地域文化や歴史を語り交流を図る会に出席した。昔でいう河内国には日本で有数の誇るべき歴史が多くある。これらをもっと勉強して世の中に発信して人々の心とまちづくりに反映していきたいと考える。

2013年1月14日(月)
成人式

 「成人の日」の今日、街なかでは振り袖姿がちらほら目にした。雨は午後になって小ぶりになったのでよかった。しかし知り合いの美容室にはひとりも和服の着付け依頼する客は来なかったらしい。顧客は高齢化しているのでこの結果になっているらしい。何故か寂しい感じがする。

2013年1月13日(日)
小寒から大寒へ

 今年の冬は特に寒さがこたえる。暦は小寒から徐々に大寒へと入っていく。風邪をひいて中々、完治しないようだ。しかし厳寒にも良きところもあり自家製の糠漬けが例年になく美味しくできている。これが食卓に上がるときは楽しんでいる。糠漬けには寒さが寒いほど味が増してくる。

2013年1月11日(金)
言葉のおもしろさ

 喫茶店のカウンターでコーヒーを飲みながら女主人と話をしていたら言葉のアクセントの微妙な差異に気付いた。宮崎県の都城出身の彼女は「雨」と「飴」を同じ調子で「あめ」という。「橋」と「箸」についても「はし」と抑楊をつけずに発音している。日本は狭いようで案外広いのだなと思ってきた。

2013年1月10日(木)
高齢者集会所ではなし

 ある高齢者施設から地元の歴史について語ってほしいとの依頼があり、今日はそこへ午後に訪れて東高野街道の歴史や文化について語った。集まっていただいたのは高齢者の人が中心だったが施設で働く若い職員の方も熱心に聞いてもらったようだ。大古の昔から現代まで地域を中心にして振り返ってみると悠久の歴史を感じて興味が尽きない思いがする。話の所々で何人かの人たちに共感をいただいたようで、大きくうなずいてもらっていた。

2013年1月9日(水)
不安な経済政策

 新政権は経済対策で大規模な補正予算でお金を使っていくと発表している。これまでに何回かやっている政策だけであまり効果見込まれないかと正直に言って不安に感じる。結局は何もしないのとあまり変わらないかもしれない。ひとりの老人のつぶやきが杞憂であってほしい。

2013年1月8日(火)
足元に話題がある

物凄い話が身辺からそんなに遠いところばかりにあるわけでもない。足元や身辺の周りに転がっているようにあることが多い。ふとして知り会った人には人生の上で大きな影響を与えてもらって今でも心の中に甦ってきて有難くて感謝する。今年も多くのいい出会いをしたいものだと念じる。

2013年1月7日(月)
幼馴染と会う

 幼馴染と布施の鉄板焼きの「よしひろ」で食事を共にする。お互いに近況を語り合いながら、「よしひろ」の伝統の美味しい鉄板焼きに舌つづみを打った。他愛ない話に話題の花が咲いたように時間が楽しく過ぎていく。そのご近くの淡路屋に寄り久し振りに「河内鮒」の洗いを注文した。歴史を感じる珍味なり。

2013年1月6日(日)
日々是好日かな

 今日は少し気候もおだやかに感じる。決して温かくはないが前日に比べると増しだろう。厳しい寒さを経験すると少しだけでも温度が上がると体が楽になった気になってくる。何ごとも安楽に流れると少しだけの困難でも大層に感じるのだろう。

2013年1月5日(土)
久し振りに暗峠

 昨年の秋から足の調子が悪くて暗越をしてなかったが今日は試みた。椋ヶ根橋から上へノロノロ登っていくと若い人たちがどんどん追い越して登っていく。あせってはだめだと自分に言い聞かせながらゆっくりゆっくりとくらがり峠に向けて歩く。さいわにも峠の茶屋「すえひろ」は今日から仕事始めで開業中。主人夫婦と新年のあいさつを交わす。茶店に居合わせた客とも雑談してコーヒーを飲む。ここはいつもながらゆったりとしていい気持になる。さらに足を伸ばして近鉄を利用して東山の音の花温泉を訪れ湯を楽しんだ。
  初春の 湯けむり温し 音(ね)の花湯  三記雄

2013年1月4日(金)
岩田の歴史

東大阪の岩田の歴史について地元の旧家の人からお話を伺う機会を持った。高校時代の先輩にあたる人で日頃わからなかったことも教えていただいた。貴重な地元の歴史の記念誌もいただいた。珈琲を飲みながら楽しくて有意義なひと時であり先輩に感謝してお別れした。

2013年1月3日(木)
友人と語らう

 日頃は外国で生活する友人と年に一回、帰国した時に喫茶店で会って語ろうことを毎年のように続けている。海外事情や生活感を聴かせてもらうことで刺激がある。日頃は国内に内向きになりがちな傾向に時には方向性を替えてくれるようだ。その後、日本橋に行って取り寄せた本を購入した。日本橋は若者や外国人などで正月気分で華やいでいたようだ。
 たまに居酒屋に寄ると馴染みが入ってきた。店主いわく“今年は世話かけないように”と。
それを仏頂面で聞き流す馴染み。 酔客は 二度と来るかと 顔を出し 
三記雄

2013年1月2日(水)
初詣へ

 初詣のため若江鏡神社に出かけた。参道では小学校の幼馴染にも出遭って年賀のあいさつを交わす。それから心斎橋筋に出かけたが大勢の人で賑わっていた。あまりにも多くの人が心斎橋筋を行き来していたので押されるように御堂筋を歩いたがここでも人が多かった。松竹座では新春の歌舞伎興行が正月気分を盛り上げていた。景気はなによりも気の盛り上げが大事だろう。

2013年1月1日(火)
2013年正月

 昨日と打って変わった平穏な天気で元旦を迎えた。いつもより遅く起床して雑煮をいただく。年賀状を読んで新しくいただいた人には年賀状を早速に送る。新聞は正月用の部数でかなりの量が配達されているが残念ながらA紙は読みごたえがなかった。新聞社も今のような状況では書き込むのが難しいのだろうかと推察もする。

2012年12月31日(月)
大晦日に思う

 例年のように墓参りに行き、花と線香を供える。岩田墓地では日頃にあまり会えない人にもお会いして会話を交わす。風が強くて線香にうまく火が点かなくて困った。帰途に喫茶店に入り昼食をとった。今日は国内の三大紙とネットで海外の新聞3紙をさーと目を通したが今日のところは毎日新聞とニューヨークタイムズの記事が印象に残った。国内紙は生き方とかに感銘したし外国紙は国際性に敬意を抱くが国際化は避けようがないし、この対応は否応なしにしていかねばならないだろう。インターネットがそれを加速していることは間違いない。

2012年12月30日(日)
世界の紛争

 今年も終わろうとしているが世界ではあちこちで紛争が起こっている。シリアの深刻な内戦、ギリシャの経済危機による混乱、中東問題、アメリカの「財政の崖」問題。挙げていけばきりがないほど余り余裕がない状態になっている。このような状態で新年を迎えようとしているが安寧な世の中になってほしいと願うばかりだ。

2012年12月29日(土)
河内木綿

 今年最後の河内木綿畑の掃除にでかけた。皆で木綿の木を抜き、支え棒を抜き鍬で土を掘り起こして新年の植え付けに備えた。周辺のゴミを拾い清掃すると昼近くになった。久し振りの作業だったので疲労がドッと体にひろがる。午後から先輩のI先生の霊前にお参りで出かけた。以前から健康を損ねておられたがいつも笑顔を絶やさなかった方で大変な物知りで何かと教えていただいた。

2012年12月28日(金)
無為ということ

今日一日を無為に過ごした。無為といっても難しい意味がある。辞書で調べると老子の説く無為、仏教でいう無為そして無駄に過ごすという無為。今日の無為は三番目の無為にあたるかもしれない。ともかく無為ということは有難くて結構なことだろう。今日は無事に過ごしているのだからそれなりに喜ばしいことだ。2012年の年の暮れの確かな生を感じながら。

2012年12月27日(木)
年末の掃除

 昨日に続いて年末の家の掃除をして終えた。今日はトイレ、風呂、洗面所、自分の部屋などの掃除を何とか済ませた。毎年より早く終えて気持ちが楽になったようだ。夕方から市民会館での歴史の勉強会に参加して江戸時代の社会を探り歩いた。

2012年12月26日(水)
年末の掃除

 押し迫った年の暮れ。恒例の家の掃除をし始めた。今日は居間明日は風呂とかトイレなどわけて進めると体には楽だろうと思っている。年々、一日で掃除するのは体の負担になっているようだ。安倍内閣の閣僚の顔ぶれが現れてきたが、いずれにしても世界に伍することができるように一年のごとに変わる内閣にはなってほしくない。

2012年12月25日(火)
引越しの手伝い

 親戚の者が事業をしているが、業務が順調に伸びてさらに大きくて便利な処に移転した。人の手が少しでもいるのかなと思って引越しの手伝いに平野まででかけた。このような不況なときに事業が順調だというのは結構なことだと思う。これは職種とか発展させる手法とかが関連するのとだろう。

2012年12月24日(月)
漬物が美味しい季節

 今朝は特に寒くて氷点下2度だった。寒いのには辛いものがあるが、しかし、糠漬けしている白菜は美味しく漬かっているので助かる。今の時期は白菜に甘みがあり、寒風にさらした大根は糠の中で美味しく醸成されるようだ。巡りくる春夏秋冬の季節にはそれぞれに良さがあり、その時どきにうまく合わせて暮らしていきたい。

2012年12月23日(日)
年の暮れ

 年の暮れになり今年も残りわずかで終わろうとしている。年々歳々といわれるが自分にとっては毎年のごとく同じではない。当然だが年齢を重ね時代も変化していくのだから年の暮れの風景や想いに変化があろう。今朝に友人から読売新聞に若江城について大きく新聞記事になっていると電話がかかってきた。紙面を読んでみると日本の歴史の転換期に大きく影響を及ぼした東大阪市の若江城について大阪城天守閣館長の松尾信祐さんが興味深い記事を載せられていた。わたしも河内の郷土文化サークルセンターの「あしたづ」15号に若江について掲載する予定なので関心を持って読んでみた。

2012年12月22日(土)
役員会と同窓

 河内の郷土文化サークルセンターの役員会を午前中に開き、当面の課題について討議する。結論を出して堅実に実行することが必要だ。午後から上本町において学生時代の友人たちと会って食事をする。こういう付き合いを大事にしていきたい。

2012年12月21日(金)
自分の足を喰う蛸

 景気浮揚を狙ってインフレ策を強力にとっていくと次期首相は肩に力が入っている。これまで200兆円の税金を使っても果たせなかった。景気刺激策で大金を使っても国民にとっては自分たちのお金なので、まるで蛸が自分の足をかじっていることにならないように祈る気持ちになる。

2012年12月20日(木)
韓国の新大統領

 韓国では初めてパク・クネさんという女性大統領が誕生した。今日のニュースを見ると戦没者墓地にお参りしている警護には女性のSPが付いているようであり韓国は思い切ったことをする国だと感心をした。ダイナミックに躍動していく姿を見せていた。

2012年12月19日(水)
鍋料理のシーズン

 寒さが厳しいこともあり夕食は、あんこう鍋にした。いいあんこうが店舗に出ていたので豆腐や葛など鍋に入れる材料を仕入れて味を楽しんだ。鍋をつついているうちに身体の中からポカポカするように温まってきた。冬の間は何回かは鍋料理を楽しみたいものだ。

2012年12月18日(火)
政治はどちらに向かうのか

 衆議院選挙が終わり新しい内閣が間もなく出発していく。韓国でも大統領選挙を前にして大変緊張の段階にある。いずれにしても近隣諸国は摩擦を起こさない方向をたどるのが指導者が誰になろうとも望ましい。経済も発展してほしいが根本的には急にはそんなに変わらないと思う。長期的な視野が必要だろう。

2012年12月17日(月)
高校時代の友人たちと集う

 気の置けない高校時代の友人たちと談笑した。会場はオーキャットで大きなビルの中の店でおこなった。日頃はめったに訪れないところなのでウロウロと見廻りながら会場に到着した。

2012年12月16日(日)
自治会の掃除

 地元自治会の行事で公園の掃除に出かけた。日頃言葉も交わさない人とも掃除を通じて自然と言葉を交す。身体を動かせて掃除をすると確実にきれいになったので気持ちがいい。昼から布施のクレアホールでのクリスマス音楽会に参加した。ブルースとかジャズ、演歌があり生演奏や歌なので楽しいものだった。ジャズやブルースの歌詞の意味が分かればもっと楽しめたのにと思う。洋物の限界かなと残念な気がする。

2012年12月15日(土)
アメリカの乱射事件

 また米国では銃による乱射により幼い子が多く殺された。それでも銃の販売を禁じられないという。自己責任と自由を強調する社会の風潮は強いので変化しないのだろうか。健康保健制度も自己責任の国だから日本のように国民皆保険制度が整備されていない。どちらの方がいいのか。

2012年12月14日(金)
日本列島不沈艦

 少し調べものがあったので中之島図書館まででかけた。近鉄なんば駅から図書館まで歩いていったが心斎橋筋は歳末の売り出しやアジアからの観光客で賑わっていた。道中は勿論、完全舗装で高速道路や都市施設は完成されている。日本列島はほぼコンクリートで覆われいまさら新しくインフラ整備する所はないほどだ。経済は右肩下がりなるのは仕方がないだろう。このインフラを大事にして身の程を知って行けば日本列島は不沈艦といわれるほど強力な存在になろう。

2012年12月13日(木)
メジロが来る

今朝の我が家の庭から小鳥の良いなき声が聞こえてきた。声の主を注意深く見ると垣根の山茶花の間に緑色したメジロがかすかにのぞき見えた。山茶花の花が咲いているので蜜を食べに来ている。長い間にわたり住んでいるがこのようにメジロを見たのは初めてで何か嬉しくなった。明日も庭を眺めてみようと楽しみしている。

2012年12月12日(水)
年の瀬

 やはり年の瀬の感がして周りが何となく忙しくなってきている。知人のひとりが食料品を扱っているが、この月は商品はよく売れるといい、商売は順調だという。職種にもよろうが大体は不景気だという声も多いようだ。経済については専門家や素人まで百家争鳴だが間違った政策で損害を国民に及ぼす政治家は厳罰に処せらるにあたいするだろう。

2012年12月11日(火)
小沢昭一氏の死

 放浪芸を調べて収禄していた俳優の小沢さんが亡くなった。俳優という枠に納まらない怪優だといえる。先日の歌舞伎の勘三郎に次いで、あなたまでかと死を嘆く。小沢昭一氏は河内花園駅近くの商店街はずれにある故広沢瓢右衛門宅をよく訪ねた。ここまでくると気軽に近所のうどん屋に入ってうどんをすすっていたそうだ。庶民的で気取らない人柄が偲ばれるが、本当にいい仕事を残してくれたものだ。私のホームページに広沢瓢右衛門や芸人列伝を記載した。

2012年12月10日(月)
八尾大正飛行場周辺

 戦争遺跡研究家の大西進さんの案内で標記の見学会に参加した。隣の市に住んでいながら知らないことばかりだと廻っていて思った。戦前の大正陸軍飛行場には西日本の航空司令本部が置かれていただけあってとてもスケール大きいものだった。大西さんの資料に基づくご案内でその一端は理解できたようだ。

2012年12月9日(日)
暗越奈良街道イン西奈良

 奈良学園前の大和文華館においてミニ講座があり参加した。追分本陣や行基の話があり勉強になった。幸いに天気も良く大和文華館の展示品を鑑賞した。尾形乾山の茶器や尾形光琳の絵など観賞できた。もっとゆっくりとみたい展示が多くあった。

2012年12月8日(土)
「あしだづ」編集委員会

第15号「あしたづ」編集委員会が開かれた。創刊以来、15年目になることになることを思えば先輩たちの郷土誌の志を引き継いできている。新しい年が来て2月末には刊行される予定にある。

2012年12月7日(金)
葉っぱ付き大根

 やはり家でぬか漬けした大根は好きだ。今日は夕食に4,5日前に漬けた大根を樽から出して食卓に上った。期待を裏切ることなく口に含むとばりっとして美味しい。午後から次に漬ける大根を買いに近くのスーパーに出かけて帰途に米屋さんに寄り糠を分けてもらった。葉っぱ付きの大根が並んでいたので重くても手に提げて家に帰り、到着すると大根をベランダに干した。

2012年12月6日(木)
弁当屋さん

 師走の町の近所の弁当屋さんが、寒風吹く中で配達して頑張っている。この小さな弁当屋さんは周りにある大手によるフランチャイズの弁当屋さん、大手のスーパーでの弁当販売等と競争していて生き残りはしんどいと嘆いていた。大手の弁当は大量仕入れで材料費が低価格であるので値段の競争にしても厳しいという。近所の弁当屋さんは家族を挙げて頑張っている。今日も暖かくて美味しい関東炊きを買ってわが家の食卓に載せた。

2012年12月5日(水)
中村勘三郎の死

歌舞伎役者がひとりの黄泉の世界に行った。演技にメリハリがきいていた。華のある役者の早過ぎる死を悼む。吹きすさぶ 無常の風の 師走かな 三記雄

2012年12月4日(火)
大根の漬物

 毎年している大根の糠漬けをはじめた。今年は平年より遅く始めたのは気候が比較的暖かいので大根を干すのが遅くなった。今日は米屋さんで 糠を買ってとりあえず3本の大根を桶に漬けたので出来上がるのを楽しみにしている。今日は衆議院選挙の告示日だったので騒がしい日となった。各党が競うように日本が駄目になっているというが戦後を少し知っている自分としては何か違和感を感じる。今の日本はそんなに駄目なのだろうか。

2012年12月3日(月)
早くも忘年会

朝にモーニングサービスを楽しむ会に参加してくつろぐ。他愛ない話で時間を過ごしてよきかな。午後から英会話に参加して勉強する。そのご忘年会のため英会話のメンバーと布施の「よしひろ」で鉄板焼きを食べて談笑する。風邪引きのため鼻水がよく出て困った。

2012年12月2日(日)
第19回「サークルの集い」終了する

 今年のサークルの集いも今日で無事に終了した。加盟サークルからはそれぞれの“宝”を出していただいた。大勢の方に会場に訪れてもらった。桂梅団治、小梅さんは素晴らしい落語をしていただき観客を喜ばせてくれた。大阪商業大学からは御支援していただき感謝する次第。会が終わり宇田正先生主宰の「鱧の皮」を囲む会に出席した。

2012年12月1日(土)
梅団治の噺

 河内の郷土文化サークルセンターの「サークルの集い」において桂梅団治さんの「竹の水仙」を噺してもらい弟子の小梅さんに「転失気」を一席してもらった。観衆には大いに笑っていただいた。今回の集いのテーマは「お宝」なので家の宝、地域の宝、サークルの宝を特別展で出しあった。六万寺往生院川口和尚から地域の宝として「民具供養館」活動を中心に語ってもらった。戦中戦後の食糧難の時期に裁縫箱にお米を込められた母親の愛情ある一品、裁縫箱も出展されている。このような困難な時期があったことをもっと多くの人達に見てもらえばと願っている。

2012年11月30日(金)
河内の郷土文化サークルセンターの行事

 サークルセンターの行事「サークルの集い」の準備のため大阪商業大学へ出向いた。センター加盟のサークルがそれぞれに良い展示をしてくれた。1,2日の開催を控えて一応、準備は整ったので多くの方のご来場をお待ちしている。決して派手な企画ではないが手づくりの心ある催しになるものと思っている。

2012年11月29日(木)
西保健所で郷土文化の話

 東大阪市西保健所では健康づくりの一つとして“つんく体操”に取り組んでいる。そこから依頼があって長瀬川沿いの歴史について、この体操教室に参加している人達に話をした。長瀬川のほんの一部の地域の話であったが歴史的なところは割合と多くあるのがわかる。写真を交えて説明をすると熱心に聞いていただいた。つんくは東大阪市市出身のマルチタレントとして全国的に活躍している。

2012年11月28日(水)
時代の変わり目か

 今の状態は日本だけでなく地球上において大きな変わり目に来ているだろう。エネルギー問題における論争には充分に耳を傾けて個人個人が考えねばならない。ここから世の中が変わり時代が変化していくだろう。明るい未来が待っている状態にしなければならない。

2012年11月27日(火)
大学との交流

 高校時代の同窓生に所望された絵を郵便で贈った。お世話になっている河内の郷土文化サークルセンターの事務局の大阪商業大学商業史博物館のスタッフとの地域交流会議に参席した。何回かの会議を重ねるうちに共通する地域文化に関するテーマが浮かび上がってきたようだ。このような新しい取り組みを大事にしていきたいものだと思う。

2012年11月26日(月)
雨の日

雨が降る中、静かに家で読書なりで過ごした。知人から電話があり夕方から駅前に行き知人たちと会って談笑する。この頃になると雨は上がっていた。

2012年11月25日(日)
布施高校の同期同窓会

 4年振りに高校同期同窓会が上本町のホテルで開かれた。参加者は残念ながら少なかったが千葉県や遠方から参加してくれたものが数人あった。恩師もご参加いただいたので挨拶をした。楽しくひとときを過ごして旧交を温めた。思えば高校卒業後50年という歳月が経ているので感慨ぶかけなものがある。

2012年11月24日(土)
やまなみプラザ

先日に歩いた池島環濠集落のイベントが、やまなみプラザで写真展で紹介された。これを鑑賞に出かけて参加者の作品を見ていて当日は天気も良くて多くの参加者とともにウォークを楽しめたことがよみがえってきた。大阪経済法科大学の先生や学生達の参加もあった。この後、八尾の一忠で昼食をとった。そして従兄弟の会社と廻り帰宅した。

2012年11月23日(金)
盛んな文化力

 今日は河内の郷土文化サークルセンター加盟の二つのサークルで大きな催しがあったので参加した。ひとつは宮本順三記念館の宮本画伯の展示室がマイドームおおさかの8階で開かれている。お披露目がありそこに顔を出した。もうひとつは横野万葉会創立20周年式が上本町のアウィナー大阪で開かれた。100人を超える参加者が創立20周年を祝った。

2012年11月22日(木)
円安と株高

 保守の大物政治家が発言してから日本は円安と株高になっている。円安になれば株高と反比例する傾向だが、この政治家の考えに日銀なり大方の経済専門家たちは反対している。専門家の意見が分かれるので論争を前にして国民には戸惑っている人が多いだろう。日本の経済状態が悪くなれば放っておいても円安になるので海外との競争力が自然に身についてくるとなるとどう説明したらいいのだろうか。浅学非才の自分にはわからないことが多い。

2012年11月21日(水)
拓本展

ラグビー場横の市民美術センターで中河内拓本クラブの拓本展が開かれている。今日から25日までなので鑑賞に訪れた。安岡正篤師の筆跡の和歌も採拓されていた。見事な拓本がずらりと展示されておりゆっくりと鑑賞させてもらった。館を出ると公園の木々の紅葉が生駒山を背景にして目に鮮やかに映った。

2012年11月20日(火)
木綿の異変

 河内木綿の畑に行くと、11月末というのにいまだに数多くの綿花を付けている。例年に比べて、ひと月ほど遅くまで綿花を咲かせているのはやはり今年は異常な気候だといえるだろう。貴重な綿花なので見逃さないよう一つひとつ摘み取っていった。

2012年11月19日(月)
公園への散歩

 最近は近くの公園へ行き園内の紅葉を眺めながら散歩している。それも朝のうちに出かけると清涼な空気を味わえて気持ちがいい。清涼と言っても季節的には冷気を感じる方が強いかも知れないが今日は比較的に寒さが益しだったように思う。紅葉した葉をじーと見つめると何とも表現ができない美しい色模様をなしている。

2012年11月18日(日)
旧吉田川筋跡を歩いて川中邸へ

河内の郷土文化サークルセンター花園駅前に集まり暗越奈良街道クラブでは20人近く出旧大和川支流の吉田川筋跡を歩いて松原宿場跡や暗越奈良街道を横切り中甚兵衛ゆかりの今米の川中邸まで行った。そこでは御当主の川中様より説明を受けて邸内を見学した。地域の“宝”を将来に向かって大切にしたいものだと思う。

2012年11月17日(土)
英会話

 今日はいつもの市民会館の部屋が取れなくて仕方がなく近くの喫茶店でミーティングをする。店内には仕切りもなくて騒々しかったが何とか終えることができた。自宅から会場まで歩いていったが雨の中だったのでかなり濡れてしまった。しかし、いい運動になったであろう。道中で宮本順三記念館に寄り、展示を鑑賞した。催しにいつも工夫がされているので、行くたびに気持ちが新鮮になる。

2012年11月16日(金)
衆議院の解散

 またも国会では解散となる。この不安定な政治は世界では低く見られて何年になるだろうか。自分が何とか国会議員に居られるよう離党して他党に移る議員の顔には品性が見られない。木を見て森を見ないのには国民の将来を不安にさせる。

2012年11月14日(水)
週刊金曜日受賞

 知人のルポライターの浅野詠子さんがこのたび、「週刊金曜日ルポタ―ジュ」佳作賞を受賞されたので東成で祝の会が開かれた。新道パトリでお話と映画がありその後祝の会があり、和やかで楽しい雰囲気の中終わった。

2012年11月13日(火)
若江の忠霊塔を語る

 依頼を受けて若江岩田駅前の施設で「若江の忠霊塔ーわが父の眠れるところ」を語った。あいにく天気が悪く雨が降っている中だったが数十人の人達が集まってくれた。忠霊塔が平和のシンボルとなって末永く語り継がれていって欲しいものだ。

2012年11月12日(月)
中国の新聞が見れない

 これまでネットで中国の新華報が読めていたが、パソコンの画面に出なくなって大分になる。どういう訳かネットから消えている。今の日中間の争いが影響しているのだろうか。今日は用事があって日本橋へ出かけたので無料の中国の新聞をもらってきた。国同士がこうであっても民間同士まで交流を断つべきではないだろうし、むしろ逆であろう。

2012年11月11日(日)
山城サミットと民画展

 四條畷学園においてNPO摂河泉地域文化研究所主催による「関西山城サミット」が開かれた。飯盛山城から芥川山城・信貴山・多聞城など専門家の先生方から説明があった。昼からはミニコンサートもあり和やかな会場雰囲気となった。この会場からでて伊丹駅前で開催の韓国民画展を鑑賞に行った。旧造り酒屋の家屋を利用した展示会場では鮮やかな画に魅せられた。周辺には古民家が集まっており美しい街並みになっている。駅前には有岡城跡が落ち着いた街の風景をまとめるようにあった。

2012年11月10日(土)
河内学 第六講

 大阪商業大学で「河内学」第6講の『木村重成と藤井氏』があった。吉原の庄屋・藤井家の阿波の開拓事業の軌跡がよく文献で調べて発表された。講座のあと講師を交えて団らんをした。

2012年11月9日(金)
四條畷へ

 四條畷へ用事のため自転車で行った。飯盛山城の近くなのできわめて風景がいい。四條畷学園内で打合せを済ませて住道駅前の夕食をとった。この店は昭和8年の開業だという。小さなレストランだが長い伝統ある肉料理には確かな味がある。近くの小さな商店街の果物屋さんの店頭に立派な富裕柿が売られていたので買って帰った。

2012年11月8日(木)
近くの公園

 散歩するときは近くの公園にでかける。ここまで来ると緑の多い木々が多くてやすらぐ。今はその木々は紅葉して秋を十分に感じさせてくれて気持ちがいい。この立派の公園が造られて数十年になろうとしているが、そのために苦労した人達に心から感謝したい。街にものを作るということは子々孫々まで語られ続くものだろう。

2012年11月7日(水)
オバマ氏の再選

 オバマ氏の再選が決定した。CNNの中継を見ていてアメリカのスピーチの素晴らしさに感銘を受ける。選挙民を前に台本なしの訴えはダイナミックで躍動感がある。日本では足腰の弱った老人政治家が盛んに国民に闘争を煽って責任をとらずに安酒に酔わしている。安酒を飲んで悪酔いしないように注意を払いたい。

2012年11月6日(火)
アメリカ大統領選挙

 アメリカ大統領選挙の投票が始まった。アメリカは広大なので投票が終わるのに時間がかかり、結果は明日の昼に持ち越す。その結果が世界にもたらすので刻々日本でも報道されている。民主主義の国らしく討論により評価される。分かりやすくていい面があるようだ。明日はどのようなことになるだろうか。

2012年11月5日(月)
笑うこと

 一日一回は腹を抱えて笑うことができたら楽しいし、身体にもいいだろう。出来るだけそのような機会を見つけたいと心がけている。今日はよく寄る喫茶店で、たあいない話で大いに笑って楽しんだ。久し振りのことだった。友人から菊の花をもらったのでスケッチしてホームページに掲載してみた。

2012年11月4日(日)
ゆっくりと歩む

 大地の上をゆっくりと歩くと秋の空気がゆったりと胸の中に入ってくる。過ごしやすいこの時期をゆっくりと過ごしていきたい。街路に色づいた落ち葉が季節を感じさせてくれる。今日もこのような気持ちで近辺を散歩した。

2012年11月3日(土)
河内人の万華鏡

河内の郷土文化サークルセンター「あしたづ」編集委員会を開いてから、大阪商業大学商業史博物館「河内学公開講座」を聴講した。「今東光ー描かれた河内の世界」伊東健氏(八尾市役所魅力創造室室長)と「私の河内の風景」佐野一雄氏(河内の表装美術クラブ)から御講演していただいた。興味あるお話をうかがって得ること多かった。終わった後関係者と駅前で談笑して帰った。

2012年11月2日(金)
同窓会幹事会

高校の同窓会の幹事会に出席した。久し振りに会う人もいたが顔をよく合わす人もあり。少し話をすると皆打ち解けてくるからやはり同窓生だなと思う。

2012年11月1日(木)
秋深まる

朝の3人組の定例会を駅前の喫茶店で開く。モーニングサービスを前にしてこの1ヶ月間の話題が次から次と口に上ってくる。とりとめのない話をすることが大変に面白い。午後から同じ場所で知人と会って相談をした。河内の郷土文化サークルセンターの「あしたづ」の原稿を事務局に提出する。

2012年10月31日(水)
秋深まる

 散歩の途上の街路樹の紅葉が、秋空に似合った風景をみせてくれる。よく寄る喫茶店ではカウンター前に顔を出していた。世相の話が行き交い言葉が飛び交い賑やかなことだ。アメリカ東部ではハリケーンの被害が大きい。

2012年10月30日(火)
大阪のおばちゃんの歌

 大阪のおばちゃんはパワーがあり笑いがある。今日は某局で中村美津子さんが山中伸弥先生が東大阪育ちと歌の中で全国に披露してくれた。ノーベル賞の存在がより近くに感じた受賞だった。本日の文化勲章の叙勲を心からお祝いします。

2012年10月29日(月)
秋冷

 秋風が冷たく感じる。日々の気候の変化が激しくて今日は木枯らし一号が吹いたと報道している。体調の維持が大事な時期だろう。午後から長老と韓国語の勉強会を布施駅前の喫茶店でおこなった。

2012年10月28日(日)
旧河澄家シンポジュウム

今日は雨が降っていたが日下の旧河澄家を訪れ「近世河内の地域性」についてシンポジュウムを聴講した。新鮮なテーマで各先生たちの発表には勉強させられた。自転車で移動したので傾斜のある会場は登りは大変だったが下りは雨も上がり楽チンなり。

2012年10月28日(日)
環濠集落池島

今日は環濠集落池島を案内した。途中には恩智川治水緑地もあり野鳥や魚が悠然として美しい環境なり。池島の集落は昔は城があったように歴史ある処なり。周辺を30人ほどの人と歩いて楽しんだ半日となった。

2012年10月26日(金)
秋を楽しむ

 秋晴れといってもいい気持ちよい天気だった。歩いていると体に汗が出るほどに暖かい。小阪駅前では南米の音楽をペルーと思われる二人が演奏していた。ゆったりした雰囲気が流れてこれもよし。見物の何人かはかれらのCDを買っていた。

2012年10月25日(木)
大阪アースダイバーという本

中沢新一氏の『大阪アースダイバー』を読んでいる。大阪の歴史や文化を大胆に論じているのが面白い。河内の郷土文化サークルセンター編の『河内文化のおもちゃ箱』などを参考資料の一つに入っているので読んでいても力が入る感じになる。さすがに鋭い書き手だと思っている。

2012年10月24日(水)
職員研修

職員研修で小阪地区を廻って歴史の説明を行った。地区の歴史を知り、保存していくところは保存して地域の発展のための仕事を進めていくことは大事なことと思われる。身近なところに全国に誇れるところがあるものだと考えている。参加者の皆さんは熱心に聞いて地域を歩いてくれたのでお疲れのことだと思う。

2012年10月23日(火)
国際化

国際化は思っているより早くどんどん進んでいくように思う。これには光と影があるだろうが止めようがない。一方には近隣国との紛争も高まってくる。両者の関係は矛盾があるようだがそのようなものなんだろう。複雑化していている。

2012年10月20日(土)
英会話と写真展

午後から定例の英会話の集いに参加した。話題に事欠かないので時間はきっちりと進んでいく。たのしいひとときだ。これが終わってから若江岩田駅前でのZEAL写真展を訪れた。友人が出品していて年々作風が変わっているのが新鮮に感じた。この会場で顔を合わす友人たちとの出会いが楽しみだった。

2012年10月19日(金)
秋は食欲

 秋は果物がより一層美味しいし酒も美味しくなる。そんな季節なので太り過ぎには当然気を付けないとだめだろう。これはいうは易いが実行が難しい。今日もそれを感じたものだった。葛城産の栗は今シーズンで一番だった。

2012年10月18日(木)
打合わせ

 来年早々の事業の打ち合わせのため、枚岡まででかけた。ここまで来ると山が近くて環境がいいし静かな地区だ。打合せも終えて瓢箪山駅までぶらぶら歩いていく。雨が降る中、傘を差してだが知らないところを歩くのも気持ちがいい。午後から小阪の大阪商業大学で交流会を持つ。このあと開催中の「近世浪華の町人と文人趣味」展を鑑賞した。商都大阪の文化力に感心した。

2012年10月17日(水)
中国の書籍

 用事があって日本橋まで行ったので、ついでにノーベル賞受賞の莫言の著書を求めて近くの中国専門店に入った。店員に彼の本は置いているかと尋ねたが、今はないという。世界で話題の著書がないのは理解ができない。中国の店員のいうのは人気がもう一つないとのことだ。日本の書籍事情とはだいぶ異なっているようだ。

2012年10月16日(火)
獅子舞が来る

 午後になってどこからか太鼓と笛の音が聞こえてきた。しばらく続くので外に出ると角の家前で獅子舞の小集団が笛,太鼓を演奏して二匹の獅子舞が踊っていた。秋祭りの雰囲気が十分に漂う。周りに十数人の見物人がいる。このあと河内木綿畑に行き綿花の収穫をしたが、先ほどの獅子舞のお陰げかいつもより収穫多し。

2012年10月15日(月)
近所の人

 近くの公園を散歩していると近所の先輩にお会いした。この方は地域の世話を日頃からよくされており何かと教えていただいている。今日も公園の一郭に座りお話を聞いて参考になった。こうして退職後に近所の人と交流できるのは楽しみの一つになっている。

2012年10月14日(日)
天王寺美術館

知人の作品が入賞したので天王寺美術館へ有秋会日本画展を鑑賞に行った。立派の絵が多い中、ひときわ素晴らしく出来上がった作品を観る。中々の大作である。このあと通天閣から道頓堀と廻って帰宅した。天王寺辺りでは秋を感じてきた。

2012年10月13日(土)
河内学講座

 大阪商業大学で「河内学講座」の第3回目があり、若江と若江城について少し話をした。あと小谷先生から若江城の畠山氏について研究結果に基づいて講演があった。中世の歴史は知らないことが多いので勉強するいい機会となってよかった。

2012年10月12日(金)
南木の本

若江のことを調べるため、若江鏡神社や八尾の南木の本まででかけた。若江では秋祭りが終わり神社の中、掃除がされていた。南木の本は八尾飛行場の近くにある歴史豊かな集落で、美しい伝統的な家屋が多し。物部守屋と聖徳太子が戦った古戦場で稲城跡がある。太子町で入った喫茶店でマスターと話をしてていると滅ぼされた守屋子孫の多い南木の本では聖徳太子のゆかりの太子町の人とは今でも縁組が難しいとのことを聞いて驚いた。

2012年10月11日(木)
調べもの

 ある村の歴史を調べていると時の流れとともに、人の流れと縁の持つ不思議さに驚かされる。目には見えないけれども引き継いでいくものがあるのだろう。そういうことで続けていけば何かが見えてくるのだろう。夜のなって秋雷が鳴り響いていた。

2012年10月10日(水)
町歩きの打ち合わせ

 地元の小阪地区についてグループを案内するため係の人と打ち合わせのため駅前で会った。そのあと大阪府立図書館へ行き調べ物をした。ここの図書館まで来ると大概の資料が揃っているので助かっている。

2012年10月9日(火)
河内木綿の収穫

今日は担当なので河内木綿畑に行き綿摘みをする。貴重な収穫をもらすまいと目を凝らして綿花を摘む。今年は残念ながら豊作とはいかないが、それでも大きな袋に綿花が入ってきて多少の重さになっている。これらを綿打ちして綿糸になっていく。そして染めも入って河内木綿の織物ができて作品になっていく。

2012年10月8日(月)
ノーベル賞

 山中伸弥にノーベル賞受賞が決まった。まことに喜ばしいニュースだと思われる。日本国内は経済の不振とか政治の不安定を言われているときに本当に明るい出来事だといえる。地道な研究が実を結すんだ。

2012年10月7日(日)
修繕

 家が古くなってくると、あちこちと傷んで修繕が必要となる。今日もトイレの戸の鍵の部分が古くなっておりホームセンターに部品の購入に行った。幸いここまで来ると各種の部品はそろっているが売場までたどり着くのが大変だ。係員の数が極端に少ないので場所を尋ねるのにやっと係員を見つかったときはホッとした。ついでに自転車のライトを買って家に帰りハンドルに取り付けた。こうすれば安価な消費で済むことができた。

2012年10月6日(土)
河内学共同講座

 第2回河内学共同講座が大阪商業大学ユニバーシテイホールで開かれた。今日のテーマは楠木正成だった。河内と楠木正成は当然といえるほど昔から結びつきが強く、なじみも深い。講師から古文書などの資料により勉強をさせてもらった。帰郷していた息子は帰っていった。

2012年10月5日(金)
家族で心斎橋

 久し振りに家族で心斎橋に出かけた。戎橋からグリコのネオンサインが以前のように輝いているのを見てホッとした。今夏は節電のため此のネオンが消えていたので寂しい思いをした。通りを行き交う人々の顔も心なしか明るく見えた。

2012年10月4日(木)
暗越奈良街道ガイドブック

 今年の春に刊行した暗越奈良街道ガイドブックは、根強く売れているようだ。今日も5冊買ってくれた人がいる。有難いことで歴史ある暗越奈良街道の存在がさらに広まっていって欲しい。

2012年10月3日(水)
落ち着かない気候

 厳しい夏から秋へと移ってきたが、なかなか天高く馬肥ゆる秋へとはなってくれない。今日も蒸し暑い天気だった。なにごとも変化するときが当分の間は揺れ動いて難しいようだ。

2012年10月2日(火)
河内木綿の収穫

 10月に入ったが河内木綿の収穫のため、中環の森へ出かけた。綿摘みが遅れると折角の綿花が地面に落ちて土などに汚れてしまう。もったいので拾ってついている土を払っては袋に入れていく。真っ白い綿花を摘むときは幸せに感じる。昔の農夫も同じ思いだったろう。
  落ち綿を落ち穂のように拾ていき 三記雄

2012年10月1日(月)
モーニングサービスの会

 定例の喫茶店での会を開く。のんびりとおしゃべりとコーヒーの時間を持つのは楽しくていい。他愛なく話をし、笑っているときは良い時間だろう。いつまでも大事にしたいものだと思う。

2012年9月30日(日)
台風対策で

 第17号台風のため中止なったバスツアーの件で、念のため集合場所である大阪商業大学へ行って、間違って来られてないか懸念して待機した。幸いにも昨日のうちに参加予定者全員に中止のお知らせが終えたので誰も来られてなかった。ホッとして他の役員と近くの喫茶店へ行きコーヒーを飲む。

2012年9月29日(土)
史跡見学バスツアー台風のため中止

 明日30日に予定されていた河内の郷土文化サークルセンターの宇治へのバスツアーは、第17号台風の襲来のため残念ながら中止と決定された。多くの参加申込み者には申し訳ないが危険を冒してすることはできないと役員会で決まった。20数年この事業は続いているが、色んな事が起こるのは仕方がないだろう。大阪商業大学と共同講座を初めて今日から実施したところ盛況内にスタートできたのでよかった。

2012年9月28日(金)
若江のこと

 生まれ育ったところ若江について、歴史を中心に調べてまとめてみようと参考資料を読みながら書き進めている。自分には能力がないので、ないままにやれる範囲しかできないが少しづつでもいいから前へと思っている。これをマイペースといえば格好いいがそんなにいいものではないようだ。

2012年9月27日(木)
中秋の名月が近づく

 歴史の勉強会に出席して帰る途中で夜空を見上げると、くっきりと美しい月が上がっていた。あと数日で中秋の名月を見られるだろう。この月はどんな時代になっても同じように歳月が過ぎると同じ姿を変わらなく見せてくれる。

2012年9月26日(水)
地域の歴史

 郷土の歴史を調べることに関心があるので今日も現地に足を運んだ。気温は少し下がって来たので助かっている。夕方になり中環の森において河内木綿の収穫をおこなった。今年は残念ながら綿花が小ぶりなのが気になっている。

2012年9月25日(火)
秋を感じるこの頃

 いよいよ秋らしくなってきた。味覚のシーズンでもある。昼食に栗をいただき季節感を十分に味わえたようだ。夜になって自治会の役員会に出席した。自治会でも秋になると行事が多く控えている。

2012年9月24日(月)
「あしたづ」書き始め

 河内の郷土文化サークルセンターの文化誌『あしたづ』に掲載するテーマについて、やっとパソコンの前に座り書き始めた。予定より一か月近く遅れている。9月に入って始めようとしたが、何かと用事が入ってきて書くことができなかった。調べていくうちに謎が解けるようにわかってくることもあり、興味がわくことあり。毎日少しづつでも前にすすめていきたいと願っている。

2012年9月23日(日)
お彼岸の墓参り

 雨が降る心配があったが墓参りをした。幸いに天気はもってくれたのでよかった。墓参りの人が多くて墓地周辺は車の数がいつもより多かった。夜になってテレビを見ると島をめぐる領土問題の特集が組まれていた。日本という国の力が衰えてくると周辺の国が攻勢を掛けてくる姿を見ていると、このような現象は個人間の付き合いでも見られないことでもないので何だか悲しくなる思いだ。

2012年9月22日(土)
法事に参列

 昨年、長寿を全うした叔父の法事に参列した。奈良の住宅地では涼しい風が吹いていた。優しく物静かな人だったので、人柄を偲んで御縁ある人たちが集まって行われた法事は、静かで和やかであった。

2012年9月21日(金)
河内木綿の綿摘み

 今日は中環の森での小学生による河内木綿の綿摘みがあった。楠根東小学生が沢山、元気に参加して収穫してくれた。大阪府八尾土木事務所や小学校の先生お疲れさまでした。この綿が身につけているシャツなどの原料だと説明すると子どもたちは不思議そうな顔で話を聞いていた。

2012年9月20日(木)
ITを使うということ

 飛行機の切符とか商品の購入はITですると便利だし価格が安くなることが多い。便利だが一字でも間違うと前に進めない。効率化を突きつめるとITがツールとしていいということになろう。自分のためにもITの習得の必要性が高まっている。

2012年9月19日(水)
中国の留学生と会う

 知人たちと中国人留学生を交えて談笑する機会を持った。国同士がうまくいかないとしても個人間の付き合いは従来通り交流していけばいい。天気も雨が降る日があれば晴れの日もあろう。

2012年9月18日(火)
迷う町

 近くにある町に入り、道に迷ってしまうととんでもない方向に行ってしまう。大分以前からそうだがぐるぐると回ってしまいとんでもない方向に行ってしまう。今日も所用があり、その町に間違って入り、いつもより倍の時間がかかってしまった。これまでも何回もあるので学習効果が自分には出ていないということだ。

2012年9月17日(月)
中国のこと

 中国には旅行などで数回訪れたが、好きな国の一つだ。下町で偶然に会ったおばさんや人々は素朴で親しみを感じた。ある乗合バスで隣に座った初老の女性は、筆談のなか戦争はバカな人がすることだと書いた。まったく同感だと紙上で簡単な会話がすすんだ。領海問題が過熱する中、今、バス中の筆談が鮮明に浮かんでいる。

2012年9月16日(日)
古堤街道調べ

今日は大東市中垣内から奈良へ通る古堤街道について龍間集落まで歩いてみた。気温は高くて大変体に厳しいものだった。実際に登ってみて初めて見る龍間は非常に新鮮に映り得るものがあった。

2012年9月15日(土)
友人の絵画展

 友人が絵画展に出品していたので心斎橋筋の画廊に出かけた。展示されていたのは水彩画が主だったが秀作が多かった。私も腕を上げて少しでもいい絵を描いていきたいものだと思う。帰途に買い物しようと黒門市場に向かったがすごい雨に出合った。昨日ほどではないが傘をさしても衣服に雨がかかってきた。

2012年9月14日(金)
勉強会

 布施駅前の喫茶店で長老と韓国語の勉強会をしようと思い出かけたら途中でひどい暴風雨に合ってしまった。突風にあっという間に雨傘の骨が折れてしまい万事休すで屋根のあるところに避難した。とりあえず前身ぬれたような状態で何とか勉強会を終えた。帰途に新しい傘を買って帰った。

2012年9月13日(木)
会報づくり

河内の郷土文化サークルセンターの会報編集委員会にパソコンを持ち込んで会報づくりをする。各原稿が集まって来たので今後は会報として完成度を高めていけばいい。

2012年9月13日(木)
サークルセンター会報づくり

 パソコンを会議室に持ち込んで河内の郷土文化サークルセンターの会報づくりをする。原稿はほとんど集まっているのであとは、会報としての完成度を高めていけばいい。夕方から平野庄屋屋敷に出かけて従兄弟たちと談笑した。

2012年9月12日(水)
日下貝塚の跡

 今日は所用があり、東大阪市の日下辺りを自転車で走っていたら路傍に日下貝塚跡の石碑を見かけたので立ちとまった。かなり坂の上に貝塚跡があるので太古は海面がかなり高かったことが推定される。当時の風景は東高野街道辺りが海岸線であり、今とは全く変わっていたのだなと想像する。生駒の裾野は歴史の宝庫だと思う。

2012年9月11日(火)
秋刀魚が美味しい

 食卓に秋刀魚がだされた。やはり旬の味は新鮮で旨い。大根おろしを上にかけてご飯と味噌汁がついておれば食欲が増してくる。秋になれば秋の味覚を味わっていきたいものだ。

2012年9月10日(月)
生駒上町から歩く

 人から依頼を受けて調べ物のため、生駒上町から東大阪市の角田まで歩いてみた。生駒山中の龍間を越えるのはしんどいものだし、阪奈道路を歩くのは車に撥ねられないかと怖かった。角田まで何とか無事に到着してよかったと思う。感謝。

2012年9月9日(日)
河内の戦争遺跡を語る会

 河内の戦争遺跡を語る会から依頼を受けて会合で若江の忠霊塔について話をした。参加者は30名に近かったが質問も多くて勉強をさせてもらった。まだまだ調べなければならないと自覚した。

2012年9月8日(土)
河内の郷土文化サークルセンターの臨時理事会

 午前中に臨時理事会があり、出席して恒例の行事の「サークルの集い」などについて審議した。午後になり市民会館での英会話サークルに参加した。リーダーの体調も少し良くなっているようで安堵する。帰宅して明日の河内の戦争遺跡を語る会の資料作りを済ました。

2012年9月7日(金)
アメリカの大統領選

ニュースで見るアメリカの大統領選の様子は、日本とは大分違うようだ。大統領候補が直接に選挙民に語る迫力は、多くの人に感銘を与えている。会場にいる人達は演説を聞いていて感動して涙を流していた。感動を与える政治家の姿を日本ではほとんど見られないのが残念だと思う。しかし、日本はアメリカより勝っている点は国民への健康保健制度だろう。アメリカではまだ、日本ような形ではできていないようだ。

2012年9月6日(木)
体調には注意

 夏の疲れのせいか身体が重く感じてしようがない。少しづつ体力を回復していこうと思う。今必要なのは自制、自制だろう。

2012年9月5日(水)
沖縄で想う

沖縄を久方ぶりに訪れた。当地は温度そのものは、大阪より低いが日差しがとても強かった。陽中では肌がじりじり焼けるように熱くなった。今回は南部の戦跡に行って戦争犠牲者たちにささやかながら献花をした。南海のこのような美しい風景の中で激戦があったことに今更ながら驚き、戦争の悲惨さを忘れまじと胸に再び起こる。
 沖縄へ空に入道雲哀悼す 三記雄

2012年9月1日(土)
図書館

近くの図書館に調べ物に行った。小さな図書館に子どもや大人が寄り添うように集まり本や新聞を読んでいた。その光景は炎暑を逃れてクーラーのきいた図書館に避難するように集まっているようにも見えた。自宅の暑い部屋にいるよりも確かに健康にいいだろう。湿度の高い嫌な天気だなと思っていたら夕立が降り、これは慈雨になったろう。

2012年8月31日(金)
驕るなかれ

 驕るなかれ。昔からよく言われる言葉だ。しかし、たびたび登場するだけに人にとって守ることが難しいのだろう。今も自省しながら書き綴っている。炎暑のあとの夕立ちは有難きかな。

2012年8月30日(木)
諸行無常

使い古した言葉、聞きなれた言葉には本来、重要な深い意味が含まれている場合が多いと思う。その言葉の一つに諸行無常があろう。仏教用語で、世の中のことはすべて変化していくことだ。最近の大きな問題が動きだしているのが見えてくる。

2012年8月29日(水)
会報作り

サークルセンターの会報づくりが入ってきて忙しくなっている。いまはパソコンの前に座ることが多い。少しづつしか最近はパソコン作業を進めるより仕方がないだろう。夕方になり少し雨が降ったがもう少し降ってもらった方がよかった。

2012年8月28日(火)
東大阪市に観光客を

 東大阪市には全国に誇れるものが多くある。しかし、その宝物に気がつかない人が多いようだ。まず、これら足元の宝物を書きだしてPRしていく必要があるようだ。少しでも発展する街になればいいだろう。

2012年8月27日(月)
台風と旱害

沖縄では大型台風が通過している。被害が大きくならないことを祈っている。アメリカからの知人のメールでは、日照りが続き農作物が被害を受けているとのことだ。日本では雨が多いので困っているがアメリカでは日照りで被害が出ている。いずれにしても異常気象の表われか。

2012年8月26日(日)
厳しい残暑

秋の足音が聞こえているのに残暑の厳しさについつい声をあげたくなるほど暑い。まだ陽が高いころに戸外に出ると砂漠の中に放り出されたような暑さを直接感じた。それでも帰宅する夕方になると温度は急に落ちたように暑さは和らいでいた。庭に水をやり涼しさを求めた。

2012年8月25日(土)
近くの自転車屋さん

 近くの自転車屋さんに修理のため入った。今日は休日だったので自転車屋さんもお客が多く忙しくてすぐに直してくれないのかと案じていたら、若い女性従業員がすぐにやりますよと声を掛けてくれた。まことにテキパキとして気持ち良し。不況といいながらここの自転車屋では若い従業員が割合に多く働いている。こういう企業の将来が楽しみなり。

2012年8月24日(金)
都会にも自然が

車が行き交う長瀬川にもホッとする場所がある。川のほとりにはベンチがありせせらぎに魚が銀鱗を光らせ、その内にシラサギが近づいてきて魚を口ばしに挟み飛んで行った。長閑で平和を感じるひとときだった。

2012年8月23日(木)
処暑になる

いよいよ処暑きたる。暑い暑いといっていても、暑さは昔から処暑までといわれている。今日は暑くて大変だったが段々と秋に移っていくのだろう。
うない子がすさみに鳴らす麦笛のこえにおどろく夏の昼ぶし 西行

2012年8月22日(水)
徒然なるまま

朝夕はやや涼しくなってきている。季節の微妙な変化がある。現代人は日々忙しく送っているので、その変化に気がついていない人が多いようだ。暑いなかで吹いている風はやや涼しげになっている。このようなときの移り変わりに見逃さない気持ちを持ちたいものだ。

2012年8月21日(火)
すでに混在状態

日本橋にふらっと自転車で行ってのんびりとしてきた。韓国や中国から若い人が大勢がこの辺りに住んでいるか来訪している。韓国や中国へも日本から行っているだろう。いまや国際交流が進んでいる。この平和な状態がいかにしたらスムースに進展できるかを考えていかねばならない。

2012年8月20日(月)
領土問題は冷静に

昔から領土問題は国民の感情に火がつきやすい状態になる。国民感情により政治が左右される弊害は戦前の悲劇的な歴史に学んだはずだ。政治家は人気取りで国民の感情を煽ってはならない。
風吹かず 風鈴動かず これもよし  三記雄

2012年8月18日(土)
勉強会と学生時代の友人との出会い

 長老と会って韓国語で朝鮮新報を読む勉強会を布施駅前の喫茶店でする。その後、学生時代の友人たちを会って食事会をする。その間に降った激しい雨には気付かなかった。

2012年8月17日(金)
和歌山へ行く

和歌山へ行く機会があり少し廻ってきた。熱い日差しを浴びて和歌山の生石高原、貴志川駅や村は緑陰が濃く、残暑厳しきなり。地方の景色の良さを眺めて楽しんだ。
夏痩し猫駅長の昼寝かな 三記雄

2012年8月15日(水)
終戦記念日

 暑い日に67回目の終戦記念日を迎えた。それもお盆の日になっているのは、偶然にしても不思議さを感じる。今日、父が眠っている若江の忠霊塔に参拝した。若江の遺族会会長と忠霊塔の地でお会いして話をする。戦死した父が亡くなって68年になるが父を思う気持ちは逆に年々深くなっているように思う。

2012年8月14日(火)
豪雨に驚く

昨夜から夜中にかけての突然の豪雨には驚いた。住んでいるところは幸いに公共下水道が進展しているので水害の被害はなかったが、大阪府内では被害が出ている。最近の雨の降り方は異常なものだろう。おだやかな気候に戻ってほしい。

2012年8月13日(月)
お盆の墓参り

お盆の墓参りで岩田墓地に行く。今日はお盆の割にはお参りの人が少ないように感じたのは、昨日の日曜日に済ませているのだからだろうか。昼に寄ったファミリーレストランでは客数が多かったのはお盆だからだろう。帰途にスーパーに入り食材など買って帰り、ゴーヤチャンプルが好きなのでゴーヤを購入した。

2012年8月12日(日)
小阪を歩く

 終戦日が近づいてきた。身の回りでも戦争の痕跡が今でもあちこち残っている。小阪のそのような場所を今日は歩いてみた。暑い日だったのでクーラーのきいた喫茶店で休憩をした。戦争遺跡という言葉が最近は学問用語となって定着しているようだ。

2012年8月11日(土)
サッカ―日韓戦

 日本では夜中にオリンピックのサッカー日韓戦があり、残念ながら日本が負けた。スポーツではいつも勝ったり負けたりがついてまわる。隣国同士なのでお互いに長い付き合いなので上手な方法をお互い知恵を出し合って身につけないといけない。

2012年8月10日(金)
消費税率引き上げ

消費税率引き上げが国会で採択された。これだけ社会保障費が年々増加していけば国の財政もアプアプしてしんどい状態だとわかる。しかし、政治は国民の信頼がなければ続かない。政治家は信頼されているだろうか。残念ながら薄いといわざるを得ない。何ごとも率先垂範で悪いところを直していかねばならない。その率先垂範の姿が国民の目に見えてこないのはどうしてだろうか。

2012年8月8日(水)
秋は来ぬ

昨日に立秋が過ぎたと思ったら今日の風は少し冷たい風となっている。目には見えないけど秋は忍び寄っている。昔読まれた和歌のごとしなり。 
 つかの間の 日陰に休む 盛夏かな

2012年8月7日(火)
なでしこのサッかー

 オリンピックのサッカー試合のなでしこジャパンの活躍に胸ドキドキしながら応援した。最後は勝ったのでよかった。それに比べ国会の政治家たちの動きは、ダサすぎるね。国民を前にして理解不能だ。ゴールはどこにあるのかわからない。

2012年8月6日(月)
広島被爆して67年

 このような暑い日の朝、広島に人類初めての悲惨な原爆を米国は投じた。投じた米軍の軍人は英雄として称賛された。殺された何十万といわれている被害者は、ほとんどは普通の市民と子どもだった。この現実は戦争という実態なのだ。今でも戦争について勇ましいことをいう人がいるが、私はその人達を信用できないでいる。

2012年8月5日(日)
オリンピック

昨夜は遅くまでバドミントをみて日本チームを応援した。大変健闘したが残念だった。オリンピックは深夜にテレビ中継される場合は多いので、こちらも睡眠不足が続いている。

2012年8月3日(金)
トコロテン

 小阪の商店街に老舗の豆腐店があり、ここでトコロテンが売られている。今日は前の通ったので買って帰った。今夏は特に暑いのでよく売れているという。帰宅してトコロテンをよく冷やしてから食べると冷たい心点が気持ちよく喉を滑り落ちていった。しかしながら思いだすのは天草を旅行した折の、太めのトコロテンだ。あの歯ごたえあるトコロテンをもう一度、口にしたいものだ。

2012年8月2日(木)
寝苦しい夜

 蒸し暑くて睡眠が悪くなる。寝不足の分は昼間は、うとうとと眠気がくるので昼寝を努めてしている。暑い中でも外出して河内の郷土文化サークルセンターの事業のバスツアーとかのチラシを発送した。バスツアー王朝宇治への参加者を増やしていきたい。

2012年8月1日(水)
身近な街の魅力

 生活している街は、素晴らしく魅力がある。歴史があり人々に魅力がある。調べてみると好きになるので地元の街を研究していきたい。東大阪市の永和の詩人の榎木さんは足元に“宝の山”があるといわれていた。気付くか気付かないかの差が大きいだろう。

2012年7月31日(火)
オリンピックドキドキハラハラ

 世界の選手が競おうオリンピックはすごいの一声に尽きる。国の期待を背負っているのだから選手にとってはプレッシャーがすごいがその中で最高の結果を出さねばならないからつらい。選手の実力が出せるように応援したい。

2012年7月30日(月)
ラジオ体操

 早朝ラジオ体操の当番の日だったので、朝6時に起床して会場の公園へ出かけた。毎回80人超える人がラジオ体操に参加している。このラジオ体操は地元自治会が開催しており10日間の開催中延べ1000人ほど参加したことになる。明日で最終になるが自治会のビッグイベントが終わることになる。

2012年7月29日(日)
セミナー暗越奈良街道

 生駒市のせせらぎホールにて、セミナー暗越奈良街道が開かれた。炎熱の中にもかかかわらず100名を越える人達の参加していただいた。セミナー後に会場からの質問にお答えして盛況のうちに終えることができた。関係者に厚くお礼を申し上げたい。

2012年7月28日(土)
ロボットは、大阪・関西を救うか

 大阪商業大学のユニバーシティホール於いて標記の公開講座があった。ロボットといってもその定義は難しいが実際は目に見えないところにロボットは使われている。関西は独創性と実利性が昔からすぐれているので頑張っていってほしいし、我々も注目が必要だろうし、応援していきたいものだ。

2012年7月27日(金)
駅前で勉強

 定例のハングル勉強会を長老とする。いつものように布施駅前の喫茶店で朝鮮新報の記事を読んでいく。勉強の合間に世間話をして時間を過ごす。このあとヒバリヤ書店へ寄って本のあれこれを探した。家に帰ってから庭に水をかけ前の道に打ち水をしたら少しは涼しくなったが、それも気のせいでもいい。

2012年7月26日(木)
暑いけど外に出る

 自転車に乗って暑い中、難波まで走る。今日は戸外はけっこう風が吹いていた。心斎橋筋で買い物して日本橋の喫茶店で休息を取る。のどが渇くのでしょっちゅう水分を取る。陽光の中で景色を楽しむ。夜になり永和の市民会館で古文書を読む会に出席した。

2012年7月25日(水)
オリンピック前

ロンドンオリンピック開幕前にしてムードが最高に盛り上がっている。日本の選手の活躍を期待しているが外国も当然頑張っているので、各各の勝敗には厳しいものがある。ただベストを尽くしてほしいと願っている。

2012年7月24日(火)
天神祭

大阪の天神祭は暑い真っ盛りの夏の今日、明日に開かれる。一度は参拝して見物しておこうと行ったが、なかなか古式豊かな牛車の行列や御船渡など厳かなものだ。大阪の夏の風物詩に欠かせないものになっており、梅肉をかけたハモ料理が食べたくなる時節なり。

2012年7月23日(月)
ラジオ体操

自治会の早朝ラジオ体操の当番に当たっていたので朝6時に起床して近くの公園に出かけた。子ども達も大勢参加して90人近い参加がある。朝が弱いのでラジオ体操は苦手の方に入るが、一方体操をすれば気持ちがいい。

2012年7月22日(日)
四條畷へ行く

 キリシタン墓の講座が四條畷の田原において開かれたので参加した。自宅から生駒へ行き、そこからバスに乗った。初めての行き方だったので、予定よりだいぶ時間がかかってしまった。しかし、講座の内容は良かったし、太原も自然環境の良いところなり。

2012年7月21日(土)
河内四條歴史講座

 定例の瓢箪山駅近くの河内四條歴史講座に出かけた。悪天候にもかかわらず多くの人に参加してもらった。今回は河内街道と若江の忠霊塔についてお話をした。もっともっと調べて勉強していきたいと思う。雨は心配するほど降らずによかった。

2012年7月20日(金)
蒸し暑い中

 今日は気温はさして上がってなかったが、湿度は非常に高かった。以前は湿度と気温の両方高いときは、不快指数が高い日とか呼び、嫌がったものだったいつの間にかこの表現は使わなくなった。冷房はその点は、湿気を除去してくれるので大いに助かっている。都会の住宅事情では冷房を入れないと寝つかれない人が多い。私もその一人だが・・・。

2012年7月19日(木)
くらがり峠へ

 暑い中だが用事があり暗峠へ向かった。さすがハイキングしている人はほとんど見かけなかった。峠では下界より4度程度、低いがそれでも暑さ厳しい中でも農作業に多忙だった。手入れをしないと農業は成り立たないから、暑い、寒いは、言っておられないだろう。さすがに昨日に続いての山登りは体にこたえたようだ。

2012年7月18日(水)
松尾山へ参詣

暑い日が続いているので長時間に日中歩くのを避けていたが、以前から行けてなかった大和の松尾山の参詣に出かけた。何十年振りかだったので途中の道を完全に迷ってしまった。道を訪ねて何とか松尾山に登りお参りができた。近鉄郡山駅前で食事をして、老舗の大門湯で汗を流して帰宅した。

2012年7月17日(火)
勉強会と水やり

 卒寿過ぎの方と布施駅前の喫茶店でハングルの社説記事を読む勉強会を持つ。朝鮮日報のハングル版は日本の新聞にまだ報道されていない部分なので勉強にも興味が湧いてくる。卒寿過ぎのひとを相手にしているので暑いからしんどいなんてあまり口にできない。これが終わって中央環状道路の河内木綿畑に水やりに行き、周辺の夏草を刈り取る。

2012年7月16日(月)
俳句はいいな

 昨日から暑い日が続く。厳しい暑さでも外出して歩くと気持ちは悪くない。汗がでるがこれも自然の現象だろうと思う。新聞の俳句欄をときたま見るが今日、好きな句が入選作にあり。
 南瓜咲く山家に昼のラジオかな(我妻勝美)

2012年7月15日(日)
蝉と梅雨明け

 あるところで、今年の梅雨明けはいつかなと言ったら、蝉が鳴きだしたから梅雨明けかなと言葉が返ってきた。こういう関係を初めて耳にしたのでネットでその真偽を調べるとあまり関係がないと書いてある。しかし、自然形態の関係には興味がある。今日は散歩していいたら大変な暑さのもと、汗びっしょりになって帰宅した。暗越奈良街道ガイドブックについて読売新聞に大きく報道された。感謝。

2012年7月14日(土)
大阪港まつり

 大阪みなとまつりの明石大橋迄のクルージングに参加した。知人が応募してくれたのが抽選で当たり招待券を得てくれた。幸いに天気もよく明石大橋までのクルージングは快適だった。海の上の広々した眺めは心をゆったりとしてくれた。

2012年7月12日(木)
中小阪集落

住んでいる町、小阪には下小阪と中小阪がある。下とか中さらには上が付くが是は昔大和川が流れており、その上流からこのような区別がされている。今日は所用があり下小阪から中小阪の旧村を歩いた。懐かしい雰囲気が集落内にあり路地を歩き民家を見ながら歩いていると旧知の人とばたりと出合った。最近の話を尋ねると大分変化してきているという。変わらぬものが一つもないのが世の中と考えれば当然だろう。

2012年7月11日(水)
地域の歴史

 我が住む街の歴史を調べるため、2,3か所廻った。しまいには大阪市内の真田山旧陸軍墓地まででかけた。一時は大変荒れていて心配していたが、今回訪れるとかなりきれいに手が加わっていたので少し安堵した。歴史あるところだけにもっと皆の関心が集まればいいと思う。

2012年7月10日(火)
河内木綿の日

 今日は河内木綿に水をやる担当になっている。少し陽が落ちる4時ごろに出かけた。水をやり夏草が伸びているので鎌を持って周辺を刈り取る。汗がびっしょりと体や顔から噴き出した。少しは畑がきれいになったので気持ちは良し。

2012年7月9日(月)
編集委員会の開催

 午後から河内の郷土文化サークルセンターの会報編集委員会と「あしたづ」編集委員会が、大阪商業大学において時間を区切って開かれた。両方に参加したのでかなり疲労したが、前に進んだ。今後は各人が原稿を書き進めねばならない。日中は30度を超える暑い日になった。

2012年7月8日(日)
散歩の風景

 長瀬川のほとりで休んでいると小魚が水面に跳ねてさざ波が起こっている。大きな鯉がたくさんいるが子どもの鯉がその何倍か泳いでいる。川の中に無数の生命が生まれ川の中で動き回り鳩など鳥たちもやってくる。帰宅途中の小公園の小さな鉄棒に子どもが泣きながら逆上がりの練習をしているがなかなかできないようだ。傍に父親らしき男性が“悔しいのならもっと練習を”と叫んでいた。いつか自分が子どもに教えていた風景だなと思いながら通り過ぎていった。

2012年7月7日(土)
七夕祭り

 JR片町線に乗って会議のある野崎駅に向かっていると車内には浴衣姿の女性をあちこちに見られた。交野市には天の川が流れているので当地で七夕行事が盛大にあったらしい。それで浴衣姿の女性がおおぜいそのイベント会場に行くのだろう。

2012年7月6日(金)
雨の中

 本当によく降る梅雨になっている。あちこちに被害がでているがじーっとしていると体にも苔が生えてきそうな湿気がある。心斎橋筋まで外出したが戎橋の上では震災後減った、中国や韓国など外国人観光客が増えているような多さだった。やはり街には賑わいがなかったら寂しいと思う。

2012年7月5日(木)
色んな事がある

 いつになっても新しいことに巡り合う。世の中のことをわかっているようで知らないことが多いようだ。最近は頼まれて未知のことをしだしている。自分にとって決して容易なことてではないが、やりだすとおもしろい。まだまだ未経験なことが起こりそうであるがやっていこう。

2012年7月4日(水)
自転車屋さん

 街の自転車屋さんへ行って、タイヤへ空気を入れた。サイクリング車のタイヤへの空気入れは家庭のでは充分に入らない。そのあと自転車のチエ―ンに油をさしてもらった。車軸のところにもお願いしたら車軸に差すのは自転車のベアリングを痛めるとのこと。今まで知識がなかったので間違ったことをしていたようだ。

2012年7月3日(火)
生駒の玉子

 くらがり峠を少し下った谷合に自然法で養鶏されている。昨日、峠の茶屋「すえひろ」にこの玉子が置いていたので購入して帰った。昼食にこの玉子を使って炊きたてのご飯に玉子かけでいただいた。黄味が白っぽくてとても新鮮な感じがして美味しかった。残りの玉子を楽しみにして食べていきたい。

2012年7月2日(月)
ホトトギス、鳴く髪切峠

 久し振りにいい天気だったので、くらがり峠へ行った。髪切峠(こぎり)ではホトトギスが鳴き、心が洗われる想いになった。くらがり峠の茶店「すえひろ」でひと休みした。いつものように経営者のご夫婦と世間話をする。7月29日のセミナー「暗越奈良街道と生駒」についてお願いしておいた。このあと東山の"音の花温泉"で汗を流して食事を取った。

2012年7月1日(日)
モーニングの会

 定例のモーニングの会を駅前の喫茶店でおこなう。メンバーはいつも三人でコーヒーセットを前にして淡々と談笑。気の置けない楽しいひとときを過ごす。この会話から世間が見えて外国が見えてくる感じがするのは、年齢を重ねてきたことと関係ありそうだ。

2012年6月30日(土)
パトリの音楽と語り合い

 東成区のパトリで、ハーモニカと戦争遺跡の語りの会があった。ハーモニカの音色に心がやすらぎ、音楽のメロディにうっとりとした。大西進さんの「日常の中の戦争遺跡」の執筆のお話があり、有意義な時間を過ごした。戦争遺跡などは語りつくせないものがある。

2012年6月29日(金)
統国寺の勉強会

 天王寺の統国寺において定例の歴史学会に参加する。今日のテーマは渤海国だったが少し私には難しかった。

2012年6月28日(木)
古文書の勉強会

 定例の古文書勉強会のため市民会館へ行った。江戸時代の文書は、読みくだすには難しいが奥が深くて興味がつのってくる。勉強会の後の生ビールを飲みながらの談笑はさらに楽しいといえる。

2012年6月26日(火)
河内木綿の水遣り

 中環の森の河内木綿畑へ水やりに行った。夏になると雑草がはびこり草刈りを欠かせない。今日も草刈りをして水をやると汗びっしょりとなった。今年の木綿の出来が残念ながらよくないようだ。天候が不順のせいだろうか。昨年もあまりよくなかった。帰途に夕食用の弁当を買って帰った。

2012年6月25日(月)
梅雨の晴れ間

 久し振りの天気だった。暑い日差しの中いつものように散歩をする。やっと小阪駅前の喫茶店に到着して店内に入ると冷房がきいていてホッとする。冷房は有難いもので停電で冷房が使われないとすると、喫茶店などは正直、商いを直撃する。節電には協力しなければならないがきれい事では済まないことが日常生活からでもよくわかる。長瀬川まで足を伸ばしていつものように川際のベンチに腰掛ける。流れ行く川面を眺めていると心が落ち着くなり。
俳句をつくる。 五月雨に 鯉跳ねひかる 長瀬川   子鯉跳ね 鱗ひかりし 長瀬川 

2012年6月24日(日)
河内の戦争遺跡を語る会

 昨日、大阪商業大学において開催した「河内の戦争遺跡を語る会」について読売新聞により報道されていた。会場から発表のあった関谷広さんのことも掲載された。貴重な体験や意見があったので記録していけたらいい。

2012年6月23日(土)
ミニシンポ陸軍八尾大正飛行場

 河内の郷土文化サークルセンターの第36回城東サロンとしてミニシンポ陸軍八尾大正飛行場が開催さrた。会場の大阪商業大学ネットワークレクチャールームが溢れるほどおおぜいの参加者があり、大西進さん、浅野詠子さんn、太田さんのお話があり、会場から体験を交え交流が進んだ。

2012年6月22日(金)
怖い大雨

 昨夜から大雨が続き、その降りかたが激しく近くの第二寝屋川の堤防は大丈夫かなぁと心配になった。夜が明けて自転車に乗って川の橋から眺めると、かなり水は引いた後だったが異常に増水になっている。全国では被害が出ているので気の毒に思う。昨日と今日は打って変わったように晴あがった天気になった。

2012年6月21日(木)
日本画展

 知人が日本画展に出展しているので生駒市の芸術館にみにいった。素晴らしい作品だったのでしばしみとれていたほどだ。芸術館のたたずまいもいいので雨が降る庭園を眺めて楽しんだ。

2012年6月20日(水)
歩いて知る「暗越奈良街道」

 今朝の新聞に 歩いて知る『暗越奈良街道』の刊行が大きく報道された。出版社の読書館にはあちこちから問い合わせが殺到してるそうだ。私たちが実際歩いて調べた本だけに多くの人に読んでもらえば本当に有難い。

2012年6月19日(火)
年金の手続き

 年金の手続きで管轄の役所に行くことになった。社会保険庁は解体され年金機構という組織になっている。この変革の中、年金の手続きをする側も大変だ。年金機構は年金事務センターへ委託されているらしい。まあ、あちこちと渡り歩いて何とか目的の手続きはできたが、台風が来る時間を気にしながら、心の中には複雑な思いで帰宅を急いだ。

2012年6月18日(月)
騒々しい社会

 今問題になっている消費税問題や原発問題にしろ、議論に基本が忘れ去られていると思う。今すぐすべきこと、中長期的に整理して考えることがいっしょくたになってワイワイと論じられている。そこへなかには論議のための論議をしているグループがいるのでそれを見極めないと連日、うるさい報道などが加わり、余計に本質がわかりにくくなっている。

2012年6月17日(日)
古箕輪神社

 昔の郷土はどうだったのかを考えることが多い。大和川付替えは300年以上前のことだが、付替え以前の地形を彷彿と感じさせるところは多くある。新開池や深野池の跡地はどうだろうかと思い、古箕輪神社へ行った。小高いところに鎮座し堤跡の上に立っているように感じた。もうすこし調べてみたいと思う。

2012年6月16日(土)
喜寿のお祝い

 知人が喜寿を迎えられたので龍鳳洞石切で友人たちとお祝いをした。近鉄奈良線の石切駅から山裾をゆるやかに下っていくと緑の中に龍鳳洞があり静寂の中にある。メインの湯葉を味わいながら喜寿の祝いがすすんでいく。この辺りはホタルが自生し太宰治が小説に取り上げ映画化された風光明美なところといえる。

2012年6月15日(金)
くらがり峠へ

 久し振りにくらがり峠に上がることにした。梅雨の合間の晴れの日、枚岡からボチボチ登っていくと、ホトトギスが鳴き眼に映る山間の景色も良し。峠の茶屋ではご夫婦がお元気にされていた。いつもように珈琲を注文し、飲んでいると生駒市の広報担当者が茶店の取材に来た。暗越奈良街道2012の本の件をお話をしたところ、すでに読んでいるとのことなので話がすぅーと通じたようだ。

2012年6月14日(木)
高校時代の友人たち

 高校時代の友人たちと会って食事をする。楽しい会話と食事を楽しむ。会場となったオーキャットは日頃は余り寄らないところだがサービスもよくいい感じだった。

2012年6月13日(水)
過ごすと生きる

 日々過ごすと表現するのと日々を生きるとは、違うように思う。時を過ごすだけでは時間だけが経過し、振り返ったときにはむなしさが残る。時を生きるとき意識して過ごして何かが残るだろう。時間を大事にして人生を大事にして送りたい。

2012年6月12日(火)
雨の中

 雨が降ろうが暑かろうが、日に1回は戸外にでて大気に触れてみたい。駅前の喫茶店で知人に会ってある相談をする。事の解決に向けて進むより仕方がないだろう。それには相談する人が多い方がいいだろう。

2012年6月11日(月)
鳥取のラッキョ

 美味しいラッキョを食べたいと前々から思っていた。先日に入ったところに泥つきのラッキョが袋入りで売っていたので根を切りとって塩漬けをした。やや大粒の歯ごたえのあるラッキョウがいい。
 塩漬けし ラッキョ暫し見続けし 

2012年6月10日(日)
出版記念会

 ゙奎通氏の著書『知られざる故国何ぞ悲しき』の出版記念会が在日韓国基督教会にて開かれた。この本は短歌を中心に著作して多くの人の胸に感動を与えている。著者の家族も出席され和やかな雰囲気であった。

2012年6月9日(土)
会議の連続

 朝から文化サークルの役員会を大阪商業大学で開き、午後には機関誌や文化誌の編集委員会に出席する。それぞれの編集委員長が決まり今年は出発したので、後は原稿集めと編集など詰めていかねばならない。いずれにしても力を集めていい内容にしたいものだ。夜になって喫茶美術館で音楽会があり参加した。いい音楽が披露された。

2012年6月8日(金)
入梅

 梅雨入りになったので今日は一日雨だった。午後になり外出したが手に傘をさし不便を感じ商店街のアーケイドに入るとホッとする思いで早速に傘をたたむ。小阪駅前の蕎麦屋さんに入り腰かけると生前の司馬遼太郎さんがよく座っておられた席だった。よく小阪周辺を散歩されていたお元気な姿が浮かんできた。

2012年6月7日(木)
大学との話し合い

 永和にある大きなメガネ店にメガネの修理を頼んでいたのができあがった。たまたま河内木綿でできたメガネケースを持参していたので地域の文化に根差したこのようなケースづくりを提案した。よそとの製品の特色化は必要だろう。このあと大阪商業大學に寄って文化とのネットワークづくりを話し合った。

2012年6月6日(水)
河内木綿

 今年も河内木綿の水遣りが始まった。中環の森での苗植えがおわり今はソーラーで井戸水をくみ上げているのでかなり省力化されている。これからの暑い夏を水遣りと草取りをして乗り切り秋には確かな綿花の収穫を得たいものだと願っている。

2012年6月5日(火)
暗越奈良街道2012

 市民が寄り集まり執筆した「暗越奈良街道2012」は、書いた者がアマチュアなら出版元も素人のようなもので手探り状態で本を世に出した。本屋さんに接しているとこの道のプロといえる人から“いい本ですね”と温かい言葉をいただく。今までの苦労がす―と抜け去る思いがする。機会があるならこれからも暗越奈良街道を奨めていきたい。

2012年6月4日(月)
日々是忙か

 年齢を重ねても日々が忙しいとなれば、いい人生の送り方かなと考えてしまう。することもなく日々を送るのもつらいだろうが、忙しくあわただしく人生を送るのもいかがなものかと考える。ふと立ち止まって振り返ることも必要だ。

2012年6月3日(月)
暗越奈良街道クラブ

 今日は川中屋敷林のなかで本刊行後、はじめて暗越奈良街道クラブの会議が開かれた、この屋敷は数百年の歴史をもち大和川付替えに大きな貢献をしたと言われる中甚兵衛の生家になる。会議では本の普及と今後の活動について検討し今後の計画をたてた。

2012年6月2日(土)
文化のつどい

 「文化のつどい」が永和の市民会館で開催された。知人が拓本などで展示されたいたので訪れた。工芸、絵画、もんじの会など見事な作品が並べられていた。

2012年6月1日(金)
モーニングの会

 定例の駅前の喫茶店でモーニングの会をもつ。1か月1回の会はいつも話題があって楽しい。その後自転車に乗り日本橋に向かう。ここの街角の風景は国際的で開放的なので好きなところだ。ここに来るのも何カ月ぶりになった。

2012年5月31日(木)
日本経済は

 世界では日本の経済は欧米に比べるとまだ、マシだとみているといえよう。しかし毎年借金の額が歳入より多いまま国家予算を組んでいる状態は誰がみてもおかしいだろう。要は国家や政府への信頼性をもっと高めたら国民は理解してくれのに、気楽に批判している人間が多すぎるのが現状だ。

2012年5月30日(水)
コリアタウンに

 知人たちと数人でコリアタウンで遊ぶ。韓国ドラマや歌などで韓国の魅力にひかれ韓国語に取り組んでいる人達だ。鶴橋駅からタウンへ行く途中、ハングルの看板を見つけては読んだり意味を確かめたりして勉強する。言葉は実際に見て話すのが一番いい上達方法だろう。天気もよく楽しい日帰り逍遥なり。

2012年5月29日(火)
雷とにわか雨

  今日はは天気だったはずであったが急に雷と雨に見舞われた。近頃の天候は予想がたびたび外れ異常な状態になる。自転車で外出していたので途中あわてて帰宅した。
先日、出演したケーブルテレビが次のように放映されている

番組名 「歴史と街かど」−週刊!かわちHOT情報のなか(後半15分ほど)

放映時間帯 北河内局・かわち局・南大阪局月〜金1900〜火、水 2430

東大阪局 月〜金 830〜土、日9:00〜  日 21:30~

2012年5月28日(月)
ポール・クルグマン氏

クルグマン氏はノーベル経済学受賞の世界でも有名な学者だ。彼は欧米の経済学者は東京へ行って日本の天皇へ謝るべきだとファイシャナル紙にショッキングな見出しで述べている。
欧米の学者の多くは“失われた20年の日本”という枕詞で日本を反面教師と常に非難してきているが、欧米経済は日本の状態より悪いとして彼は日本を見習うべきで非難は間違っているとしている。

2012年5月27日(日)
同窓会の幹事会

 高校の同窓会幹事会があり参加した。古希を目前にして同窓生と会うごとに貴重な時間を重ねているといえよう。天気がよすぎて汗ばむ1日だった。

2012年5月26日(土)
善嶺寺から京・洛西へ

 小阪歩こう会の例会に参加し桂昌院再建の善峰寺から京・洛西の大原野を散策する。途中は山道で谷は深く用心して歩かないと危険な個所が何か所あって注意を要した。無事に平坦な道に到着したときは心の底から安どした。

2012年5月25日(金)
ツバメの来る街

 よく寄る喫茶店のすぐそばの軒下にツバメの巣がある。数人の女子が集まって賑やかに写真を撮っているので見上げると巣の中で子ツバメが口を開けて親ツバメが呉れるエサを待っていた。しずかな街に活気と潤いをもたらせている。

2012年5月24日(木)
卒寿の人と勉強会

 卒寿過ぎの人とハングルの勉強会を布施の喫茶店でする。韓国語についてはこちらがレクチャーするが人生については何かと勉強させてもらっている。勉強後に日本橋まで一緒に行って買い物した。

2012年5月23日(水)
日本を格下げ

 外国の格付け会社が日本の評価を1ランク下げた。それでも国会では馬耳東風と談論風発に始終しているようだ。国際的には日本の財政状態は悪いとみているのに改善しようとしない議員が多すぎるようだ。

2012年5月22日(火)
東京スカイツリ―と通天閣

 今日から東京スカイツリ―がオープンし、日本中が昨日の金環食に続いて大きな話題になっている。大阪に住む自分としては天王寺近くの通天閣に親しみを感じて、よく訪れている。通天閣の下にギターを弾いているおじさんがおったりする、この界隈の庶民性が気楽で大阪人には向いているのだろう。土地、土地の個性を大事にしていきたいものだ。

2012年5月21日(月)
日々是好日

 金環食をグーゴルで眺め楽しむことから今日は始まった。しっかりと世紀の金環食は楽しんだ。そのあと留学生と会い高齢者施設に向かった。ここで親切に対応してもらって感謝。夕方になり知人の誕生日祝いの会に参加する。呑み過ぎないように時間を楽しく談笑と食事についやす。

2012年5月20日(日)
第27回郷土文化見学会

 河内の郷土文化サークルセンターの文化見学会で大和郡山を訪れた。参加者は全員で57名になり歴史と文化ある城下町を大和郡山市観光ボランティアガイドクラブの方に案内してもらい大変にお世話になり有難うございました。

2012年5月19日(土)
同窓生の死

 小学校の同窓生の訃報が寄せられた。威風堂々とした体格で事業も大きくしていた。大変多忙のようだったがこんなに早く旅立つとも思っていなかった。古希を目の前にいつ訪れても不思議でない死のことを我々は忙しい世の中に身を置いている忘れがちになっていることをY君は教えてくれている。心から冥福を祈りたい。

2012年5月18日(金)
近所の弁当屋さん

 近所に小さな弁当屋さんが開業して1年以上lになる。初めは地味なたたずまいの店なので売行きはどうかと気になった。最近は無料でする配達の人気もあって結構忙しいようだ。親子3人で店の家賃を払って大変らしいが競争の激しい業界のなか、頑張っていってほしいとの願いをもって今日も弁当を買いに行った。

2012年5月17日(木)
垣根を刈りこむ

 若葉が勢いよく出てきて我家の垣根が無造作に飛び出した。植木ばさみを持ち出し垣根を整えた。庭にも光が入るようになり風通しがよくなった。明日は背の高いウバメの木を刈りこもう。刈り込むと庭木が少しは整然として気持ちがいいが刈り込んだ枝や葉を箒で集めて掃除が大変だった。

2012年5月16日(水)
相撲がおもしろい

 大相撲をテレビで観ているとおもしろい取り組みが多い。稀勢の里と鶴竜の一番は取り直しとなり、結果的には稀勢の里に軍配が上がった。稀勢の里は勝っても負けても顔の表情を変えないのがいい。横綱の白鵬は小指を骨折しているのに白星を積み重ねている。

2012年5月15日(火)
何ごとも時間はかかる

 何かをなそうと思えばコツコツと積み重ねて結果が出るのに時間、歳月がかかるものだ。目的が大きければ大きいほど時間がかかってくるだろう。具体的には身近なことで起こっていることで感じているので書いてみた。

2012年5月14日(月)
風薫る日

 5月の風が豊かな陽を受けて薫るようだ。中国から近畿大学に留学している学生と福祉協議会を訪ねて高齢者福祉についてお話を伺い施設見学をした。中国人学生は熱心に聞き勉強になったようだ。

2012年5月13日(日)
第35回ふれあい祭り

 近畿大学留学生学友会と第35回ふれあい祭りに“留学生の屋台”を出して交流をした。幸いにも好天気に恵まれ、大勢の人達が屋台に訪れて民族料理に舌鼓を打ってくれた。参加した多くの留学生たちも完売して午後には拍手が沸き起こった。朝早くからの疲れも心地よく感じて終えることができた。

2012年5月11日(金)
サクランボをいただく

 近所の人から庭のサクランボを摘まんできたと立派な自然の恵みをいただいた。いつもならすぐに絵筆をにぎりスケッチするのだが既に描いてあるのでホームページに掲載した。風が光り果物は輝く季節の到来なり。

2012年5月10日(木)
高齢社会とアジア

 近隣の国々は日本と同じように高齢社会と少子化問題に直面するだろう。そのためには長期的な対策作りと準備が必要だ。身近に留学生も高齢者施設で介護の体験をしたいと勉強の意欲をもっている。これからの方向を感じさせているようだ。

2012年5月9日(水)
多忙の一日

 午後に布施の街の歴史紹介のため布施ブランド―リに向かう。ケーブルテレビのカメラの前で歴史の説明をする。河内週刊情報の番組でのちに放映されるとのこと。思うように喋れなかったのがもどかしく思った。夕方に近畿大学留学生たちと会い交流する。皆さんがまじめな学生で将来が楽しみな人たちだ。

2012年5月8日(火)
バスツアーの下見

 河内の郷土文化サークルセンター主催のバスツアー開催を控えて今日は宇治辺りを役員会で下見をした。平日なのに多くの観光客で賑わっており8日は万福寺は拝観料は不要だった。門前は近郊からの市が立ち賑わいあり。参加者を案内する食事処もしっかりと確認をした。

2012年5月7日(月)
専門家よ出よ!

 政治について問題があっても決められない。したがっていつも百家争鳴状態になって日本は収拾がつかないことになることが多い。これでは困る。その道その道で専門家や研究者がいるのでその立場で信念を持って意見をどしどしを述べいい方向に導くことが求められている。

2012年5月6日(日)
永和図書館

 永和図書館へ調べ物をするため訪れた。連休で休館明けの小さな図書館は人でいっぱいだった。築50年の建物はすでに文化財級になっている。しかし永和図書館があるから大いに助かっている。だけど新しく建て替えの時期はとうに来ていると思うが。

2012年5月4日(金)
スチ―ブ・ジョブズ氏

 ジョブズ氏は56歳で亡くなった。アイフォーンを生み出したアップル社代表者。すごい道具をこの世に出した後すぐにあの世に旅立った。すでにマスコミには取り上げられたが今、手にして便利さに驚きながら楽しんでいる。

2012年5月3日(木)
久宝寺公園と河内木綿

 八尾のグループと河内木綿を育てるため河内木綿コットン・クラブは久宝寺公園管理事務所で木綿の種植えをした。10日ほどすると何千個の芽が出てくるだろう。帰途にいつもの理容所に寄るとお客でいっぱいだったのであきらめて帰宅した。天候もよくなく気持ちもうつうつとして過ごしたような日になった。

2012年5月2日(水)
不安定な気候

 今日は大雨が降るとの予報で日程が狂ってしまった。風は強かったが雨がさほどのことはなかった。日程変更になって小阪のある食堂に入り、お店のひとに尋ねると司馬遼太郎さん御夫婦がよく寄られたそうだ。ソバを好んで食べておられ海苔もふらずにソバだけを楽しんでおられた。座席も決まっていたようで今日はその席がぽっかりと空いていた。

2012年5月1日(火)
交通事故の続発

 バス事故など痛ましい事故が続発している。昨年の夏、琵琶湖をサイクリングで一周したとき近江の自然の豊かさを味わった。しかし、湖岸の道路の狭さには大変困った。特に湖西岸の道路は自転車や歩行者が通る幅が確保されてなくて怖い思いがした。これでは通行者の安全は守れないだろう。

2012年4月30日(月)
パネルディスカッション

生野区民ホールで「猪飼野1600年を考える」が催された。知人に誘われて参加したが基調講演の足代健二郎氏やパネリストの荒木傅伝氏など実績のある人たちの話は勉強になった。このような地道な積み重ねが生野を変え日本を変えるだろうと期待している。

2012年4月29日(日)
連休はじまる

 春の川は花筏あり、鯉泳ぎ優雅なり。午後に用事済ませてしばらく長瀬川ほとりのベンチに腰掛け水面を眺める。ベンチの隣のひとは文庫本を広げている。 
遡る 鯉ぞ生きるか 春の川

2012年4月28日(土)
河内の郷土文化サークルセンターの理事会

 大阪商業大学谷岡記念館においてサークルセンターの理事会が催された。今年度から新たに2サークルが新加盟していただいた。ひとつは「河内の戦争遺跡を語る会」であり、もうひとつは大東に拠点を置く「かがやきファーム」なり。サークルセンターの新しい出発点にしたいものだ。理事会が終わり大阪商業大学商業史博物館の2階に新しい展示室が完成し、事務局から説明を受けた。企画展「秘蔵の虫干しー佐古慶三コレクションを中心に」が開かれ素晴らしい展示室になろうと期待する。

2012年4月27日(金)
にぎわうコリアタウン

久し振りに自転車でコリアタウンを訪れたら、平日だというのに大勢の人で賑わっている。それも行き交う人は大方は女性だ。特に今日は韓国から人気グループのカラの公演が大阪のど真ん中であるという。ここへ来るたびに新しい出会いと発見があるように思う。そういえば1年前ここで出会った国際基督教大学から当時ヒヤリングを受けてまとめた立派な研究成果が我が家に送られてきた。

2012年4月26日(木)
旬のタケノコ

 タケノコが美味しい季節なり。ワカメと一緒に炊きあがり上に木の芽を添えると香しくて美味しい。春の命をいただき季節を感じて生きたいものだ。多少の灰汁もほのかな味となって舌を楽しませてくれる。

2012年4月25日(水)
関西・文化力会議

 応募して関西・文化力会議に聴衆のひとりとして参加した。講師にはマレーシヤのマハティルー
元首相や細川護煕元首相などで学ぶのにいい機会を得た。会場は大阪国際会議場で設備もよく、参加料も無料とあっては本当にいい機会を持ったものだと思う。

2012年4月24日(火)
木村政彦と力道山

 大分以前に買っていた本『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也著を長期間、家の書棚に置いたままだった。2,3日前から読みだして面白いので深夜まで読み入った。戦後の世相や近隣国の関係も交えてよく調べて書かれており印象に残る本だろう。

2012年4月23日(月)
目立つ職務怠慢

 最近、警察などに職務怠慢が目立ち、そのため市民なりの被害が増えている。千葉警察によるストーカー被害は警察の職場旅行のため事件発生を防げなかったようだ。あちこちにこのような緩みが起こっていることが気になっている。

2012年4月22日(日)
暗越奈良街道と中高野街道

 布施ブランド―リ商店街では暗越奈良街道と中高野街道が交差する。布施の商業の発展場所はここから始まったのだろう。今日はそこを訪れ歩いて調べてみたら興味深いことがわかってきた。昔から交通が盛んなところに人が集まり商業が発達する。

2012年4月21日(土)
退職祝いの会

 昔、勤めていた頃に趣味のサークルのメンバーが定年退職した。今日はその退職を祝う会があったので参加した。18歳の少女も40年過ぎて定年を迎えると髪はシルバーに輝き、落ち着いた容貌になり歳月の移り変わりを感じさせている。お互いに元気に残る人生をさらに重ねたいものだ。

2012年4月20日(金)
韓国ドラマ

 韓国ドラマに魅力を感じて熱心に見て楽しんでいる人が多い。身近な人の中にもはまっている者が多くて宮廷ドラマが何かで見れないとなると大変さびしい思いをするという。ドラマを通じて韓国語や韓国文化に関心も高まっている。したがって大分以前から韓国語や文化歴史に関心と持ち学んでいる自分としては悦ばしい時代だと思う。

2012年4月19日(木)
蒸し暑い日

 急に暑くなり蒸し暑い日だった。雨が降るだろうと思って自転車で走りながらカバンには合羽を入れていた。夜になり暗越奈良街道の会議があり出席する。初めての暗越奈良街道ガイドブックについて広めるため議論を重ねた。会議を終え戸外に出ると雨がふりそそいでいた。

2012年4月18日(水)
日々是好日

 日々は多忙だが是好日といえよう。今が最高と考えていきたいと欲している。アイフォーンを購入し、この多機能さに驚きながらも毎日楽しんでいる。ITのすごさに頭が追いていかないのが少し残念なり。

2012年4月17日(火)
桃の花

 よく通る金物団地公園のなかに10本ほどの桃木に満開に花が咲いている。この公園には桜の花も咲いており、花の競演をしているが色彩の点では桃の花のほうがまさっているように思われる。このあたりは桃源郷の雰囲気を醸しだしている。

2012年4月16日(月)
花筏が流れる

 今年の春の長瀬川に桜の花筏が流れていた。その川のほとりにある食堂で友人たちと食事をした。窓の外には桜並木が眼に入り会話もすすむ。春うららかな一日なり。

2012年4月15日(日)
峠越えて

 桜咲くなか、くらがり峠を越えて東山の音の花(ねのはな)温泉までハイキングする。途中の峠の茶屋に休憩しているとハイキング女子がめだつ。山歩きは健康にいいと思うので女性の進出は大いによかろうと思う。音の花温泉の名前のいわれを尋ねるとどうもオーナーの両親の名前が音吉さんと花さんだった。両親の名前にちなんで命名された温泉は親孝行につながるようだ。

2012年4月15日(日)
第165回元暁学習会

 知人の゙氏が歌集 『知られざる故国 何ぞ悲しき』を刊行され統国寺の元暁会で語る会があった。お話を聴いて感銘を受けた。 

2012年4月13日(金)
街の自転車屋さん

 故障した自転車を近くの自転車屋さんに持っていくと丁寧な応対で直してもらった。半ばあきらめていた故障だったが部品を取り寄せてもらって修理できて助かっている。今日はタイヤの空気まで親切に入れていただいた。力強い味方ができたようでうれしい。

2012年4月12日(木)
強盛大国ということ

北にある国が人工衛星と称されるミサイルを近じか発射するという。この国が以前から強盛大国をめざしているという。日本が戦前に富国強兵をスローガンにして国づくりをした。いつか通ってきた道を一生懸命やっているのをみているような気がする。

2012年4月11日(水)
よく降る雨

 今日は朝から夜まで雨が降り続き夜明けまで降るという。散歩をして布施高校付近を歩いていると雨に打たれている菜の花からかすかな花の匂いが鼻先にただよう。雨の菜の花も又よきかな。
    傘さして鼻ちかづけし菜花かな

2012年4月10日(火)
ダルビッシュとイチロー

 米国のプロ野球中継でダルビッシュとイチローの活躍振りをテレビを通じて観た。さすがはイチローの打撃と態度にあった。凄みとさえいわれてもいい。修業僧のような表情に魅かれている自分がいる。

2012年4月9日(月)
河内木綿コットン・クラブ

 河内木綿コットン・クラブが発足して6年目を迎えた。今日はその総会が谷岡記念館の会議室にて開かれた。活動は広がり一方では製品化もすすんできた。さらに多くの市民の皆さんも加わってもらったらいいのだろうが。

2012年4月8日(日)
高津神社の花見

 天気もよく友人たちと上本町の高津神社を訪れ、花見をした。神社の境内には大勢の家族連れなど花見客で賑わっていた。久し振りのからっとした日和で爽やかな一日なり。

2012年4月7日(土)
先輩の出版祝賀会

先輩が郷土の歴史や文化について貴重な研究し、本にして出版された。氏と関係する者がささやかながら出版祝賀会を開いた。ワイワイと楽しい雰囲気のうちに終えることができた。

2012年4月6日(金)
釜揚げうどん

 八尾にある手打ちの釜揚げうどん屋さんは昔から頑張っている。今日は久しぶりに訪れたが店内に入るとホッとする空気が漂っている。味は変わらず美味しいしひとにも勧めるほどユニークに工夫されている。持ち帰りも注文し手土産にして知人の家を訪れた。

2012年4月5日(木)
誰かが駆り立てる防衛

 北の国から“人工衛星”を打ち上げ沖縄地域などでは危険性があるらしい。それを防ぐために日本ではPAC-3など配置して撃ち落とすとのこと。段々と物騒なことになりそうだが、よその国が結果的に盛んに日本の防衛強化のために動くとの様な皮肉な現象が起こっていないだろうか。

2012年4月4日(水)
読書ということ

 最近は眼の方がうっとおしくなって、余り本を読まなくなっている。しかし、これはと思うものは読むようにはするが目の前のうろこが落ちる思いがする本に出くわした。ページをめくっていて考えされ何回も本を伏せてはジーンと再考した。

2012年4月3日(火)
春嵐が吹く

 所用があり自転車で走っていると春嵐が吹きまくり物が飛んできて頭にあたらないかとひやひやした。昨年から今年にかけての自然現象に恐ろしいほどの異常さを感じている。

2012年4月2日(月)
春うらら

 友人たちと駅前の喫茶店でモーニングサービスを楽しむ例会を持つ。話題が多くて楽しい時間なり。そのご時間があったので布施の書店に寄り本を求む。ここから永和の市民会館に戻り英会話会に参加して勉強をする。途中の長瀬川の水面に早くも桜の花びらが流れ浮かんでいた。

2012年4月1日(日)
先輩との談笑

 ふとしたことから学校の先輩とお会いしてお話を伺うことになった。先輩は地域に長く居住されご商売をされており人脈も豊富なり。何かとお話を伺い共通の話題の歴史など会話を交えてよき時間を送るなり。

2012年3月31日(土)
繁昌亭

 天満宮横の寄席「繁昌亭」に桂春蝶と旭堂南青の出し物を見にいった。落語と講談の取り合わせであったが中々のもんだった。二人とも若いので芸道に励んでいってほしいと願っている。

2012年3月30日(金)
暖かさ

 寒さが一挙にやわらぎ天気よく暖かくなった。自転車に乗っていても気持ちよくなり少しペダル踏む足も軽く感じるようだ。あちこちの桜の花は一段と開いてくれるから楽しみだ。

2012年3月29日(木)
消費税はいかに

 健康保健など社会保障費は増える一方のなか国家は収入を増やすことが難しくなっている。こんな難しい時期には国民が喜ぶことばかり続けていくことはできないだろう。政治家の役割は国家や国民生活の将来をしっかりとつかみ梶切ることだ。

2012年3月28日(水)
友人の写真展

 友人が所属している写真クラブZEALの写真展が市民美術センターであった。数人の友人が一緒に会場を訪れ鑑賞した。そのあと近くの居酒屋において談笑し春の宵を過ごした。

2012年3月27日(火)
椿の花

 喫茶店に入るとカウンターの上にひっそりと椿の花が活けられていた。椿の花独特のしっかりとした花と厚めの葉が特長。店の人にメモ用紙をもらってスケッチを楽しむ。水彩セットがなかったので色付けは携帯電話で写真を撮っておき家ですることにした。店でのスケッチは久し振りとなった。

2012年3月26日(月)
身近な街がいい

 春になると観光はますます盛んになる。しかし、遠くに行くだけが観光ではないだろう。観光とは“光を観る”ことなので身近な地元の町にも大事な観光するところが多い。遠くまで行くまでに近くの場所の素晴らしいところを見つけて訪ねとほしいものだと日頃から思っている。

2012年3月25日(日)
今ということ

 今というときを大事にして過ごしたい。あの時はよかったとか、これからがよくなるとか期待することも大事だが私は今が一番いいと思っていきたい。過去も将来も突き詰めれば今の積み重ねだと言えなくもない。今日も今の連続で終わっていくのだろう。そして明日という日を迎える。

2012年3月24日(土)
暗越奈良街道はじめてのガイドブック

 今日は暗越奈良街道ガイドブックの刊行パーティが小阪で開かれた。大勢の人の参加があり大変有難かった。会場は大相撲高田川部屋の稽古場の上階だったので力士の姿も見え何となく華やかだった。いい本に出来上がったと思っているので多くの人の目に触れたら悦ばしい。

2012年3月23日(金)
今年の桜は

 春らしくなったと思っていたら今日は冷たい雨が降り出した。用事で駅まで歩いて行く途中に学校の前に大きな桜の木があるが蕾のままで咲きそうにもない。今年の桜は一体いつに咲くのであろうか。

2012年3月22日(木)
大塩平八郎のこと

 市民会館で定例の大塩平八郎の勉強会に加わる。当時の文書を読んでいくと興味引くことが多くて勉強になる。勉強会のあとの飲食会がまた楽しいひとときなり。

2012年3月21日(水)
電話

 陽光ゆたかなおだやかな午前に友人から電話があった。ホームページの若江の忠霊塔のことだった。読了した後の感想を電話を通じて語ってくれた。聞いていて励みに感じた。これからも身の回りにある歴史や感じたことを書き記していきたいものだ。

2012年3月20日(火)
米寿の祝い

 叔母が米寿を迎えたので従兄弟たちとささやかながらお祝いをした。世間話を交えながらご馳走を前に談笑が続いた。よき時間が春の宵に過ぎていった。

2012年3月19日(月)
若江の忠霊塔ーわが父の眠れるところ

 河内の郷土文化サークルセンター発行の『あしたづ』第14号に小文、若江の忠霊塔ーわが父の眠れるところ を発表したものをホームページに記載した。戦後67年経とうとしているがあの戦災は決して忘れないし忘れてはならないだろう。自分にできることはささやかなことしかできないができることを持続していきたいものだと思う。

2012年3月18日(日)
春宵の菜の花

 市民会館の会議を終えて布施高校横を通って帰宅するとき道路沿いに菜の花が一斉に咲いていた。春の宵の菜の花のにおいが周辺に艶濃く漂っていた。雨も上がり気持ち良く家路をたどる。

2012年3月17日(土)
映画 サッチャー

 鉄の女といわれたマーガレット・サッチャーの映画を布施まで見に行った。自宅から歩いて行ける場所に映画館があるのはうれしい。鉄の女といわれたサッチャーはいまは認知症になっているが彼女の生涯は人の心を打つものがある。映画館を出て近くの鉄板焼き「よしひろ」に入りおかみさんと話していたら映画館の半券があれば生ビール一杯サービスにでるというので思いがけないおまけもついた。

2012年3月16日(金)
久し振りの水呑み地蔵

 遠のいていた水呑み地蔵までのサイクリングをした。体重が増え運動不足が続く体に鞭打って山に駆り立てたというのが実情だろう。この状況だから大変きつかったが目的地に着けば気持ちがいい。夕食の膳の前に着けば食がすすんだのも自然のなりゆきだろう。

2012年3月15日(木)
清見原神社

 所用があり生野区の方へ自転車で走った。用事を終え片江の辺りにかかると道路が少し高くなっており、以前からこの高低差が気になっていた。郷土史家の大東道雄さんの刊行の『河内の語り草』によると古代に横野堤が築かれたのもこの辺りだろう。少し南の路地に入ると清見原神社があり、由緒をみれば飛鳥浄御原京から天武天皇が立ち寄り、西方をみれば白帆の舟が走っていたと。その頃から高台の地形だとわかって納得した。
    白帆舟 おもいおこせし 生野かな

2012年3月14日(水)
ある先駆者

 今から20年前になろうか。八尾市元市会議員の井口正俊氏は太陽光発電の必要性を説いて屋根上に採光パネルを取り付け発電する運動を地道にされていた。あのときに関電、政治家などが注目していたなら電力事情が少し変わっていたろう。井口氏のような先駆者の存在は忘れてはならないだろう。

2012年3月13日(火)
河内の郷土文化サークルセンターの下見

大和郡山へ文化見学会の下見を行った。豊臣秀長の町づくりが今に残っている。郡山城から下町まで素晴らしい城下町が残っている。多くの人がここに訪れてほしいと願っている。

2012年3月13日(火)
テスト
2012年3月12日(月)
春の雪

 よい天気かなと思っていたら雪がばらつきだした。三寒四温の時期ながらいまどきの寒さは体にこたえる。春の雪といえば桜の咲く入学式の頃にも雪が降ったことがある。変わりやすいのが春の季節といえよう。

2012年3月11日(日)
大震災から1年

 未曾有の東北大震災が発生して1年になる。寒い中、被災者の人達は多く亡くなり、生存した者は冷たい水をぶりながら耐えた。いま生ある人は日々を噛みしめて生きている。

2012年3月11日(日)
ハングルの集い

 大分前にハングルを学んでいた仲間が集まり集いを開いたので参加した。本当になつかしい顔ぶれが集まりよく話をして楽しんだ。お互いが勉強していたのは10数年前になるだろう。ときどきはこのように集まりワイワイするのもいいだろう。

2012年3月9日(金)
第38回ふれあい祭り説明会

 東大阪ふれあい祭りにおいて留学生と出展する“留学生の屋台”のために実行委員会による説明会に出席した。あいにくの雨の中布施駅前まででかけ大勢の出展者とともに許可書をもらった。帰途は布施から徒歩で帰り途中の2か所で用事を済ませた。昔から「春耕」の時期とはいえ雨がよく降るものだと思う。

2012年3月8日(木)
火の見櫓を求めて

 昭和の風景のひとつ、火の見櫓を求めて古箕輪と吉原集落に行った。古箕輪の火の見櫓は水門の横にあり、以前から知っていたが吉原のは公民館横の広場にあり昔からの共同体のシンボルとしてがっちりと立っていた。これをみたのはとても新鮮な発見であった。今日は2か所ともスケッチをして帰宅した。

2012年3月7日(水)
悲しみをともに

 東北大震災の3.11が近づいてきて1年になろうとしている。震災を受けられた人々の悲しさと被害は癒されていないだろう。それにしても自分としては何も助けになっていないのがふがいなく思われる。遠いところから被災者の皆さんへ応援するしかない。

2012年3月6日(火)
近所の弁当屋さん

 家の近所に小さな弁当屋さんが店を開いて2年ほどになろうか。マンションの1階にあってあまり目だたなく客も少なくやっていけるのかと心配される状態だった。コツコツとまじめにやって来られて今や多忙になっているようで今日、弁当を買いに店内に入ると今までのおふくろさんに加えて主人の奥さんと娘さんが手伝いに入っていた。大変結構なことだが他から人を雇用すると人件費がかかり相当負担になるのだろう。

2012年3月5日(月)
喫茶店が消えていく

 小阪駅前のM喫茶店が閉店となった。生前の司馬遼太郎さんが夫人と散歩途中によく入られたので有名で、我々も友人たちと待ち会うのにここを利用していた店だ。まちの顔のひとつとして親しまれていたのにと寂しい気がする。世の移りにより街のありようも変わっていく。時代といえば時代ともいえなくはないが・・・。次はどんな店が新しく登場するのだろうか。

2012年3月4日(日)
中環の森

 長らくご無沙汰していた河内木綿を植える“中環の森”の清掃に出かけた。ペットボトルやごみをひとしきり拾い掃除をすると辺りがきれいになって気持ち良し。帰途に喫茶店に入りコーヒーをすすりながら新聞を読むと疲れが取れ気持ちが落ち着く。体を動かせてきれいに掃除をすると単純に気持ちがいいのは古来から体が覚えている“古い記憶”が呼び起こされる所為かもしれない。

2012年3月3日(土)
久し振りのコリアタウン

 知人と行ったコリアタウンの賑わいに驚いた。今日は土曜日だということもあるがそれにしても大勢の来訪者に活気を感じ街の盛況さを目の前にした。お茶など飲みに店に入っても客が多かった。一言で韓流の影響だとすませない動きを感じさせた。界隈をあちこちと良く歩いた一日になった。

2012年3月2日(金)
古本の魅力

 古書店には時々寄ってみる。ときには思わぬ本との出会いがある。この魅力には捨てがたいものがある。昨日の古書店への訪問も成果があったようだ。

2012年3月1日(木)
松屋町筋

 朝は恒例のモーニングサービスを楽しむ3人会を喫茶店でおこなう。その後、用事があって松屋町筋にでかけた。用事を済ませて長堀まで行くと偶然に歴史的な住友の銅吹き所跡に接する。江戸当時は長堀川に面して銅吹き所と住友本邸が建っていた。今は三井住友銀行がある。これは“犬も歩けば棒にあたる”という例になるだろう。

2012年2月29日(水)
平野という町

 平野郷で時間が少しあったので堺口地蔵から流れ口地蔵など旧環濠をまわり全興寺をお参りした。平野郷は濠で囲まれた中世都市で今も住民が街づくりに熱心だ。そして魅力的な居酒屋などのお店がある。歴史と文化の香りがする土地柄なり。

2012年2月28日(火)
歌はなぐさみ

 歌、唄、唱そして詩、すべてうたと読める。人の生活の中で心を癒して慰めてくれる。カラオケで歌うのもいいし一人口ずさむのも皆でうたうのもいい。千数百年と詠われ続けている万葉集にはひとの心の永遠がみえる。自分もつたなくてもうたっていきたいものだ。
このたび尊敬する知人の゙奎通氏が歌集『在日の歌 知らざる故国 何ぞ恋しき』を刊行された。

2012年2月27日(月)
思わぬパンク

 用事があって自転車で出かけようと自宅から自転車を出すと前輪がパンクしている。サイクリング車なので自分でもできると思ってタイヤが中々はずせない。仕方がないので近くの自転車屋へ持っていくと40分ほど待ってほしいと。またまた仕方がないので喫茶店で待つことにする。事は中々思うように進まないということがわかった一日だった。

2012年2月26日(日)
久し振りのくらがり峠

 長い間ご無沙汰のくらがり峠に登ることにした。この頃は暴飲暴食に近い生活になっているので険しい峠への道を考えると自信がなかったのでステッキ同伴して一歩一歩と登り始めた。街道沿いの豊浦川は春先の時期のごとし水量が多くリズミカルな音を出している。峠近くの弘法の水は細い流れになっていたがのどを潤した。峠の茶屋「すえひろ」で休憩し、炬燵に足を入れご主人と奥さんと話し込む。来月に刊行する暗越奈良街道ガイドブックのポスター掲示を依頼しひさかたの会話なので長話となり時間が過ぎていく。

2012年2月25日(土)
郷土文化講演会

 河内の郷土文化サークルセンターの第31回郷土文化講演会は盛大のうちに終えた。今回は高安のルーツ能と俊徳丸物語を大阪商業大学のユニバースホール蒼天で催された。小雨が降るなか沢山の人達に参加してもらい本当に有難かった。感謝申し上げる。

2012年2月24日(金)
確定申告

 申告時期になってしばらくたつが、今年は多忙時期と重なり、まだしていない。イ―タックスという電子申告制度は便利であるが困難さもかかえているようだ。もうすこしわかりやすくなればいいなぁと思っている。

2012年2月24日(金)
若江の忠霊塔

 若江の忠霊塔は立派なたたずまいである。戦死したわが父もここに眠っているが、昭和18年に建立された歴史がある。この若江の忠霊塔の歴史を調べて書いてみた。もうすぐその小文が河内の郷土文化サークルセンター『あしたづ』に編集され刊行される。多くの人の目に留まれば喜びとなる。

2012年2月22日(水)
暗越奈良街道の本

 奈良時代から重要な街道であった暗越奈良街道の本が私たちグループが歩いて執筆や取材して来月24日に刊行できるようになった。すでに少しづつだがポスターやチラシにより宣伝し、購入予約をすすめている。全国に誇るこの街道の歴史や文化を多くの人に知ってもらったらと希望している。

2012年2月21日(火)
河内鴨を味わう

豊臣秀吉が好物の鴨を味わうため400年前に領民に命じて河内鴨を育てた。この美味しい鴨を味わうため大阪市中央区瓦町まででかけた。「どら鴨」という店で伝統と歴史ある美味なる鍋と刺身を堪能し帰途についた。

2012年2月20日(月)
いつもより多い

 街の店にはいつもより人が多いようだ。今日は20日でいわゆる“五、十払い”の日でお金が動き、者、物が街の中を動いている。寒さも少し緩んだ日になった。

2012年2月19日(日)
祝の会

豆玩舎ZUNZOの宇田正先生の傘壽、岡田三郎さんの喜寿の祝いが日本橋老舗の喫茶店「ことぶき」において開催された。関係者およそ40人が集まり、ことぶき創立45周年も祝った。大変居心地の良い雰囲気だった。

2012年2月18日(土)
久し振りの戎橋筋

 用事があったので戎橋筋にでかけた。厳寒の厳しい気候の中、大勢の人が行き交っている。百貨店で買い物して次のようじに向かう。特に寒い中あちこちと動いた日だった。

2012年2月17日(金)
柳宗悦展

 大阪歴史博物館を訪ねると『柳宗悦展』が開かれていた。若いときから鋭い審美眼の柳は民具などに強い関心を持ち研究・蒐集した。今日の展示会では何気ない民芸品の美に圧倒され溜息まででるほどになった。朝鮮民芸やアイヌなど庶民の持つ美を決しておろそかにしない優しさに惹かれたひとときを過ごした。今月末まで開催されている。

2012年2月16日(木)
東大阪のカレーパン

 東大阪市職員の自主サークルグループがはじめた東大阪のカレーパン運動が有名になっている。東大阪の名物づくりがどんどん広まり市の知名度が上がり市が豊かになれば言うことがないほどいいだろう。そこに働く市職員は当然に市の発展に努めなければならない。

2012年2月15日(水)
朝鮮日報

 朝鮮日報の社説には日本の福祉と財政について書いてあった。日本では毎年、福祉など社会保障で1兆円の費用が増額するが財政的に非常に圧迫して危険状態にある。韓国でも福祉拡大で予算膨張していく。日本の状況が5,10年後に韓国に問題化していく。日本で消費税が上がらないとしたらギリシャのような財政危機が生じると報じていた。

2012年2月14日(火)
八尾の若牛蒡

 八尾の若牛蒡は地場野菜として人気がある。今晩の食卓にのぼったごま油で煮付けられて美味しかった。春先は苦味のある野菜を食べると体に良いし第一美味しい。身土不二という言葉ある。大事な言葉だが少し忘れられようとしているのが気になっている

2012年2月13日(月)
書籍『暗越奈良街道』

 暗越奈良街道クラブが1年にわたって執筆して来た本『暗越奈良街道』が来月の3月には刊行されることになった。本に掲載する魅力的な多くのスポットを取材し写真を撮り続けてきた。3月24日にはその出版記念パーティが予定されているので多数の人が集まってもらえば有難い。

2012年2月12日(日)
東大阪埋蔵文化財センター

 依頼があって埋蔵文化財センターの歴史講座において「街道の歩き方、暗越奈良街道と大軌」についてお話をした。聴衆数は120名ほどだったと思わるが最後まで熱心に聴いていただいたのがうれしいものだった。郷土歴史や街歩きに関心が高まっているように感じられた。

2012年2月11日(土)
久し振りの歩き

 最近は自転車が多かったが今日は所用があり久しぶりに一時間ほど歩いた。自転車では15qほど毎日走っていたがこの場合、さほどの運動にはなっていないようだ。やはり大地をしっかりと踏みしめるのが体にいいようだ。

2012年2月10日(金)
善哉の味

 冷えびえと冷える昨日、久し振りに善哉をいただいた。お椀にいれた温かい善哉に塩昆布を添え口に運ぶと甘みとともに体を芯から温もる。そして遠い昔、幼い時期に布施の商店街にある「伊勢家」さんに母親に連れられた美味しい善哉を忘れられない。

2012年2月9日(木)
司馬さんの菜の花忌

 八戸ノ里・小阪地区では菜の花が咲き始めている。司馬遼太郎さんが好んだ花、菜の花がこの辺りの家々や学校などの前に鉢植えで植えられている。次の日曜日12日にその菜の花忌を迎える。

2012年2月8日(水)
俊徳丸数奇な人生

 文化講演会・俊徳丸の世界が産経新聞に大きく報道された。八尾の高安に伝わる俊徳丸が能や謡に登場するのを能楽師や郷土史家に演じられ話されるのを多くの人に参加してもらえば主催者の一人として大きな喜びになる。

2012年2月7日(火)
今がいい

 明日から又寒くなると天気予報がされている。しかし春はそこまでやってきている。温かくなる前が一番寒くなるだろうが春を待つ今が一番いい時かもしれない。やがて梅の花が咲き桜の花が咲くのだろうから。

2012年2月6日(月)
韓流とは

 韓国に関心と興味を持って40年にはなるがここまで日本人が関心を持つとはあまり思っていなかった。韓国語を習った当時を考えるとごく少数で学ぶこと自体に価値が大だったと考えるが、現在はドラマなど韓流の流行で学ぶ人が爆発的に広まっている。隣国同士が言語、文化に互いに関心を持ち交流が深まり親しくなることは大いに結構なことだろう。

2012年2月5日(日)
埋蔵文化財センター講座

 来週の歴史講座を控えて原稿を東大阪市埋蔵文化財センターに届け、パワーポイントの事前調整を終えた。午後に「近年の古墳群の調査・花草山古墳群など」の講座を聴講した。100人ほどの聴講生で会場には活気があった。時間があったので旭町図書館で読書する。郷土資料が豊富なのでもっと読みたいものが多し。

2012年2月4日(土)
隣の芝生は青い

 韓国の新聞を読んでいると日本では韓国をうらやましいと思っている人が多いと。李明博大統領政府は外国との大型商談をまとめて契約を取ったりしているのに比べ日本政府は消極的で劣ると。しかし韓国の現政府は韓国の国内では無能政府と攻め立てられており格差も広がる一方だと批評している。国会は日本同様、与野党が足の引っ張り合いをしている。やはり隣の芝生は青く映るらしい。

2012年2月3日(金)
節分の頃

 節分を迎えると豆まきをし最近では寿司巻きをかぶりつく。関東地区でもかぶりつきが広まっているらしい。我家でもしたが美味しく味わっている。節分を迎えるころには曙知らずになり日暮れが遅くなりと本当に春がやってきたと感じる。

2012年2月2日(木)
鶴橋で集う

 河内の郷土文化サークルセンターの文化講演会が2月25日に催されるが、この通知を新聞社に依頼した。掲載されることを願っている。以前に韓国語を学んでいた3人が鶴橋に集まり食事をして談笑し、よき時間を過ごした。

2012年2月1日(水)
世界では

 CNNにチャンネルをあわせるとシリアでの弾圧を報道していた。子ども達も巻き込んだ襲撃状況の生々しい写真を画面に映しだしていた。中国のチベット地方もそうだしアフリカなど紛争地区を取り上げるのが難しいほどの数になる。世界はなかなか平安な地にはならない。

2012年1月31日(火)
枝に蕾備える

戸外を自転車で走っていると路傍の木々は落葉し枯枝が目立つ。しかし枯枝の内部では春に向かって蕾が芽を吹くように力を蓄えている。一見何もしていない厳冬で、次に備えていると思えば自然の妙に教えられる。

2012年1月30日(月)
プロバイダーの売り込み

 電話会社関係のITのプロバイダー売り込みの電話がたびたびかかってくる。その回数が多いのでわずらわしいくて困っている。天下の大手会社が歩合制で売り込みを図っているように思われて仕方がない。度が過ぎたセールスは少し自重してもらわないといけないと思う。

2012年1月29日(日)
暗越奈良街道の本

 暗越奈良街道の本の編集委員会に出席する。ほぼ最終の校正を終えた。一冊の本を出版をするには大変な時間と労力をかけなければ書店の店頭に出せないので厳しいものがある。刊行までの道のりはまだ残っているが淡々と進めねばならない。

2012年1月28日(土)
第35回城東サロン

 河内の郷土文化サークルセンターの役員会に出席し、午後の城東サロンに参加する。今回は横野万葉会の大東道雄さんから<伊勢・熊野街道調査>について談話があり参加者20名ほどがお互い顔を見える形で大阪商業大学ネットワークルームで開催され、話がはずんで楽しい集まりとなった。非常に得るものがあったように思われる。夕方から学生時代の友人たちと「上方落語を聞く会」を鑑賞するため梅田へ向かう。桂春団治や桂三枝はとくに秀逸なり。

2012年1月27日(金)
大阪人のギャグ

 大阪人はギャグが多いらしい。らしい というのは大阪に生まれ生活していると気づかないがたまに関東の人とか話すとこのような感想が返ってきて認識する。やはり大阪人同士だと漫才調になっている場合が多いらしい。このような現象は歴史や風土から生まれたと考えるので決して悪いことではないだろう。

2012年1月26日(木)
火の見櫓写真集

 消えていく美しい風景の火の見櫓写真集が近くの書店に届いた。駅前の栗林書房に取り寄せを頼んでいたら入ったとの電話をもらったので駅前に出かける用事があったので購入する。これからゆっくりと本を開き見て読んで楽しみたいと思う。自転車で枚岡神社の神津岳の写真を撮りに鳥居町まででかけた。

2012年1月25日(水)
日本は大丈夫か

 世界の金庫番、IMFが日本の経済を心配して消費税率10%にしては少なすぎると発表している。専門家が指摘するように安穏としておられないと思うのだが国内では“あさっての論議”が多いように思う。

2012年1月24日(火)
第35回ふれあい祭り

 ふれあい祭りの説明会が昨日にあり今日は申請書を持って近畿大学留学生課に届ける。留学生たちが今回も屋台を出したい意向がある。アジアからの学生が多いが東大阪での楽しい思い出になったらいいと思う。大学から小阪駅前の喫茶店へ行きぐるっと散歩する。歩くことで少しでも地に足が付くように、人との話がお互いに腑の中へ落ちるように身体と対話をしていけばいいと考えていた。

2012年1月23日(月)
春節

 3月23日は中国や韓国など儒教国では正月の春節やソールナルといって休日になる。日本橋まで出かけたがこれらの国から多くの観光客で訪れていたようだ。昨年の東北大震災のあとは外国観光客は急減したが今は大分に回復しているので街を歩いてみて賑やかになっているのはいいのだろう。アジアでは旧暦が日常生活においてまだまだ生きている。

2012年1月22日(日)
自治会の新年会

 自治会の新年会に出席すると長老から比較的若い方や職業なども様々なので話を交しても興味深いことが多い。日頃どうしても視界が狭くなりがちなのでいい機会になり、お酒も入り会話一層なめらかになり楽しい新年会となった。

2012年1月21日(土)
雨、雨、雨・・・

 長いこと降らなかった雨が降り出し3日目となった。乾燥のため皮膚がかさかさしたり目の具合が悪くなり風邪が流行したりで雨を待っていた面がある。少し雨をじっくりと見守ってみよう。このような天気のなか河内の郷土文化サークルセンターの文化誌「あしたづ」編集委員会に出席した。

2012年1月20日(金)
蛇口の修理

 風呂場の水道蛇口からの水漏れを早く直さないと、ここから洗濯水を引いているので洗濯できない。今朝は早朝から開店しているコ―ナンヘ行って部品を買って修理する。幸い水漏れは今のところ止まっている。日常は何でもなく使っている部分が使えなくなると生活がガラッと変わる場合がある。

2012年1月19日(木)
忙しく過ぎる

 親戚の仕事を少し手伝っているが春に出る街道の本への校正が忙しくなっている。雨降るなか若江岩田駅前付近に残る舟板塀のある民家を調べてきた。家に帰ると風呂場の水道蛇口から水漏れがあるので工具でボルトを緩めてみるとパッキングの交換が必要なようである。

2012年1月18日(水)
春の兆し

 季節の移ろいを感じる。今朝は寒かったが夕暮れが近づくと戸外では春の訪れを感じる明るさがある。もう少しすると木々には緑が芽吹くだろう。春はあけぼのというから朝にも新しい芽ふきがあるだろうから注意ぶかく季節の移ろいを見守っていきたい。

2012年1月17日(火)
まち歩き

 保健所からの依頼があり小阪の歴史的な個所を10数名、案内した。西保健所では健康づくりのため東大阪市出身の歌手つんくの名前にちなみ“つんく体操”をつくり健康つくりを広めている。今日はつんく体操に参加しているメンバーが中心だった。いつも生活している地元に根付いている歴史文化を歩いて知るのは健康つくりにも大いに役立つに違いない。

2012年1月16日(月)
手伝い

 親戚のビジネスが忙しいので手伝いの声がかかった。昨年末に続いてすこし臨時的に手伝うことになった。自転車で通う途中に久宝寺緑地公園があり、長い並木道を通り過ぎるとき木枯らしが吹いている。30分ほど自転車で走り到着すると背中が汗ばんでいる。

2012年1月15日(日)
森河内の火の見櫓

 以前から火の見櫓に魅力を感じ、関心をもち出来るだけスケッチをしてきたが朝刊をみると火の見櫓写真集が話題になっている。火の見櫓はどんどんと消えていく風景のひとつで郷愁を憶えている。自分の場合は身近にある櫓をスケッチしているが10点ほど作品がある。いずれまとめて作品集としたいと願っている。今日も森河内まで歩いてそこで優雅な火の見櫓をスケッチして帰る。

2012年1月14日(土)
新年会

 年が変わり英会話クラブを初めて開き勉強のあと布施で新年会をもつ。鉄板焼きの「よしひろ」でカキのチーズ焼きや焼きソバ、モダン焼きを食べたりお酒を飲みながら会話を楽しむ。よきひとときなり。

2012年1月13日(金)
内閣改造

 各大臣がよく変わり総理大臣がしょっちゅう変わるという国はいいのだろうか。いうまでもなく良くないだろう。世界の中でもほとんど呆れかえっている現象だから何とかしないといけないのだろうが現状は中々なんとかならない。政治家やマスコミ、国民はここらあたりでよく考えなければならない。

2012年1月12日(木)
厳寒の日

 朝起きると寒さがずしんと体にくるよう厳しさだった。北海道や東北地方は零下10度以上なのでまだましだといえる。このような寒い日が自家製のぬか漬けにとって最良の味を醸してくれていた。食卓に出た白菜の漬物を口に含むとしゃりしゃりといい音を出して胃の中へ落ちていく。

2012年1月11日(水)
東大阪という街は

 いま世間を騒がせているオーム真理教の元幹部が東大阪市に住んでいたという。なじみの喫茶店にもテレビ局から問い合わせがあったそうな。大阪市に隣接し交通の便のいいところで庶民的な街なので住みやすいこともあり昔から様々な人たちが生活しているようだ。

2012年1月10日(火)
ニューヨークタイムズ

 先日アメリカのニューヨークタイムズに目を通していると社説欄に「失われた日本の20年の神話」の見出しで書かれていた。日本におけるマスコミや評論家などと意見を異にしていた自分として大いに我が意を得たりと思う内容が載っていた。1980年代から2000年にかけて日本の国力は世界一の長寿社会の実現、高層ビルが続々と建設された東京、ITのインフラ整備など例を挙げればきりがないほど世界を依然とリードしている。自信をなくして打ちしおれている場合ではなかろう。自信過剰になることなくマイペースでいけばいいのだろう。

2012年1月9日(月)
布施戎

 布施駅近くの布施戎神社を参拝した。地元商店街は日頃の数倍に増して大勢の人が街を行き交うていた。一年の福の招来を祈願して人が集まるのはいつの時代でも変わらないことだろう。

2012年1月8日(日)
小阪城主にご挨拶

 駅前まで散歩に出かけて小阪城の前に通りかかった。ガラス越しに店主であり城主であるIさんのお顔を見えたので年賀のあいさつをする。いつもがそうであるように郷土の歴史について話をしていると河内の辺りには三種の神器の神社があると言われる。なるほど石切剣神社、若江鏡神社そして玉造神社と。まさしく古代から開かれた土地には何かがある。

2012年1月7日(土)
ミニ同窓会

 学生時代の友人たちと新年会を開き会う。学校を出て半世紀をたつと親を失ったものばかりになった。一方孫たちに囲まれるようになったものが多い。メンバーではこうして皆と会えるだけいいと会うようになった。 今日もお互いのげんきを確認するように顔を見合わせて談笑する。

2012年1月6日(金)
民主主義の思い

 今の間接民主主義は何か国民の思いが伝わってないような違和感を感じる。インターネットを活用して政治を進めるともっと違った形で行わるのに違いない。選挙で選ばれているからというだけでは国民から離れた政治になってしまう空気が出ている。

2012年1月5日(木)
新年放談

 よく顔を出す喫茶店に今年初めて行くと常連が何人かがカウンター前に座っていた。孫連れもおり正月の期間は家では賑やかだったそうだ。ひとり静かに正月を送った者もおるようでやはり寂しいかったという。お雑煮も出身地により白味噌もあれば、澄まし汁で済ますところもありそれぞれで色々ある。今年も多様化が進むようである。

2012年1月4日(水)
J氏とのコーヒータイム

 カナダに長期滞在している既知のJ氏と駅前の喫茶店で会った。行動的な彼から話を聴くと世界が広がるような思いが胸に抱かせる。カナダが決して日本に比べて住みやすいとは思わないが自己が希望することを実際に実行する人は尊敬に値するだろう。

2012年1月3日(火)
初登山

 おせち料理や酒をお腹いっぱいにいただき体が重くなった。体もなまってしまっているので十三街道の水呑み地蔵まで自転車で登った。厳寒に近い気温はペダルを踏んでいて寒い感じから段々と汗が出て体が温もってくる。久し振りの登山のせいか目的地まであえぎあえぎしながら到着する。

2012年1月2日(月)
初詣

 毎年に初詣する神社は地元の氏神、若江鏡神社へお参りをする。その後戎橋や心斎橋をまわり新年風景をみて楽しむ。正月らしい和服姿は残念ながらめっきり減ったが大きな福袋を何個も持った人たちを見受けた。食事を道頓堀の今井でとろうと入ったが席を空くのを待つ人達が多くて諦めて時間をずらして再度訪ねた。