2009年
12月31日(金)
 強い木枯らしが朝から物干し台の上をパタパタと音を立てている。大晦日に例年のごとく墓参り
に向かう。いつものようにいつもの花屋さんで供花を買ってお参りし気持ち良し。帰途に食糧店に
寄るといいナマコが出ていたので買って帰る。中国の人もナマコが好きなのでこの値段が上がる
一方らしいがこれからはいずれにしても近隣の国々は一段と重要な位置を占めてくるだろう。
この日記も新年になると新しいページが始まる。
  去る年や 振り返ること  増すばかり 

12月30日(水)
 家に〆縄を付け新年を迎える準備を整えて難波に足を向けた。千日前も心斎橋も年末とあって
人の波に活気を感じた。文人や芸能人がよく入る老舗の喫茶店「丸福」のコーヒーを味わい一息
を入れた。少し前の席ではテレビでよく見かける芸人が座って新聞を読んでいた。店を出て先日
歩いた古堤街道の終着点の京橋まで歩き夕食とした。繁盛している話題の立ち飲み屋は年末の
ため店じまいで期待lはずれだったが下町の雰囲気ある店で食事を取り満足なり。
 ゆく年や 古今古道に 栄枯あり

12月29日(火)
 家の年末の掃除を昨日に続いてする。若い時と違って2日間に分けてするのがいいだろう。掃
除が終わって街に出て食事をする。帰途に東方を眺めるとあくまでも高く極月の月は青く澄み渡
っていた。
 月澄みし 歳末のまち しずかなり

12月28日(月)
 1年も残りすくなった今日、家の掃除をしていく。窓ガラスをふき照明の埃を払って見ると古くな
った室内も少しは明るくなったように見える。時間の流れは本当は変わらないのに歳末や新年と
かいって気持ちの切り替えをするのは人類の深遠な知恵があるのだろう。これは文化の大きな一
つだろう。

12月27日(日)
 終日、家にこもる。やや寒さあり。新聞を読んでもテレビを見ておっても日本が何かにつけ沈滞
していると報じているように思う。しかし、歳末風景といっては北海道や東北からの冬季の出稼ぎ
者の帰郷場面を報じていたのがほとんどなくなった。それだけ地方にも産業が起こり出稼ぎの必
要もなくなりよくなったのだろう。

12月26日(土)
 まち・むら文化研の歩きで待ち合わせ場所の鴻池新田駅に向かう。家から待合場所まで6キロ
あるがバスに乗るのも嫌だったので歩く。鴻池新田駅から古堤街道を目的地の京橋をメンバーと
てくてくと歩くが旧堤道の両側は低地になっており川原と旧新開池などが今でもうかがわれる。途
中の新喜多では新田会所の建物が残っていた。旧蹟が少ない古堤街道の中ホッとする所だ。京
橋に到着して京街道を少し見学したのち仲間たちと忘年会を持つ。

12月25日(金)
 午前中に眼の定期検診を受けるため駅前の眼科医院へ行く。年末のためかいつもより来診者
が多くて待合室で座るのもままならない。2時間ほど待って受診を無事に終えて帰宅する。午後か
ら日本橋に向かう。入った喫茶店の壁に“今朝も目が覚めて嬉しい”という意味の色紙が貼ってあ
ったので成程なぁと想う。

12月24日(木)
 小春かなと思うほど穏やかな日なり。セーター姿のまま散歩に出る。クリスマスを前にした日な
のでケーキを買うように頼まれる。途中の郵便局に寄り司馬遼太郎記念財団へのサポーターとし
て年会費を払い込む。東大阪市にあるこの記念館の存在は全国に誇るものだ。街のケーキ屋さ
んに入るとショーウインドの前は人だかりで待たねばならなかった。

12月23日(水)
 久し振りに小阪歩こう会に参加して西大寺から唐招提寺そして平城京史跡を歩き簡保の湯に入
り今年最後の歩こう会になった。唐招提寺では平成の大修理を終えているのでぜひ訪れてみた
かったのでここでスケッチをする。帰途には友人たちと忘年会を持ち談笑して家に向かう。

12月22日(火)
 近所を見渡すと高齢者だけの家庭が多い。この現象は住んでいる周りだけではないだろう。子
供たちが遊びに夢中になって騒ぐ声を聞くとうれしくなるほど。この状況になって久しいが寂しさが
つのるときが少なからずある。今夜はひとしお感じるのは年の瀬に入っているからなのか。冬至
の柚子湯にでも入って温もって寝よう。

12月21日(月)
 寒風いくらかおさまる。年賀状の作成で多忙の一日なり。夕方から知人に会いに小阪まで出か
ける。以前に同じ職場に働いていただけに共通の話題多し。余り遅くならないうちに帰宅する。
久し振りにカラオケに興じた夜だった。

12月20日(日)
 寒い朝は目が覚めるのが遅くなる。寝床にいるのは気持ちがいい。午後から駅前に散歩に出
かけそのまま上本町の国際交流センターである丁章氏を囲む会による「サラムの在りか」出版記
念パーティに向かう。会場でたまたま座った席が後でわかったのだが著名な姜在彦氏と金石範氏
の隣だった。お二人とも上品で立派な顔立ちだったので相当な方とお見受けした。丁章氏の文筆
家のとしての立派な辞に感銘を受ける。よきひとときかな。

12月19日(土)
 年賀状の準備をそろそろしようと図柄を頭に浮かべて見た。郵便も民営化したので従来より年
賀状の投函を急がせているのだろうか。何か逆行しているように感じる。午後になり暖房器具を
買いに近くの電気店に行く。今ある暖房器はカーボンで具合がよくないので以前に修理しようと思
って店で聞くとその会社は倒産したという。しっかりした製品を作っていない会社はこの荒波を切
り抜けていけないようだ。

12月18日(金)
 残っていた記念本の代金をまとめて東京の出版社に払い込みをして、やれやれと肩の荷をおろ
した。多くの協力があり今年も何とかここまで歩んできたものと感謝する。昼前から家族でミナミ
のほうへ出かけて食事や買い物をする。心斎橋筋は年末のイルミネーションをして通りゆく人々
を和ませている。一日中、冷たい風が街を吹き抜けていた。

12月17日(木)
 今日は”ちみたい”という子ども時代に使った言葉、標準語で言うと冷たい日だ。午後の散歩の
ときは珍しく手袋をはめて行った。帰途に米屋さんに寄り漬物用のぬかを買って帰る。50円も出
せば出来立ての新鮮なぬかが大きな袋にいっぱいになるぐらいあり、重たいので肩に担いでやっ
との思いで我が家に到着。大根漬は、冷たい風が吹くといい漬物ができるので楽しみだ。

12月16日(水)
 いい天気だったので午後になり、くらがり峠に登った。冬の間は峠の茶店が閉店しているので一
休みできないのが寂しい。峠のおじさんから美味しい野菜を分けてもらうのが楽しみになっている
が、今日もおじさんを畑で見かけたので早速大根や自家製漬物を分けてもらった。その後生駒駅
に降りて行き駅前で夕食を取る。

12月15日(火)
 「河内文化のおもちゃ箱」が好評につき出版社は重版する計画を持っているとのこと。今日はそ
のため執筆者と連絡を取り準備をする。河内の郷土文化サークルセンターが初めて出版した本
が好評なので悦ばしい。インターネット時代とか言われて久しいが、まだまだ活字文化の存在は
大きい。本がネットに大きく影響するわけだから、その影響力には計り知れないものがある。


12月14日(月)
 比較的小春日和だったので庭木や垣根の手入れをする。夕方から心斎橋に行って友人たちと
会う。久し振りに会ったわけだが皆さんは元気だった。オ・セイリュウでのショ−のサンバの踊りに
加わったがリズムに乗れないので疲れた。

12月13日(日)
 朝から自治会の地区清掃に参加した。いっせいにすると拾ったゴミの量は何袋かになって山の
ように積まれた。町内がきれいになって気持ち良し。夕方になりお好み焼きの「伊古奈」に行く。
美味しくて文化の薫り深い店が近々に閉められるとなると寂しい限りだ。店内に架けられて居る
須田剋太の作品と共に室内を写真に収めておいた。

12月12日(土)
 河内の郷土文化サークルセンターの役員会へ出席した。次回の理事会に備えて文化講演会な
ど討議する。帰宅すると「あしたづ」の取材のことで電話があったということなので横小路の音頭
関係者の御宅に出かけてお話を聞く。池島墓地に寄り玉子屋円辰と千代鶴さんの墓を参って家
に向かう。

12月11日(金)
 昨日に続き今日も雨が降っていた。極月にしたら温かい気温だと言える。そのせいもあり果物
が腐るのが早いらしいなど気持ちの悪い現象が起こっている。駅前の喫茶店へ行って新聞を読
んでいると客と店の人が盛んにJR大阪東線の便利さを話している。確かに永和駅まで歩いてこ
の線を利用すると運賃も安価なので利用しやすい。来年になると近鉄奈良線の一部高架線利用
も開始するので小阪周辺も社会施設が整ってきた。

12月10日(木)
 久し振りにミナミへ買い物と散歩を兼ねて出かけた。戎橋付近の賑わいが好きで、しばし橋上で
たたずむ。中国やシンガポールからの観光客と思われる団体が目立つ。文房具・画材のカワチで
クリスマスカードや来年の手帳を購入する。特に来年の手帳を持つといよいよ新年を迎える気に
なってくる。千日前のジュンク堂書店に入り店内に「河内文化のおもちゃ箱」が郷土史関係の本棚
にしっかりと並んでいたのでうれしくなった。

12月9日(水)
 ゆっくりと家で過ごす。朝は天気は良かったが午後から曇ってきた。朝の天気だったら山でも登
ろうかなと思ったが体のほうがもう一つ調子が良くないので諦めた。無理はしないほうがいいだろ
う。阪神の赤星選手が脊髄を痛めて思い切ったプレーができなくなったので引退をするという。責
任感が人一倍強いだけに彼の無念さが痛いほどこちらに伝わってくる。

12月8日(火)
 永和図書館へ行き調べ物をする。この図書館は設立されて半世紀過ぎており、小さな館なのに
利用者で満員になっている。地域の人々に親しまれているのがよくわかる。このあと大阪商業大
学へ行き、先日の河内の郷土文化サークルセンター創立25周年事業への支援について会長と謝
礼を述べる。

12月7日(月)
 師走らしくいよいよ寒さが増してきた。午後になり駅前まで散歩して喫茶店に入りコーヒーを飲
みながら新聞を読む。いつもながら他の客と気が置けない会話を交わす。駅前の栗林書店に立
ち寄ると本店、支店とも「河内文化のおもちゃ箱」がよく見える場所に並べて販売されていた。より
多くの人に読まれることを願ってやまない。

12月6日(日)
 四條畷市にて歴史講座があったので出かけた。地理もあまり調べないで自転車で行ったので途
中、道に迷いながら会場の市立体育館にやっと到着する。韓国の少壮の考古学者も迎え東アジ
アとのつながりも論じられたので興味深いものになった。講座後の交流会にも参加し楽しく時間を
過ごして帰宅する。

12月5日(土)
 午後から市民会館へ行き英会話を楽しむ。急いで会場へ行ったので電子辞書を忘れてしまっ
た。英字新聞を和訳することは頭の体操になるのでいいが、時には頭が翻訳より先に疲労してし
まう感があり。帰宅して夕食をとるとホッとしてうたたねする。気持良し。

12月4日(金)
 朝から友人たちと連絡を取って喫茶店で落ちあいモーニングサービスを楽しむ。楽しいひととき
なり。帰途に市立永和図書館に寄り本を借りようとしたがないので購入のリクエストの手続きを済
まして帰る。夕方から友人に会うため鶴橋まで出かけたが、ここでは昔から大きな市場があるの
で生鮮食品は安くておいしいところなり。

12月3日(木)
 久方ぶりに雨が降った。昨日にくらがり峠を登っておいてよかった。今日の天気では行けなかっ
た。思い立ったら吉日なり。午後から「あしたづ」編集委員会に出席する。今回は創立25周年記
念特集号となり、特にボリュームをもった発行となる。編集委員会の意見を聴きながら、よりよい
文化誌ができればいいと思う。

12月2日(水)
 天気もいいし久し振りに暗峠に登ることにした。用事を済ませてからだったので枚岡駅を下車し
たときは陽が西方にすっかり傾いていた。紅葉した谷を登っていき、しんどいがここに来てよかっ
たと思った。蒼い空、澄んだ空気の中に身を置くのは何事にも替えがたい。峠を過ぎ生駒駅に下
って暗い中を歩いている女性が駐車しているところにたたずんで私が来るのを見ると何か狸らし
い小動物がいると言って怖がっている。そうすると狸らしき影がすーと道を横切り藪に消えた。ま
ほろばの奈良盆地の夜空にまん丸い月が輝いて幽玄なり。

12月1日(火)
 東大阪市の市会議員の方から連絡が入り、「河内文化のおもちゃ箱」を購入したいとのこと。地
域文化に関心を持たれて早速行動していただくのは誠にありがたいことだ。中央図書館長からも
奨励の連絡が入り意を強くしている次第だ。東大阪市役所の職員の方も関心を持っておられるの
で本を買ってもらった。

11月30日(月)
 読売新聞の朝刊を見ると「河内文化のおもちゃ箱」の本の刊行について大阪版に大きく報道さ
れていた。私たちの思いをうまくまとめて掲載してもらったので良かった。記念事業を無事に終え
るまで神経と体力を使ったので少しゆっくりとしたい。「あしたづ」の原稿も執筆し事務局へ渡した
ので安堵している。

11月29日(日)
 今日はサークルセンター創立記念事業の最終日。水野正好先生の「考古学から見た河内」講
演に大勢の来場があった。参加者は大変勉強になったと感想を述べられていた。つづく井上整憧
師匠と井上邦楽会による民謡コンサートも好評だった。ここでは「河内木綿織り屋節」も披露され
た。ロビーでの展示「河内人の物語」にも熱心に見ていただいた。新聞社からの取材もあり多忙
で充実した記念事業になったとサークルセンターで喜びに包まれた感があり。ご協力いただいた
多くの人々に心から感謝なり。

11月28日(土)
 河内の郷土文化サークルセンター創立25周年記念事業を迎えた。10時からの式典には大阪商
業大学谷岡学長、東大阪野田市長、八尾市原副市長、大阪市原生野区長を来賓としお迎えし、
そして多くの方々の御来場があり盛大のうちに式典はオープンした。御来賓のあいさつはすべて
原稿も見られないで感銘ある祝辞をいただいた。このあと上方舞の山村若佐紀師匠から見事な
祝舞を賜ったので会場が一層厳粛なうちに祝賀の気が高まる。午後からの記念本「河内文化の
おもちゃ箱」のシンポジュウムには初代会長中谷作次氏94歳も車椅子で会場にお姿を見せられ
た。一同感動をもってお迎えした。記念本も会場で予想以上の売れ行きだった。

11月27日(金)
 25周年記念事業の準備のため大阪商業大学へ行く。会場のユニバシティホール蒼天での展示
など終える。来場される人たちへのプレゼントも用意された。多くのご来場を迎える準備は皆の力
を合わせてここまで来た想いを持つ。今日は当日来られないのでと20周年記念事業時、担当され
た大阪商業大学の元職員の方がわざわざ寄っていただいたので感謝を申し上げた。

11月26日(木)
 街道歩きの資料を作成しょうとしたらプリンターのインキが切れていた。ポイントがあるのでナン
バまで買いに行く。帰途に日本橋にある老舗の喫茶店「ことぶき」に寄りコーヒーを飲む。落ち着
ついた雰囲気の店なり。夜になり「街道勉強会」に出席する。自転車で走っていても小春日和で気
持ち良し。

11月25日(水)
 小阪駅前の栗林書店に行き『河内文化のおもちゃ箱』の売れ行きを訊ねると“よく
売れてますよ”との言葉が返ってきたのでほっとする。布施駅近くの鉄板焼き屋「よしひろ」で食事
をする。オーナーは不在だったので店を出て、駅前の喫茶店で知人とお会いする。この方は90歳
近くの方でかっては日本一のメガネ販売の業績をお持ちだ。

11月24日(火)
 JCOMの東大阪ケーブル局に行き、生放送のスタジオに立った。月末の河内の郷土文化サー
クルセンター創立25周年記念で上方舞の名手・山村若佐紀師匠に祝舞を踊っていただくのでカメ
ラの前に会長と師匠と御一緒に出ることになった。だから師匠の御供の形で出させてもらった。
昼前に自治会長さんと新年会の会場のことで地元のU−コミュ二ユニティホテルへ行く。

11月23日(月)
 「あしたづ」の原稿書きに時間をついやす。文章にすると後々まで残るので楽しみでもあり苦痛
もある。午後から散歩すると小春日和で気持ちがいい。いつもの喫茶店でコーヒーと新聞を楽
しむ。
 小春日の 今日の夕暮れ 少女らは 弾み笑いて 過ぎ去りしかな

11月22日(日)
 午前中は家でゆっくりと過ごし午後から宮本順三記念館での街人講座に参加する。今日は魏志
倭人伝について勉強をした。講座後、何人かの知人と会ってお茶の時間を楽しむ。夜になり自治
会の役員会に出席して会議をする。案件の一つに新年会も上がっていたが、もうそんな時期を迎
えたのかと時の早さを感じる。

11月21日(土)
 上方漫才の祖 玉子屋円辰のことを『あしたづ』に書こうと原稿のマスを埋めているうち、才がな
いから大変だと負担に感じていたが今日は楽しんで書きたくなってきた。せねばと肩を張っている
と余計にしんどくなるので楽しめばいいのだと。昼食に伊古奈へ向かう。そして布施に買い物に行
きショッピングを楽しむ。

11月20日(金)
 寒さは本格的なものなので厚着して日々を過ごしている。最近は多忙のためか疲労が体の奥ま
でたまっている。近くの電化店から記念品の無料配布の通知が来たので行ってみると、有名俳優
がデザインした皿で絵柄が気に入った。市役所へ行って職員さんに『河内文化のおもちゃ箱』を
何冊か購入してもらった。

11月19日(木)
 お陰さまで今回初刊行した河内の郷土文化サークルセンター編集の『河内文化のおもちゃ箱』
が順調に人々に受け入れられている。今日も東大阪市役所の職員さんに購入してもらった。先日
は八尾市役所の職員さんに何冊も買っていただいた。地域文化のことが書かれている本なので
自治体職員の方に読まれるとうれしいものだ。午後に一人の先輩にお会いしコーヒーを共にして
お話をする。今は玉串川は暗渠になっているが昔は肥舟等が肩引きにより運行され、し尿は人の
口に入れて肥料としての質の判断がされていたという。また肥船の古材は倉板塀にも使われてい
るとの貴重なことを話していただいた。

11月18日(水)
 行きつけの医院へ行き定期診察を受ける。行くたびに検査にひっかかるのではと不安になる。
昼前に文化センターの人と約束していたので事務局へ向かう。東京の出版社から追加の50冊が
届いた。午後には「あしたづ」の原稿を書き進め夜になって取材のため下六万寺へ向かう。寒さ
がきついので防寒具を身に付けた。

11月17日(火)
 友人と喫茶店で会いコーヒーを楽しみながら談笑する。今日は雨が降っているせいか、いつもよ
り客が少ないようだ。そのため、ゆっくりと時間を送ることができ会話が弾む。午後から今年の
「あしたづ」の原稿に取りかかる。今回のテーマは「河内人の物語」の一人の玉子屋円辰。締切が
迫る中、取材に力を入れて行こうと知人に協力を求めたところ快く引き受けてもらい感謝なり。

11月16日(月)
 記念本を配本するため文化サークルセンターへ行く。今日の配本作業でほとんど目途が付いた
のでほっとする。八尾市役所と香芝市へと足をのばし所用を終える。特にお世話になった大阪商
業大学の故名誉教授湖中氏宅を訪問し刊行の本をお渡しをした。先生の最後の講座を拝聴した
だけに、お姿が目の前に浮かび感慨が胸に込み上げてきた。

人し11月15日(日)
 昨夜は帰宅が遅かったので、今朝起きても疲れが残っている。ハートフルコンサートに行き、知
人と話をしてから喫茶『美術館』での詩人ユン・トンジュの会に参加する。帰途に小阪駅前の栗林
書店に行って本棚を見ると河内の郷土文化サークルセンター編集の『河内文化のおもちゃ箱』が
置かれている。私たちが刊行した本が書店に並んだことを誇りに思う。

11月13日(金)
 記念本の出版で何かと事務作業が出てきた。久方振りに帳簿付けみたいなことをしたので肩が
凝って困る。一区切りついたところで散歩を兼ねて布施まで歩いて所用をする。布施駅前は活気
があっていい町だ。喫茶店に入り新聞を見て時間待ちをする。小阪駅前で文化サークルの人たち
とよもやま話をして楽しむ。

11月12日(木)
 用事のため自転車で八尾の千塚、黒谷から生野区の方面を走る。黒谷では昼食時間になり食
堂を探したが家並みが少なく、なかなか見つからなかった。やっと一軒探して入ると予想と違って
素晴らしい食事が提供された。関東煮やご飯が素晴らしいものだ。これだけ自転車で走るとお尻
が痛くなって困った。

11月11日(水)
 凶悪な事件がこれでもかと言うほど連続で発生しているが、その一人が逮捕された。顔の整形
を別人になる程しているので余計に世論の目を引いた。警察には大きなミスがあったようなのが
残念だ。『河内文化のおもちゃ箱』の本がいよいよジュンク堂など書店に置かれている。多くの方
に読んでいただくと、こんな嬉しいことはないだろう。

11月9日(月)
 朝からいつものメンバーに新たに一人が加わり喫茶店でモーニングサービスを会話と共に楽し
む。新たなメンバーは高校時代に一緒に剣道部に属していたので、その頃の話をもっとしていき
たいと思う。帰宅すると自治会の書類を作成し役員宅に届ける。午後から河内の郷土文化サーク
ルセンターへ行き記念事業関連の準備を進めた。蒸し暑い日だったが雨が降るのだろうか。

11月8日(日)
 東成区のイベントと組んで永和・布施・深江歩きツアーの案内をする。東成区から訪れた方々は
こんな面白いところがあるのを知りませんでしたと言って喜ばれた。隣接する街をお互いに知り街
歩きを楽しめるようになればいいと思う。夕方によく行く伊古奈へ行くと年が替わると店じまいをす
る予定とのこと。これだけ美味しい店でしかも有名画家の絵の架けているいるお好み焼き屋さん
が姿を消すのは何ともさびしいことだ。

11月7日(土)
 河内の郷土文化サークルセンターで記念本配本の作業をする。地域文化を知り広めるにはい
い本になったと心中ひそかに満足している。これは読者が評価することだろうが本を取って見て
読んでいただくことをひたすら願っている。

11月6日(金)
 東京から『河内文化のおもちゃ箱』が包装されて届いた。朝刊にもこの名前が掲載された。1年
以上かけて作ってきた本がいよいよ世上に出てくることになり、多くの関係者に感謝するとともに
胸中喜びに満つ。夕方から若江岩田駅前の希来里に行き友人が出品しているZeal写真展を観
賞。

11月5日(木)
 松井秀喜がワールドシリーズで大活躍する。暗いニュースが続く日本に明るい話題が生まれた
のがうれしい。CNNも韓国の新聞も大きく伝えている。東亜日報ではアジア初のワールドシリー
ズでのMVPと報道している。中国の新聞(新華社)は野球の人気がないので掲載はなかった。

11月4日(水)
 火の見櫓の姿にひかれているが、よく通っている街かどにあるのに気付かなかった。人間とは
おかしなもので灯台下暗しだ。街の地蔵さんや火の見櫓は村の共同体の象徴と言える
だろう。火の見櫓は確実に消え去っていく情景なので今日、散髪に行く際にスケッチをしてお
いた。いつもの九州出身の散髪のおやじさんと話をしていて九州の方言と韓国語の密接さに驚
く。天草では“いつも”と言う意味で“オジェ”と言うらしいが韓国語の“オンジェ”とよく似ている。今
読んでいる金容雲著作『日本語の正体』の内容をさらに裏付けてくれる。

11月3日(火)
 東大阪国際交流フェスティバルの今日、秋晴れの良い天気になる。会場の三ノ瀬公園は大勢
の人々で賑わっている。ステージでは韓国や朝鮮の人たちを始めに楽しいパーフォーマンスを繰
り広げられ観客も楽しむ。日頃は出会うことができない知人たちと逢う大事な場所でもあり、屋台
の食べ物や飲み物を手にして話が弾む。今年でもう14回目を迎え地域で確かに親しまれてきた
ようだ。

11月2日(月)
 冬の訪れを告げる木枯らしが物干し台のトタンをゆすり、音を立てる。テレビで予算委員会の中
継を見ていたが「あしたづ」の原稿締め切りが迫っているので家でじーとしていられない。午後か
ら生駒山へ向いて横小路へ自転車で行く。今年のテーマは“上方漫才の祖 玉子屋円辰”。池島
から山裾には江州音頭や河内音頭の達人が多い。たまたま通行人に教えてもらっていきなり訪
問したお家は、この道の大変な大物だった。円辰の孫弟子になり伝統芸能達人の認証を受けら
れた河内家芳春師匠。お家に上げていただき直接お話を聴く機会を得られて喜びに沸く。

11月1日(日)
 昨夜は眠れぬままにラジオの深夜便をイヤホーンで聴いていると戦後の歌謡曲の中、“人の世
は悲哀の海”という節がある。悲哀という言葉がいつまでも耳の中に残る。暗さから逃れ、陽気さ
を求めている世の中や自分自身は、悲哀の中にあるという現実を忘れようとしているように思え
てきた。今日は“中環の森”河内木綿畑の清掃日なので出かける。竹ほうきの柄が折れたので竹
でもって修理する。クラブの乏しい財政状況のため、経費の節減は欠かせない。

10月31日(土)
 家族とゆっくりと過ごす。この家族という小さくて大切な絆で一緒に食事をしてお茶を飲み、語り
合うことを大事にしていきたいものだ。家の中、外にあっても共に過ごす”場所”があることに感謝
の念を抱く。秋も深まってきたが過ごしやすいいい季節になっている。

10月30日(金)
 久方ぶりに自由な日ができた感じなので、日頃から行きたいと思っていた知人のところへ行くこ
とにし、アーバンライナーに乗り向かった。名古屋で乗り換え初めて小さな駅で降り訪れたが、た
またま近くに桶狭間の古戦場跡がある歴史的に有名な場所だった。ゆっくりと知人と食事をしな
がら、くつろいで話ができたので楽しい時間を持てた。

10月29日(木)
 テレビで国会中継を見ていると、自民党は政府の民主党へ質問をしていたが攻めあぐねている
ようだ。八っ場ダムにしても沖縄の基地問題にしろ与党としてこれまで問題の解決の放置をしてき
たのだからブーメラン現象で自分に帰ってくる。夜になって市民会館で伊勢参りに関して古文書
の勉強会に参加する。わからない個所は多いが教えてもらいながら学ぶ楽しみあり。

10月28日(水)
 昨日に引き続き葬儀に参列する。故人の息子さんが立派に事業を引き継いでおられるので心
強く思う。夕方から小学校時代の幼馴染と会い高校の同窓生の店「よしひろ」で会食する。この店
は布施でも有名な鉄板焼き屋さん。色んなメニューでお客のニーズに応じ、美味しい。来月早々
発刊の「河内文化のおもちゃ箱」の話をすると購入予約してくれた。本に”元祖 廻る元禄寿司”
のことも掲載しているが「よしひろ」と元禄寿司と鉄板焼き屋さんは本当に近いのでこれも何かの
縁だろう。

10月27日(火)
 戦没者慰霊式に初めて参列する。会場は遺族の関係者で席がないほどおおぜいの参加があっ
た。第2部に入り所要のため一足早く会場を出ると遺族会の幹部の方がおられたので挨拶を交
す。“ご意見をお聞きしております”と先方からおっしゃったのでとっさに何のことかなと分からなか
った。後で考えてみると“忠霊塔”が何の施設かわからない若い人が増えていることについて、戦
争遺跡保存の必要性を述べたことかなと自分なりに振り返ってみた。
お世話になった方が亡くなれたのでお通夜に参列する。少し若い死だったので残念だ。

10月26日(月)
 この頃は特に涙腺がゆるんでしまって困ることが多い。一人でテレビを見ているときはいいが人
前で涙ぐんでしまうとバツが悪い。感情がストレートに出てしまうのは怒りの時も同様で、これら現
象は老化の一つだろう。いつもの散歩をしていると自治会長さんに出会い、立ち話をするとご近
所に世界一の歯車を製作する方はおられるとお聞きした。宝は遠いところにあるのではなく足元
にあるのだと永和の詩人、故榎木さんの詩の一片が頭に浮かぶ。

10月25日(日)
 旭自治会の催しに参加し、依頼があったので地元の小阪について歴史の説明をする。午後から
若江小学校同窓会に出席のため上六に向かう。2年に一回の会だが会うたびに懐かしい顔、顔
に出あう。参加できることに感謝する。時間が過ぎ去るのが速い感じがするほど楽しいものだ。

10月24日(土)
 生駒へ奈良街道サミットへ参加するため出かけた。昨年は東成で実施して今回は生駒山を越
えての運びとなった。街道百景の応募作品は121点。サミット会場に展示し100人の聴衆がフォー
ラムを聴き入った。多数の知人も駆けつけていただいたので感謝をするとともに素晴らしい暗越
奈良街道が生活文化景観として大切な共通財産であると人々の心に残ればいいと願う。疲れた
が充実した日を送れたことに喜び。

10月23日(金)
 この頃は毎日の様に所属している文化サークルセンターへ通っている。創立記念事業が近づい
てきたから多忙になっている。昼過ぎに生駒へ行き明日開催の暗越奈良街道サミットの応募作品
を展示する。これだけの多くの作品が集まり、当日提供する資料も順調に出来上がる。その後、
友人が入院しているので他の友人たちと見舞う。元気な顔を見ながら談笑する。

10月22日(木)
 毎日、新聞を読んでいても飽きない。各紙が知恵を絞ってそれぞれ特徴を出しているので、各
紙を読めば読むほど面白くて勉強になる。今日は奈良街道サミットについて報道記事が掲載され
ていたのでコピーをして関係者に送付する。

10月21日(水)
 通院のため小阪へ行く。メタボ症状からなかなかぬけられない。喫茶店でのモーニングサービ
スでのゆで卵を家に持ち帰り食べるのを節制する。午後から河内の郷土文化サークルセンター
に行き記念事業のプログラムに掲載する広告内容をチェックする。大変だが一つ一つこなしてい
かなければならない。

10月20日(火)
 小学校の若江小学校同窓生K君の葬儀に参列する。故人がよく参加してくれた同窓会だったこ
とを考え代表焼香のなかに加えてもらった。人の命は朝露のごとき、はかないと言われるがまさし
くそうだろう。葬儀を終えて大阪商業大学へ行き、24日にある奈良街道サミットの準備を進める。

10月19日(月)
 河内木綿畑に行き、綿摘みと水やりをする。今年は天候不順のためもあって綿の出来はよくな
いが、それでも次から次から綿花を袋に収穫する。家に帰り夕食を取っていると電話がかかって
きたので受話器を取ると小学校の同窓生が亡くなって今晩がお通夜とのことだった。何人かの同
窓生に連絡を入れた。よく遊んだ幼馴染の死だけに寂しい。

10月18日(日)
 夕食時間になり伊古奈へお好み焼きを食べに行く。ここではいつものように自己流で粉と具を
混ぜて焼けた鉄板の上で焼く訳だが、出来上がりは毎回違う。焼く途中にぐちゃぐちゃに形が崩
れることがあっても焼き上がった時は形は整っている。これは上方風に形式は問わず、結果がよ
ければすべてオーケイだろう。大阪文化風と言えるかもしれないと焼きながら考えた。

10月17日(土)
 文化サークルの会議に出て、午後は自治会の活動に加わる。地域の人との交流は自然と自治
会を通じて起こる。夜になり地元の宮本順三記念館で開催された東西落語会rに参加する。いわ
ゆる東京方の落語と上方落語に相違がよく分かって面白い。修練を積んだ芸は聴衆を噺の世界
に引き込む。

10月16日(金)
 NHKでは人気タレントのタモリが古地図を手に地元の街を歩く「プラタモリ」という番組を始め、
高視聴率を誇っている。彼は東京の街を歩いているが各地元では貴重な面白いところをそれぞ
れ持っている。街の人が各自でそういう街を歩いて発見して楽しめばいい。有名人がすればいい
と思い、メディアが報じれば何か値打ちがあると思いがちになるのが少し寂しく思う。

10月15日(木)
 暗越奈良街道の生駒サミットを今月24日に控え、資料作りのためパソコンの前に座ること多し。
時には気分転換のため散歩に出かける。秋は文化の事業が多いので何かと忙しくなっている。事
業一つ進めるにも多くの人の協力があり達成できるので感謝の念が胸の中に沸く。

10月14日(水)
 日韓のミュージカル公演「Sound of Silence沈黙の声」を観賞しに大阪城公園まで行く。天気も良
いので家から会場まで歩いて行く。長瀬川沿いに行くと魚は銀りんを輝かせ、白鷺は川面に羽を
休めており眺めながら歩くと目的地に着くのも速い感じがした。出演者の熱演により感動深いミュ
ージカルになった。

10月13日(火)
 羽田空港をハブ空港と考えるとの国土交通省大臣が発表すると、蜂の巣をつつく騒動となって
いる。これまでは国家としての空港政策がなかったので大きな施策の方向を出すと大変だ。あの
太平洋戦争も国内の意見調整ができなかったことが思い出される。大きな視点で冷静に考え納
得することが必要だが、説明するほうもその努力が足らないようだ。
退職後 スーパーの買い物 うまくなり

10月12日(月)
 秋に発刊する本に絵を掲載するため、布施まで出かけた。ちょうど昼になったので回転ずしの
元祖の元禄寿司に入る。ここの店は回転ずし発祥のところだけあって人気で店に入るのに順番
を待った。回ってくる寿司を何気なしに取ったら豚トロだったが戻すわけにいかないので口に入れ
ると結構おいしい。豚トロは初体験。すし屋を出て大東市まで行って歴史講演に参加した。

10月11日(日)
 御堂筋KAPPOに出かける。秋晴れの下、御堂筋は大勢の人で埋まっていた。眼に爽やかに
銀杏の木が映える。河内木綿コットンクラブは北御堂の近くに綿繰や糸紡ぎのパフォーマンスをし
て沢山の人が作業に参加していた。帰途に心斎橋筋を通ってきたがいつもより多くの人が行き来
していた。千日前の“自由軒”に入り、名物カレーを注文し昔ながらに玉子とソースをかけてお腹
を満たす。

10月10日(土)
 知人が展示している東大阪美術展を観賞するため、市民美術センターへ出かけた。受付に友
人のk氏が座っている。立派な作品が多くじっくりと絵を楽しませてもらった。ここから石切神社に
行き、今日オープンした“まいど!東大阪”東大阪物産観光まちづくりセンターを訪れ、買い物を
する。いよいよ観光の東大阪へ発展することを期待したい。石切神社参道は大勢の参拝客でに
ぎわっていた。

10月9日(金)
 友人と駅前の喫茶店でモーニングコーヒーを楽しみながら近況を語り合う。吉野の土産品をもら
う。民主党は政権を取って補正予算から3兆円の削減をできると言っている。細かい数字はともか
く政治には国民の信頼がもっとも重要なり。国民は政府に信頼を持てれば大きな支援に打って出
るだろう。10月8日(木)
 知人が市民美術センターで開催中の文化祭に絵の展示をしているというので出かけた。美術セ
ンターの玄関には台風のため臨時閉館の貼り紙。仕方がないので公園で持っていた本を読みだ
す。ここから見る生駒山は暗峠も視野に入り雄大で美しい。帰途にいつもの、うどん屋さんに寄る
と先日、円広志が取材に来たとのこと。うどん屋さんを出て商店街の石畳路地に入ると情緒ある
店が並んでいて一度入りたくなる,よき雰囲気なり。

10月7日(水)
 サークルセンターの所要を済ませて、いつもの喫茶店に入ると店の女の子が辞めて大阪市内で
喫茶店を開業するとのことで常連客達が大丈夫かと心配している。なにせ不況の中で若い女性
が経営していけるのかと心配し、その“冒険”を止めようと説得もしている。本人の意志は固くて踏
み出した。聞いていて成功を祈るだけだ。

10月6日(火)
 大型台風が日本列島に向かって接近している。子供のころから台風の怖さを身にしみて経験し
ているだけに身構えてしまう。何とか被害が大きくならないように通り過ぎてほしいものだ。政治の
ほうも毎日大きく政策の転換が図られており、大きく日本が変わろうとしている。現状のままでは
日本は立ちいかなくなるのははっきりしているが変化により利害の衝突が起こっている。

10月5日(月)
 久し振りに行きつけの喫茶店に行きコーヒーを楽しむ。久しぶりなので“どうしていたの”と言わ
れた。新聞を読むのも楽しみになっている。夕方になり河内の郷土文化サークルの件で花園へ出
かけて所要をつとめた。夜になり雨が降り出して気温が下がり秋らしくなる。

10月4日(日)
 河内木綿コットンクラブの定例清掃日で“中環の森”へ行く。中央環状道路の分離帯にあるので
車からたばこの吸い殻や空き缶など、よく捨てられる。これらを集めて袋に入れると周辺がきれ
いになっているので気持ちがいい。これが終わりナンバへいき映画「火天の城」を観る。この夏に
安土城を訪れているので映画を関心を持って楽しむ。夜になり天王寺の歴史の勉強会に出席す
る。

10月3日(土)
 河内の郷土文化サークルセンターの臨時理事会に出席する。11月の創立25周年記念事業を
控えて理事会で討議する。提案事案に対して賛同を得たので準備が進んできた。その後に自治
会の総会に出席し今年度後期の事業等が整えられた。

10月2日(金)
 鞆ノ浦を埋め立て架橋する計画は裁判の判決により、ひとまず中止された。まずは胸をなでお
ろしたが県では控訴するとのこと。10年ほど前に鞆ノ浦を訪れ江戸時代に建てられた港に地元の
古老たちが潮風を受けながら、方言で会話を楽しんでおられたひとときに深く感動をしたものだ。
土地の歴史や文化は共通の貴重な財産だということが認められた。自分の住んでいる町を見る
とその認識が薄いので残念に思う。

10月1日(木)
 昨日から来島、小島そして別子銅山、粗谷方面を訪れた。その昔、小島の砲台から203高地へ
大砲を移され日露戦争に勝利した。別子銅山は世界一の銅の発掘量を誇り、住友財閥の基礎を
築いた。これら遺跡に観光客の人気が高まっている。
 
9月29日(火)
先日の北八尾街道と俊徳道を“まち・むら文化”で歩いたのをホームページに掲載しょうとした
が、うまくいかずに終わる。ソフトが変わってからどうも要領がわからないところがある。そうこうし
ているうちに自治会総会の書類作成を頼まれ忙しくなった。まぁ、じっくりとホームページのほうは
せねば仕方がないだろう。

9月28日(月)
 月曜日は河内木綿畑を世話する曜日なので“中環の森”へ出かける。ここでは綿の連作をして
いるので土が痩せて今年は綿の出来が悪いようだ。それでも綿花を次から次と収穫し袋の中へ
入れていく。ふわっとした綿を手の指先でつまむ感触に特別なものがある。収穫するという人間の
喜びの原点がここにあるように思う。夜になり暗越奈良街道サミット準備のため生駒市へ行く。

9月27日(日)
 親戚の法事に参列する。親戚の中でも若い人は会っても誰か分からない人が増えてくる。こちら
がそれだけ歳をとってきたのだろう。帰宅したのち宮本順三記念館での街人講座に出席。今日の
講師は岡田三郎さん。楽しい絵を描かれる岡田さんは楽しい話をされた。この後のお茶のひとと
きは又楽しい。

9月26日(土)
 文化サークルセンター役員会議に出席する。午後から会誌「あしたづ」の編集会議に出る。1日
かかる会議は疲れてくるが目的が実現していくのだから楽しみでもある。家に帰りテレビを見てい
るとウトウトと眠っていた。

9月25日(金)
 かかりつけの医院の定期検査を受けたのち、いつもの喫茶店でモーニングコーヒーを楽しむ。
午後になり暗峠に登る。登る途中に自転車を押しながら息を切らせている見知らぬ青年と声を掛
け合う。ブラジル生まれで18歳になって来日した日系ブラジル人らしい。難波から自転車に乗り奈
良まで行くとのことだが。二人ともきつい坂をはぁはぁ息をしながら話をする。峠に到着し、いつも
の茶店でカキ氷を食べると汗がひいていく。生駒山にはイノシシがよく出没するらしいとのこと。昨
日も見かけたという話を聞いた。

9月24日(木)
 秋になり果物が美味しい季節になった。小阪駅前に散歩した帰りに美味しいそうな梨を買って
帰る。鳩山首相は国連会合に参加し各首脳たちと会談を重ねている。その中、東アジア共同体
構想を述べている。地勢的、歴史、文化など共通するものが多いので相互理解するように努め、
EU共同体を将来像として共同繁栄の夢を持ちたいものだ。狭い東アジアの中でいつまでも足の
引っ張り合いをしているときでもないだろう。

9月23日(水)
 若江の”忠霊塔”へお参りして岩田墓地を訪れ墓参りをする。天気はよかったが蒸し暑い気候
だった。夕方になり記念本の校正の件で玉串と六万寺の知人宅を訪問した。
昨夜は初めてテレビのドラマ白洲次郎を見たが、彼の人気に理解できないところがある。若い頃
から大富豪の家で育ち戦前、英国に遊学し貴族生活になじみ、ノーブレスオブライジ(貴族の義
務)を学んだらしいが、貴族は責任感から戦場では先頭に立ったので英国貴族の戦死率は高か
った。白洲はこれに反して知り合いに手を回し兵役を逃れたらしい。その間多くの日本兵士は南
洋を始め悲惨な戦場で餓死して戦没。彼は優雅な田舎暮らしをしていた。

9月22日(火)
 市民会館へ行き記念本『河内文化のおもちゃ箱』の校正を編集委員会する。貴重な各原稿が揃
い、いよいよ立派な本になっており刊行が楽しみだ。私自身が、この本を読んで河内について歴
史、文化などを勉強していきたい。

9月21日(月)
 まち・むら文化研究会で俊徳道を長瀬駅から四天王寺までウォーキングする。中世の俊徳丸が
高安から四天王寺に通った道を古地図をたどって歩いたが途中で道がなくなっており探しながら
目的地に到着したときはホッとした。今日は秋の彼岸日で四天王寺の境内は参詣人であふれて
いた。

9月20日(日)
 今日は河内の郷土文化サークルセンターのバス旅行で松阪方面へ向かう。80人の参加者があ
りバス2台となり松阪城、本居宣長旧宅、町探訪など多彩な場所を訪問する。高速道路を1000円
にしているので道路渋滞が起こっていたが幸い天気の中、無事に予定時間内に帰れたのがよか
った。役員一同、事務局の大学の担当者がホッとしたのが本音だろう。

9月19日(土)
 英会話サークルに参加するため市民会館へ行く。今日は新顔として従兄弟が参加していたので
若い時の中近東の旅行体験を聴く。かなり冒険をしたようだ。東アジア旅行もしているので話題が
広がり時間が早く過ぎていく。その後、河内郷土文化サークルの記念事業準備やバス旅行の準
備をする。記念本『河内文化のおもちゃ箱』の初稿が東京から届く。

9月18日(金)
 大峰山を登るたびに思うことがある。そのひとつは山の杉、いわゆる吉野杉、何本ものが伐採
されたまま山中に放置され朽ちるにまかされている。運び出しすると赤字になるという。もったいな
いことだ。今日は文化サークルセンターのバス旅行を前にして準備のため大学へ行く。その後、
花園の美術センターへ行き知人が出展している絵画展を観賞する。

9月17日(木)
 友人と大峰山を登る。霊山と言われるこの場所はいつでも荘厳な感じで、天候も良く頂上での見
晴らしは表現のしようがないほど壮大で美しいものだ。今回は大峰山寺からさらに足をのばして
小笹の宿まで訪れた。泊った宿坊は頂上にあるため夜間は寒くて毛布を何枚も重ねて眠った。

9月15日(火)
 昨夜はよく眠られず今日は一日体が重く感じてしょうがなかった。涼しくなって外出する際には
上着に半袖では寒く感じるのではないかなと考えるほどになった。夕方に河内の郷土文化サーク
ル記念事業の打ち合わせに大阪商業大学へ出かけた。

9月14日(月)
 永和の市民会館へ部屋使用の手続きに行く。『河内文化のおもちゃ箱』の原稿の校正を連休の
間にしなければならないので市民会館ですることになる。夕方から河内木綿畑へ行き、水やりを
する。そしていくらかの綿花を収穫し袋に入れておく。

9月13日(日)
 散歩を兼ねて夕食に伊古奈のお好み焼きを食べに行く。焼き上がったお好み焼きに名物の泥
ソースをかけて食べるのが美味しい。その後に玉造駅近くの勾玉食堂を訪ね演芸を楽しむ。ここ
に初めて入ったがユニークなところで食事とショウと楽しめる。今日は知人の“おまけ家九三”さん
の落語一席を味わった。

9月12日(土)
 地元の自治会のバス旅行で岡山の閑谷学校と湯迫温泉へ向かう。あいにくの雨天ではあった
が初めて訪ねた場所だけに新鮮なものだった。バスの中偶然に隣席に座った方とは初対面だっ
たが趣味の話や経験など大変興味あることを話していただいた。

9月11日(金)
 ひんやりと涼しい朝になった。厳しい暑さから秋に移る感じがいい。四季があるのは変化があっ
ていいものだ。政治の世界でも変化し、国民の気持ちも切り替わり、前向きになればいいのだろ
う。河内木綿畑まで往復し、綿花の育ちぶりを見る。いよいよ収穫の時期を迎える。久し振りに小
学校同窓会の開催通知が届く。幼馴染たちは元気にしているのだろうか。

9月10日(木)
 友人が心斎橋筋で絵画展を開催しているので訪れた。この展示会は毎年この時期に開かれて
おりMUGENの会というが、この出品者には知人が多い。会場に来るまでに通りかかった道頓堀
では“水都祭”が行われている。文字通り水の都の大阪は数多い川をもっと大事にして水質を高
めねばと思う。

9月9日(水)
 東大阪市に年間何人の観光客があるのか市の担当課に電話して尋ねてみた。担当者は約15
0万人ですと答えた。それではこの経済波及効果はいくら見積もっているかと聞くと計算していな
いという。仮に一人が市内で5000円の消費すると75億円になる。観光係もないという。いった
い市の将来をどうしょうとしているのだろうか。

9月8日(火)
 天気もいいので暗峠に登る。上に行くほど大気の温度が下がっていくのが体感できるのが心地
いい。時間的に遅く登ったので、いつも峠の茶店で出会うK氏が下って来た。この人は平均週に
二度ほど峠かよいをしている。峠の棚田には稲穂が黄金色になっていて時々雀追いのパーンと
言う爆音にはおどかされる。

9月7日(月)
 河内の郷土文化サークルセンターの文化誌「あしたづ」が大阪商業大学の倉庫に保管されてい
る。今日は役員が倉庫に入り創刊号から3号までセットして袋詰めして、秋の文化シーズンを控え
て積極的に販売していく計画をしている。また4号から11号まで保管しているので多くの人に読ん
でいただく機会を作っていきたいものだ。

9月6日(日)
 河内木綿畑の清掃日だったので“中環の森”へ出かける。周辺のゴミ、缶を集め、きれいにして
綿花の収穫もする。本格的な秋に入り何かと行事も増えてくるが体を動かし、土地の実りを手に
するときは喜びになる。帰途に喫茶店に入りモーニングサービスを取り新聞を読みリラックスして
家に到着する。

9月5日(土)
 友人の母親が亡くなったので葬儀に参列する。家族葬に近い親族中心の葬儀だったが心こもっ
たものがこちらに伝わってきた。故人は90歳を超えた大往生だった。午後になって暗峠に登り、
峠の茶店でアイスコーヒーを注文して一息をつく。ここの人と話をして”峠の生活”ぶりを尋ねると
記録を取っておきたいほどの貴重な事柄が多い。

9月4日(金)
 葬儀に参列するため五位堂へ行く。広大な丘陵が住宅地に変貌していてゆったりした住宅が建
ち並ぶ。故人はたくさんの、ひ孫にも見送られさぞ満足だったろうと思う。帰途に従兄弟の車に便
乗させてもらい大阪に戻る。自宅に戻り、しばらくして友人から別の友人の親が亡くなり明日、葬
式の電話あり。

9月3日(木)
 朝から伯母の訃報が入る。奈良へお通夜に出かけた。叔母は94歳という天寿を全うしたので僧
侶から寿のついた院号をもらった。久し振りに従兄弟たちと会い会話が弾んだ。これも亡くなった
叔母が引き合わせてくれたのだろう。

9月2日(水)
 朝顔が毎日、美しい花を咲かせて楽しませてくれる。種をまいて2カ月になり開花して相当な期
間になるが毎日、色鮮やかに和やかに庭に咲いている。大リーグのイチローが足の故障から久し
振りに復帰し2本のヒット。この調子だと今年も200本安打は達成してくれるものと期待している。

9月1日(火)
 国民の意思で総理大臣さへ替えさせることを今度の選挙で、はっきりと示された。選ぶ国民がし
っかりと見極めれば国がしっかりし各自の生活が安定するだろう。ネットで韓国の新聞や中国の
新聞を見ると連日、日本の民主党の動きを掲載している。アジアや世界にも大きな影響を与える
のだろう。

8月31日(月)
 90歳を超えた叔母が入院しているので泉北まで行き、見舞う。かなり体力は弱っているが私を
何とか認識してくれたようだが、あまり話しかけると疲れるようなので長居はしなかった。夜になっ
て生駒であった暗越え奈良街道サミットの打ち合わせの会議に出席した。

8月30日(日)
 今日は少し暑かったが、久し振りに暗峠を越えて生駒駅まで歩く。駅前の商店街では盆踊り大
会が開かれ賑やかなり。商店街で偶然にも懐かしい知人と出会う。挨拶を交せて久し振りにお話
をする。会えて本当によかった。夜になって総選挙の結果が続々と判明してきた。まさしく日本の
政治は地殻変動的に変わろうとしている。地域と日本が正しい方向にすすんでもらいたい。

8月29日(土)
 河内の郷土文化サークルの役員会に出席する。創立記念事業が近づいてきたのでチラシ・ポス
ターなど準備することが多い。夜になって自治会の役員会に出席して秋の総会など討議する。総
選挙候補者の選挙運動も今日までということで選挙カーからの呼びかけに一層の熱がこもってい
た。

8月28日(金)
 蒸し暑い日がぶり返したような天候だった。小阪駅前の書店へ注文していた本が入ったとの連
絡が入ったので書店へ出かける。本の購入はネットでもできるがやはり地元の書店で注文してい
きたいものだ。町に書店があるのは文化への関心が高まることだと思うので大事にしていきた
い。

8月27日(木)
  “中環の森”の河内木綿畑へ水やりに行く。いつも歩いて行くことが多いが往復で6キロメート
ルほどだが「身口意」シンクイ、体、息、気持に歩きながら三つのリズムを歩きながら調和させる
のは気持ちがいい。仏教では大昔から“歩き”に力を入れている。大事な修業の一つに当たる。

8月26日(水)
 中国の新華社新聞は、日本の次期首相を予期してか鳩山由紀夫夫人を取り上げている。夫人
は上海生まれと報道している。いわゆるファーストレディを早々話題にしたいのだろうが果たして
結果はどうだろうか。今日は期日前投票を済ましたが会場を訪れて投票者であふれていたのに
は驚いた。このような状況は初めての光景だった。

8月25日(火)
 久し振りに爽やかな天気となる。頬に当たる風が気持ちいい。
本『慈雲尊者 人と芸術』三浦康広著のなか、尊者の書 “人は小天地なり 春夏の運行す”を見
つめていると書かれた時の尊者の息遣いまでも感じて有難いものだ。天地・宇宙に限界がないよ
うに人にも限界がない。

8月24日(月)
 我家の小さな庭の垣根や植木の枝が空に向かって、元気よく伸びる。“高枝”を持ち出してチョ
キチョキと小枝を落として木の形を整える。小一時間ほどすると顔から汗が噴き出してくる。植木
の手入れを終え、少し休憩してから知人のお宅を訪問する。知人とは同世代なので話をしていて
も懐かしいこと多し。処暑も過ぎ秋の感深き日なり。

8月23日(日)
 “中環の森”へ行き、河内木綿畑の周囲の石を取り除く。これら石が鍬の刃を欠けさせるので除
去したいと以前から願っていた。石数が多いのでとても一日では終わらない。日数をかけて根気
よくして行こう。土を耕すことで根気や努力の大事さを感じる。飛躍するようだが日本で農業や林
業がもっと衰退するということになれば、それは政治の衰退を意味するだろう。

8月22日(土)
 暑気払いするため鶴橋へ行って焼き肉を食べる。以前は店内での焼き肉の匂いが洋服にしみ
込んだが換気がよくなったので匂いが気にならない。その後、難波へ行くとテレビカメラも入り、人
だかりしている。何かと思えば超ビッグな人物が宣伝カーで演説に訪れるという。暑い中、人ごみ
はかなわないのでその場を早々に退散する。
 
8月21日(金)
 新インフルエンザが広まり、中には死亡する人も増えてきた。感染しないように注意しなければ
ならないが重症化を防ぐため、体が疲労しないように無理することをできるだけ避けよう。この蒸
し暑い中どうしても疲れがたまってくる。精神的な疲労、ストレスがたまることも体を痛めることに
つながるので気分転換も大事だろう。

8月20日(木)
 韓国の民主化運動の功労者、金大中元大統領が亡くなった。韓国では戦後第2番目の国葬と
なる。南北交流にも寄与しノーベル平和賞も授与された。この陰に長男が20年前に受けた政府
筋から拷問による後遺症のため車椅子と介助が欠かせない身体になっている。父親の反体制運
動に対する息子への仕打ちに、冷酷な現実に同情を禁じ得ない。

8月19日(水)
 朝から会議があると思って出掛けたが、午後の間違いだったので長瀬川の水辺で本を読んで
時間を過ごす。昼食時に知り合いがカレー店をしているので入ってあいさつを交わす。家に帰ると
知人からカツオのタタキが送られてきたので賞味する。久し振りに高知の味を楽しむ。夜になって
も温度が下がらず家中にむっと暑さがこもっているような感じで不快なり。
  赤とんぼ つがいになりて 長瀬川

8月18日(火)
 今日は総選挙立候補者の公示があった。日本列島に選挙運動の渦が巻き起こる。炎熱下大変
だろうが今月末まで大勝負がくり広あげられる。昼過ぎに散髪しようと思い、暑い中いつもの理容
所へ歩いて行ったが盆明けの休みだった。汗が顔から噴き出していたので近くのファミリーレスト
ランへ入り一息をつく。

8月17日(月)
 報道によると日本のGDP(総生産額)は前年比で伸びているらしい。しかし生活している周りを
見るとまだまだ不況の感が強い。国家として経済発展を含めた戦略が必要と思われる。夜になり
市民会館へ行き衆議院議員立候補予定者の討論会を聴いた。大勢の聴衆が聴き入っていたが
日本の政治を誰に託したらいいのか真剣な顔つきだった。

8月16日(日)
 夕方になり伊古奈へお好み焼きを食べに行く。ここの壁に“伊古奈の流儀は自分流です”と書
かれた張り紙がある。すなわち器に入れられた粉と具を自分で混ぜて焼けた鉄板の上に自分流
で焼いて食べる。その日その日によって焼きあがる形は変わることが多いが、出来上がった味は
同じように美味しい。司馬遼太郎のお気に入りの店であり、有名画家の作品が何点も店内に展示
され贅沢な気分にさせてくれる。

8月15日(土)
 今朝はお盆で戦死した父が祀られている“忠霊塔”へお参りする。戦後64年になりお参りする
人も高齢化して少なくなってきた。戦死者の“遺児達”もすでに高齢者になっている。太平洋戦争
があったことすらも知らない若い人が増えているという

8月14日(金)
 敗戦日が近づくと中国湖南省で戦死した父をさらに胸に偲ぶこと多し。故郷に残した両親、妻、
子供達を心中、気遣いながら命を落とした。今生きている人は沢山の犠牲の上に成り立ってい
る。太平洋戦争で日本人310万人が亡くなったという。巻き込まれたアジア人を含むと何人にな
るのだろうか。

8月13日(木)
 墓参りのため岩田墓地に行く。ここは奈良時代に行基菩薩が開いた河内の七墓の一つと言わ
れている。先日の11日には恒例の墓市が催された。この墓市は千何百年前から開かれている大
切な伝統行事で土地の人の体内に染みついているほどだ。夕方から“中環の森”の河内木綿畑
に行き、水やりと草刈りをする。木綿の木に花が咲き、朔がつきだしている。この月末には道路
協会から河内木綿・コットンクラブは清掃と管理で優秀だと判定され表彰される予定。

8月12日(水)
 長く住んでいるとその土地が好きになる。“住めば都”という訳だがその土地、土地の歴史と文
化がある。土地には魅力的な人々がいる。色んな人と出会い土地のことを知って行きたいもの
だ。午後から知人宅を訪問し時間を過ごし、夕方から元職場の人たちと会って談笑する。楽しい
時間なり。

8月11日(火)
 大雨、台風と心配していたら早朝には地震も発生し驚いている。自然の猛威の前に人はなすす
べがないと昔から言われているが本当に実感する。友人と落ち合い喫茶店でモーニングサービス
を楽しむ。お盆シーズンなので孫を連れて子らが帰郷しているらしい。賑やかなひと時で話題も多
いだろう。

8月10日(月)
 これだけ雨が降り続けるとうんざりする。台風の影響もあり洪水の被害にあっている人達は生
命に及ぼし深刻になった。先日訪れた安土町は山に面していないので山崩れの心配はないと思
うが洪水はどうだろうか。日頃は川や琵琶湖で採れる豊富な魚で、伝統的な、なれ寿司をつくり売
られている。一度食べるとまた食べたくなる郷愁を呼ぶ味がした。紀州の湯浅町を訪れ、さんざん
サンマの熟れ寿司を求めたが得られなかった残念さを思うと近江の国は豊かな食生活と自然が
残っている。また近日中に訪れたくなるところだ。

8月9日(日)
 学校時代の友人たちと上本町で落ち合って食事をする。和歌山からも参加してくれて何かと話
題が広がり談笑して楽しむ。雨が降っていたが上町台地の高津神社を参拝し千日前まで散策。

8月8日(土)
 午前中は地元の“夏のゆうべ”の開催準備のため小学校の校庭に集まる。36度を超える炎天
下の作業に相当な疲労を感じた。午後から英会話サークルに出席する。さえない頭に暑さによる
疲労が加わり学習に苦労した。夏のゆうべのボランティア参加で夜遅くまで汗を流したが集まって
きた子供や住人の人たちは大いに楽しんでおられたので良かった。

8月7日(金)
 地方に行くと田畑が荒れ、山が荒廃している姿を見てどうにかならないかと思う。農業や林業が
盛んになり日本が本当に豊かな国になろう。本当の政治家が何人いるのだろうか。夜になって大
阪商業大学の公開講座に参加する。文化とまちづくりの取り組みが盛んになっているのは喜ばし
い。

8月6日(木)
 久し振りに大型の花火大会を見た気がする。滋賀の長浜へ行き花火を楽しんだ。この不景気
の中でも長浜では地元で募金をし、およそ50万人の見物人を集め盛大に催したので大したものな
り。翌日は安土城を見学する。織田信長が全国統一して初めて造った本格的な城だけに大掛か
りなり。

8月4日(火)
 朝から河内の郷土文化サークルセンターの理事会に出席する。創立25周年事業取り組みの一
つである書籍『河内文化のおもちゃ箱』発刊に向けて順調に進んでいることは有難い。会所属の
サークルと大学の支援のおかげと感謝する。夕方になり友人たちと会い談笑する。

8月3日(月)
 長栄寺の中興の祖、慈雲尊者に関する本を20年ほど前に購入していて読んでいなかったが数
日前から読み出し深く感銘を受けた。サンスクリット語を勉強し仏教を学び、サンスクリット語の百
科事典を完成。今から遡ること約230年前のことで日本よりその功績の評価はフランスのほうが
高いとか。今日は尊者が15年間にわたり隠棲し学んだ長尾の滝を訪れた。このような山中の小
さな庵(双龍庵)で研究し修業した師を偲ぶ。隠棲の庵は今は長栄寺に移設され大阪府の文化財
として保存されている。

8月2日(日)
 河内木綿に支えを取り付け、草取りや掃除をする日だったが午前中の悪天候により延期になっ
た。すぐ天候は回復したようだが梅雨明けが近いようだ。近所を散歩していると川にはコイが泳ぎ
野鴨が飛来し、シラサギも見かけるようになった。川の汚染や農薬使用が大分おさまってきたの
で昔の自然界に戻りつつあるようだ。あの高度成長期に比較して現状はいい面もあるので決して
悲観ばかりすることもない。

8月1日(土)
 今日は八朔といって旧暦では河内木綿に花がつく大切な日になる
インターネットで韓国のテレビを見ていると日本の財政状態は大変に悪化し国の借金が深刻だと
グラフで説明し、韓国もこうならないよう注意を促せていた。国内では総選挙を前にしてマニフェス
トの中、各党上げて予算のばらまき競争をしているので大いに心配している。国会議員たる者は
率先してせめて今のグリーン車無料パスの特権を返上して国難にあたっても罰は当たらないだろ
うと思う。

7月31日(金)
 自治会の早朝ラジオ体操は今日で最終日を迎えるので参加した。最終は皆で公園を掃除をす
るため6時集まりだったが、その時間を知らなかったので間に合わずに体操だけ参加した。生野
区を歩いていると市の広報板に日本語教室の作品が貼ってあり、オモニたちの字を知ることの喜
びが書かれていた。書けて普通ではなく、学ぶことで書くことができる喜びの原点を見つけたよう
な気になり、しばらく広報板を見つめていた。蒸し暑くて今にも大雨が降りそうで降らない。

7月30日(木)
 運動も兼ねて八戸ノ里から瓢箪山の郷土博物館まで徒歩で行く。郷土博物館では「銭」の特別
展が開催されている。ここに来ると得るもの多し。天気も良く上から見る大阪の見晴らしも素晴ら
しい。夜になって大阪商業大学の文化の講座を受けて勉強になった。

7月29日日(水)
 自治会による早朝のラジオ体操が始まり最終が近付いてきた。朝に弱いが今朝は当番になっ
ていたので賞品を箱に詰めて会場に出かけた。毎回参加者は子供が中心だが高齢者も多く80人
前後でこの夏季の体操は数十年続いている伝統行事だ。その後、会議に出席し来る理事会に備
える。

7月28日(火)
 関西フィルハーモニー管弦楽団によるコンサートが大阪産業大学において開催されたので訪れ
た。ホールは音響効果もよく素晴らしい音楽会だった。ここの場所は東には生駒山系が控えてお
り環境も素晴らしい。帰途に日下リージョンセンターの前を通ったが谷崎潤一郎ゆかりの灯篭や
つくばいがはっきりと見えるように植込みがとられており、説明の石碑が読みやすくなってよかっ
た。地元の方が地域の文化振興に努力されている。

7月27日(月)
 ひとしきり雨が降り蒸し暑さは大分ましになった。村上春樹の小説があまり有名なので一度読ん
でみようと思い文庫になっている相当以前の著『中国行きのスロウ・ボート』を読んでいる。しゃれ
た文体には感心される。夕方になりある女性経営者にお会いして河内の郷土文化サークルセン
ター記念事業へのご協力に感謝の意を表す。大変有難く思う。

7月26日(日)
 朝からホームページの絵を入れ替えると何故かレイアウトの位置がずれてしまった。修正しょう
としたがなかなか上手くいかず思わぬ時間がかかってしまう。夕方から外食のため駅前に行く。
丁度パソコン操作の疲れをとるのによかった。機器の発達により便利になったが一方不便も生じ
ている。

7月25日(土)
 河内の郷土文化サークルセンターの役員会に出席する。当会の創立25周年記念事業などで協
議を重ねる。なかなか大変な面もあるが努力すれば確実に前に進んでいるのがうれしい。今日は
小阪駅前で大掛かりなジャズが演奏され唄が歌われ、楽しい街になっていた。

7月24日(金)
 大雨が降り続くと、いつも山に近いところでは土砂崩れなどの被害が続出する悲劇が起こる。
山国ともいえる日本の宿命といつまでも言っておれないのではないか。心配しながら生活されて
いる方が多いと思われるので何とかならないものかと気になる。小阪、八戸の里辺りも数十年前
は浸水被害がよく出たものだが下水道の普及などで大幅改善されて助かっている。

7月23日(木)
 昨日の日食は曇りのため見られなかったが、一時的に周りが暗くなったときに蝉が一斉に鳴り
止み日食が終わると再び鳴き始めた。一時的に薄暗くなったことで自然界の営みが混乱したよう
だ。和歌山の加太や友が島を訪れたが幕末の砲台跡や日露戦争時からの砲台跡など戦争遺跡
が歴然と残っている姿に歴史の移り変わりを感じさせられた。

7月21日(火)
 国会ではいよいよ解散になり、大雨が降り各地に災害が発生し、明日は皆既日食とメディアは
大忙しの様相なり。被災された方には大変気の毒で山崩れ等災害がなくならないのが日本の現
実のようだ。政治を司る人は自分の選挙の行く末に必死のようだが当選した後の重責を考えると
喜んでばかりではおられないのが当たり前だが、現実はどうだろうか。

7月20日(月)
 昨日の講演の中で“まっか”という果物の話が出た。この果物は今では店頭に出ていない昔懐
かしい近郊農家の産物で当時の人々に常食されていたがメロンに取って代わられた。その土地
その土地のことを知っている語り部は説得力があり貴重な存在だと思う。まずくてもいいから自分
の言葉と思いで語ることの大切さを教えてくれている。

7月19日(日)
 四条畷で行われる歴史講座に参加するため鴻池新田駅に向かいJR学園都市線に乗る。今日
の講演内容は河内の馬飼や渡来人に関することで興味深いものなり。四条畷まで来ると生駒山
系は極端に低くなり、日頃見なれた生駒山が様変わりしているので新鮮な気分になる。京都まで
身近になることも感じた。

7月18日(土)
 文化サークルセンターの記念事業記念本編集会に出席する。今年の11月の出版に向けて起伏
はあるが出来上がりつつある。今後、文章の校正作業が入ってくることになる。午後から東大阪
市の中小企業について講演とパネルディスカッションが蒼天で開かれたので拝聴した。河内木綿
と地場産業の関連はいつ聴いても興味がつのる。

7月17日(金)
 知人に連絡とって会って文化サークルセンター記念事業について協力を呼びかけた。この人は
多忙の方だが、良く理解していただきホッとしている。彼女は今、東大阪のため新しい事業に向
かって奔走中だ。

7月16日(木)
 久しぶりにロスアンジェルスからメールが入った。彼は日系アメリカ人だがロスへ行った折に観
光ガイドしていただいた。もう6年にもなるが交信が続く。今は病気のため治療中だが回復してもら
いたいと心から願っている。彼には貴重なことを多く教えていただいたものだ。

7月15日(水)
 朝になるとすぐに朝顔の花を見に行く。やはり鮮やかな大輪の花が咲いている。気持がよくな
る。今日も暑い日だったが家の外に出ると日差しは厳しいが風が吹いていてさわやかなものあ
り。夏も良し、冬も良しだなぁと思う。今年になって初めて白桃を味わう。やはり夏の味なり。

7月14日(火)
 昨年に開通したJR大阪東線に乗り梅田に向かう。今までは近鉄線で鶴橋駅乗り換えで梅田へ
行っていたが新線を利用すると便利で運賃は半額近くにも安くなる。これから大阪市内に向かう
際は大いに利用していきたいものだ。帰途に永和駅から自宅までスロージョッギングで帰ってきた
が急がずゆっくりと走ると体にはそんなに負担にはならないようだ。

7月13日(月)
 東京都の都議選では歴史的な与党の敗退となった。都と国政とは確かに違うが野党の党首の
ミスを鬼の首を取ったように騒ぐ首相の側近たちはどうかしている。大臣たちのまぎらわしい献金
問題を棚に上げて騒ぐことよりも今すべきことは多いだろう。

7月12日(日)
 去年の朝顔から種を取り、先月末に鉢に播いたら美しい花が咲いた。このごろ朝起きたら真っ
先に朝顔の花を見るようになった。鮮やかな大輪の花を見つめていると自然の恵みを感じる。午
後になって駅前の喫茶店に行くと暑さのためかお客の入りはよくなかった。

7月11日(土)
 定例の英会話サークルの会に出席する。今日は会話の合間に出されたお菓子をつまみながら
勉強は進められた。勉強といっても会話がほとんどなので楽しく時間が過ぎていく。英字新聞を翻
訳しするときは、やはり緊張する。夜になって自治会の役員会に出席。夏の行事、秋の行事など
討議すること多し。

7月10日(金)
 文化サークルセンターの文化誌「あしたづ」の編集委員会に参加する。今年度は『河内人物語』
を特集号として取り組むことが確認された。蒸し暑い日だったので家におると体に汗がにじんでく
る。風邪をひいたのか頭痛がする。就寝中の冷房が影響しているのだろうか。

7月9日(木)
 この日は河内木綿の水やりの当番なので中環の森へ出かける。水を遣り雑草を鍬で刈ったが
鍬の刃を見ると欠けて刈りにくくなっている。やすりをかけて刃を磨く。土の中に混じっている石が
刃を欠いたのだろう。草刈りを一時間もすると汗まみれになり疲労が重なってくる。しかし一定の
作業も終わってきれいになっていく畑を見るのは喜びだ。長年ゃっていたデスクワークでは見られ
なかったことだろう。

7月8日(水)
 暑いときに熱いカレーうどんを食べたくなって昼前に外出した。この店では塩コンブとネギは食
べ放題なので豊かな気分になる。食後に小阪駅前に行ってコーヒーを飲み布施まで買い物に行
く。梅雨の時期、街中を歩いていると蒸し風呂に入っているように顔から汗が噴き出る。今朝は友
人がわざわざ文化サークルの記念事業協賛金を届けてくれたので大変有難く思う。

7月7日(火)
 昨夜は会議後にメンバーと飲食したためか市民会館にうっかり自転車を置いたまま自宅に歩い
て帰ってしまった。今朝は自転車を取りに永和まで向かう。一夜明けて自転車の姿を見てほっと
する。蒸し暑いなぁと思っていたら雨が降り出したので途中で雨宿りする。中国のウイグル自治区
で暴動が起こっている。上海に行った折、目の前で少数民族の人たちを圧迫している光景に何回
か出あったのでやはりそうかと思っている。中国は幾つかの少数民族自治区を植民地化してい
る。

7月6日(月)
 最近は政治についても変化を求めている人が増えているようだ。常に動いている社会で変わり
映えしないのはどこか。それだけに政治家の責任はさらに重たいものだが、どれだけ自覚して努
力をしているのだろうか。夜になって奈良街道サミット会議に参加するため市民会館へ出かけ
た。

7月5日(日)
 中環の森へ河内木綿コットンクラブの定期行事の清掃と草取りに出かける。今日は参加者が少
なかったので汗ずくになって周りをきれいにした。近くで昼食をとって住道の「平野屋新田会所を
考える会」の学習会に参加。河内のキリシタンと平野屋について学ぶ。

7月4日(土)
 昼過ぎ家を出て、くらがり越えて尼ヶ辻駅まで歩く。日和は少し暑い程度だったが快晴なり。い
つものように峠の茶屋で一服して道中で4枚スケッチをする。矢田丘陵前で足湯を楽しむ。尼ヶ辻
に着いたときは陽がすっかりと落ちていた。駅前のスーパで弁当と缶ビールを購入して夜食とす
る。〆て350円なり。年金生活者には助かるが安いものだと思う。
 うぐいすや 異国の人も 足湯かな 
 

7月3日(金)
 30数年前に亡くなった今東光がいま『今東光を語る会』により、私の胸の中に大きく甦ってい
る。八尾市に24年にわたり居住し全国に大きな影響を与えた作家である。『語る会』は作家の業
績を丹念に調べ上げ『今東光の横顔』という書籍にして河内との関わりを取り上げた功績に拍手
を送るとともに今後の活動に期待していきたいものだ。

7月2日(木)
 友人と駅前の喫茶店のモーニングコーヒーを楽しむ。ここの店のコーヒーとトーストは美味しい。
心地よい時間が流れていく。昨日の薬師寺のスケッチで構図が気に入らないので基本的に手直
しを施す。夜になって市民会館へ行きお伊勢参りの古文書を読む会に参加した。まだまだ本格的
な古文書まではいかないが指導者に教わりながら勉強していきたいものだ。

7月1日(水)
 薬師寺を訪れたくなって西の京へ向かう。天気予報では大雨が降るとのことだったが快晴に近
いよき天気なり。薬師寺の三重塔は素晴らしく薬師三尊像はいつ拝観しても美しいお姿を見せて
いただく。関東方面から中学生たちが修学旅行でここを訪れていた。新インフルエンザのため暑
い時期にずれたようだ。そのためか学生たちは暑さにいささかまいっている感じがした。

6月30日(火)
 定期診療でかかりつけの医院を訪れる。日頃できるだけ運動をしているつもりだが、それでも栄
養の取りすぎになっている。いわゆるメタボリックに陥っている。河内の郷土文化サークルセンタ
ー創立記念事業の取り組みで高校の同級生に協力を求めて事務所を訪問した。幸い広告を載せ
ていただけることになり感謝する。

6月29日(月)
 所要があって、知り合いの事務所を訪れた。久しぶりに自転車に乗り生駒山に向かい走った。
生駒山が近付いてくると大阪は生駒山に抱かれていることを感じる。用件も終わり近くのリージョ
ンセンター前の文化財が残念なことに植え込みのため十分に生かされていないのが大変気にか
かる。何とかならぬかと思っていると地元の知人に偶然にお会いし相談するとすぐに改善を図る
とおしゃっていただく。ことの早さに驚くとともに嬉しくなった。

6月28日(日)
 東住吉区の区民ホールへ地元の歴史に関する講演を聴きに行った。このホールに行ったのも
初めてなら地元の歴史講演を聴くのも初めてだったが大変勉強になった。これも東住吉区に在住
の知人から連絡があったので出向いた。会場は400人を超える参加者で満室状態だった。講演
後は知人らと歴史について喫茶店で語り合う。

6月27日(土)
 サークルセンターの役員会に出かける。午後から城東サロンがあり昔懐かしい無声映画を観賞
する。弁士が語るフィルムは貴重な文化になっている。説明いただいた伊ケ崎先生には感謝申し
上げたい。夜になり自治会の役員会に出席する。夏休みが近付いてきたので恒例のラジオ体操
やバスツアーなどの行事が目白押しになっている。

6月26日(金)
 内閣は解散をいつにするかとメディアは連日うるさいほど騒いでいる。今の政治家は解散時期
を弄んでいるようだが、厳しい状況で生きている国民はこれに付き合っているヒマはないだろう。
特権階級になった政治家はもう少しシッカリしてほしいものだ。夜になってテレビにコンクリートの
打ちっ放し建築物で有名になったA氏が大きな顔をして出ているので見るのが嫌になって他チャ
ンネルに変えた。

6月25日(木)
 布施駅前にお住まいの知人に電話して駅前の喫茶店でお会いする。この方は今年で米寿を迎
えられるが韓国語や英語の勉強そしてボランティア活動と活発に動いておられる。このあと河内
木綿が植わっている“中環の森”へ行き、草取りに時間をかけてする。
  汗ぬぐい ビールでうるおす 浮世かな

6月24日(水)
 吉野郡黒滝村へ行く。雨を心配していたが快晴とはいかなかったが雨に合わなくて良かった。
宿泊所は黒滝村が運営する”森の交流館”。木造でなかなか快適なところなり。夜になって近くの
川へホタルを見に出かけた。ホタルが目の前で雄然と飛び幽玄な世界を見せてくれた。宿ではホ
オバで料理を出したりアマゴなど土地で採れるものが食膳に上り楽しませてくれた。
黒滝の 村人と見る ホタルかな

6月22日(月)
 久しぶりに吉田に住む友人に電話して会うと自家製の野菜をたっぷりとくれた。当方は野菜を
好んで食べるほうなのでうれしいものだ。サークルセンター記念事業への協力依頼もしたが何か
と支援してくれるので助かっている。梅雨時らしく終日むし暑い日なり。

6月21日(日)
 日中、暑い日は夜は寝苦しい日が多い。最近はこのようなことで睡眠が浅くなっている。午前中
パジャマのままテレビを見ているとチャイムが鳴り応答すると近所の人が自家製の野菜を届けて
くださった。このような場合あわてて普段着に着替えて玄関に出ることになる。立派なキュウリと茄
子でおいしそうだ。家では半月ほど前に泥つきラッキョから漬けたラッキョがいい味に瓶の中で仕
上がっている。

6月20日(土)
 サークルセンター記念事業のイベント委員会へ出席する。今日は出席者が少なくて5人なり。会
議も終え昼食を同席して近所の食堂で済ます。帰宅してゆっくりとしてから知り合いを訪ね記念事
業への協力をお願いしたところ快く受けていただき嬉しい限りなり。今日の疲れもすーと取れる思
いがした。

6月19日(金)
 今日は今年で一番暑い日だった。暑い暑いと言っている中、何かと北朝鮮は過激な行動をとっ
ているようだ。いつも半島問題で評論家としてメディアに登場していた重村智計氏は最近は音なし
状態だ。どうしてかと調べると昨年夏に北朝鮮の金正日書記の死亡説を主張していたらしい。評
論家が自分のコメントを事実から大きく外したなら公から姿を消えるのは当然なことだ。有力政治
家が大きく情勢を間違って述べても責任を問われないのだから日本は、政治家にとって結構な国
と言えるだろう。

6月18日(木)
 昨日買ってきたハイビスカスが綺麗な花を咲かせていた。今は多くの花が楽しめる。先日に贈
られた胡蝶蘭は毎日のように目を楽しませてくれている。昼過ぎに友人と会ってコーヒーを飲みな
がら近況を話し合う。喫茶店を出て”中環の森”へ行き河内木綿に水を遣り、周辺の雑草を刈る。
日々暑くなっているので徐々に草刈りをしないとバテテしまうだろう。

6月17日(水)
 河内の郷土文化サークルセンター創立記念事業の取り組みで、役員が大阪商業大学の谷岡学
長にお会いして日頃の支援に対して謝意を表し、併せて大阪商業大学創立60周年のお祝いを
申し述べた。学長の終始、温かいお気持ちがこちらに伝わってきて感謝の念で胸がいっぱいにな
った。

6月16日(火)
 蒸し暑いが天気よし。サークルセンターの記念事業への協力依頼を知人に送り、先日お世話に
なったお家へお礼に行く。帰途に高校のグランドを通り過ぎるとき垣間見る課外活動の姿に半世
紀前の自分の姿を重ねてみる。甘酸っぱい感慨と恥ずかしい思いが交差する。

6月15日(月)
 友達と会ってモーニングコーヒーを楽しむ。いつも何かと応援していただき有難いことだと感謝
する。午後から河内木綿畑へ行き草取りをする。これから夏に向かって雑草とのたたかいになる
だろう。ひととおり刈り終えると汗で体がびっしょりとなり、上衣を着替え帰途につく。

6月14日(日)
 河内の郷土文化サークルセンター主催の文化見学会に参加する。今回はJRの信太山駅に集
合し弥生文化博物館を訪れ、遺跡や信太山丘陵を歩く。参加者は30名近くあったが新型インフ
ルエンザの発生がなければ今日への延期もなく人数も増えていたのに残念だったが仕方ない判
断だったと思う。

6月13日(土)
 英会話サークルに出席する。いつものように話題が多くて楽しく時間が過ぎる。夜になって河内
木綿コットンクラブの役員会へ出るため石切まで出かける。藍から木綿を染める技術も進み、品
質の高い木綿糸づくりも行われている。役員会の後、皆で近くの川のホタルを見物した。川の水
もきれいになり、このようにホタルが甦るのは素晴らしいことだ。

6月12日(金)
 天気も良いのでいつもより長く時間と距離をかけて散歩をする。徒歩を重ねてついに八戸の里
から日本橋までたどり着く。ここで買い物をして帰るが帰途は電車に頼って我が家に到着する。
東大阪市で外国人のために日本語をボランティアで教える日本語教室を開き12年にわたり活発
な活動されているNPOのHONKがある。このたび創立以来理事長を務めてこられた人が理事長
職を退かれ理事として活動される。本当にお疲れさまでした。

6月11日(木)
 昨夜のテレビ番組によるとスロージョッギングは健康にいいという。年齢は関係なく無理しない
で続けることが大事らしい。確かにやってみると達成感があり気持がいい。薬に頼ってばかりでは
良い効果が得られないこともあるようだ。

6月10日(水)
 パソコンは便利だが突然に調子が狂うことがあり。関連の会社に電話で問い合わせをしてもす
ぐにつながらないこと多い。根気よくパソコンに付き合う気がなければやっていけない。夕方にな
り暗越え奈良街道の会議のため市民会館へ向かう。

5月25日(月)
 現在のパソコンは購入して7年目になるので“老朽化”しているといえよう。フリーズすることが多
くなった。日本橋へ出かけて最新のパソコンを購入したが今までのデータをいれて始めるのがた
いへん。ゆっくりと切り替えていこうと思う。

5月24日(日)
 暗峠を登りたくなり昼過ぎから出かけた。日曜日とあり旧道には登り客多し。峠の手前でスケッ
チをしていると雷が鳴り出し雨がぱらついてきたので、仕上げも出来ずに峠の茶店に急いだ。コ
ーヒーを注文してスケッチの色付けをしていく。そうこうしている内に雨も上がり生駒駅に向って下
り途中のスリランカ料理のレストランのLucky Gardenに入り、セイロンティを味わいながらが店と
景色をスケッチ。ここのオーナーは気さくな人で話をして小阪中学卒業とわかり同窓生だというこ
とで親近感が湧く。また是非寄って見たい店なり。

5月23日(土)
 自治会の役員の一部交替があり歓送迎会が開かれた。気さくな方が多いので楽しく参加させて
もらっている。座が盛り上がって民謡も披露されて楽しさが増す。長年にわたり役員を務められて
お疲れ様でした。

5月22日(金)
 サークルセンター創立記念事業の取組みの件で大坂商業大学へ役員としてお願いに出かけ
た。日頃から大学にはお世話になっており、いつも応援を戴いている。帰途に薬局に寄り新インフ
ルエンザ防止のマスクを求めたが一人一パックに制限して売っていた。この薬局は売っているだ
け益しだろう。

5月21日(木)
 昨日から伊良湖岬の方面へ友人たちと旅行に出かけた。豊橋とかこの辺りまで来ると緑が多く
て落ち着いた街並みが見えてくる。南洋から椰子の実が流れ着くような雄大な海岸線が目の前に
現われる。

5月19日(火)
 朝顔の種をまき花の咲くのを待つ。昨年に収穫した種なので無事に咲いてくれるかどうか楽し
みだ。友人から電話が入り駅前の喫茶店でモーニングサービスを楽しむ。夜になって暗奈良街道
サミットの打ち合わせに出席する。会場は東成区であったので自転車で出かけた。

5月18日(月)
 所属している文化サークルセンターの25周年記念事業として記念本の刊行と併せて『河内人の
物語』の展示を試みている。今朝も其の一人について執筆してもらうため先輩に依頼文を郵送し
た。多くの人のお力を借りて河内の文化の振興が図れて行く。新インフルエンザが沈静していくこ
とを願っている。

5月17日(日)
 雨がしとしとと振り続ける。午後から昨日の理事会に欠席された方へ資料を配布していく。雨の
中を自転車で行ったので書類が濡れないように気をつけた。何とか家を探しながら届けられたの
で安堵する。

5月16日(土)
 河内の郷土文化サークルセンターの臨時理事会に出席する。創立25周年記念事業の取組み
が具体的に動いていくことになった。夕方から伊古奈へ行き食事をしてから隣の美術館で炭焼き
コーヒーを飲む。ここの店主の丁さんは詩人でこの度、新しい本『サラムの在りか』を刊行された
ので購入する。

5月15日(金)
 午前中は八戸ノ里にある戦没者合同慰霊塔の清掃に参加する。今日は初参加だったが会長は
元市議会議長の方だったので挨拶を交わす。会長は日頃から慰霊塔の維持に努めておられるの
でテキパキと清掃が進む。午後から河内の郷土文化サークルセンターの明日の会議に備えて書
類を調えていく。

5月14日(木)
 近所の解体工事の振動と騒音が今日も続く。避けるためもあって昼食は外でと出かける。戸外
は暑くもなく寒くもなくて快適なり。ここのカレーうどんが美味しい。この近くのプールから先日世界
新記録のスイマーが誕生した。彼のコーチはこの店を良く訪れるという。帰途に買物のため布施
に廻って帰る電車の中で、小学生が紛れ込んできたトンボを捕まえようとしたが、うまくいかず隣
のオジサンが捕まえて与えていた。
 電車に トンボ入りこむ 陽気かな

5月13日(水)
 眼の定期健診のため駅前の開業医院を訪れる。順調に回復していると医師から告げられ安堵
した。午後から樟蔭女子学園での会議に出席。帰途に知人とお茶を飲み談笑し、ゆっくりと時間
が流れる。

5月12日(火)
 快晴の日が続き、少し暑いがさわやかなり。散歩をしていても日陰に入ると、風が吹いており気
持ちがいい。民主党の小沢代表が辞職しメディアが一斉に報道しているが、政界の金権体質は
改めなければならない。与党が盛んに企業との癒着を批判しているが、それは与党にも深く汚染
しているのに他人事みたいに発言しているので可笑しくなる。

5月11日(月)
 真夏日の温度となった。家の垣根が伸びすぎたので植木バサミを持って刈り込みをする。風が
通るようにしておかないと害虫の発生を心配した。駅前まで散歩すると豆腐屋さんの店頭にトコロ
テンが売られていたので買って帰る。ここのは美味しいと評判の店なり。
 トコロテン 心太(こころぶと)かな これもよし

5月10日(日)
 市民ふれあい祭りで近畿大学留学生校友会と「留学生の屋台」を出店するため出かけた。幸い
にも快晴だったので祭り自体は盛況だった。留学生たちもパキスタンや東南アジア諸国や中国、
台湾、韓国の学生が生き生きと屋台で活動する姿に力強いものを感じた。午後になり疲労したの
で早い目に帰宅する。

5月9日(土)
 退職者会の総会に出席する。年に一度の総会だが久し振りにお会いする方が多くて懐かしい
し、それぞれ頑張って生活されているのが伝わってきて力強いものを感じる。この総会後に親睦
会が催され談笑する。これを終えて市民会館での英会話サークルに参加。いつものように興味を
引く話題が出されて会話が弾むなり。

5月8日(金)
 最近、口の不養生で体調を崩してしまった。適度に抑えることが大事なのに、それが出来ない
自分は進歩がしていない。今日も近所の解体工事が迷惑を及ぼしているので、いい機会として知
人が出展している天王寺美術館に出かけた。知人の絵画は見事な作品で人目を引いていた。

5月7日(木)
 終日雨なり。連休が明け近所の解体工事は続く。地震のような揺れが近所に起こしている。
散歩に駅前の喫茶店に傘をさして出かけた。今日は画をかく道具は何も持っていなかったが、カ
ウンターの上にきれいな石楠花があったので、メモ紙をもらって急いで描く。

5月5日(火)
 南生駒駅から友人達と暗峠へ登り生駒聖天さんにお参りをする。途中雨が降ったり止んだりし
たが何とか歩きとうせてよかった。

5月4日(月)
 上本町で学校時代の友人たちと会って談笑する。連休のはざ間での集まりなのでいつもより参
加者が少ない。食事の後で真田山の陸軍墓地と真田丸を訪れた。西南戦争からの兵士たちの霊
が祀られているが残念ながら荒れるに任せている感じなり。

5月3日(日)
 今日も天気よく風薫る候となる。午後から駅前まで散歩するが昔は長閑なところなり。当時の風
景をを浮かべながら足を進める。菓子屋の軒先を見ると粽や柏餅が並べてあるので端午の節句
を前にして購入する。
  川遊びせり昔 今セメント道 進歩の語 腑に落ちずまま 歩み進める

5月2日(土)
 河内の郷土文化サークルセンター記念事業の記念本の編集会に参加する。午後から家でホー
ムページに東大阪芸人列伝を掲載。東大阪という身近におられた上方芸能に貢献された方々を
多くの人に知って貰うと有り難いと思う。これに関連するかもわからないが奈良興福寺の阿修羅
菩薩像が今東京の国立博物館で公開されている。毎日のようメディアが報じているが関西人は足
元に居られる阿修羅菩薩を多くの人が興福寺で拝観したのだろうか。案外、”灯台下暗し”ではな
いだろうか。

5月1日(金)
 新緑の奈良を見たくて息子の車に乗り家族で出かける。気候もよく平日にもかかわらず奈良の
大仏前など人の波で賑わっていた。この辺りでは釜飯が美味しいと聞いたので評判の店に行くと
既に行列が出来ていたの奈良駅近くの店に行く。聞いたとおりの美味な釜飯なり。
 春日大社にお参りをして万葉植物園に入り花盛りの藤を見物する。ここの万葉集と植物そして
スケッチを日長に楽しめるよう平日に来園すると好いなと思う。
 金持たず 物持たずとも 安らかに 過ごせり日々 在りしなばよし


4月30日(木)
 最近、畑仕事をしたせいか腰痛が起こって身軽に動けない状態。気長に直さねばと考えてい
る。息子と外食に出かけて世間話をしたりしてくつろぐ。

4月29日(水)
 よく散歩する近所に喫茶店が急に増えだした。既に営業されている店もライバルが現れ心中お
だやかでないだろう。世の中は厳しいものだとつくづく思う。

 春光に 誘われ出でて 八百屋にて 筍ひとつ 買い帰る哉

4月28日(火)
 今日は解体工事がどうかと目を覚ますとおずおずと心配になってくる。幸いに今日は少し静か
になっている。それでもブルドーザが動き出すと家に居てもこちらが心配で落ち着かなくなる。日
頃が静かなところだけに近所に工事があるとこたえる様になり午後からも外出する・

4月27日(月)
 自宅の近所で解体工事をしているので家に振動が来て困っている。こんなに酷い影響が出ると
は予想していなかったのが当方の判断が甘かったようだ。振動と騒音に苦しんでいるので現場の
責任者に何回か話しをしたり自宅の状態を見てもらう。家におっては休息にならないので夫婦で
外出する。こちらの家は小さくて古いのでもっと配慮をしてもらいたいものだ。

4月26日(日)
 久方振りに“中環の森”に行き河内木綿コットンクラブの人たちと清掃と菜の花の種を取ったり
して今年の河内木綿の栽培の準備をする。今年からは菜の花の油をとり有効に活かしたいもの
だと思う。もともと菜の花の栽培は生活に必要な油を採るためのものなのに観賞用に終わってい
るのがもったないことだ。

4月25日(土)
 大阪商業大学へ行き河内の郷土文化サークルセンターの役員会と理事会に出席する。今年は
当会の創立25周年に当たり本の出版とか記念事業が控えているので何かと忙しくなる。

4月24日(金)
 河内の郷土文化サークルセンターの理事会を控えて書類作成のため大阪商業大学に行く。予
定通り夕方には準備できたので知人と駅前で談笑する。

4月23日(木)
 今日は肌寒くなった日だった。いつものように散歩で小阪駅前まで行く。この近くにある携帯電
話の代理店の女性店員で応対が好い人がいる。笑顔で優しく接してくれるので店を出るときはこ
ちらも笑顔になっている。

4月22日(水)
 河内の郷土文化サークルセンターの恒例事業である秋のバスツアーの下見のため役員で松坂
を訪れた。斎宮博物館や文化財センターなど素晴らしい所もコースに入れているのでたくさんの
人たちにも気に入ってもらえるものと思われる。

4月21日(火)
 友人と鶴橋で会って食事をする。ここは家庭料理がたくさん作ってあり美味なり。会社の帰宅途
中に大勢の客が入るため満席状態なり。

4月20日(月)
 河内の郷土文化サークルセンター創立25周年事業の書類をパソコンで作成する。午後から散
歩を兼ねて駅前の喫茶店へ行ってくつろぐ。カウンターの上にイタドリが活けてあったのでスケッ
チをする。子どもの頃採って食べ酸っぱい味が口中に広がった記憶がよみがえった。

4月19日(日)
 高島屋で開催の片岡球子絵画展を鑑賞しに行く。強烈な個性を持つ女流画家の作品は人を魅
了する。103歳の長寿を生きた人生の途中で横山大観から音を感じさせる絵を描けとといわれ発
奮した。大家から助言を受けた画家は幸運だがそれに感銘を受けて一生かかけて修業する人は
偉い。

4月18日(土)
 午後から河内の郷土文化サークルセンターの役員会に出席する。議論は白熱するが役員の皆
が地域の文化を愛しているのでわだかまりが少なくていいものだ。

4月17日(金)
 通院している医院で定期検査を受ける。体重の増加は体によくないことはわかっているが、この
是正はなかなか難しい。若江の江戸時代の縁ある石碑が傷んでいたのを近所のご協力もあり修
復できた。今から千年以上の若江の歴史に関わることが刻み込まれている石碑が今後100年ぐ
らいは大丈夫だろうと希望を持っている。地元の多くの人にこの石碑に愛着を持って維持されれ
ばこれ以上望むこともないぐらいだ。今は若江公民館前に立てられている。

4月16日(木)
 親戚の法事に参列するため天の香具山近くにある法然寺を訪れる。香具山付近に散在する集
落に大和の陰影を深く残している。帰宅してからふれあい祭りのプログラムが出来上がっている
ので近畿大学まで届けた。

4月15日(水)
 桜が僅かに残る八戸ノ里公園を通って散歩する。小阪駅前に行くと偶然に“小阪城”の主人の
散髪屋さんに会ったので立ち話をする。静岡や岡山からも訪問を受けたり、バスの団体客も寄っ
たりするらしい。この殿様はいい味をお持ちの人物なり。
  葉桜も 好しと思える 歳になり

4月14日(火)
 俳句のまねごとをしているが自宅近くに流れる第2寝屋川という正式名称をつかっては俳句を
吟じる気も起こらないだろう。私らが子供時分はこの川を“さくら川”と呼んで育った。小阪駅前の
散髪屋さんは自宅上に“お城”をつくりチョッとした名所にしている。遊び心や風流心は住みにくい
世の中を少しでも住み易くするのだろう。

4月13日(月
 一気に暖かくなり衣服も身軽にする。所用があって寝屋川に架かる橋を通ると、しきりに見下ろ
して川面を見ている人がいる。大きな鯉が何匹も悠然と泳いでいた。
    花いかだ 鯉も流れる 寝屋川に 三記雄

4月12日(日)
 住道で「平野屋新田会所を考える会」の講演があり、近鉄瓢箪山駅から東高野街道を北に向か
って歩く。野崎の火の見櫓をスケッチしたいのでここで描く。”考える会”の講演会を聴き
学ぶこと多し。
   笑う山 横目に歩く 高野道 (三記雄)

4月11日(土)
 午前中、市民会館へ行き英会話サークルに参加する。午後から自治会の総会に出席する。そ
の後、用事のため外出する。
 
 好い顔の 古書屋で本を 買い (三記雄)

4月10日(金)
 郷土の歴史を刻んだ若江の170年前に建てられた貴重な石碑が長い年月の中、痛みがひどく
なってきた。縁ある石碑なので市に掛け合ってみたが反応がなく又地域も動いてくれないので、個
人的に補修をしようと思う。地域共同体の意識が石碑同様にもろくなっているのが悲しいがこれ
が現実なので待てない。知り合いの建設業の人に今日、現場の下見をしてもらった。

4月9日(木)
 パソコンのプリンターのインクが全色の5個が切れたので、難波まで買いに行く。インクの価格
が高いのでもう少し安くなって欲しい。中味だけ売るとかメーカーの努力を期待する。心斎橋を歩
いていても時代の変化が伝わってくる。アジアの観光客は韓国からは減少し、中国からは増えて
いるようだ。ノート型パソコンを100円で売り通信費で稼ごうと通信会社は店頭販売しているし、ユ
ニクロの店舗には客が多い。心斎橋を歩くだけで世の中の動きはひしひしと伝わってくる。

4月8日(水)
 友人が作品を市民美術センターに出展しているので花園まで出かけた。ここでは館の前に桜の
花が開花し素晴らしい眺めなり。展示の写真や絵の鑑賞をゆっくりとして楽しみ良き時間かな。そ
の後集まった友人たちと近くの店で食事を囲み談笑で時間を過ごす。春宵一刻を味わいながら送
る。

4月7日(火)
 5月10日開催の市民ふれあい祭りに近畿大学留学生学友会と”まち・むら文化”が「留学生の屋
台」を出店するため近畿大学の国際交流室で打合せを行った。20年以上にわたり大学の支援で
留学生と屋台を出しているがアジアからの留学生も豊かになってきているのを接していて感じるこ
と多し。大学の構内に桜の花が満開になり華やいでいる。

4月6日(月)
 駅前の喫茶店で友人とモーニングサービスを楽しむ。法事のため故郷へ帰っていたとのことで
お互いに近況など語り合う。初夏を思わすほど温かい日となる。大分以前に着慣れている上衣を
引っ掛け破ってしまったので近くの修繕屋さんに出し直してもらった。このように上手に修繕できる
店があるので助かっている。

4月5日(日)
 春らしい天気になってきた。夕方から食事を兼ねてお好み焼の「伊古奈」に歩いて行く。途中に
ある八戸ノ里公園を通りかかると花見客が賑やかに華やいでいた。公園の入口に”バーべキュ禁
止”の立看板があるが多くの花見客は無視状態。楽しんでいるので注意は難しいかろう。北から
のミサイルが日本列島の上を通り過ぎても平和な姿を各地で繰り広げているのであろう。

4月4日(土)
 日下にある河内木綿“はたおり工房”の開所式に参加する。府やリージョンセンターの役員、N
POの関係者の方にも参加してもらった。近所に桜の花も咲き”新しい門出”にふさわしいセレモニ
ーとなる。午後から若江の遺族会の総会に出席。戦死した父が祀られている”忠霊塔”の世話を
されている人たちも高齢化している。東大阪市内でこれだけ広い敷地と立派な石室がある塔は他
にはない。この施設は個人が寄付されたもので”歴史遺蹟”となっており後世まで伝えていかねば
と思う。

4月3日(金)
 河内の郷土文化サークルセンター創立25周年記念事業の書類をパソコンで作成する。イベント
がある秋に向けて準備を進めていかねばならない。夜になって永和の”スィング”に行き音楽を楽
しむ。音楽の楽しみを味わってよかった。

4月2日(木)
 最近は体調がよくないので、運動をしようと昼から暗峠を上がってみた。天気もよくウグイスも鳴
き気分がよい。暗峠ではよく野菜を分けてもらうオジサンに声をかけて裏山から野菜を抜いてもら
い購入する。オジサンとの会話。私「ここはいい所ですね」オジサン「子供が小さいときは幼稚園
から小学校へ送り迎えせんなあかん」「オジサンは80歳越えておられるらしいが、お元気です
ね。お腹も出てないし」「畑仕事や何かでお腹出ている暇がないわ。」いやはやメタボの私は口を
つぐむだけ。

4月1日(水)
 散歩していると道路際の菜の花が咲いているところに差し掛かると花のいい匂いがしてきた。子
どもの時、菜の花畑で遊んだ記憶がよみがえってきた。当時は畑一面に菜の花が咲いていたの
でむせぶような匂いをしたが好きな匂いだ。散歩から帰るときに雨が降り出したので傘を持ってい
なかったので急いで家に帰った。

3月31日(火)
 春の光りを浴びながら歩くのは気持ちも自然と軽くなる。夕方、人に会うため早い目に小阪駅前
に行くと高校の同窓生に会ったので一緒にお茶を飲んだ。高齢の親を抱えて介護をしているので
毎日が忙しいらしい。そのうち約束している人たちも集まったので文化事業のことで打合せをし
た。春の宵は昼にましてよきかな。

3月30日(月)
 春は春らしく楽しもうと庭のバランの葉を切って押し寿司をつくる。昔は河内の土地料理として生
節を載せたが今日はシーチキン缶の身や卵焼の味を楽しんだ。バランの色と押し寿司といい配
色でうまくなじんでいた。今後は時々手作りを何かとやっていきたいものだ。

3月29日(日)
 春の味噌仕込みをした。あまり豆の量を増やさずにしたのでさほど時間もかけずに仕込ができ
た。醸成する3ヶ月後を楽しみに待つことにする。街を歩くと桜の花が今まさに咲こうとしているの
がわかる。しばらくは気候が寒くなっているのは花冷えなのだろう。

3月28日(土)
 河内の郷土文化サークルセンターの役員会に出席し4月の理事会を控えて打合せをする。夜に
なって近所の工事のことで会合があったのでユトリートまで行く。自治会の役員会が開かれ4月当
初の総会について討議を行った。気になっていたサッカーの公式戦対バーレーン戦に日本が勝
利を収めよかった。

3月27日(金)
 自治会総会の書類作成のためパソコンの前に座ること多し。夕方になり知人たちと会うため天
王寺に向う。ここへはあまり寄る機会が少ないので新鮮な感じがする。ホテルの階上から窓を通
してみる景色に二上山が姿をあらわし雄大なり。

3月26日(木)
 自治会の総会を4月に迎え書類作成をして準備に入る。昼食のため宝持へ向い食事後に布施
まで歩いて行く。春味噌仕込みのための大豆と麹を購入する。長年やっていない味噌作りをしよ
うと思っている。不況であってもそれなりに世の中を楽しむ方法を探るのもいいのではないかと。

3月25日(水)
 彼岸が過ぎたのに寒さが戻ったような日になりストーブに火をともす。WBC優勝の余韻が日本
列島に残っている。決勝戦のイチローの決定打はあの“天覧試合”でサヨナラホームランを放った
長嶋を思い出され忘れられない場面だ。

3月24日(火)
 知人を案内して太宰治“パンドラのはこ”の舞台の日下新池に行く。この映画化がされ今秋に封
切りされる。WBC野球で韓国を下して優勝し、日本中に喜びをもたらせたと思う。韓国野球の素
晴らしさも同時に讃えたいものだ。暗い事件が多い中明るい話題を提供してもらった。

3月23日(月)
 WBCの野球を自宅で楽しむ。野球発祥の地、米国を相手に日本チームはよく戦って勝利をも
たらした。明日はライバルの韓国チームを迎え決勝戦となる。楽しからずや。夕方から散歩を兼
ねて小阪駅前へコーヒーとスケッチを楽しむに行く。

3月22日(日)
 宮本順三記念館の「街人講座」に参加する。今日のテーマは「大阪の水瓶・琵琶湖をめぐって」
関心あるテーマなり。そのあと落語「三〇石船」を楽しむ。落語の間、雷鳴がとどろく。外に出ると
雨しきりと降り、傘を持っていなかったので家に着いたときは濡れ鼠状態なり。

3月21日(土)
 小阪歩こう会に参加して奈良の屯鶴峯や当麻寺に向う。近鉄の関屋駅に降りて屯鶴峯を登る
が何万年前の火山の爆発に噴出した溶岩が奇岩をなしている。天然記念物に指定されている。
当麻寺は何十年ぶりに訪れたことになるが1300年ほどの昔に建てられた古刹で何時間も過ごし
たいところなり。心地よい疲労を感じまたスケッチした絵を楽しむ。

3月20日(金)
 雨が上がり墓参りに出かける。中継中のWBCゲームが気になるのでイヤーホーンで聞きなが
ら歩く。墓地に着いたころには春彼岸のいい日和になり、親戚の人にも出会った。帰途にファミリ
ーレストランやスーパーに寄ったがWBCの放送中のためか人の数少なし。

3月19日(木)
 近畿大学留学生学友会と“まち・むら文化研究会”が今年も東大阪市民ふれあい祭り“留学生
の屋台”を出店するため近畿大学国際交流室を訪問する。国内で発行されている中国人の新聞
「中日新報」に東大阪国際交流会が大きく報道されている。この交流会は毎年12月に20年以上
の長年にわたり市内の外国人と交流するイベントで何事も継続が大事だと再認識された。

3月18日(水)
 WBC野球を昼食を取りながら楽しもうとテレビを観たが、結果は後味わるし。日本チームは甲
子園大会の高校野球の基本に帰るべし。一点を取る執念の差が韓国に負けた敗因だろう。韓国
は特に日本に対して歴史認識を深く持っているので勝利後、マウンド上に国旗を立てた。この執
念はいつまで続くのであろうか。

3月17日(火)
 友人から電話があり、近所の喫茶店でモーニングコーヒーを楽しみながら健康談義に花が咲
く。共通の話題なので楽しい。午後から味噌作りを学ぶため石切に向う。今日は天気もよく歩いて
いても気持ちよし。たっぷりと味噌を仕込んだので3ヵ月後が楽しみになる。会議室にこもって
延々と論議をするより体や手を動かすほうが心と健康によく楽しいものだ。

3月16日(月)
 第32回東大阪市民ふれあい祭りの出店説明会に参加するため市民会館まで行く。昨年よりも
多くの人達が説明を聴きに来られており座る椅子もないほど盛況だった。夜になって暗越奈良街
道サミット準備の会議に出席する。

3月15日(日)
 朝起きてすぐに樟徳館の帝キネ映画展を手伝いに行く。この樟徳館は登録文化財で先日NHK
が白洲次郎のドラマの撮影に東京から来た。幸いにも天気もよく家族連れが訪れていた。夕食に
駅前まで散歩がてらに出かける。久し振りに入った店はお客で一杯なので、初めて行く他の店に
入ったが味は結構美味しかった。駅前付近には味が確かな店が多し。

3月14日(土)
 朝に目覚めた時も雨が降り続けていた。午後になり雨も上がり英会話サークルに参加するため
市民会館まで出かけた。日頃あまり英語の勉強をしていないので簡単な単語も口に出てこないの
で困った。話題には経済問題とかWBC試合とかで盛り上がる。

3月13日(金)
 雨が降り外出する気もあまりせず記念本に掲載する原稿を書き進めていく。東大阪市内に多く
残っている舟板塀について少しでも記録しておきたい。歳月とともに消えていくものに哀感がこもり
美を感じる。

3月12日(木)
 友人と駅前の喫茶店でモーニングサービスと会話を楽しむ。至福のひとときなり。天気もよく帰
途に司馬遼太郎記念館付近を通ると菜の花ロードから香が漂っている。のどかな1日なり。

3月11日(水)
 河内の郷土文化サークルセンターの文化見学会実施の下見に他の役員の人たちと大阪府立
弥生博物館と信太山周辺に出かけた。初めてこの辺りに足を踏み入れたが歴史あるこの地域に
とても魅力を感じた。素晴らしいコースなので実施日の5月24日には多くの人たちに参加をしても
らったらありがたいと考えている。

3月10日(火)
 今里ロータリーの近所に用事があったので家から自転車で出かけた。街中は早くも春の兆しが
感じられ自転車で風を切って走るのも気持ちよし。街道沿いの店頭に土佐文旦が並べられており
美味しいそうで安いので購入し自転車の籠に入れて帰る。家で南国土佐から来た文旦を食べると
見た眼どおり美味なり。

3月9日(月)
 秋に河内の郷土文化サークルセンターがつくる記念本「河内文化のおもちゃ箱」に掲載する原
稿を書いていく。今月末には仕上げないといけない。夕方になり散歩がてらに30分ほどかけてス
ーパーまで買い物に行く。

3月8日(日)
 市民会館で開かれている東大阪市文化芸術祭を鑑賞しに行った。作品展示や舞台での演技な
ど多彩な催しを楽しむ。このあと布施駅前に行き知人と会ってハングルの勉強をする。久し振りに
布施まで徒歩で往復したので自宅に着いたときは額に汗がにじんでいた。

3月7日(土)
 行事の予定が入っていたが、遠くから息子が帰ってきているので家内と一緒に大阪城の梅林な
ど出かける。幸いにも天気もよく梅林では大勢の見物人で賑わっていた。夜になってWBCの韓国
戦をテレビで楽しむ。久し振りに日本チームの好調振りを見れて気分好し。

3月6日(金)
 法事のため大和の香具山近くの法然寺へ行く。雨が執拗に降り続けたので足元が濡れて困っ
た。夕方になり息子が勤務地から帰宅したので一緒に食事するため布施まで出かける。夜になる
と雨が上がる。温かい日和なり。

3月5日
 東大阪郷土博物館へ行き「かわりゆく東大阪の道」の企画展を観る。わかりやすくて重要な事
物の展示があり満足する。郷土博物館は東大阪市が誇る立派なものだと訪れるたびに思う。最
寄の駅からハイキングがてらに歩いていくとさらによし。鑑賞後、石切にある「河内木綿はたおり
工房」へ行き会議に参加する。立派な河内木綿の作品が出来つつあるので、これからが楽しみ
だ。

月3月4日(水)
 定期診療のため医院を訪れる。そのあと、いつも寄る喫茶店へ入ると満員状態だったが僅かに
空いている席に座りモーニングサービスを取る。天気よけれども風冷たし。夜になり自治会の会
議に出席する。自治会も年度末になり役員改選とか議題が多し。

3月3日(火)
 河内の郷土文化サークルセンターの文化誌「あしたづ」11号が完成したので、協力いただいた
方にお渡しをする。今回は桂米之助師匠のことを掲載したので拙文を読んでもらうと光栄だと思
う。
3月2日(月)
 葬式に参列する。故人はまだ若い人なので惜しまれる思いさらに強し。しかし息子さんがしっか
りと成長されているので安心する。人生は“七転び八起き”というが色んな経験をして初めてわか
ることが多い。天気はよけれど風冷たき日なり。

3月1日(日)
 しばらくご無沙汰している奈良の叔父さん宅を訪問する。90歳近くになられたが頭がしっかりと
見受け安心する。天気もよく菖蒲池駅から丘陵を越えて歩いて行き従兄弟たちとも久し振りに歓
談できてよかった。夜になり縁ある人の御通夜に参列。

2月28日(土)
 河内の郷土文化サークルセンターの理事会と講演会に参加する。講演会は大阪府立近つ飛鳥
博物館の鹿野 塁先生に講師をしていただいた。テーマは「河内湖に定着した渡来人」と興味深
いもので勉強になり、参加者も多し。あと懇親会に加わりサークルセンターの親睦を深めた。

2月27日(金)
 一日中雨なり。終日家に居り時間を過ごす。司馬遼太郎記念館がある八戸ノ里・小阪地域では
司馬さんが好きな花、菜の花の香にみちている。我が家の菜の花は、まだ花が咲いていないがも
う少し温かくなれば黄色いきれいな姿を見せてくれるだろう。

2月26日(木)
 近所を散歩していると連絡が入り縁ある人の容態がよくないという。タクシーに乗り見舞いに行
く。春はそこまでやって来ているのに桜を見て欲しいものだと思う。


2月25日(水)
 春はそこまで来ている。いや今、来ているのだろう。梅の花が咲き日中に光りが増している。頬
にあたる風にも何か温かさを感じる。街に出て野菜売り場を覗くとフキノトウや若牛蒡が目に入っ
たので買物かごに入れる。春先は苦味のある野菜が冬の間にたまった体内の不純物を流してく
れるという。

2月24日(火)
 新聞を読んでいてはたッと考えることがある。人間は自然環境のひとつだと。飲食についても環
境破壊に繋がらない食事について思う。適度な小食とか粗食は昔から健康にいいといわれている
がエコにもいいのだから自然にかなっている。

2月23日(月)
 コンピュータは便利だが、ウイルスなどに備えなければ完全とはいえない。これは便利と不便と
が同居している例といえる。今日もパソコンの安全対策のためにウイルスソフト会社などに問合
せをする。夜になり早い目の春宵に友達と会い食事を楽しむ良い日を過ごすなり。

2月22日(日)
 東大阪日本語教室(HONK)の外国人日本語暗誦・弁論大会に参加する。HONKで日本語を学
んでいる外国人が熱心に100人ほどの前でスピーチをする。途中で母国の歌やギターの披露もあ
り有意義で楽しい時間があった。HONKの坂井理事長をはじめ、市の支援もあるが東大阪ロータ
リークラブの力添えがHONKの発展に寄与している。

2月21日(土)
 朝から河内の郷土文化サークルセンターのイベント委員会に出席する。夕方から大学時代の友
人たちと上本町で会って会食をする。学校を卒業して40数年を経ているが会って話をしていると
歳月をさほど感じない。

2月20日(金)
 自民党の中も騒がしくなってきたようだ。ライオン頭の元総理も現総理から国会答弁で“奇人変
人”と名指しで言われて“お前には言われたくない!”と頭にくるだろう。国民の中にはどっちもど
っちだと思う人が多いに違いない。政治家の劣化を様々目の前で見せられて目を覆いたくなる最
近だ。

2月19日(木)
 この頃は寒さが厳しくなっているが、平年通りだと思う。それ相応に寒くなければ糠漬も美味しく
ない。季節、季節によさがあるのだから季節感ある生活を味わいたいものだ。夕食の膳の上に温
かい“関東煮”がのる。最近はよく“オデン”と称されるが関東煮と言って育った者にとってはそう
呼びたくない気持ちがある。

2月18日(水)
 高校時代の友人たちと小グループの同窓会を布施の同窓生がやっている評判の店「よしひろ」
で開催する。5人ほどのグループだが集まればいつでも50年ほど前の少年時代に戻る思いがして
いいものだ。いつまでも元気な姿で会えればそれ以上望むことはないだろう。

2月17日(火)
 テレビを見ているとあれっと思うことがある。中川財務・金融担当大臣が居眠り会見して醜態を
さらしたことで政府高官などがコメントしているが甘利規制改革大臣の言葉にあきれた。大臣が
あそこまで酷くなるまでに事務方が気をつけねばならないと発言。大臣は官僚の支えがなければ
独り歩きできないと言うことか。事務方を指揮監督するのが大臣の筈だが。

2月16日(月)
 九州の宇佐、姫島方面への旅行についてホームページに掲載した。スケッチや写真をHPに入
れながら旅行時の光景が眼に浮かんでくる。午後から散歩を兼ねて小阪駅前に行き、喫茶店に
入ると先客が世間話や政治談議をしている。コーヒーを飲みながら耳に入ってくるのは、今の首
相や財務大臣の批判。居眠り会見など、この体たらくでは人々に批判されても仕方がないだろう。

2月15日(日)
 20年所得申告を済ませホッとする。午後から散歩を兼ねて買い物に行き、夕食も済ます。暮れ
るのが遅くなっている街角に春が訪れている気配あり。平年より温かい日が続くが明日から厳し
い寒さが来ると予報している。糠漬物には寒いのがいいので冬へ戻るのも悪くないなと思う。

2月14日(土)
 市民会館へ行って英会話サークルに参加する。1ヵ月に1回のサークルの集いなので話題多
し。夜になって自治会の役員会に出席する。資源ごみの回収ステーションを自治会地域に何箇所
か設けるとのこと。年度末を迎えるので何かと議題が多し。

2月13日(金)
 電子証明のカードが東大阪市の場合は古いタイプを採用しているのでカードリーダライタの購入
がより難しい。所得申告をe-taxの電子申告を試みているが一筋縄ではいかない。電化店での購
入や住民基本台帳カードなどの購入とか既に“投資”しているのでここでギブアップは出来ない。
国税庁は電子国家推進にもっと手を差し伸べて納税者がもっと使いやすくする努力をすべきだろ
う。

2月12日(木)
 今年はインターネットで所得申告しょうと努力している。E-Taxを実行をと市役所で電子証明カー
ドそして電化店でカードリーダライタを買い求めた。減税されることも魅力だが今後税務署へ行く
こともなく、手続きが楽になるだろうと楽しみにしている。夕方から小阪駅前でカナダへ滞在してい
る知人と久しぶりに会い食事をして海外事情など伺う。

2月11日(水)
 今日は建国記念日。外出しても風は吹いているが春を含んだやや温かい風なり。梅の花も咲き
始めている。小阪から布施へと歩いて買物に行く。スーパーで買物していると小母さんが店員さん
に若い男女が万引きして出て行ったと告げていた。今の世相を現せているのか、あまり騒がない
のが普通になっているようだ。

2月10日(火)
 現内閣支持率が朝日新聞の調査では14%だと発表された。郵政公社についての首相の考え方
を例にとっても発言が軽すぎる。指導者の発言は大変重いので慎重にすべきだ。午後から少し散
歩に出かけたが雨が降っていた。よく行く喫茶店を入ろうとしたらドアーに“勝手ですが外出中”と
して閉めている時間を書いた張り紙がしている。独りでしている店なので用事があれば一時的に
店を閉めるのだろう。仕方がないので近くの別の店に入った。

2月9日(月)
 朝から友人宅へ電話して訪問する。午前中友人宅にお邪魔してコーヒーを飲みながら談笑す
る。帰途に小阪駅前で買物して帰る。まいど1号商品券を購入したので商店街での買物が増え
た。布施高校付近を通る時、黄色の菜の花が咲き、司馬遼太郎菜の花忌が近し。

2月8日(日)
 九州、大分の旅行から帰宅する。宇佐神宮、豊後高田そして姫島と廻ってきて見聞を広げる。
追々ホームページにスケッチした絵や写真を入れて掲載していきたいと思う。

2月5日(木)
 市役所へ行き、電子証明書の手続きを済ます。今年はこの手続きをする人が増えているとのこ
と。電子政府を目指すなら、そのメリットを国民にもたらすものなら電子利用者は増えていく。この
帰途に電化店に寄りカードリーダーを求めたが扱っていないとのことなので大阪市内に行った折
に購入しょうと思う。

2月4日(水)
 定期診察を受けに医院へ行く。主治医は歴史と山歩きがお好きなので診察が終わり話題が続
く。次の患者さんが待っておられるのでそうそうに診察室を出る。帰途に第32回ふれあい祭り実
行委員会へ近畿大学留学生と“まち・むら文化”の出店申請書を届ける。自宅で国会中継をテレ
ビで見ていると国会議員の野次がひどすぎる。このマナーの悪さは下品を通り越して恥ずかし
い。与野党とも特権階級の醜さを国民の前にさらしている恥を知って欲しいものだ。

2月3日(火)
 国税の所得申告時期が始った。僅かな所得だがそれでも必要書類を調えて作成するとなると数
字に弱い自分としては負担に感じる。今年からは頑張ってインタネット申告をしょうと思う。国税庁
ももう少し簡略したネット扱いにできなかったのだろうか。まだまだ煩雑なネットでの取り扱いのよ
うだ。

2月2日(月)
 長年にわたり与謝野晶子を研究され河内の郷土文化サークルセンターの理事されたIさんが亡
くなられた。数年前に脳梗塞を発症されお体が不自由だった。お元気な時の精力的なご活躍が
今でも目の前に浮かんでくる。故人のお通夜に参列し帰宅する。

2月1日(日)
 午前中は河内木綿コットンクラブの活動の一つの“中環の森”の清掃作業に参加した。午後か
ら河内の郷土文化サークルセンターの記念事業の本の監修をお願いしている著名な学者の方に
編集委員会としてお会いしてお話を伺った。気軽に応じていただき貴重なお話をお聴きし感動を
覚え、そして学ぶいい機会を持つことが出来てよかった。先生を始めお世話してもらった方々に
感謝を申し上げたい。

1月31日(土)
 第31回東大阪市民ふれあい祭りの説明資料を持って近畿大学留学生課を訪れる。その後河
内の郷土文化サークルセンター「あしたづ」編集委員会へ出席して最終の校正を終える。午後か
ら創立25周年事業の総務委員会に出席。来月の理事会の準備を終える。本日は気候も穏やか
なり。

1月30日(金)
 この間から歩いてきた東高野街道をホームページに掲載した。二回にわたって歩いたので写真
も多くて時間がかかった。生駒山麓は歴史や文化の宝庫ともいえるので、あれもこれも掲載した
いが限界があるので適当なところで終えた。午後から風まじりの強い雨が降り続ける。

1月29日(木)
 新春を感じる陽気となる。梅もいよいよ咲きだすだろう。知り合いが買物をするというので日本
橋の電化街へ出かけた。「留学生の屋台」出店の申請書を下書きする。

1月28日(水)
 ナンバから心斎橋を歩く。画材店「カワチ」は豊富な品揃いなので見ているだけで楽しい。色鉛
筆セットを購入する。この後、日本橋の電化街に行き黒門市場で買物して帰宅する。ミナミを歩い
ていると何処からともなく中国語が耳に入ってくる。中国人にとっても大阪は魅力ある町なのだろ
うと思う。

1月27日(火)
 近くに布施警察庁舎が建設されるので電波障害の防止工事を我が家にしてくれた。工事に若い
技術者がてきぱきと進める。寒空の下にもかかわらず元気よく働く若者に接する時すがすがしさ
を感じる。小阪の街角に古いタイプのダルマ型〒ポストが残っており、いい風情を醸し出している
のでスケッチをする。

1月26日(月)
 第32回東大阪市民ふれあい祭りの説明会が市民会館で開かれたので参加する。近畿大学の
留学生学友会とふれあい祭りに出店申請をするのに必要書類と説明を受ける。大勢の参加者で
会議室が一杯になっていた。その後、梅田に出て用事を済まし紀伊国屋書店を廻り本を見る。梅
田周辺はいつ行っても道に迷うようになり困ってしまう。方向音痴のせいだが道路が碁盤の目の
ように整然と通ってないことにも原因があるのだろうか。

1月25日(日)
 河内木綿・コットンクラブが機織工房を日下に開いたので新年会をそこで開く。石切駅に近く環
境のいいところだ。ここで毎日のように綿花から織物にする教室が開かれる。出来るだけ多くの
人に会員になって河内木綿に親しんで欲しい。手先の不器用な自分だが織機を扱い作品作りに
挑戦したいと思っている。それが郷土の伝統工芸を復活することに繋がっていけばいい。

1月24日(土)
 河内の郷土文化サークルセンターの創立25周年記念イベント実行委員会に出席する。午後か
ら城東サロンに参加する。「わかくすの会」の天竹氏から楠木正行の合戦のお話しを伺う。昨日に
飯盛山へ行ったばかりだし貴重な資料をいただき勉強になること多し。夜になって自治会の役員
新年会に出席し親睦を深めた。

1月23日(金)
 先日歩いた東高野街道の野崎観音までのコースで再度調べたい箇所があったので瓢箪山駅に
下車して飯盛山をめざして東高野街道を再び歩いた。長谷川青澄画伯の絵を掲げている喫茶
「喜里」や飯盛山を訪れる。飯盛山を下る時には足元がおぼつか無いほどに日が暮れ、暗くなっ
ていた。飯盛山城跡から見る京都の町や大阪の町の眺望が素晴らしいものだった・

1月22日(木)
 雨が降りだすと、よく降るものだ。今日も昨日に続いて終日の雨。昨日のオバマ大統領の就任
式で大統領が宣誓時に言葉を詰まったかなと思っていたら先導する大法院長が間違ったので、
大統領がそのまま言葉にしたとのこと。大法院長に恥をかかせなかった。英語の副詞と前置詞の
2箇所が違ったらしいが英語が日本人にとって本当に苦手なのがよく理解できる。このように”熟
達者”がミスをするのだろうから。

1月21日(水)
 黒人系のバラク・オバマ氏が第44代目のアメリカ大統領に就任した。就任を祝って200万人が
集まったという。国民を前に、未曾有の困難を責任を持って乗り越えようと果敢に話しかける。
人々の心を惹き付ける指導者の前に出来ないことはないと思うほど説得力を感じる。それに比べ
たくなるのは我が国の指導者だ。困難さはアメリカに勝るとも劣らないほどなのに国民の心に響
かない言葉を毎日のようにテレビを通じて投げかけているようだ。

1月20日(火)
 英田北小学校の授業に河内木綿・コットンクラブで出張し、ボランティアで糸繰りと綿繰りの指導
をした。生徒たちは喜んで一生懸命に実習をしてくれた。ここの学年は5クラスあるので午前・午
後に渡って行う。

1月19日(月)
 普段より温かい日になる。スケッチした小阪駅前のカマラードの絵を店に届けコーヒーを飲む。
ここには各種の新聞が揃っているのでいい時間を過ごせる。帰途にいつもの八百屋さんに寄り、
漬物用の野菜を買う。ここの店主は無駄口を一切語らず取り付く島がない。首を傾げるほど愛想
がない商売人だが、いい野菜や果物を売っているのでこれでいいのだと思いながら家路に着く。

1月18日(日)
 今日は終日雨なり。戸外に一歩も出ずに過ごす。夕方になり警察署建設にあたり電波障害防止
のため工事の同意書を求めて関係会社が来る。よくわからないことがあるので自治会の役員に
電話をして確認するとまだ応じないほうがいいという。防止のための工事に不明なところあるので
今は同意書を提出しないことにした。

1月17日(土)
 鴻池新田駅前で友人と会ってから大東市の市民会館へ歩いて行く。自宅から約9キロの距離だ
ったが古堤街道という歴史街道を歩いている気分で楽しいものあり。市民会館では「平野屋新田
会所と大東の歴史を考える市民の会」の講演会は学べるものが多いので素晴らしいものあり。

1月16日(金)
 昼食にカレーうどんを食べに出かける。評判の美味しい店なので店内に知人が夫婦で来られて
いた。店を出るときは体が温もっていた。布施まで歩いて行き帰途に植木を刈る柄の長い鋏を購
入する。八戸ノ里に布施警察署の建物が建設されるので電波障害防止のための説明が戸別に
廻ってきた。

1月15日(木)
 家の中に居ても寒さが体の芯まで伝わってくる。小阪駅前の喫茶店カマラードに行き、美味しい
コーヒーを楽しむ。新聞を読んだのち店内の雰囲気がいいのでスケッチブックを出してスケッチを
させてもらった。いずれホームページに絵を掲載をしていきたい。夜になって自治会の役員会に
出席する。年度末を控えているので討議すること多し。

1月14日(水)
 “まち・むら文化”で前回に歩いた十三峠越えを写真をまじえHPに掲載する。多くの人にみても
らえばありがたいことだと思う。地元には素晴らしい歴史的なところが多い。どこに行っても皆そ
れなりの歴史や文化があるので訪れると得るものが多し。歩いていくと健康にいいし行きたいとこ
ろがまだまだあるようだ。

1月13日(火)
 家の門柵を修理してもらう。寒い中一生懸命に作業を続けてもらいお陰で修復された。年初め
に出した年賀状が今頃になって”配達不能”で戻ってきた。郵便局が民営化されて、かえって効率
が悪くなったのかと思うぐらい”なぜ今頃戻ってくるの?”と疑問を持つ。

1月12日(月)
 小寒を過ぎ寒さが厳しくなっている。午後から宮本順三記念館の部屋をお借りして河内の郷土
文化サークルセンターの創立25周年記念本出版編集委員会を開催する。皆さんの協力の下、
ほぼ順調に進んでいるので有り難いことだ。会議終了後に近くの店で雑談をして過ごす。

1月11日(日)
 まち・むら文化研究会の今年第1回のウォークをする。瓢箪山駅に集まり東高野街道を野崎観
音に向けて歩く。この街道は古代の海岸線にあたり生駒山麓に面しているので歴史史跡が多し。
額田戎さんでは賑やかに参拝客が訪れており、我々も参拝する。石段を登り野崎観音に到着す
ると眼下に見える大阪の景色がよかった。JR野崎駅から乗車し途中の放出駅で下車し、少し中
高野街道を歩いてみた。

1月10日(土)
 河内の郷土文化サークルセンターの文化誌「あしたづ」の編集委員会に出席する。来月の発刊
を前にして大詰めに来た。午後から役員会が始まり、そして英会話サークルに参加した。多忙の
1日なり。

1月9日(金)
 韓国では不況のため大統領が非常体制を敷くような気持ちで国民に経済復興を宣言している。
ウオンが安いからと日本から観光旅行する人が多いようだが、不況で苦しんでいる人達のことを
忘れてはいけないだろう。夕方から雨が降り出した。

1月8日(木)
 寒さが少し緩んだ日だった。家も長く住んでいると何処かと傷んできて修理が必要となる。昼ご
ろに専門家に来てもらって調べてもらう。よい時期を選んで修理をしようと思う。テレビの国会中継
を見ていると勉強になっていい。しかし、国の最高の執行、立法機関がこの程度でいいのかと不
安になるようなお粗末さを感じる時がある。

1月7日(水)
 全国高校ラグビーの決勝戦を花園ラグビー場へ出かけ観覧する。会場内は大勢の観衆で熱気
がこもっていた。常翔啓光学園と御所工・実との戦いは名プレイヤーの国定選手により啓光に優
勝をもたらした。御所の方もよく頑張ったので見ごたえのある試合だった。開催地の東大阪に久し
振りの賑わいをもたらせてくれている。

1月6日(火)
 朝刊を開くと”小阪城”が大きく報道されていた。街の散髪屋さんの意気込みで手作りのお城が
つくられ地元に明るい話題を提供していただいている。また、町工場の社長さんが人工衛星づくり
を市の基幹産業にしょうと頑張っておられる。片方では貴重な何百年と建っていた歴史史蹟の暗
越奈良街道の供養碑が忽然と消えていく現実よ。この落差はどこから生じているのか。町はいか
なる方向へ進んでいくのだろうか。

1月5日(月)
 友人と駅前の喫茶店で落ち合いコーヒーを楽しむ。お互いに退職して数年になるが結構忙しい
日々を送っているようだ。帰途に七草粥セットを買って帰る。寒さも今日は少しゆるんでいたが、
厳しい冬はこれからだろう。

1月4日(日)
 テレビの報道番組では知識人といわれる人達が盛んに不況の中、今後の見通しを述べてい
る。経済の専門家たちにこの不況を起こる前に未然に防ぐための警告をもっとして欲しかった。
人間は愚かなことを繰返す習癖があることを感じる。近所を散歩するが正月休みの店が多し。

1月3日(土)
 天気も好いので午後から暗峠に登った。登る途中で驚いたことが起こった。奈良街道の供養碑
と広く知られている寛政6年(1794)に建てられた歴史史蹟が忽然と消えていた。何かの間違いか
と調べたがやはり無くなっている。街道の往来で多くの旅人が亡くなり、その供養のための碑が
消え去るということがあっていいものだろうか。この事実を前にして暗峠を登る気が失せてしまう
思いがした。悲しい出来事だ。

1月2日(金)
 初詣で若江鏡神社を参拝し、京都に向う。四条通りを歩いていくと多くの通行人で思うように進
めないので裏通りに入る。京都は小道のほうが情緒があっていい。八坂神社を参拝し寺前通りで
買物をする。

2009.1月1日(元旦)
 新年の元旦の日記となると、気持ちも新たになる。今日は六万寺往生院にお参りし新春奉納演
奏会を拝聴した。遼安流 宗家の遼安さんによる筝と琴の演奏があり、およそ1500年前の筝を復
元されたが、その音色を聞かせてもらった。味わい深いものあり。帰途、梶無神社を参拝しスケッ
チをする。