Ariadne auf Naxos

(原作モリエール「にわか貴族」/リヒャルト・シュトラウス作曲)

あらすじ

序幕

貴族の家の祝宴で、オペラ「アリアドネ」が初演された後、舞踏家ツェルビネッタに余興の踊りをしてもらうことになっている。作曲家・プリマドンナを始めとするオペラ派は「アリアドネというオペラは感動的なストーリーで、余興とは違う」と言うが、ツェルビネッタや舞踏教師たちは「観客はオペラのストーリーに退屈してしまうだろう。我々はその口直しをしなくてはならない」と言い、どちらを優先にするべきか言い争っている。しかし、上演が迫っているので、双方ともどたばたしている。

家令がオペラと余興を同時に上演するように、という主人からの伝言を言う。作曲家は反対するが、ツェルビネッタのくどき文句で前向きになる。すぐに騙されていたことに気付くが、幕が開こうとしている。

1幕

恋人に無人島に置き去りにされてしまった王女アリアドネは自分の運命を悲しみ、死の世界に憧れている。コメディアンの男たちを連れたツェルビネッタが慰めようとしているが、アリアドネに無視されている。ツェルビネッタは仲間たちを去らせた後、自分の人生と愛について語って聞かせるが、それでも、アリアドネは取り合わない。ツェルビネッタが去ると、島に船に乗った神のバッカスがやってくる。彼を死の神だと思ったアリアドネが近づくと、彼女の苦悩は消えてしまい、新しい愛が生まれる。ツェルビネッタは自分たちの負けを認める。バッカスとアリアドネは島から去っていく。

 

 

 

「アリアドネ」というのはギリシャ神話でも扱われていて、人間の英雄とかけおちした王女アリアドネが島に置き去りにされるが、その島を訪れたバッカスと結婚するというストーリーです。バロックオペラでも扱われているものがいくつかあります。

もしも、序幕でのドタバタ劇や、ツェルビネッタを始めとする喜劇組がなければ、このオペラは大変退屈なオペラとして忘れ去られてしまうでしょう。舞踏教師やツェルビネッタたちが「初演されるオペラに観客達は退屈するだろう」というのは当たっていると思います。

気になるのは、このオペラを上演した後のスタッフ達の反応ですよね。しかし、あえて序幕と対になる終幕というのを作らなかった理由があったのだと思います。私の勝手な憶測ですが、オペラはあくまでナマモノであるということ。本当はヘタクソな上演だったのに、終幕で作曲家たちが「ああ、成功した」とか、逆にすばらしかったのに「失敗だ」なんて言っているなんて野暮ですもの。

喜劇舞踏組が自分の負けを見とめてしまうのですが、本当の聞かせどころが、ツェルビネッタのアリアなのです。悲劇オペラ組の前半は、アリアドネのクライ場面とエコーの美しいけど印象も薄い三重唱で、後半は、バッカスとの感動シーンですが、これもちょっと正統的なオペラとしては退屈かも。かえって、喜劇舞踏組が引きたてているから、メリハリがあるのですが、ツェルビネッタたちの方が目立ってしまうこともよくあります。

 

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