The ghost of Versailles
(ボーマルシェ「罪ある母」/コリリアーノ作曲)
初演
1991年 メトロポリタン歌劇場
登場人物
マリー・アントワネット(フランス王妃の霊、Br)/ルイ16世(処刑されたフランス王の霊、B)/ボーマルシェ(脚本家の霊、
Br)/アルマーヴァ伯爵(フランスに移住したスペイン伯爵、Br)/ロジーナ(伯爵夫人、S)/スザンナ(ロジーナの小間使い、MS)/ケルビーノ(20年前の小姓、Ms)/フィガロ(スザンナの夫、Br)/フローレスティン(伯爵家の養女で実は伯爵の愛人の娘、S)/レオン(伯爵家の息子で実は伯爵夫人とケルビーノの息子、T)/ベジャールス(アイルランドの陸軍大佐、T)/ウィルヘルム(ベジャールスの手下、Br)/ザミラ(トルコの歌姫、A)/貴族の霊たち、オペラの登場人物などあらすじ
1幕
廃墟になった宮殿で、処刑されたマリー・アントワネットやルイ16世をはじめとするフランス貴族たちの幽霊が暮らしている。ボーマルシェの幽霊がやってきて、マリー・アントワネットに求愛するが、革命の恐怖を忘れられない彼女の心にはトラウマが残っている。ボーマルシェはせめて彼女に心を開いて欲しいと思い、「フィガロの結婚」の続編のオペラを彼女のために作りそのオペラを通して歴史を変え、マリーアントワネットは処刑されるのではなく、アメリカにボーマルシェと一緒に移住することにする。劇中劇のケルビーノと伯爵夫人の愛の二重唱にうっとりした雰囲気の彼女の様子を見たボーマルシェは口説こうとする。しかし、ルイ16世がそれを咎め、決闘になる。ルイ16世の剣がボーマルシェの心臓を突き刺すが、彼は丁寧に自分から剣を抜いて返す。そもそも彼らは幽霊なのだから、決闘をしてもどちらも死ぬことはないのだ。マリー・アントワネットまでもが大笑いする。幽霊たちはマリー・アントワネットが笑えるようになったことを喜ぶ。
一方、劇中劇の中で、ケルビーノの子レオンを生んだ妻を伯爵は20年経っても許せないでいる。レオンは伯爵の愛人の娘フローレスティンと恋仲であるのだが、伯爵は2人の関係を認めず、友人ベジャールスと結婚させようと考えている。しかし、彼こそが伯爵の財産を狙う悪者なのである。その中で、ボーマルシェはマリーアントワネットが伯爵にネックレスを託し、伯爵は英国大使にそれを売り、王妃を助ける資金にしようと考えている。トルコ大使館で伯爵は英国大使に売ろうとするとトルコの舞姫に変装したフィガロが邪魔をし、ネックレスを奪い、変装がバレても、どさくさのうちに逃げることに成功する。
2幕
伯爵は家に戻ってきたフィガロにネックレスを返せというが、フィガロはボーマルシェの意に反して、自分は庶民の味方で、王妃のような悪い女を助けるようなマネはしたくないと言う。マリーアントワネットは怒るが、ボーマルシェは誤解を解くために自らオペラの中に入ってフィガロに返せというが、逃げられてしまう。マリーアントワネットもまた自らオペラの中に入り、ボーマルシェに自分が受けた理不尽な裁判の場面をフィガロに見せて、味方につける。一方、ベジャールスは民衆を先導させ、伯爵の舞踏会に入って無理やりネックレスを取り上げ、貴族達を牢の中に閉じ込める。自分の身がどうなるかわからない今、伯爵一家は諍いを起こしている場合ではないと和解をする。
フィガロがやってきて、ウィルヘルムが王妃の独房の鍵を持っているという情報をもってくる。スザンナと伯爵夫人の計らいで鍵を奪うことに成功できたが、ネックレスはまだベジャールスが持っている。しかし、ベジャールスもまた貴族であったということがわかり、不利な立場になり、伯爵一家とフィガロ夫妻は逃げることに成功する。
ボーマルシェは今こそ助かる機会だというが、アントワネットはフランスのために処刑されることが自分の運命であったと歴史を変えることを拒絶する。
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ボーマルシェの「セヴィリアの理髪師」「フィガロの結婚」には、続きとして3部作目がありました。それが、「罪ある母」です。機転のある魅力的な町娘ロジーナは伯爵夫人になりましたが、夫は浮気がちで、スザンナをはじめとする女性たちを口説いていました。でも、その時代の貴族にとっては、なんともない話です。しかし「フィガロの結婚」で伯爵夫人は夫の愛を取り戻そうと策略を練っていました。そこで、伯爵は平謝りをしました。ですが夫婦の関係はそれで解決したのではなかったのです。あれだけ一途さを訴えていたアルマーヴァ伯爵も変わったように、ロジーナもどこかあきらめを感じるようになります。そして一度だけ美青年に成長したケルビーノと愛し合うことになるのです。「罪ある母」はケルビーノと愛し合った20年後の話です。ケルビーノは既に戦死していて、回想シーンでしか出てきません。そして、フィガロとスザンナは相変わらず、伯爵に忠実に使えてはいますが、自らを「何でも屋」と言って得意がっていたフィガロも雑用係と紙一重だった人生に気付き「果たしてこれでいいのだろうか?」と自殺も考えるようになります。小回りのきいていたスザンナもどこか鈍いおばさんのようになっています。
その話と並行するのはマリー・アントワネットとボーマルシェとルイ16世の三角関係です。ボーマルシェの作品は貴族に対して風刺的な面もありました。観劇の好きなマリー・アントワネットはロジーナに扮したことがありましたが、その時、「王妃自ら王侯貴族批判の作品に出演するとは何事だ」と周囲の顰蹙を受けていました。よく言えば天真爛漫、悪く言えば軽薄だった彼女は革命の時の恐怖が死んでも忘れることができないでいます。また、ルイ16世も生前の妻のいいなりで寛大で温和な性格も変わってしまっています。生前、妻に対する放任主義を反省したのでしょうか?なんとも保守的で頑固になっています。そして、ルイ16世とボーマルシェは決闘までしようとするのです。
人の性格は時や時代が過ぎると変わってしまいます。処刑されたマリーアントワネットの霊は切実に「もう一度生きたい」と訴えます。しかし、自分を生き返らせるために作ったオペラで、歴史の変動と時の流れを自分の人生と一緒に照らし合わせながら、自分のたどるべき運命のなかで自分はどう生きればいいのかを考えます。恐怖のうちに死んだ彼女はそれが自分の使命であったということに気付き、革命のトラウマを克服し、歴史に従うことにしたのでした。
このオペラは3時間弱の上演時間ですが、「原語が英語のオペラ」という抵抗さえなければ、ベルカント、モーツァルト、現代音楽、民族音楽というオペラの魅力を1つにまとめたような楽しみ方もできます。歴史というシリアスなテーマでありながらも、ブリュンヒルデが「こんなのオペラじゃないわよ」と怒って登場してきたり、ルイ16世が「『フィガロの結婚』の結末より話が複雑なオペラを作るな」などと観客を笑わせるセンスもあります。