Les contes d’Hoffmann
(原作バルビエ&カレー「ホフマンの幻想物語」・作曲オッフェンバック)
あらすじ
プロローグ
ニュールンベルクの歌劇場では、ホフマンの恋人、ステラがドン・ジョヴァンニに出演している。彼女の召使アンドレが、ホフマンに手紙を届けるために近くにあるルーテルの酒場にやってくるが、議員リンドルフがその手紙を買収し、ステラとホフマンの仲を裂こうとする。オペラの休憩時間になると、学生たちが入ってくる。ホフマンは彼らにせがまれて、今までの自分の恋の体験話をすることにする。3回の恋愛経験のうち、いずれも友人ニクラウスがなぜか一緒にいたという。
1幕
イタリアの科学者スパランザーニは魔術師コッペリウスの力を借りて、等身大の自動人形オリンピアを作り、娘のように可愛がっている。科学者になろうとしてスバランザーニをたずねてきたホフマンはこの人形を見ると、一目ぼれしてしまう。そして、コッペリウスから魔法の眼鏡を買う。オリンピアのお披露目パーティーが行われる。人形だとは知らないホフマンは、二人きりになって、口説こうとする。オリンピアを買おうとして、不渡手形を渡された、コッペリウスが怒って、腹いせに人形をバラバラに壊していく。ホフマンの魔法の眼鏡も壊れてしまい、人々は人形に恋をした彼を嘲笑する。
2幕
ヴェネチアの娼婦ジュリエッタの邸宅で、豪華で艶かしい宴が開かれている。ホフマンは彼女を称え、愛を訴える。魔法使いダッペルトゥットは、ジュリエッタに大きな宝石を見せ、これと引き換えにホフマンの影を盗むようにと頼む。ジュリエッタは彼に鏡に映る影が欲しいといい、彼が承諾すると、彼の姿を鏡に映らなくなってしまっていた。ホフマンは彼女の崇拝者シュレミルと決闘にまでなるが、結局ジュリエッタに騙されていたことに気付く。ニクラウスは彼を引きたてて行く。
3幕
病身の歌手アントニアは、父親クレスペルから歌を歌うことと、ホフマンとの交際を反対されている。彼は彼女の母親も歌手で、娘と同じ病気で死んだので、心配しているのである。ホフマンがアントニアの部屋にやってくる。アントニアはホフマンの作った作品を歌うのが夢だというが、彼は健康を案じて、歌うのはやめるようにという。アントニアの母親がかかったという医師ミラクルが入ってきて、アントニアの脈をとり、歌えと命じる。様子を隠れて見ていたホフマンはアントニアに自分も芸術への道をあきらめるから、平凡な家庭の中で暮すようにと言って帰っていく。ミラクルがアントニアに、歌手の夢で誘惑しようとする。ホフマンとの愛のみに生きる決意をした彼女はこらえようとするが、母親の声が聞こえてくるので、一緒に歌ってしまい、死んでしまう。
エピローグ
3つの悲恋物語を話したホフマンは「3人で1つであり、それがステラだ」という。学生たちは、隣室へ行き、一人になった彼は酔いつぶれている。ステラが彼に会いに来ても気付かない。リンドルフがステラを連れてどこかへ言ってしまう。ニクラウスがミューズに変身し、「失恋の経験を芸術の道に生かしなさい」と声をかける。
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ホフマンは実在の詩人です。有名なのは、バレエにもなっている「くるみ割り人形」「コッペリア」などです。どちらも、人間と人形の恋物語。どちらも悲恋になってしまいますが、人間にとっては貴重な経験というお土産が残ります。 プロローグ・エピローグをはさんで、3幕あり、オリンピア→ジュリエッタ→アントニアの順番が通常ですが、そうとは限らず、ジュリエッタとアントニアが入れ替わっていることも多いし、逆の順番になっていることもあります。 人形に恋する青年の物語・妖艶な娼婦に翻弄される物語・可憐で病身な歌手との悲恋という、独立した話がオムニバスになっています。しかし、これを1つだけ上演するというのは、他の短いオペラと比べても味気ないものになるでしょう。3つ合わせたということに意味があります。 最後にホフマンは「3人で1人だ」と言います。3人はまったく、共通性のない人物のようですが、これが、男性の立場から見た女性というものなのかもしれません。どうも、エヴァとマリアの二元論にも通じるものを感じます。キリスト教の女性に対する見方は、男性を誘惑する存在、というのと同時に、清らかで母性あふれる存在(こんな人はいるはずはない)があります。この両極端に女性を見るのは、私はずっと疑問に感じていましたが、女性に限らず、誰でも、善と悪の両面性を持っているものではないでしょうか?良心はきちんと持っているはずですが、絶対に悪いことはしないと誰も断言はできないはずです。ホフマンは恋愛を通して、人間には多面性があるということを学んだのではないかと思います。 ニクラウスはジュリエッタと有名な舟歌を歌いますが、ストーリー的に関係があるものではありません。むしろ、ニクラウスはホフマンの恋する女性に対して、どれもケチを付けています。しかし、ジュリエッタを取り巻く環境のゴージャス&艶かしさを演出するには、舟歌はなくてはならない場面です。凛としたズボン役として中性的だったニクラウスは最後になって、優雅な芸術の女神ミューズに変身します。恋を通して人間を見る。失恋を通して、自分の感受性を磨く。決して、人を愛することをあきらめはしなかった。芸術の女神はそんな彼に道を示したのでした。