Orfeo ed Euridice

(原作:ギリシャ神話・グルック作曲)

あらすじ

1幕

オルフェエオは妻エウリディーチェに先立たれ、絶望のどん底に陥っている。彼は同情する人々をも追っ払い、神々に不条理を訴える。すると愛の神が「神々はお前の嘆きに同情している。死後の世界へ行って、妻を連れ戻し、再び2人で生きて暮らすがよい。その途中、復讐の女神たちが妨害するかもしれないが、得意の美しい歌で説得できるだろう。しかし、地上に戻るまでは妻の顔を見ては行けない」とゼウスからの伝言を持ってくる。

オルフェオは愛する妻のために、下界に下りて、あらゆるものに絶えて戦おうと決意する。

2幕

下界への途中、復讐の女神たちや怨霊たちの妨害に対して、オルフェオは歌を歌って説得させる。極楽の世界にいるエウリディーチェをオルフェオは連れ戻そうとする。しかし、エウリディーチェは夫が自分の顔を見ようとしなく、よそよそしい態度を取るのを愛情が冷めたからだと寂しがる。そして、なぜ、愛していないのに、生の世界に連れ戻そうとするのか、愛されていないのに生きていてどうするのか、などと夫を責め立てる。オルフェオは一生懸命に神からの忠告を守ろうとしながら、妻を連れて行こうとするが、ついに耐えられずに彼女の顔を見て抱きしめる。すると、エウリディーチェは気を失って死んでしまう。オルフェオは神の言葉を守らないで誘惑に負け、妻を失ってしまったことを嘆く。すると、愛の神は生き返ったエウリディーチェをオルフェオに引き合せて祝福する。

 

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「オルフェオとエウリディーチェ」の話は大変有名なギリシャ神話です。この話の意図する所は、誘惑に負けない愛、信じることのできる愛の尊さだと思います。しかし、この夫婦は生の世界においては仲睦まじい夫婦であったにも関わらず、そのような愛はありませんでした。わざわざ夫が死後の世界にまで来て自分を迎えに来たのに、エウリディーチェは信じることができませんでした。オルフェオも死後の世界へ行く道を復讐の女神や怨霊たちをあしらいながら、やってくるだけの意志の強さがあったのに、誘惑に負け、神の忠告を守ることができませんでした。

どんなに仲の良い夫婦でも人間なのですから、完璧な愛というものは持っていないのかもしれません。それを責めることはできません。しかし、愛があるからこそ信じられるし、忍耐もできる。それができない夫婦は「はい、そこまで!それまでのことだった」という風に片付けてしまうこともできます。しかし、愛の神が最後に2人を助けてしまいます。神の忠告を守らなくても願いが叶うのなら最初から叶えてあげればいいのに…と思ったのは私だけでしょうか?それともこの夫婦は、その愛の意味を教訓として生きてやりなおすことができるのでしょうか?

エウリディーチェはソプラノですが、オルフェオはメゾやアルトが歌うこともあれば、テノール、またはカウンターテナーが歌うこともあります。主にカラスタートの少ないフランスではテノール、イタリア等ではカウンターテナーが主流だったようです。愛の神は大人の女性のソプラノが歌うこともあればボーイソプラノが歌うこともあります。この時代のオペラはそれほど声域にうるさくなかったようです。私はカウンターテナーのオルフェオ、ボーイソプラノの愛の神が良いと思います。オルフェオを女性がやると宝塚のようになってしまいます。また、ボーイソプラノの愛の神は子供っぽい可愛らしさと凛とした神の部分が共存している声だからです。

 

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