Turandot
(カルロ・ゴッツィ原作・プッチーニ作曲)
あらすじ
1幕
戦乱時代の北京の紫禁城で暮す王女トゥーランドットは求婚者の王子たちに難問を出して解けないと、死刑にしていた。女奴隷のリューを連れた亡命中のタタールの廃王のティムールは息子のカラフと再会する。ペルシャの王子がトゥーランドットの出す謎に解けなかったということで、刑場へ向かっている。人々が恩赦を要求するが、登場したトゥーランドットは冷酷に処刑を命じる。その彼女の美しさに一目ぼれしたカラフはティムールやリューの反対を押し切って自分も求婚する決意をする。
2幕
カラフは人々が止めるのも聞かずに求婚のドラを鳴らす。トゥーランドットは自分がこのようにするのは、異邦人によって無惨な死を遂げた祖先の王女の恨みを果たすためであることを説明すると、3つの謎を出す。カラフは全問正解を答える。「誰のものにもなりたくない」と皇帝に哀願する王女を見て、カラフは「夜が明けるまでに自分の名前を答えることができたら死ぬ」と言う。
3幕
トゥーランドットは今夜、誰も寝てはいけないという命令を出す。紫禁城の臣下3人組のピン・ポン・パンはカラフに美女や財宝で誘惑しようとするが相手にされない。カラフと話しをしていたということで、リューとティムールが引きずり出されてくる。リューは自分だけが王子の名を知っているというと、拷問にかけられる。拷問に耐えて答えようとしないのを不思議に思うトゥーランドットに、彼女は「愛のため」とこたえ、氷のよう姫君の心も溶けて愛を知るようになるだろう、と言って自殺する。
カラフはトゥーランドットにリューの流した血を見る様にと、彼女のベールを剥ぎ取り、無理やり抱きしめて接吻する。トゥーランドットは生まれて始めて情熱的な愛を知る。カラフは自分の名前を教える。
謎がわかったというトゥーランドットは皇帝に王子の名前は愛であると言うと、人々は2人を祝福する。
*****************************
トゥーランドットは冷酷な王女ですが、その内面にはとても繊細で臆病な乙女の顔があるのではないかと思います。彼女は自分の祖先の王女が異邦人によって無惨な死に方をしたという話を聞き、とてつもない恐怖心を感じたのでしょう。祖先の話を自分のことのように感じてしまい、男嫌いに走ってしまう多感な女性なのです。攻撃的な人物ほど、実は臆病者だったりするものです。
彼女の男嫌いは、カラフの情熱的な愛情表現で、克服されます。よく健気な女奴隷のリューの登場がプッチーニらしいといいますが、私はこちらの方もプッチーニらしいと思います(といってもこのオペラは未完作品のため、リューの死以降はアルファーノの手によるものなのですが)。カラフの愛情表現のやり方はトゥーランドットのヴェールを剥ぎ取り、無理やり抱きしめてキスする、というやり方です。男嫌いのはずのトゥーランドットがこれですぐに愛に目覚めてしまうなんて、都合が良すぎます。しかし、もう1つ考えられることは、人を冷酷に見下すことしか知らなかった王女が、征服されるという、マゾのような喜びを知ってしまったということもあります。確かに地位の高い人ほど、このような喜びにはまりやすいという説も聞いたことがあります。
それから、おなじプッチーニの蝶々夫人のことを、日本文化の解釈がおかしいという指摘をする人がよくいますが、このトゥーランドットも解釈のちょっと違うのでは?と思うことがあります。紫禁城ですから、時代は「戦乱時代」といえども清朝のはずで、映画の「西太后」や「ラスト・エンペラー」のような満州族の衣装を着ているはずなのに、そのような衣装の演出は見たことがありません。一体、どこの朝なの?と不思議になります。
音楽は、カラフの「誰も寝てはいけない」というアリアの旋律が大変美しく、その中に出てくる愛の主題がフィナーレで再び感動的に使われています。「蝶々夫人」のように、その国の音楽を取り入れ、エキゾチックな味を出しながらも、アリアのような自分の気持ちを訴えるような場面では、非常にイタリア的なのです。
以外に重要な役は、ピン・ポン・パンの3人組です。脇役ですが、皮肉まじりでありながらもコミカルに歌いますが、かなり真髄をついていることを言っていると感じさせます。彼らが言うには、中国が戦乱の時代を迎えたのは、トゥーランドットが生まれてからだとのことです。求婚者を処刑するような王女がいるようでは、確かに国は安定しないだろうけれども、民衆は処刑される王子に同情することはあっても、王女のわがまま政治に困っていても、よく反発しなかったなと思います。また、皇帝も「何度も若者の血を見たくはない」といいながらも、なぜトゥーランドットのやり方をやめさせなかったのでしょうね?確かに、皇帝の母親が政治的実権を握ったということは、紫禁城の中ではよくあったことです。でも、王女が皇帝よりも強い政治の権力を持つという話はどこでも聞いたことがありません。もしかしたら、戦乱の時代であった一番の理由はトゥーランドットのいわれるがままにしかできなかった皇帝に原因があったのかも知れません。