● 用語の説明

★ は追加分 1999.01Ver1、'02.10V2、03.06V2.3. .
※ この説明は公的な辞典ではなく、多分に趣味主観が入ったメモです。取扱いにはご注意下さい。




● 相殿(あいどの):主祭神に対しひとつの社殿に2神以上対等に近い形で祭られる神(相殿神)。

● 相殿造(あいどのつくり):相殿神を祭るため2殿以上を1つに併せて造った社殿。

● 相嘗祭(おいなめさい):11月の新嘗祭の前に71座の神に新穀を奉った。(あいんべのまつり・あいにえのまつり)

● 贖児(あがちご):旧暦6月・12月の大祓に用いたヒトガタ(人形)

● 贖物(あがもの):ケガレや災難を代りに負わせる人形、身代、装身調度など。

● 幄屋(あくのや):神事、朝廷儀式の時など、参列者を入れるための仮屋、四隅と中央に柱を立て上と側面に幕を張る。(幄=とばり)

● 天児・天倪(あまがつ):子供用の形代(かたしろ)。

● 天津神(あまつかみ):いわゆる天孫降臨以前に高天原から葦原中国に降った神々とその子孫。


● 斎垣(いかき):=玉垣、神聖な領域を囲う。埋葬した土饅頭の周囲にめぐらす垣。

● 斎串(いぐし):=玉串、麻・木綿などをかけて神に捧げるサカキなど。

● 神巫(いちこ):神前で神楽を捧げる舞姫。

● 一字書出し:偏諱授与(へんきじゅよ)=一字拝領。中世以降の武家社会によくみられる。通字:代々受継ぐ一字、足利将軍家の「義」など。

● 一の宮(いちのみや):一条天皇の時代に初見あり、諸国で由緒があり信仰の深い神社が一の宮を称した。鎌倉時代初期には全国的に定められた。

● 諱(いみな):実名(じつみょう)。

● 磐座(いわくら):神が降りる、依代(よりしろ)としての場所。奇岩、大きな岩などが対象となる。
● 磐境(いわさか):岩石によって区別された祭祀の場。


● 宇佐使(うさつかい):宇佐神宮への勅使。正史には、天平9(737)が所見。が、日向・大隅の隼人反乱の養老4(720)豊前国司が小山田社に鎮座していた八幡神に隼人平定の戦勝祈願を宇佐使の始めという。
天皇即位奉告でこの時の宇佐使は5位以上の和気氏が選ばれる慣例。鎌倉時代(1321)迄続き江戸時代に復活するまで中断する。鎌倉までの回数は213回で平安407年間の153回が最も多い。

● 禹歩(うほ):方術(道教)での手順の1つのカタチ。夏王朝の始祖、禹に発すると言う。諸葛孔明(181-234)が戦中に北斗のカタチを踏む禹歩をしたという。<封禅、太一>

● 戎(えびす):島根県美保神社(事代主命・ことしろぬし)系統と兵庫県西宮神社(蛭子命・ひるこ)系統がある。恵比須、恵比寿、蛭子、などとも書かれる。
流れついた土左衛門も含め海岸で漂着物をまつる習慣が太古よりあり、このエビス(夷信仰)が恵比須、事代主とつながったのだろう。

● 絵馬(えま):神社に生馬を献納するかわりに板に馬の姿を書いて納めたのが起源とされる。大阪生駒西麓の古墳から馬の骨が出土しているが、愛馬としての埋葬と生贄としてのそれが見られるとの事である。

● 延喜式(えんぎしき):律令の施工細則を記したもの。延長5(927)に全50巻として集大成された。神祇に関するものは1巻から10巻、神祇式とも呼ばれる。記載されている社を延喜式内社、単に式内社、式内ともいう。

● 縁日(えんにち):神社の創建、祭神の降誕などに関係の有る、縁のある日。一般にお祭りが行われる。縁日に出る露店を縁日とも云うようになった。


● 王子(おうじ):京都から熊野参詣の街道沿いにある休憩所、熊野権現の末社。

● 大麻(おおぬさ):榊に麻と白紙を切った紙垂(しで)をつけたものや白木の棒に麻と紙垂をつけたもの。祓い具のひとつ。

● 大八島国(おおやしま):
(記)淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま、淡路島)、伊予之二名島(いよのふたな、四国)、隠伎之三子島(おきのみつご、隠岐)、筑紫島(つくし、九州)、伊伎(いき、壱岐)、津島(対馬)、佐度島(佐渡)、大倭豊秋津島(大和=本州)。
(紀)淡路州、豊秋津州、伊予二名州、筑紫州、億伎州、佐度州、越州(北陸)、大州(大島)。

● 淤加美神(おかみ):{雨+龍(下に)}の字での表示が多い、闇がついて「くらおかみ」という。豊後風土記に「泉水を汲ましめる蛇レイあり於箇美(おかみ)と謂う」とある。「おか」は岡、「み」は蛟(みずち)で水神、龍、蛇の事という。水源地近くに祀られることが多く意賀美などとも書く。迦具土、埴山姫、磐裂神の流れになる。
初めは「高い」と「低い」、遠近の区別と思われる。

● 御子良子(おこらご):伊勢神宮の神饌などに奉仕する少女。

● お三(おさん):下女・端女。神奈川に「おさんの宮」がある、江戸期干拓工事の人柱である。

● 御旅所(おたびしょ):神霊(神輿)が一定期間とどまり仮に鎮座される場所。恒久的な殿があったり、他の神社の場合もある。

 

● 掻垂(かいだれ):祭事に使われる削掛、紙幣。

● 春日造(かすがつくり):春日大社の本殿を代表とする建築様式。切妻の発展型で妻入の前面に屋根をつけて前方に伸ばしたもの。王子造とも呼ばれる。

● 形代(かたしろ):罪・汚れ、凶事を移され・流されたりする可哀想な人形。

● 鰹木(かつおぎ):神社の社殿の棟木の頂部に載せられる水平の円柱材。太古(瓦使用以前)の屋根の漏水防止処理の押さえと思われる。鰹木が無く棟の仕舞(押さえ)に古の大和造りに似た社殿もある(利根川大生神社など)。
堅魚木、勝魚木、勝男木(出雲に多い)などとも表記される。その数で奇数は男神、偶数は女神を表すといわれるが、そうとも限らない。

● 神々:地祇、八百万の神
石土毘古神いわつちびこのかみ(石や土)、石巣比売神いわす(石や砂)、 大家毘古神おおや(家屋の神)、 大綿津見神おおわたつみ(海)、 速秋津日子・(妹)速秋津比売はやあきつ(水戸)、 沫那芸神あわなぎ(静な水面)、沫那美神あわなみ(波立つ水面)、 天水分・国水分神あまのみくまり(分水)、 志那都比古神しなつひこ(風)、 久久能智くくのち(木)、 大山津見おおやまつみ(山)、 鹿屋野比売神かやのひめ・野椎神のづち(野)、 鳥之石楠船とりのいわくすぶね(天鳥船とも,船)、 火之夜芸速男神・火之迦具土神(火)、 波迩夜須毘古神はにやす(土)、 和久産巣日神(稚産)わくむすび(生成)、 金山毘古・金山毘売(金、)、 豊宇気毘売神(食物)、 建御雷之男神(雷)、 奥山津見神(奥山)、闇山津見神(谷山)、 道俣ちまた(分かれ道)、 奥津那芸佐毘古おくつなぎさ(渚)、上・中・底津綿津見神、
など、

● 神世七代:
(記)国之常立神くにのとこたち、豊雲野神、宇比地迩神うひぢに、妹須比智迩神いもすひぢに、角杙つのぐい・妹活杙いもいくぐひ、意富斗能地神おおとのぢ・妹大斗乃辨神いもおおとのべ、淤母陀琉神おもだる・妹阿夜訶志古泥神いもあやかしこね、伊邪那岐神いざなぎ・妹伊邪那美神いもいざなみ。泥土煮尊うひぢの(泥=泥+下に土、煮=煮+下に土)・沙土煮尊すひぢの、大戸之道尊おおとのぢ・大苫辺尊おおとまべ、面足尊おもだる・かしこ根尊(立+皇)、伊奘諾尊・伊奘冉尊。

● 姓(かばね):臣、君、連、造、直、首、史、村主、県主などが代表的

● 仮殿(かりでん):本殿を改築する時などに、ご神体を一時的に遷す仮に造る社殿。権殿(ごんでん)と称して普段から用意している社もある。

● 花朗(かろう):新羅の貴族の子弟からなる愛国的武士団、の信奉した弥勒。新羅の花郎道、花郎、花郎遊娯地の金蘭は普通名詞。窟に篭る。花郎の篭る洞窟を新羅で弥勒堂という。弥勒=花郎。弥勒=竜。真興王37(576)の頃から新羅が朝鮮全土を統一する7c末まであった。

● 官国弊社(かんこくへいしゃ):明治4年に定められ昭和20年まで続いた神社制度で、官幣大社・中社・小社。国幣大社・中社・小社。別格官幣社の社格がもうけられた。これを総称して官国弊社、官社と略する事も有る。

● 勧請(かんじょう):離れた土地から分霊を迎え祀る事。虚偽のない事を神に誓うこと(中世〜江戸)。

● 神奈備(かんなび、かむなび):神のこもる山、山そのものがご神座となる山として祭場、祭祀の対象とされている山。みむろ山、みもろ山などとも云う。大和の三輪山は代表的。

● 官社(かんしゃ):祈年祭など国家的祭祀の折に、神祗官から幣(ぬさ)の奉られる神社。直接神祗官が出向くのが官弊社、国司が奉幣するのが国弊社。


● 木花(きばな):白木を細く削り、カールした削った部分が重なり花のように見える弊。花稲(はなしね)の類とされる。関東の山間には見られる。

● 切麻(きりぬさ):大麻とおなじ祓い具、麻を細く切ったもの。

● 草薙剣(くさなぎのつるぎ):須佐之男が宝剣・十握剣(とつかのつるぎ)で大蛇を切り刻む途中この剣に当り十握は折れる(欠ける)。この剣は天叢雲剣(あまのむらくも)・韓鋤(からさい)とも呼ばれ。のち、日本武尊が相模(駿河)で賊に火攻めに遭った時、この剣で草を薙ぎ難を逃れたことから「草薙剣」と呼ばれるようになる。宮簀媛のもとに置いて出かけたので、熱田神宮に残るという。
*十握剣は「蛇麁正おろちのあらまさ」と名付けられ、備前・石上布都之魂神社にまつられ、今も伝わるという。

● 旧事記(くじき):「先代旧事本紀」の略。全10巻で神代より推古33までを記した歴史書。物部氏により平安初期に成立したものと考えられている。長く偽書とされてきたが古代祭祀など記紀にない独自な記事も有り再評価が進んでいる。

● 国津神(くにつかみ):天津神にたいして使われる。高天原に対し地上に出現した神々、天津神の後裔で土着した神々、各地方の有力な神々。地祇(ちぎ)ともいう。

● 国造(くにのみやつこ):古代の地方豪族で伴造に対応する。国司郡司が置かれた後は行政権を失い祭祀権のみ保有した。出雲などは「こくそう」と訓む。

● 国平(くにむけ):国を平らかにする、鎮圧、平定、裕福穏やかにする、と意味が変わってきたと思われる。平国祭等の名で祭事が多い。古く国の土地全体が一つの人格、神格と扱われてたようである。


● 境内(けいだい):神社の所有地のうち社殿など建物が有るところ、参道、行事に必要な土地、などをいう。

● 境内神社(けいだいじんじゃ):境内社。境内に有る小社。

● 庚午年籍(こうごねんじゃく):天智朝につくられた最初の戸籍という。普通集計された戸籍は30年で破棄されるが、庚午年籍は永久保存の対象だった。

● 合祀(ごうし):一つの神社に他の祭神を併せ祭る事。

● 荒神(こうじん):民間で信仰される火の神、土地神などをいう、竃かまど神。土祖(はにおや)、澳津彦、澳津姫の三神を言うことが多い、関西の一部では「普賢・ふけん」さんと呼ぶところも有る。
三宝荒神というと十羅刹女(じゅうらせつにょ)の化身、文殊菩薩、不動明王、歓喜天など色々諸説ある。

● 五行
 五行 、木  、火  、土  、金  、水  。
 五色 、青  、赤  、黄  、白  、黒  。
 五方 、東  、南  、中央 、西  、北  。
 五時 、春  、夏  、土用 、秋  、冬  。
 五星 、歳星 、螢星 、填星 、太白 、辰星 。 {蛍:虫=火}
 (五星)、(木星)、(火星)、(土星)、(金星)、(水星)。
 五事 、貌  、視  、思  、言  、聴  。
 五音 、呼  、笑  、歌  、哭  、呻  。
 五虫 、鱗  、羽  、裸  、毛  、介  。 {裸:ネ=イ=人間}(虫=生きもの)
 五臓 、肝  、心  、脾  、肺  、腎  。
 五常 、仁  、礼  、信  、義  、知  。
 五味 、酸  、苦  、甘  、辛  、鹹  。 鹹(かん)
 五声 、角  、徴  、宮  、商  、羽  。

 十干 、甲乙 、丙丁 、戊己 、庚辛 、壬癸 。
 十二支、寅卯辰、巳牛未、辰未戌丑、申酉戌、亥子丑。
 易卦 、震  、離  、   、兌  、坎  。  坎(かん、穴)
 月  、1.2.3、4.5.6、 、7.8.9、10.11.12。  (旧暦)

● 黒曜石(こくようせき):黒曜石の産地。
北海道白滝(白滝・置戸・十勝三股)。樺太ドーリンスク1、ソーコル遺跡でも出土。
東北:深浦(青森)、男鹿半島(秋田)、月山(山形)。
関東:和田峠、霧が峰(長野)、伊豆箱根、神津島(下田南方54km)。
中国:隠岐島(島根)、
九州:瀬戸内姫島(大分)、阿蘇山周辺(熊本)、腰岳(佐賀)、出水いずみ(鹿児島)
#奈良二上山、香川五色台でのサヌカイトも黒曜石に性質が似ている。

● 国幣(こくへい):祈年祭で国司が天皇からもらった稲穀を国内の諸社に捧げた、これを国弊という。村落の神社をまつる支配者は、この籾を撒く種籾に混ぜた。

● 子代(こしろ):名代が王族間を渡る間に何かの拍子で豪族に渡ったものを「子代こしろ」といった。

● 五岳(ござん):中国では”五岳信仰”があり、東岳泰山、南岳衡山、西岳崋山、北岳恒山、中岳崇山、の五岳があった。封禅、太一神と密接。

● 言霊(ことだま):ことばに宿る霊力。祝詞はことばの霊力に期待する信仰に基いている。

● 言向(ことむけ・言平):言霊+国平。「ひむがしの 国ことむけて みつるぎは 熱田の宮に 鎮まりいます」(本居宣長)

● 向拝(こうはい、ごはい):社殿正面の入り口、階段部分に張り出した屋根の部分。

● 狛犬(こまいぬ):高麗犬、エジプト,インドなどが起源とされ中国朝鮮を経て伝来したとされる。多くは対で置かれ向かって右が口を開き(阿・あ)左が口を閉ざす(吽・うん)の形である。古くは神社のものは一本角があり、寺は無しと分かれていた。左側の一本角のある狛犬はまだいくつかの神社に見られる、大阪の天満宮の裏手の摂社など。

 

● 祭祀(さいし):マツリを形式化したもの、手順とカタチに重きをなす。一般の揶揄に“まつりあげる”などある。
祭祀の職業部として、中臣、忌部、卜部、巫部、神部、神宮部、祝部、神奴部、語部、笛部、猿女、宮若宮部、津守などがある。

● 賽銭(さいせん):神へのお供え物のひとつで古くは米を紙に包んで供えるオヒネリであった。

● 榊(さかき):常緑樹は冬にも枯れず杜に多いが、榊は特に清浄をあらわすとされ神社では社殿などの装飾や大麻・玉串などに使用される。榊の生えない地方では樫,杉、樅などをこれに代える。

● 左義長(さぎちょう):三鞠打・三毬杖。小正月前後に、古い飾り、神札などを集め焼く神事。どんど焼き,さいと焼きなどとも言う。
 中国殷の時代より妊婦を棒で打ち安全健康のマジナイがあったらしいが、太古から続く豊饒・魔除の願掛けか。

● 三狐神(さぐじ):田の神。御食津神。石神。参照→しゃにち、たのかみ。

● 里宮(さとみや):同一神社で山頂に近いのを奥宮、里に近いのを里宮という。

● 生飯(さば):食前に飯の上部を少し取分け、餓鬼や鬼神に供えるもの。社日(しゃにち・さじつ・さじ)もサバと訓むところがある。

● さばえ神:サンバイ神、三把様さんば、さば。さばは散飯、生飯と同義、三昧(没頭)場=火葬場、墓場。さばえなす神。

● 山窩(さんか,散家):山の民。乱破(らっぱ)を頂点に、透破(すっぱ)、突破(とっぱ)という階級秩序。木地師やマタギは山間部の一定の場所に定住した。山窩は山間部を常に漂白した。
山窩の祖:関白藤原道隆の子・道宗(みちむね)。道宗は父に山中に捨てられた。
木地師の祖:文徳55皇子・小野宮惟喬親王。
マタギの祖:藤原秀郷の後裔。

● 三貴神:
(記)天照大御神、月読命、建速須佐之男命。
(紀)天照大神、月読尊、素盞嗚尊。

● 三種の神器(さんしゅのじんぎ):八咫鏡、草薙剣、八坂瓊曲(勾)玉(やさかにのまがたま)。
西北アジア遊牧民スキタイの「三種の神器」、天から下された黄金のスキとくびき・杯・斧の3点だった。杯は祭祀者、スキとくびきは農民、斧は戦士を表す。

● 三神山(さんしんざん):蓬莱・方丈・瀛州。中国、帝の継承儀式・封禅にも関り深い。徐福など不老不死の薬草、仙界という代表場所としての三神山、山東半島以東が主になる。この場所を探す話はすでに斉の威王、宣王、燕の昭王の頃から始っていた。
古代中国では、天地の間を上下するための天橋・天梯を二種類考えた、一つは「建木(けんぼく)」「若木(じゃくぼく)」「扶桑(ふそう)」「霊木(れいぼく)」などと呼ばれる樹木。一つが泰山たいざん・崑崙山などの霊山である。樹木は宇宙木、山は宇宙山と呼ばれる。
*若返りといえば、月と仙薬、想起するのは「中国の「嫦娥じょうが」伝説。日本では月読、若水か。

● 三檀(さんだん):山頂の古墳。

● 三別抄(さんべつしょう)(の反乱):高麗の特別編成軍「別抄」は選抜軍のこと。高麗の都である開京の警備の為に夜別抄が編成され、のち規模を拡大して左右の2部隊に分れ、さらに蒙古の捕虜となり逃亡して来た兵を神義軍に組織し、夜別抄の左・右、神義軍の3つを山別抄と呼んだ。
元寇の役で元軍を悩ませた、舟の瓦解、焼討ちなどは三別抄の残党ゲリラという。

● 三礼(さんらい):『周礼』『儀礼』『礼記』の総称。


● 史記(しき):本紀、10の年表篇と8巻の書(礼、楽、律、暦、天官、封禅、河渠、平準)

● 式内社(しきないしゃ):→[延喜式]

● 四座(しざ):観世座、金剛、金春(こんぱる)、宝生。のち(江戸初期?)喜多座が加わり五座。

● 四神(しじん・ししん):玄武(北・水星)、青竜(東・木)、朱雀(南・火)、白虎(西・金)。淮南子・天文訓によれば本来は本来は五惑星や星宿を指すものだった。四神に「宮・土」が加わる。
*天極・四輔、北壁・北方七宿、西壁・西方七宿、南壁・南方七宿、東壁・東方七宿。

● 七支刀(しちしとう、ななさやのたち):奈良・石上神宮に伝わっている。 その銘は「太和4(369)年、夏5月の最も夏の16日(火徳の盛んな)、丙牛(ひのえうし)の正午に、百度に鍛えた鋼の七支刀を造る、これにて百人の兵を撃退せん、ここに侯王(諸侯の意)に供すことを宣す」表面。「先の世以来、このような刀はなかった。百済王の世子は奇しくも生まれながらにして聖徳がある。故に倭王となし、嘗(はじ)めてこの刀を造った。後世に伝示せよ」
小林惠子氏は慕蓉氏を象徴、タケルの比比羅木八尋矛(ひひらぎやひろほこ)の系統とする。七は6枝とする考えもある。

● 地鎮祭(じちんさい):土木、建築などの起工の際、その土地の地主神に挨拶、許可を得る祭祀。

● 紙垂(しで):四手・垂とも。注連縄、玉串、大麻などにつけて清浄神聖をあらわすもの。古くは麻の布を使用していた。

● 社家(しゃけ):世襲神職の家の呼称。

● 社殿(しゃでん):神社の建築物のうち本殿拝殿など神祇を奉斎し儀式などを行う中心的な建物。

● 社日様(しゃにち):民間信仰でおいげ様、社日様(さじつ・さじ)などとも呼ばれる。サジは作神とも書かれる。境内の隅、田の端などに5角形・6角形の石柱で祀られる事が多い。5角柱は特に千葉に多い。石柱の各面には、天照大神・少彦名命・埴安媛命・倉稲魂命・大己貴命の神名が書かれる。6角柱の残り1面に建立の日付などが彫られる。九州から千葉辺りまでは確認している。
社日塔に刻まれた神名から五社様とも呼ばれ、エビス、地神、大黒、おさいば様(お三昧様・サバ神・田の神)、作神(左口神・赤口神・遮軍神・三狐神・石神)とも呼ばれいわゆる民間信仰の名で尊崇されてきた神々。泣沢女神(別名命乞いの神)、罔象女・弁天様に隠された信仰と思われる。
・社日、たのかんさぁ(田の神)など含め民間信仰の切実・素朴な大きな根のひとつだろう。「5」の数は五穀、老子の五谷か。谷神を意識する人々がいたとすれば収穫の収奪に対する「あきらめの処理」にも通じるのかも知れない。

● 社務所(しゃむしょ):事務一般を処理する所。直会(なおらい)などの場所を兼ねる事が多い。

● 将軍塚(しょうぐん−):将軍とは本来陰陽道の神で太伯星の精で四方を正す働きがある。

● 神祇(じんぎ):神々の総称、天神地祇などともいう。

● 神饌(しんせん):供える飲食の事。御饌(みけ)ともいう。調理されたものを熟饌、生を生饌という。饌は食物の事、東北では「け」の言葉が生きている。

● 神代文字(しんだいもじ):現在では一般に否定されている。
「在否論」
否:斎部広成「古語拾遺、大同2年(807)」蓋し聞く上古の世未だ文字あらず貴賤老少口々相伝う・・・。
 現代:大野晋。 中世:大江匡房「筥崎宮記」。 近世:契沖、賀茂真淵、本居宣長。
在:勇山文継「弘仁私記、弘仁1-14年(810-823)」。 大友能直「上記」。 卜部兼方「釈日本紀」。 谷田部公望「承平私記」。 忌部正道「神代巻口訣」。 新井白石、平田篤胤「神字日文伝(かんなひふみ),あひる」。 明治の国学者落合直澄「日本古代文字考」。 吾郷清彦。

神代文字:
1・古史古伝に所載のもの
 神代文字で書かれたもの:上記(豊国文字(サンカ文字に似る)豊国(現大分)。 秀真伝・三笠紀(秀真文字・ほつま)。 カタカムナのウタイ(上津文字)。
 収録されている:鬼神文書(春日文字ほか)。 竹内文書(像形仮名字ほか)。 宮下文書(アソヤマ文字)。 物部文書(物部文字)。 東日流外三群誌(結縄(キープ)ツボケ砂書き文字)。 神社のおまもり。
2、石窟文字:石器、土器、石片、金属器など
3、幽閉文字:(霊能者・・・
ハングル:1446、李朝4代世宗、「訓民正音」
中世ハングル:681新羅31世神文王「吏道・りと」
如臨土アリムド:正音38字、BC2183。韓国の古史古伝「桓壇古記」
豊国文字−サンカ−ジプシー−キープ
傀儡子クグツ=北テキ説、サンカ説

★ 神道五部書:『倭姫命世記』『造伊勢二所太神宮宝宮本記』『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』『伊勢二所皇太神御鎮座伝記』『豊受皇太神御鎮座本紀』
鎌倉中期〜外宮が広める。近世、垂加神道の教典とされ五部書と称される。江戸初期には既に偽書との論がでる。

★ 神宝:
    、 伝授者 、被伝授者、 神宝 : 内容。
古事記 、天照大御神、邇邇芸命、三種神器:八尺の勾玉・ 鏡 ・草那芸剣。
日本書紀、天照大神 、瓊瓊杵命、三種宝物:八坂瓊曲玉・八咫鏡・草薙剣。
旧事本紀、天神御祖 、饒速日命、十種瑞宝:奥津鏡・湯津鏡・八握剣・生玉・玉足・死返玉・道返玉・蛇比礼・蜂比礼・品物比礼。
物部文書、御祖天照日大神、饒速日命、十種神宝:奥津鏡・辺津鏡・十握剣・生玉・足玉・死返玉・道返玉・蛇比礼・蜂比礼・品物比礼。(天ツ祝詞ノ太諄辞・鎮魂ノ祭式・禁厭ノ術・武士ノ術。)(秋田物部文書、進藤孝一より)

● 神仏習合(しんぶつしゅうごう):仏教が伝来(公伝6世紀)して神道とのあいだに生じた信仰形態。平安末期に[本地垂迹説]が生まれ習合、混交が進んだ。神宮寺、寺院鎮守などが例である。

● 神明造(しんめいつくり):切妻造平入の社殿で、伊勢の本殿がその代表で「唯一神明造」と呼ばれ掘立柱を基本とする。直線で構成され、屋根は前後の長さが等しいのが特色、屋根の仕上げは板、桧皮(ひわだ・桧の皮)が使われる事が多い。棟持柱、千木、堅魚木がある。

● 神明鳥居(しんめいとりい):普通、神明造の社殿に対し設けられる。左右の柱、笠木、貫も円柱状で反りはなく直線で構成される。伊勢の笠木の断面は五角形である。

● 神紋(しんもん):神社、祭神の紋、普通でいう家紋。

紋の起源は明らかでないが、大きな流行は2度ほど見られる、平安と江戸元禄のころである。平安貴族が牛車を留める際の他との区別のための標識として使い出し意匠を競うようであったらしい。江戸期は着物の裏地に使ったりとデザインを楽しむなど種類も大幅に増えた様子。
実用としては、敵味方、功の確認のための旗指物、馬印などに使われた戦国の目印である、足利が敗走のときニ両引きの紋を塗つぶし新田の一両引きにしたの逸話もある。

一般に分家などの紋は本家に対し同じは恐れ多いということで意匠を足したり裏返したり複雑になる事が多い、徳川の葵も将軍家と御三家はそれぞれ微妙に違っている。また表紋と裏紋、陰、男、女紋などといわれる複数の紋を持つ家も珍しくない。

巴紋はほとんどの社寺に見られるが「巴=水」から火防の意味で広く一般化したと言われる。
紋は姫路城などに見られる様に歴代の城主の紋が残るなど、寺社と寄進者、領主の変遷が推測できたりする。関西に残る社殿は豊臣秀頼の寄進(奉行:片桐且元)といわれるものが多いが五七桐の紋もそれなりに多い。また、京都賀茂社の神紋は葵で有名であるが、奈良宇陀の八咫烏神社、京都太秦の元賀茂といわれる木嶋神社は双葉葵と紋からもつながりが推測できる。
奈良大神(三輪)は三本(立)杉、長野諏訪大社は諏訪梶といわれる三枚梶、兵庫西宮えびすは三柏、熊野の八咫烏は三本足、、弥生?時代の三足の祭祀土器、長江三星堆。。

● 神流(しんりゅう):大田亮氏は神々を、水戸神流(速秋津日子・比売、天水分。。)、山祗流(大山津見、野椎、足名椎。。)、火神流(迦具土、埴山、経津主。。)、海神流(綿積、玉依。。)、出雲神族系(素盞嗚、宗像2姫、五十猛。。)、八島士奴美命流(天之冬衣、大国主、味耜高彦根。。)、大年神流(韓、白日、阿須波。。)、天孫(天照大神、天之菩卑。。)などとの括りもしている。


● 垂加神道(すいかしんどう):吉田神道と朱子学を結合、道徳性が強く皇室崇拝が特色。江戸時代に山崎闇斎が唱えた。

● 隋身(ずいしん、ずいじん):楼門や拝殿などに左右一対の武官の像が祭られる事がある、これを随身といい櫛磐窓神(くしいわまど)、豐磐窓神の姿とされる。楼門は普通回廊がつくが単独のものを隋神門と呼ぶ。

● 数詞(すうし):烏帽子(えぼし):1頭(かしら) ・鏡:面(めん) ・神社:1座、1社 ・神体:1柱(ちゅう)、1座、1体 ・灯篭:1基 ・鳥居:1基 ・松飾:1門、1揃い ・

● 主基(すき,しゅき):大嘗祭の時、設けられた斎場。悠紀に次ぐものとされる、2番手か、不作対応か。主基、悠紀とも語源は古く語義不明とされている。

● 住吉造(すみよしづくり):大阪住吉大社に代表される様式。直線で構成され切妻造妻入で入り口は正面中央におかれる。棟は箱棟と呼ばれ千木も箱形である。 鳥居の左右の柱も四角柱がある。

● 晴明節:中国では冬至から105日目、新暦の4/5ないし6日に「晴明節」がある。死者をめぐる祭事で墓地に行き、線香・蝋燭・花・果物・豚などを供え、紙製の衣服や帽子を焼いて供養する。またこの日は「晴明柳」と呼ぶ柳を一枝、口にさす習慣がある。これは華南では他家の死者霊があやまって進入しないようにするまじないで、華北では柳には悪霊あるいはサソリの毒を祓う呪力があると言われている為である。


● 生命樹(せいめい−):エヴェンキ(ヤクート、ツングース)神話は、 「天地始めの時、台地の黄色いへのの上に大樹が聳えていた。樹には8条の繁茂した枝があり、樹幹は3層の天を貫いた。樹皮と樹節すべてこれ銀。樹液は黄金色の光芒。」 果実は杯のように大きく、葉は馬の皮のように張りがあった。梢より葉を通って黄色泡状の液体を滴らす。人はこれを飲み幸福に至った。 −−生命の樹 生命樹である。
シュメールのウルカギナ王は、葡萄を生命の樹と表現している。また同じウルナンム王の碑には王が生命の樹のナツメに水を注ぐ絵が刻まれている。
殷・周時代(BC1200-1300頃)の四川省・三星堆遺跡から3本の青銅製聖樹が出土、高さ約4m。

● 釈奠(せきてん):唐の高祖の武徳7年(624)2月丁巳はじめて釈奠(孔子祭)が行われた。 我国では文武元年(701)3月丁巳ひのとみ、に初めて釈奠が行われた。

● 摂社(せっしゃ):境内神社のうち本社とつながり深い縁で奉斎される社。后、子、地主神、荒魂、などを祀る事が多い。

● 総社(そうじゃ、そうしゃ):古代の国司が参詣の便のため任地内の諸紳を国衙(こくが)の近くに勧請したのが始まり。惣社とも書く。



● 大社造(たいしゃづくり):出雲大社本殿が代表。本殿は正方形でうず柱(棟持柱)があり切妻妻入、正面入り口は右にかたよっている。

● 太太講(だいだいこう):講のひとつ、各地で講中(こうじゅう)として多数が銭を出し代表者が伊勢参りなどをするもの。代表は順番とか抽選だった。伊勢太太講、単に伊勢講ともいう。

● 託宣(たくせん):神のお告げ。書紀の神功皇后紀など神懸りして託宣のあった記事が多く見られる。宇佐の託宣集など神社固有の記録も残る。審判者である沙庭との(力)関係も時代、人によりいろいろあり面白い。

● 湛神事(たたえしんじ):諏訪上社に伝わる鉄鐸を用いての神事。鉄鐸は諏訪上社に伝世し6口を一組として3組あり、かって上社年中最大の祭である「御立生神事(みたてまししんじ)」に際して神使の行く先々の「湛(たたえ)」でこれを用いて祭祀が行われた。「タタエ神事」ともいう。
「タタエ」とは「七木のタタエ」:桜・檀・峯・松・栃・柳・桧、の七タタエである。このタタエは往古、湖沼ないし湿原に面した山腹の傾斜地に位置している。

● 田の神(たのかみ):おさいば様。収穫が終わればカカシ揚げと称し山に帰される、それをトウカンヤといいその音から10月10日夜の行事とされた。トウカンヤの神は稲荷(トウカ)ともされる。


● 玉串(たまぐし):榊に紙垂などをつけて神前に奉るもの。古くは標木として地上に刺したてたといわれる。中央アジアでの依代、騎馬系の柳の木などと繋がるのかもしれない。

★ 民(たみ・ミン):奴隷(周以前の用法)、(統治されている)庶民、民くさ、(漢辞海)。
 尸に戈をあわせたのではないだろうか、など思う。この場合「尸」は死骸でなく虫(生きもの)か。


● 千木(ちぎ):屋根の棟の両端に着けられる交差した木。建築としての構造材の名残りといわれる。先端を水平に切る内削(うちそぎ)と垂直に切る外削(そとそぎ)の形式がある。内削は女神、外削は男神を表すといわれるが、そうとも限らない。
 ・新古今集:”夜や寒き 衣やうすき かたそぎの 行合いの間より霜や置くらむ”
 ・新古今集:”わが恋は 千木の片削ぎ かたくのみ 行きあはで年の積りぬる哉”

● 天神地祇(てんしんちぎ):天上(高天原)で産まれた神を天神(あまつかみ)、地上で産まれた神を地祇とする。地祇の子が天上で産まれると天神となる。のだが。。入組んでいてどうも明確な線引は無いような気がする、まあ論理的に割切れないのがヒト?の動きなのだが。。

● 鳥居(とりい):神域への入口を表示する建造物。2本の柱と2本の水平の木からなるのが一般的。水平の上を笠木、その下を貫(ぬき)と呼ぶ。その形はいろいろな分類があるが、ふつう下記の様に分けられる。(各部の名称)
「1」神明鳥居−(丸太で直線で構成)
  「-1」鹿島鳥居(貫が柱より外に出ている)、
  「-2」黒木鳥居(木の皮着き)、
「2」島木鳥居−(笠木の下に島木が着く)
  「-1」明神鳥居、
    「,1」稲荷鳥居(島木の下に台輪が着く)、「,2」両部鳥居(柱に控柱が着く)、
  「-2」変形鳥居、
    「,1」春日、「,2」八幡、「,3」山王、「,4」三輪、
 #柱が3本の三足鳥居もある。

 

● 直毘(なおび):忌(斎)みが終り平常に直すこと。

● 直会(なおらい):祭りの後、参加者が供えられた神饌を共食することで神の霊威をいただく行事。

● 流造(ながれづくり):神社の社殿形式のひとつ、切妻造平入で側面から見ると片方の屋根が曲線で長く突出したもの、突出し部分を向拝と呼ぶ。

● 夏越の祓(なごしのはらえ):普通6月晦日に神社で行われる神事。参拝人に茅の輪をくぐらせ祓い清める。邪神を和める為に行ったとされる。

● 名代(なしろ):王家の領有民、(5c初め頃から)王族がそれぞれ自分の領地を設けそれを広げ競う様になる。名代を有する王と親しい氏が名代の管理にあたる、これを名代の伴造という。名代の文字は殆ど「古事記」に見る。
名代は近親者で相続される。名代が王族間を渡る間に何かの拍子で豪族に渡ったものを「子代こしろ」といったらしい。単純に本人がつくると「名代」子供の名義でつくると「子代」だろうか。
領有民(を管理するところ)を「部」といい、額田部は推古→斎明、と引継がれたと考えられる。

● 奈良大仏(ならだいぶつ):天平勝宝4(752)4月9日、大仏開眼供養。
天平21.2月、陸奥国守敬福の黄金出土の奏上と初貢進。4/14天平勝宝と改元。4/22には続いて黄金900両。7月に安倍内親王即位。
盧舎那仏、詔より9年、1万人の僧侶,導師・菩提僧正,華厳経の講師・隆尊律師(りゅうそん)が輿に乗り東西から入る。この時聖武45太上天皇56歳、光明皇太后、孝謙天皇。
行基(668ー749)、開眼を待たず都の本拠地・菅原寺で82歳の生涯を終る。
金メッキに391kg(146kgの試算も有り)の金と、2198kgの水銀。高さ16m、両眼1.2m。天平勝宝の終り(757)1月に大仏の鍍金が完了した。
 奈良大仏造立には、宇佐八幡の役割が大きい。開眼の3年前に宇佐八幡大神に一品、比売大神に二品が与えられている。工事の鋳造鍍金など職人、監督者には物部、秦の名が多く見える。
 工事による水銀など垂流し。土壌の再生力が弱まり水ハケの悪い奈良盆地に排泄物の垂流しが重なり都にはさぞや悪臭が。。下流の河内湖にも大量の腐った魚が浮いたなどの記事も有る。のち、屁を「おなら」と云うのはココからだろう。大仏鍍金完了後、20年余りで奈良は廃される。

● 22社の制(にじゅうにしゃ):平安初期に律令制が見直され神社制度が確立してくる。
泰保2(965)にまず16社「伊勢・石清水・賀茂・松尾・平野・稲荷・春日・大原野・大神・石上・大和・広瀬・龍田・住吉・丹生・木船」
正暦2(991)に3社「吉田・広田・北野」が住吉と丹生の間に入り。
正暦5(994)に「梅宮」が住吉と吉田の間に入り。
長徳1(995)に「祇園(八坂)」が広田と北野の間に。
長暦3(1039)に「日吉」が住吉と梅宮の間に入り合わせて22社になった。

「1伊勢・2石清水・3賀茂・4松尾・5平野・6稲荷・7春日・8大原野・9大神・10石上・11大和・13広瀬・13龍田・14住吉・15日吉・16梅宮・17吉田・18広田・19祇園・20北野・21丹生・22木船」

● 八王子(はちおうじ・天照大神の御子で初王子とも):正哉吾勝々速日天之忍穂耳命、天之菩卑命・ほひ、天津日子根命、活津日根命・いくつひね、熊野久須毘・くまのくすひ、多紀理毘売命・たきり、市杵嶋毘売、多岐津毘売命・たきつ。。

● 花稲(はなしね):米を紙に包み木の枝などに結びつけ、神に供える。

● 祝(はふり):ハフリの語源はハフ・リで穢れを放つ義。またハ・フリで羽を振る、袖振り。鳥は天と地をとりもつ。シベリアシャーマンの衣装による鳥類の象徴。祝は羽振り。
京都精華町の祝園(ほうその)神社の地名縁起に「崇神10年9月、武埴安彦、妻の吾田姫とともに反逆を謀り軍を興して忽ち至る。夫は山背より妻は大阪より、天皇、五十狭芹彦(吉備津彦)を遣わし吾田姫を斬り軍卒皆斬る。また大彦命と和珥わに臣の遠祖・彦国葺ひこくにぶく、を遣わし矢を胸に当て埴安彦をうつ。軍衆脅え退きぬ、追いて河北に破り屍骨溢れる、故なづけて羽振園(はふりその)という。」

● 班弊(はんへい・はんぺい):朝廷は祈年祭のとき多くの品物を供え物(幣帛:供え物)、このお下がりを各地から集まった神官に与えた。
祈年祭・相嘗祭(鎮花祭、三枝祭および11月の41神社を対象)など。 ─> 奉幣

● 火鑚(ひきり):桧などの木を擦り合わせて発火させる事。出雲熊野大社の「火鑚(亀大夫)神事」が有名。

● 神籬(ひもろぎ):心霊が宿っていると考えた森・老木・山など神がやどり易いとされた場所。しめ縄、石垣などで囲うことが多い。

● 胙(ひもろぎ):神籬に供えることから、供えるもの。米・餅など。中国では、供物のうち「肉類」を意味する。


● 風水(ふうすい):生者(陽宅風水)と死者(陰宅風水)の環境論。
風水形勢判断のポイントは「龍・穴・砂・水」龍は気を運ぶ山並、穴は気が集まる場所、砂は穴を守る周囲の山・丘、水は穴の周囲の水流。
冬至は「陰極まりて陽兆す」、夏至は「陽極まりて陰兆す」。

● 封禅(ふうぜん):封禅の祭は太一神の祭の礼式従っていた。
「昔、泰山で封のまつりをし、梁父山(りょうほ)で禅のまつりをした王は72家です。(略)神農は泰山で封のまつりをし、云々山で禅のまつりをした。黄帝は泰山で封のまつりをし、亭々山で禅のまつりをし、尭は・・・、舜は・・・、禹は泰山で封のまつりをし、会稽山(浙江省)で禅のまつりをし、湯(とう)は・・・、周の成王は・・・、これらは皆、天命を受けてから封禅をすることができる。」
「史記」封禅書に、秦の始皇帝が山東地方で祀った「天主・地主・兵主・陰主・陽主・月主・日主・四時主」の八神、泰山での封禅の儀の12年ほど後、始皇帝(50才?)で亡くなる。

● 舟(ふね):舟を示す甲骨文字は|=|のように帆を示している。
 < 船舟メモ >

★ 奉幣(ほうへい):伊勢の神嘗祭、広瀬社大忌、龍田風神祭(天武4年(676)に広瀬の河曲、龍田の立野へそれぞれ神を勧請)。のち公祭などが対象になり班幣にかわり拡大される。 ─> 班幣 ● 本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ):神仏習合の理念の元となった考え。本地は主体である仏で、神に姿を変えて衆生済度を為すとする。



● 真秀良場(まほろば):最も優れた場所

● 御生・御阿礼(みあれ):神や貴人の誕生。普段は隠れた霊性の「出現」。[上賀茂神社]

● 神輿(みこし):神輿が最初に文献に登場したのは、天平20年(748)、宇佐の神を東大寺に迎える時。
嘉保2(1095)朝廷に日吉神輿をかついだ延暦寺の僧侶たちが直訴に押しかけた、その勇ましい担ぎ方が語り草になり現在のニギヤカな担ぎ方が多くなったと言われる。

● 宮座(みやざ):近畿・中国地方で代神祭祀を独占的に行う特権集団。

● 明神鳥居(みょうじんとりい):左右の円柱が内側にすこし傾斜して立ち、上部の水平材は笠木と島木の2段になっていて、左右に反増と呼ばれる反りがある、貫は柱を貫く。

● 殯(もがり):沖縄で残るように古くから遺体を喪屋におさめ白骨化してから墓におさめる習慣が見られる。
安閑27か天武以降、後継者・朝廷の権威を高める為の大掛りな儀式として整えられた。儀式の中で、発哭(はつこく:声をあげて泣く儀礼)。歌舞。誄(しのびごと、故人を忍ぶ弔辞を読み上げる)。遊部の祝詞。挽歌。などされた。大王の系譜を読み上げる行事は「日継ひつぎ」と呼ばれた。

● モノ(もの):物部のモノ。1・モノノフ:武士、2・モノノグ:物具、武器、3・モノノケ:精霊、鬼紳。


● 箭,矢,笶(や):古事記、允恭段に「軽箭・穴穂箭」。軽箭:銅の鏃の矢。穴穂矢:鉄の鏃の矢。鉄穴(かなな)=鉄の採取地。

● 八十島祭(やそしまさい):(大八州)、天皇即位翌年、乳母で内侍に任命された者が祭使になり、生島巫(いくしまのみかんなぎ)や神祇官の役人と供に難波を訪れた。

● やーたろう:豊前豊後地方では大蛇のことを「ヤータロウー、ヤハタロー」という。

● 悠紀(ゆうき・ゆき):大嘗祭の時天神地祗を祭るため供える、国郡で第一と卜定された新穀。またその斎場。 悠紀、主基の初見は天武2年(673)である。王位継承を印象づける為大がかりな大嘗祭をひらいた。

● 斎甕・由加(ゆか):古代、祭事に用いたかめ。

● 影向(ようごう):神が降臨・示現すること。

● 依代(よりしろ):祭りなどに神が降臨する場所、物。樹木、石、磐、柱、御幣、花など。

● 倭五王=中国正史『宋書』で、讃・珍・済・興・武。



● 若宮(わかみや):神社の分家。非業の死者の霊を鎮める為、神として祭ったもの。

● 別天神:
(記)天御中主神おめのみなかぬしのかみ、高御産巣日神たかみむすび、神産巣日かみむすび、宇摩志阿斯訶備比古遅神うましあしかびひこじの、天常立神あめのとこたち。
(紀)天御中主尊、高皇産霊尊たかみむすび、神皇産霊尊かむみむすび、可美葦牙彦舅尊。


  


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