[ 杉ヶ本神社 ] すぎがもと、

杉ヶ本 住所 :大阪府枚方市片鉾本町15−30
祭神 :八幡大神。
本殿 :南向流、。 千木: 。 神紋: 。
鎮座地:京阪御殿山、東1.7km。pk無。

由緒、伝承:
−−−大阪府全志
杉ヶ本神社、は字アゲにあり八幡大神を祀れり、由緒は詳ならず、八幡宮と呼び、明治5年5月甲斐田村の甲鉾神社に合祀せられしも、同13年3月23日復旧して村社に列し、杉ヶ本神社と改称せらる、社名は前記郊祀壇址の1本杉に因みて附せしものなりといふ、社は同郊祀壇址の北にありて壇止に近し、境内は831坪を有し、本殿・拝殿・神饌所を存し、末社に稲荷神社・阿智あり、氏地は本地一円にして祭日は10月15日なり。−−−
旧住所は、北河内郡山田村大字片鉾字アゲ。

杉ヶ本 杉ヶ本
=== 境内、掲示板、
杉ヶ本神社
祭神は八幡大神。神社の縁起によると片鉾が甲斐田から分離した際、男山石清水八幡宮から勧請して氏神としました。ここが桓武天皇が天の神に祈りをささげた「柏原」の地ではないかという伝承があります。===

  ※ 謝辞:画像、取材 KENJIさん。


杉ヶ本 杉ヶ本神社の東1km程に穂谷川が流れる、川は東から社の北800m程を流れ西2kmの淀川に注ぐ。社はこの河岸低地に小さな岬状で突出た高台に在り低地との比高差は4-5m。
社の北西400mに4世紀後半築造といわれる径55m,墳長108mの前方後円墳「牧野車塚」があり、西に接して「コマツ」の大きな工場地がある、この地は、消滅したが牧野古墳群と呼ばれ「権現塚」「ショーガ塚」「子供塚」「赤塚」など5世紀頃の小古墳が多くあった。
杉ヶ森神社の標高は25m程、牧野車塚は30m、コマツは20-28mほどで、この1km程四方の地は小さな谷を持つ独立丘陵である。

杉ヶ本神社の南方700m程に[甲鉾神社]が鎮座する。
==大阪府全志、抽出
・甲鉾神社かたほこ(北河内郡山田村大字甲斐田字宮ノ下)
古来交野郡に属し、もと山田郷の内にして甲斐田村と称す、甲斐田長者の居りし所なりといふ、、里伝によれば部落の中央なる竹薮のある所それならんといふ、その地に残りしは謂ゆる甲斐田仏にして小堂内に安置せられ、本地の氏神と仰がれせしが明治維新後に至りて長泉寺に移せり、蓋しその小堂の荒廃せしに依れるならん、
往時より宮座有て祭祀をなし、長泉寺に転置後も祭祀料として堂座より毎年米2斗を納付して今に至る。本地に深き因みを有せるの古仏なるを知るべし。
仏は、観音・勢至を左右の脇立とせる優秀なる木造の「阿弥陀仏」にて長者の崇信せし邸内仏なりしといふ、長者の氏名年紀等は詳ならざれも陶朱 富を重ねたるものなりしと伝へられる。 ===
※ 陶朱猗頓<とうしゅいとん:春秋or戦国の陶朱公という大富豪>

◇ 参考 [禁野・交野ヶ原]


 ※ 注:画像ファイルに出典情報等埋込済です。

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