[原田神社] はらだじんじゃ、


原田鳥居 住所:豊中市中桜塚1丁目2−18。
祭神:
素盞嗚大神、天照大神、月読大神、
櫛稲田姫大神、高オカミ大神。
場所:阪急宝塚線岡町駅東すぐ、pk有。

由緒:
創祀は詳らかでないが、社伝に天武天皇の御宇悪疫・・退除の詔勅を当社に下して祈願・・、因りて白鳳12年6月18日神宝、神鏡、素盞男命御鏡、獅子頭を奉祀せしめられ是より大宮と称するに至れりという。素戔嗚尊など五神をまつり、古くは祇園神社と称した。白鳳8年(680)大宮として創建され、豊島郡榎阪村から川辺郡(兵庫県)富松村まで72ヵ村の産土神となった。
足利将軍義澄・義晴・義輝らはこれを崇敬し、境内にはそれぞれの植樹がある。
天正6年(1578)の乱のときに兵火にかかり、古文書・宝物などが灰となったが、慶安5年(1652)に本殿が再建された。
原田神社の社名を受けたのは、貞享5年(1688)8月である。また、天明元年(1781)社地の松の根元から弥生式中期の銅鐸が発掘され、府の重要美術品に指定されている。

原田拝殿 原田摂社十二社
・摂社:十二社神社本殿、三間社流造、桧皮葺、桁行4.1m、梁間は身舎部(しんしゃぶ)で1.54m、庇部で1.08m、基本的構成は本殿と同様。
高欄の大部分・廊下などの部材はとりかわっているが大部分は当初材がよく保たれている。もとは極彩色が施してあり跡がかすかに残る。建立年代は寛永を下ることはなく17世紀初頭の建築と見られている。が木鼻の形や虹梁(こうりょう)絵様など細部に桃山時代の様式が見られ桃山迄遡る可能性もある。(豊中教育委員会)

桜塚の地名は、塚の上に桜の巨木が在ったことによる、と言われている。この辺りは大塚古墳を含め古墳時代中期と云われる36基(48基とも)もの古墳が在った。社はその真只中に位置する。

※謝辞:取材・画像、KENJIさん。 文責:stan

<別途資料・原田神社(掲示版書庫#8)>


原田本殿
 ・本殿:棟札により慶安5(1652)の建立が明かで五間社流造、正面に千鳥破風と軒唐破風がみられ屋根は桧皮葺。材料工法とも江戸時代前期の建築。虹梁の配置や身社(もや)とのつなぎ方、妻飾などに配した邪鬼など形式意匠にも特色がある。(H5.12.9国指定重要文化財)

原田末社
 ・末社。向かって左から「八幡神社」「春日神社」「天満神社」「八坂神社」本殿に向かい、左奥に有る。

  【神社探訪】