[佐備神社]   :さひ、さび、

住所:富田林市大字佐備467
祭神:主:天太玉命。あまのふとたま。
配:松尾大神。まつおのおおかみ。 
本殿:東向、平入
千木:外削 
神紋:三巴、五七桐。

場所:近鉄富田林駅南2.5km。府道201号佐備信号より西側、pk奥に若干。

由緒,伝承:「式内社」
文徳55天皇、天安2年(858)正月創建。
諸社、末社:水分、諏訪、槞賢木、篭守、寒川、賀茂、菅原、天神社。
天神社は素盞嗚命を祀りもと東條村嶽山の龍泉山城にありて大将軍祠と称し同城鎮護のため楠木正成の勧請と伝わる。

富田林駅近くで石川に合流する佐備川が華表前を流れる。車では府道から人家の間の細い路を登る。



[建水分神社] :たけみくまり、上水分社・うえのすいぶんのやしろ、
建水分。 楠木神社(南木神社)

住所:南河内郡千早赤阪村大字水分357
祭神:本殿:天御中主神・あめのみなかぬし。
左殿:天水分神・あめのみくまり。水波乃売神・みずはのめ
右殿:國水分神・くにのみくまり。瀬織津比売神・せおりつ
本殿:春日造、左右は流造、南向  ・   千木:外削
神紋:菊、・菊水 
場所:国道309号と太子町からの府道27号が交わる辺り。

由緒,伝承:「式内社」。楠木家の氏神で崇神天皇5年金剛葛城の山麓に水神を祭祀したのが創始という。後醍醐天皇のとき勅命で水越川のほとりにあった下宮を現在の地に移した。現在の社殿は建武元年(1334)9月の造営。

神社旧録には「建水分は多氣美久麻理と訓べし」とある。
別称:水分明神、上水分宮、上折方宮。

地名は水分・すいぶん、地元の人はスイブン神社と言っている。
小さな城郭の一部を思わせる塀に囲まれた石段を上がると広場、正面に石鳥居と楠社。左手に大きめの鳥居と石段が見え上に拝殿がかすかに見える。拝殿床はよく磨き込まれ気持ちがいい。特徴ある筈の本殿は急勾配の上と樹、拝殿に邪魔され屋根千木の一部しか見えない。
楠木正成といえば千早,赤坂城だが、城は高塚、枡形、若山夫山、本宮、上猫路の塞と神宮寺、川辺、平石の城とニ上三の全てが展望,確認できる位置にある。
近くの道の駅に正成生誕地の碑があり隣に資料館もある。



[腰神神社] :こしがみ、

住所:富田林市嬉・うれし 
祭神:箕島宿禰、八大竜王、猿田彦。
本殿: 。千木: 。神紋: 。

場所:近鉄汐ノ宮駅と河内長野駅の中間の石川対岸。車、道は細いが近くに一時停止の場所はある。

由緒,伝承:創始は大化改新の頃(645)と伝わる。
和歌山紀伊国の豪族、箕島宿禰は文武の師範として、紀伊見峠を越え宇礼志村に移り住む。宿禰の側室タマモ姫は大和国桜井の豪族の娘、宿禰は河州にて文武を広めた後、宇礼志村腰神神社にお祭された。
元仁の頃,正成金胎山に楠公17支城の一つを築く。感心寺に居た正成が後醍醐の幕府討伐の途中、馬が神社で腰をなおした。
雪舟(1486)の”道ばたにうつ蒼たるや藤の森”の句がここで詠まれた。(由緒書:昭和63年12月、上野亀雄、中川正博氏記)

神体:金胎山よりつながる山々の岩の突出。

汐の宮温泉が栄えた大正12から昭和16にかけては近くは固より遠くは吹田大阪堺和泉から塩分炭酸を含む温泉に入浴の為かなりの賑わいであったと伝わる。石川の流れもこの辺りから渓谷の様相を増す。