[大鳥大社]  : おおとり、

写真 住所:堺市鳳北町1
祭神:日本武尊・やまとたける、大鳥連祖神。 
本殿:南向、妻入(大鳥造)
千木:外削、(5) 
神紋:鳳丸、菊
場所:正面鳥居(海側)交差点より入る、pk場有。

由緒、伝承:「式内名大」、泉州一宮。
日本武尊、白鳥伝説で最後に留った場所がこの地とされる。東夷征伐の後、30歳で伊勢能褒野で亡くなり、その後白鳥になり −倭の琴弾原 −河内国古市郡 −河内国大野里と渡った。このとき一夜にして種々の樹木が生えたので境内の森を千種の森と言うようになったと伝わり、竹内宿禰が勅命により神鳳を造立とある。

祭神はこの地が大鳥連の居住した所を以って同氏の祖、天兒屋根命と比定する伝もある、現在境内では日本武尊と大鳥連祖神と表記している。また下記にあげた大鳥五社の他の4社の祭神も諸説ある。

大島五社(大鳥五社大明神):延喜22年(922)に国司と神職(大鳥氏6人)の花押のある大鳥大神宮五社流記帳事に・大鳥大明神、正一位・大鳥美波比、正一位、(天照大神)、大鳥北浜??、正三位、(吉備穴戸媛)、・大鳥井関、井瀬、正三位、(弟橘比売)、・大鳥浜、正三位、(俗:井戸森明神、両道入姫・二道)とあり5社全てが式内社である。( )内の祭神は明治以前は井瀬のように一度は廃絶した社もあり比定となる。

旧地名:泉北郡鳳町、大鳥村(泉州志)、鳳村大字大鳥(府志)
泉名所図絵を見ると境内の社の配置は変わっている様子で上記5社も明治期に一部境内に入ったりしている。現在は北浜、井瀬、浜は境外にある。いずれにしても明治の合祀の押別神社をいれると式内社が6社となり、往時の中臣藤原の権勢がみえる。
境内は広く往古は8町四方ともいう。社殿は秀頼の再建したものが大阪の乱で兵火に遭い徳川家綱が再建、綱吉修繕。明治38火災に遭い、現在の物は明治42年の再建になる。


[美波比神社]  :みはひ、

住所:堺市鳳北町1。
祭神:天照大御神
本殿:西面
千木:外削ぎ)
神紋:菊
場所:大鳥神社境内、東。

由緒、伝承:「式内社」
明治12北王子から移設。
正一位、大鳥社内中宮是也とある。本殿は江戸のころ北向きだったこともあるようだが現在は西向になっている。

明治42年「式内社・押別神社(石押別命)」を合祀している。