[石神社]  :いわ、

住所:柏原市太平寺2
祭神:石姫皇后・いわのひめ、 
石長比売・いわなが、熊野権現。
本殿:西向、平入
千木:外削?(一部破損)
神紋:三巴
場所:近鉄安堂駅東1km。東高野街道太平寺信号南東へ入る。pk有り。

由緒,伝承:「式内社」。
 祭神は宜化28皇女石姫(欽明29皇后)。境内には楠の大木がある、本殿は急峻な石段を登りきった場所に有る。
境内に奈良時代の名刹であった智識寺・東塔の径120cm余りの礎石が残る。



[天湯川田神社]  :あまのゆかわだ、

写真 住所:柏原市大字高井田 
祭神:天湯河板拳命・あまゆかわたな(天湯川桁)、 
相殿:天児屋根命・あまのこやね、大日霊貴命・おおひるひめむち、
本殿: 
千木: 。神紋: 
場所:近鉄安堂駅とJR高井田駅との中間。国道25神社の信号を入る、大和川と線路の間の小山。pk無し。

由緒,伝承:「式内社」。
 古の鳥取郷、鳥取氏の祖天湯河板拳を祭る。景行18年、勅命にてこの地に宮柱を建て神地、神戸を定めた。

垂仁11の皇子誉津別は壮年になっても言葉を話せなかった、ある日飛ぶ鵠(くぐい・白鳥)を見て言葉を発した。天皇は天湯川田板拳に命じこの鳥を追わせた。湯川田板拳は遠く因幡(鳥取)で雌を捕え、出雲の国で雄を捕え献上した。
誉津別はこの鵠をかわいがり言葉も話すようになった。天皇はこれを賞して湯川田板拳に鳥取造(ととりのみやつこ)の姓(かばね)を与えた。(書紀)

境内に奈良時代の河内6大寺のひとつである鳥坂寺(とさか)塔跡があり、(756)孝謙天皇がこの鳥坂寺に参拝したとある。(続)
*河内6大寺(奈良時代):三宅、大里、山下(大県)、智識、家原、鳥坂。
 奈良時代大阪から都への道は最短が直道などと呼ばれる平岡神社辺りの山越だが貴人要人は少し平坦な竜田道と呼ばれる大和川に近い道を利用した。今の柏原市の高井田から大県は大寺が6つ密集するほどの賑わいであった。



[金山彦神社]  :かなやまひこ、金山、金山孫神社。


住所:柏原市青谷
祭神:金山毘古。
本殿:
千木:外削
神紋:五七桐
場所:JR高井田より。国道25王子方面へ国豊橋を渡らず直進する。青谷より奈良三郷へ抜ける道の途中。

由緒,伝承:「式内社」
古代には嶽山の峰に在り中世に現在の場所に遷座した。かって山王権現、八大金剛童子社と称されたが明治8年現在の社名に改められた。
古代嶽山、竜田山を中心とする地域は製鉄業で栄えていたので製鉄の守護神として奉祀されたのがはじめではないかと思われる。(境内案内要旨)

摂社:大神社、大将軍、天王、若宮、貴船、
例祭:7/15,10/25。



[金山媛神社]  : かなやまひめ、金山孫女神社。

写真 住所:柏原市大字雁多尾畑(かりんどばた)
祭神:金山比売(金山孫女)
本殿:南向 
千木: 
神紋:三巴
場所:金山彦神社より道なりに山上へ、左手の山側にあるが畦道の先にあり運転の視界から外れているので見過し易い。
専用のpkは無い様子。
三郷へ続く道の途中に信貴山卍があり、古の竜田道も残り峰近くは展望が良い。

由緒,伝承:「式内社」
もと嶽山の峰にあり中世に金山彦と同時期、現在の地に遷座と伝わる。古く八大金剛童子社と称し、俗に山王と呼んでいたと伝わる。明治8年現在の名に改められる。
金山彦、金山毘売は伊耶那岐、伊耶那美の子供(記)。

摂社:、例祭:は金山彦と同じ。