[梶無神社] :かじなし・梶无、船山明神、


東大阪市六万寺町
祭神:饒速日命(にぎはやひ)・木花開耶姫命(このはなさくやひめ)
本殿:西向。妻入
千木:外削。
神紋:藤(上り)・菊。
場所:近鉄奈良線瓢箪山駅の南1km程。旧170号(東高野街道)から生駒山へ向かい200m程入った所。

略記、伝承:「延喜式内社」。古くは俗に船山明神と称す。祭神は詳らかならず。その西北に接する字梶無の地は祭神の始めて上り給ひし所にして、その御供田という。
神武東征の折り日下坂での戦いで利あらず途中船の梶が折れ、舟は水上に漂揺し一の樹木ある小丘に着きしはこの地にして、暫し御舟をとめさせられて風波の鎮まるを待ち給ひし、(大阪府全志)

 末社に天児屋根、大巳貴命、応神、祟徳を祀る。

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 境内は300坪程で廻りは住宅で囲まれているが楠の古木もあり精気である。
祭神は不詳と伝えられていたが近年本殿改築の折、饒速日命、木花開耶姫とすることができた、と神官の方が云われた。木花開耶橘姫とのお話もあったが。。

 神紋の藤は珍しく「上り」。生駒山西麓には特に「藤」の神紋が多いが普通見られる「下がり」であり、まだ他に「上り藤」を見ていない。

 毎年10月22、23と行われる秋の大祭では [布団太鼓] と呼ばれる山車の巡行が二夜続けられる。
この布団太鼓は平安時代始めから続いているとの事で、 [枚岡] を始め生駒西麓南へ多いが、淡路や大阪難波宮、大山仁徳陵近辺にも見られる。

 江戸時代までは航海の神船山明神として崇敬を集めていたとの記録が有る。今は大阪の幹線道路外環状が走りその面影も少ないが、梶無の西には恩智川が南から北へ流れていて、大和川の付け替え(1704)後も池島と呼ばれる一体は南北に長い大きな池であった。

※ 謝辞:社宮司様。


 
[大賀世神社]  :おおがせ,

写真 住所:東大阪市横小路町。
祭神:天御柱神・あまのみはしら、国御柱神。
本殿:南向、妻入
千木: 
神紋:藤、
場所:旧国道170より東へ300m、梶無の南400m

由緒,伝承:明治5枚岡神社に竜田社として合祀されたが同13年復社。
本殿は一間社春日造柿葺(こけらぶき)。

境内が円墳の上にあり敷地内から古墳時代後半の犬、猪、馬などの動物埴輪や人物埴輪がまとまって出土している。神社の円丘は中心的な円墳で周辺に小古墳が点在していたと考えられる。(市掲示板)