【 杜の風景 】[古代であそぼ] 



相模国一宮・寒川神社

 相模国一宮・寒川神社は相模国造が代々祭祀し相武国造を祭ったといわれる。 相武国造は、武蔵国造の祖神・伊勢津彦命の孫で、統治領域は現在の相模川を中心とした高座、愛甲辺りの県央を占めていた。
 一宮の位置というか地位は時代により意外に代ったりするが、相模は長きにわたり不動である。 その寒川神社の立地だが何故この地を選んだのか不明だった。 社殿の北に寒川と呼ばれる清涼な湧池があったなど云われるが、近くには清水の豊富な台地が控えている。 微高地であるが相模川に近い低地に何故、と思っていたが。。
 カシミール3Dソフトを使う内その理由が納得できた。
 寒川神社の位置は、正確・偉大で「聖なる暦」であった。


[寒川神社・春分の風景]
 春分
 寒川神社の東(日の出)方向は、ほぼ平地で特異な目印はない。西(日の入り)方向は実に豊富で分り易い。春分には富士山頂に日が沈むのである。


[寒川・夏至]
 夏至
 夏至には、大山山頂に日が沈む。 春分に富士・夏至に大山である。 この寒川神社の位置は、太古より祭祀が続いてきた場所なのだろう。 農耕が始り「大いなる地」としてさらに崇敬をあつめたに違いない。


[寒川・冬至]
 冬至
 冬至には箱根山と駒岳の山裾が交差する所に日が沈む、手前の鷹取山の山頂にもあたる。
鷹取山は頂上近くに白山神社があり、付近は余綾(よろぎ)の森と呼ばれる、麓の南には相模国の軍団のひとつ余綾軍団があった。

 ※ 神社探訪・寒川神社




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