[羽田八幡宮] :はだ、


拝殿 住所:豊橋市花田町斉藤54。
祭神:応神天皇。神功皇后。
本殿: 、南向
千木:。 神紋:巴、

場所:JR東海道線豊橋駅北西500m、pk可能。

由緒,伝承:
 羽田八幡宮は宇佐八幡宮の御分霊社にして社伝によ ると白鳳元年の創立と伝えられ、古来、武門武将の崇敬が篤く、永禄四年十一月、今川氏真は東三河地方平定に際して社領十三貫七百文並びに神主屋敷、高畑五百歩を寄進されたと言う。 慶安二年、徳川家光は社領十石並びに神主屋敷ともに寄進の朱印状を寄せられ、継目朱印状は明治維新にまでおよびました。永正二年、牧野成時による今橋城(吉田城)築城の折、当社に祈願、大いに霊験があった と伝えられており、また吉田城主の崇敬も篤く、社殿の造営神宝の寄進が度々あった。 幕末から明治初頭にかけて、神主・羽田野敬雄(栄木)は平田篤胤門下 の国学者として知られ、「羽田八幡宮文庫」をおこし、その蔵書は一万巻以上におよび天下の学徒四方より集まり、翁の教えをうけ、明治維新の 大業にも大いにつくすところがあり、それらの蔵書は現在、豊橋中央図書館に納められています。 −由緒抜粋−


羽田 羽田
境内社:伊雑社:伊佐波登美命。稲荷社:倉稲魂神。二荒社:事代主幸命。天神社、多度社:天目一箇命。進雄社:素盞嗚命。居森社:津島幸魂命。地神社:神官祖神。神明社:天照大御神。三峯社:伊邪那岐命・伊邪那美命。
由緒書には載らないが境内掲示には「中島社」はお菓子の神様となっている。


 
 ・海から標高2mまで水色にした図。
 羽田八幡宮の標高は5m程、市杵嶋が2m、羽田から市杵嶋まで台地の縁で高みに遺跡や古墳、標高4m〜には住居址や奈良以降の大規模集落などが発見されている。
 牟呂は用水で著名でもあるが、牟呂八幡は幕末の「ええじゃないか」の発火点のひとつと謂われている。