[唐松神社。天日宮] :からまつ、韓服宮。あまひ、てんにち


拝殿 住所:秋田県仙北郡協和町境
祭神:
唐松:息長帯比売命。香具土命。宮毘姫命。
天日宮:唐松3神。饒速日命、玉鉾大神、愛子大神。
本殿: 。千木: 。 神紋: 

場所:秋田県協和町境、JR羽後境駅南900m、pk有。


由緒,伝承:
−−由緒書より−−
唐松神社と唐松山天日宮の山号を唐松山と申します。唐松神社は太古饒速日命(物部氏の祖先)の天祖三神を日殿山に斎き祭り十種の神宝を安置し日宮と称したのが創立で息長帯姫命(神功皇后)の安産御纈と命の奉祭した香具土神(男一代の神として)宮毘姫命(女一代の神として)の御霊代を併せて大和国に社殿を建立、その後物部守屋の一子那加世東奥の地に分け入り数代を経て只今の元宮の地唐松山頂にお祭りしたと伝えています。
元禄中佐竹義処公現在の境内に山頂の奥殿(康平六年八幡太郎義家公再建せる棟札あり)を奉遷現在に及んで居ります。

天日宮は元は物部家の邸内社で唐松神社の三神の外に天祖三神、饒速日命、玉鉾大神、愛子大神をお祭りして居り境内は日本に仏教伝来以前の神社建築様式で海、川、山の天然生石数十万箇を以って築造、社殿は剥面神明造であります。 (社殿のうしろに霊権現かな抱石男石(授る)玉鉾石(結縁子安)女石(安産)の三石が祀れて居ります)古来から結縁、授子、安産、子安の神様として県内外に数十万の講中、崇拝者がありまして年々その数を増しつつあります。
○秋田県重要文化財、唐松神社奥殿、蛇頭歌楽面、県天然記念物参道並木。
(以下略)
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※ 謝辞:画像・取材 KENJI さん。

唐松参道 唐松鳥居・拝殿
 唐松神社には古くから伝わる文書があり、まとめて(秋田)物部文書とよんでいる。未見なのだが、その内容はほぼ記紀と旧事紀に準じているという。
昔の歴史読本に載った進藤氏の文によると秋田物部氏が今の協和町(逆合村)に至った由縁・経路がいくつか書かれている。

1・饒速日命が天の鳥船に乗り、繁木之本の鳥海山(出羽国鳥海山)に降り、国中を見回り逆合川の日殿山に宮をつくった。

2・神功皇后が新羅征伐の後、膽咋連(物部氏祖)の進言で北海・蝦夷の地へ遠征し、秋田雄鹿嶋に着き海水を溯り、石見川をつたい上陸、舟玉神をまつる(今の舟玉社)。また今の唐松社あたりに「日と月」をまつる。 (秋田には、由利郡象潟町にも神功伝説が伝わる)

3・物部守屋滅亡の時、尾輿の臣捕鳥の男速が守屋の一子3歳の那加世を連れ東方蝦夷の地へ逃れ、饒速日由縁の地を尋ね月出野(仙北郡境)に姓を隠し名を改め隠れ住む。

4・守屋滅亡後、日本海沿岸に隠れ住み、秋田の仁賀保−鳥海山麓を越え−県南部の八沢木の波宇志別神社(物部を守屋姓に変え43年住み)−天元5(982)境の月出野に定住。

 さて、この伝承・4つの経路、暫く 遊べ そうです。