[大宮巌鼓神社] :おおみやいわつつみ、


拝殿 住所:群馬県吾妻郡吾妻町大字原町811
祭神:
 日本武尊。弟橘姫命。
 素盞嗚尊、保食神。
本殿:南面
千木:外削(3) 。 神紋:巴

場所:JR群馬原町北東1km,国道145バイパス北へ300m、pk有。


由緒,伝承:
創建年代不詳、古来より武家民衆の尊崇篤く、天正18北条氏朱印、宝暦以降真田氏黒印。明治維新後郡官は参詣を例とした。明治40近隣無格社数祠を合祀、昭和16郷社、末社3社。
本殿春日造12坪、拝殿入母屋20坪、儀式殿、神楽殿、大宮会館(総合結婚式場)境内地2000坪。
例祭:5/5、9/9。社宝蕨手刀(伝奈良期作,県文)古鏡(倣製鏡)、神代鍬、社領寄進状(北条氏真田氏各筆)。神事芸能祇園祭、神幸祭、獅子舞、[ 里神楽 ]
日本武尊が御東征の砌、上野の長者高豊の屋敷に留られた時、上野姫(吾妻姫)を寵愛、その御子が大若宮彦即ち巌鼓尊で古今正1位巌鼓大明神として尊崇される。

神社名の由来は、上記日本武尊の皇子の他に、北の四万温泉への途中・貫湯平に「稲裹神社(いなつつみ)」があり、この社を奥宮(元宮)とし今の巌鼓が里宮であるから、との伝承もある。この奥宮の例祭は巌鼓神社の前々日に行われる。
(由緒書、神官お話)

信濃真田、四阿山から近いこの地は古くから山岳信仰盛んな地で、四万川の奥に水源地としても信仰の対象であった稲包山がある、これが奥で稲裹が中、巌鼓が里になるだろう。伝世の蕨手刀は(奈良時代の作と境内説明にあるが)山岳修験隆盛の平安以降より遥か以前からこの社に在ったのだろうか、奈良より以前の使用されていた時代からか、後世の奉納か、気になるところ。

神明社 宇婆神社(子育明神)
清々しさを感じる境内・社殿、歴史を感じさせる老大樹もある。草津、長野原などドライブの途中の寄道・休息にお勧め。今回は丁度例祭にあたったが普通は閑散としている。この社は飾りに竹を多用している、例祭時の参道左右に置かれる笠は昔からと謂う事だったが、何時からかは不明。