[総社神社] :そうじゃ、上野国総社、(古:蒼海明神)

総社神社 住所:群馬県前橋市元総社町2337( 1丁目)
祭神:盤筒男、盤筒女、経津主、宇迦御魂、須佐之男命。
本殿:南面、
千木: 。 神紋:巴 。
場所:JR新前橋駅の北東1.2km、pk有。

由緒,伝承:
−−−由緒書
、人皇第十代崇神天皇の48年3月皇子豊城入彦命が東国平定の為上野国へ、の時。神代の経津主命の御武勇を敬慕され軍神として奉祀し、武運の長久を祈られ、また、親神である盤筒男命・盤筒女命を合祀されたのにはじまると伝えられている。
、 大化の改新以来この地に上野国府庁が設置されていたが、鎌倉時代になり国府が消滅し、その跡を千葉常胤が蒼海城として使用した。
永享1(1429)年、上野国守護代・長尾景行が入城し以後長尾氏が治める事となった。
天正18(1590)年、徳川家康が関東に入ると蒼海城には諏訪頼水が入り。諏訪氏が諏訪高島へ移封となると代わって秋元長朝が入封するが、総社城を築いて移り廃城となった。
−−−抜粋。

境内参道 拝殿額

 境内は南北に長い、参道右手に旧拝殿と神楽殿・社務所がある。拝殿の額には「上野国総社」と書かれている。

 宝物(県重文)に、
・県重文:懸仏2面、 1つは、青銅製円板径28.9cm、中央に塔をもつ像高10.6cmの弥勒菩薩を鋳出す、内側の円内と像に鍍金の跡が残っている、天正14(1586)に奉斎されたもの。

・上野国神名帳
、、巻子仕立てで、紙巾27.2cm、長さ4.41mで題箋はない、内容は鎮守として10社、摂社として549社を郡別に列挙してある。
上野国神名帳には3種の写しが在る、総社本は奥書によると永仁6年(1298)貞治4(1348)、弘治3(1557)、に書写したものをさらに元和3(1617)の書写によって成立したものである。
−−−境内掲示要約。

近郊図等高線は10mきざみ
 東に八幡川と利根川、牛池川と染谷川に挟まれた扇状地。利根川との比高差は10m程度。
 上野国府の位置は確証はないが総社神社の北にある宮鍋神社辺を国庁とし、規模は方8町と考えらている。
総社から上野国分寺まで1.5km。国庁(宮鍋)の北西に国分尼寺、総社は国庁の東南に位置していた。
 元総社町の東には、大友町、大渡町、問屋町、石倉町などの地名が残る。