[白山奥宮][平泉寺白山神社] 


白山奥宮 [白山奥宮]
住所:白山山頂(2702m)。
祭神:菊理媛(白山大神)
本殿:流、南向。

由緒:
「白山比盗_社奥宮」加賀・越前・美濃3国の堺に位置する。
日本三名山・三霊山(富士・立山・白山)の山頂に鎮座する白山奥宮は全国に3千社といわれる白山神社の総元社である。
山麓には白山を源とする3川に沿って修験・登山の基地入口である「白山三馬場」がある。手取川沿いには加賀国石川郡・白山比刀iひめ)神社(本宮・里宮)「加賀馬場」(石川郡鶴来町三宮)、九頭竜川には「越前馬場」(福井県勝山市平泉寺町平泉寺:白山神社)、長良川には「美濃馬場」(岐阜県郡上郡白鳥町長滝:白山神社)があり平安中頃には開かれたという。
この3川河口にはいずれも良港があり白山は水源の神としてと共に航海の山アテの白い目印として信仰を集めたのだろう。

平安期の大神宝奉献社50社には加賀の白山とあり、神社としては加賀白山比唐ェ重きをなしていた。

主祭神:菊理媛(くくりひめ)。配神:伊奘諾神、伊奘冉神。で奥宮は菊理媛のみを祭神としている。 菊理媛を祭神とする初見は大江匡房(1041ー1111)の扶桑明月集の記事「天孫八王子麗白山菊理比盗_也。 」

室堂平奥宮拝殿 平泉寺白山神社本殿

[平泉寺白山神社]
住所:福井県勝山市平泉寺町。
祭神:本社・伊奘冊尊。 別山社・天忍穂耳尊。 越南知社・大己貴尊(大国主命)。
本殿: 、。西向。 場所:京福電鉄越前本線・勝山駅東南4km。

由緒:
養老1(717)。中世の最盛期には社領9万石、48社・36堂・6千坊とうたわれ、戦国には一乗谷の朝倉氏とともに越前での一大勢力であった。平泉寺出身の三光坊は能面師の祖と仰がれている。
現本殿は寛政7(1795)越前藩主松平重富の再建で入母屋造榑葺で総黶B

開山の祖・泰澄は越前国浅生津の生れといわれ、白山大鏡(鎌倉時代の成立と見られる)に「越前国足羽南郡阿佐宇津渡守、為角於父生、古志路行者秦泰澄大徳」とある。越前には平泉寺白山神社があり、この境内に湧出る御手洗池が平泉寺の名の由来であり発祥の地という。また奥州平泉寺も縁が深い。

勝山市の西隣、九頭竜川が平野にでる所に古墳の密集地がある。この丸岡町辺りは継体26天皇の母・振媛の故郷でもある。


山頂奥宮
 白山山頂の奥宮。

奥宮拝殿
 室堂平の奥宮拝殿。

平泉寺白山
 平泉寺町白山神社、鳥居・参道。

参道途中の八幡社
 参道右手の八幡社。

平泉白山拝殿
 平泉寺白山神社拝殿:安政6(1859)に造営の拝殿。江戸期の寄棟造だが天平時代の風情を良く残しているといわれる。
拝殿内の絵馬は越前藩主・松平家以下の奉納で桃山時代より続く。
鳥居額には「白山三所大権現」とある。

旧拝殿礎石(45間ある)
 旧拝殿は天正2(1574)兵火で焼失したが、正面45間という我国最大の拝殿だった。画像は今も拝殿左右に残る礎石の一部。

別山社
 本殿(本社)の右に「別山社」、左に「越南知社(おおなむちしゃ)」を配する。これは白山山頂の3山のそれぞれの神である。中世から近世には「金劔社(かなつるぎ)」と「加宝社(かほう)」があり5社が並んでいた。

平泉境内配置図
 境内配置図。

※ 謝辞 :画像・取材KNEJIさん。 ・文責 s_tan  '02.08