[皇大神宮]:こうたいじんぐう、内宮、神宮、伊勢神宮、大神宮


内宮御正宮拝殿 住所:伊勢市五十鈴川上
祭神:
天照大御神(天照坐皇大御神)

相殿:瑞垣内
 東に天手力男神(あめのたじからのおの)、
 西に万幡豊秋津姫命(よろずはたとよあきつひめ)

本殿:唯一神明造、南向
千木:内、(10,6,8)
神紋: 、場所:

正式には「神宮」といい、松阪・伊勢・鳥羽市、多氣・度会・志摩郡にまたがる125社の神社群を指し、 正宮は皇大神宮・豊受大神宮の2社、別宮14、摂社43、末社24、所管社42からなる。

・内宮・皇大神宮御正宮(こうたいじんぐうごしょうぐう)

相殿の2神は、天照大神が瓊瓊杵命に鏡を授けられたとき鏡を守るよう命ぜられた2神、御霊代が弓と剣である為、天児屋根命と太玉命とする説が主流であった時期がある。

御垣内に宮比神・興玉神、を祀る。
宮比神みやびのかみ:大宮所の地主神、板垣内の石畳に祭られる。
興玉神おきたまのかみ:大宮所の地主神、板垣内の石畳に祭らる。
屋乃波比伎神やのはひきのかみ:正宮手前の石畳に祭られ大宮所の守護神である。いずれも一般には参拝できない。

中世に入り神宮は衰退する、この衰退は平氏の横暴と内宮・外宮の闘争が原因といわれ、式年遷宮,祭典・行事の多くができなくなった。これは天正年間(1583)北畠信雄が神領を寄進するまで続いたといわれ、その後、豊臣秀吉、徳川氏と寄進が続く。近世、恩師が活躍し諸行事も復活する。明治4年、維新復古を目指す政策で神宮司庁のもと内外両宮の一本化が図られた。

伊勢の神紋は菊を多用しているが、神宮司庁・崇敬会は唐花菱を使っている。


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<宇治橋を渡っての鳥居>

写真 <御手洗場(みたらし)と五十鈴川>

この奥に瀧祭大神を祀る場所があるが古来より社殿はない。

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<神楽殿>

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<御正殿への参道>

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<風日祈宮への参道>

写真 <風日祈宮(かざひのみのみや)>

祭神:
 級長津彦命(しなつひこ)、
 級長戸辺命(しなとべ)。

風雨が順調で五穀が豊かに稔るように、5/14、と8/4に風日祈宮祭が行われる。

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<荒祭宮(あらまつりのみや)>

祭神:天照大御神荒御魂(あらみたま)

 皇大神宮第一別宮、祭事や供物も正宮と同様に奉納される。。