[穂高神社] ほだかじんじゃ、
住所:長野県南安曇郡穂高町大字穂高字宮脇。祭神: 中殿:穂高見神ほたかみのかみ 左殿:綿津見神わたつみ 右殿:瓊々杵神ににぎ 別宮:天照大御神あまてらす 若宮:安曇連比羅夫命あずみのむらじひらふ。合殿:信濃中将 本殿:流、3殿並列。東向。 千木:中殿のみ千木外削、堅魚木(安曇)。 神紋:菊 場所:JR穂高駅歩3分。中央道豊科ICより10分、pk有。 由緒:「式内名神大社」、信濃国三宮。 穂高神社の創建時期は記録はないが、醍醐60延長5年(927)に選定された延喜式には信濃安曇郡の名神大社として記載されている。 安曇族は海神(わたつみ)系の宗族として北九州に栄え、大陸とも交渉をもち文化の高い氏族であったようで暫次四国、中国、近畿、中部に移動し信濃国を安住の地と定め、安曇野を開拓、稲作文化を普及し、大きな力を持ち「和名類聚鈔」に高屋郷・八原郷・前科郷・村上郷の4郡からなる安曇郡が成立している。 降って武将仁科氏、松本藩主累代社領を寄進し、式年の造営、祭祀の厳修につとめられ、明治になり明治5年郷社、15年県社、昭和15年国弊小社、現在は神社本庁の別表神社として崇敬されている。 |
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祭事: 記念祭・奉射神事(おびしゃ、3/17)、本宮例大祭(龍頭鷁首のお船神事・日本アルプス遭難者慰霊祭、9/26-27)、 ・式年祭(室町時代より続く、20年毎に本殿1棟を造りかえる式年の正遷宮祭、その間7年目さらに6年目に修理する小遷宮祭がある。次は平成14(小)平成21年(大)、各年次5月寅日寅刻に行う)。 御船祭(おふねまつり):毎年9/27、船型の山車に穂高人形を飾った大小5艘のお船が囃子にのり町内から氏子衆により境内へ曳きいれられる。境内を練り神前を曳き回るうちには船が激しくぶつかり合い壮大な迫力がある。 お船は「なる」等の新木で毎年組立てられる、大人船は長さ12m,高5.6m,巾2.8mにもなり船中には囃子衆が10数名乗れる。 宝物:古代鋤、機織具、鉄製鍬、麻布、犀角、古面(安摩二の舞)、出土品の勾玉・菅玉、など。 奥宮:長野県南安曇郡安曇村字上高地明神池畔。 開山際(4/27)、例大祭(10/8)、閉山祭(11/8)。 峰宮:北アルプス主峰奥穂高岳頂上(海抜3190m)に鎮座。 (穂高神社略記) |
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三の鳥居前の流れ。穂高神社より東2kmほどが犀川(梓川)、穂高川、高瀬川などの合流地点で高瀬川の北・木崎湖からは姫川、糸魚川となる。列島を二分する断層で鉱物資源が豊富、姫川の翡翠は著名。 |
![]() 昭和57大祭に奉納された屋形船、舷側の極端に浅い平底の船で泥濘地の田舟を連想させる。 |
![]() 境内には鶏が多い、一般に多い白い鶏は見られない。 社により鶏を嫌う所もあるが、好むほうは古墳最盛期に近しい立場か、など思う。 |
境内社:八坂社(素戔嗚尊)、事比羅社(大物主神)、子安社(木花咲耶比売命)、保食社(宇気母智命)、四神社(少名彦名命,八意思兼命,誉田別尊,蛭子神,猿田比古命)、疫やく神社(素戔嗚尊)、秋葉社(軻遇突智命)、八幡社(誉田別尊)、鹿島社(建甕槌命)。中央の大きめの社は、若宮で安曇連比羅夫命を祀り、合殿として信濃中将(ものぐさ太郎のモデル)。 境内社は南向でまとめられている。 |
![]() 巫女さん、アルバイトの女の子、なにか”ほっとさせる”、祭神・穂高見命の姉妹・豊玉、玉依比売を連想したり、神武父子も”マイッタ”なにか、が安曇野の女性に今に残る(^^。 |
![]() 境内に隣接する「御船会館」に使われた御船(おふね)が常時展示してある。乗せる穂高人形は等身大で時代考証に勝れ、表情など歴史と技を感じさせる。 |
※ リンク: 穂高神社「奥宮」
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