[諏訪大社上社前宮]すわたいしゃかみしゃまえみや、


前宮社殿 住所:茅野市宮川(神原)
祭神:八坂刀売神。
本殿:平入。北東
千木:。 神紋:諏訪梶

場所:大社本宮より南へ2kmほど。pk有り。

由緒,伝承:「式内大社」
この地は諏訪大社大祝の始祖と伝えられる有賀が始めて大祝の職について以来、同社大祝代々の居館だった。神殿(ごうでん)は大祝常駐の殿舎の尊称である。
境内を「水眼(すいが)」と呼ばれる清流が流れる。

境内に、内御玉殿、十間廊、御室社、若御子社、鶏冠社(けいかん)、政所社、柏手社(かしで)、溝上(みぞかみ)祭神奴奈河比売、子安社、など。


境内 前宮からの景観

・御玉殿:諏訪明神の祖霊が宿るといわれる神宝が安置されていた御殿。諸神事にあたり、この内御玉殿の扉を開かせ弥栄の鈴をもち真澄の鏡をかけ馬具をたづさえて現れる大祝。現在の社殿は昭和7年造営。

・御室社:諏訪郡内の諸郷の奉仕で半地下の土室が造られ大祝や神長官以下の神官が参篭し、蛇体の御体と称する大小のミシャグチ神とともに「穴巣始(あなすはじめ)」冬ごもりをした。旧暦12月22日に「御室入り」し翌3月中旬寅日に御室が撤去されるまで土室のなかで祭祀が続行されたという。中世以降は廃絶している。

・神子屋址:伝天正の古図には神子屋とあり寛政の前宮絵図には舞屋とみえ、一般には神楽屋と呼ばれていた。
4/15に行われる酉の祭には五官祝以下、祭に奉仕する村々の御頭役人を従え大祝が前宮十間廊に臨み高座につくと、当日の供物である鹿の頭75首が供えられる。
このとき神子屋にて舞人5名で舞楽が奏ぜられ神長官が先ず祝詞を申す。現在も神事は存続しているが略式化され神子屋は衰退し礎石を残すのみで舞楽は行われなくなった。

・神願門址:古くは神殿の正門として御門戸屋(みかどや)があったことが「諏訪大明神絵詞」にみえ、伝天正の古図や江戸時代の絵図には神願門とあり現在の御水舎の通りの位置で南に向っていた。 室町時代には大祝の臣従である郡内豪族がここから以南に邸宅を構えていたのではないかと想定される。 この門を中心に上下にハタ板で囲いがめぐらされ酉の祭で御手払いの際に出門していた、またこの御門の造営は上高井郡井上庄の所役であった。

・溝上社(みぞがみ):祭神は高志奴奈河比売命といわれ御射山へ出発する際にまず参拝された社であった。水眼の清流をたたえた「みそぎ池」の中にあり西方に「神の足跡石」があった。この社は武田支配時期には山浦の南大塩郷によって造営奉仕がされていた。

※謝辞:(安国寺史友会様)
境内には安国寺史友会が作成された掲示板があり、興味深くまとまりある案内でこの項はほぼ転記してます。