[ 阿蘇神社 ] :あそ、阿蘇大明神


阿蘇3鳥居 住所:東京都羽村市羽加美4-6
祭神:  健磐龍命(たけいわたつ・阿蘇大神とも神武皇子・神八井耳の皇子)。
 阿蘇都媛命(あそつ,阿蘇大神の妃)。
 速瓶玉命(はやみかたま,阿蘇大神長子)。
配祀:
国龍神(くにたつ・吉見神,彦八井耳玉とも、阿蘇都媛の父)。
比東芬q神(ひめみこ,国龍神の妃)。
彦御子神(ひこみこ・惟人命,八井耳玉命とも、速瓶玉命の長子)。
若比盗_(わかひめ,彦御子神の妃)。
新彦神(にいひこ,国龍神の長子)。
新比盗_(新彦神子)。
若彦神(新比盗_弟)。
弥比盗_(新彦神妃)。
金凝神(かなこり・綏靖2天皇)。

本殿:平入、南向
千木:外削(5)。 神紋:鷹羽,剣菱,巴

場所:JR羽村駅下車西へ歩20分。奥多摩街道を多摩川縁へ入る、pk有。

由緒,伝承:
推古天皇9年(601)神託により、村中の最良の地に聖地を築き霊物を鎮め斎き祀ったのに始る。

天慶3(940)下野押領司藤原秀郷社殿を建替寄進。小田原北条氏20貫の神領寄進。天文5(1536)3月,武蔵七党三田氏の一員・三田掃部助定重社殿を修造寄進(天文棟札・天文5年3月2日武州杣保長渕郷羽村大旦那平朝臣三田掃部助定重)、この棟札に7度目の造立とある。

明治以前の旧称は、阿蘇大明神、阿蘇宮。

−和漢三才図会に「阿曾(阿蘇)明神、葉村、24石」とある。−


阿蘇社殿 多摩川土手上の参道

<阿蘇の神>
健磐竜命は神武東遷の後、日向から肥国に入り九州鎮護をしたと伝わる。宮崎神宮の社伝では神武崩御の後、皇孫健磐竜命がその霊を祀ったのが同神宮の起源とある。
命の肥国への道筋は、延岡−五ヶ瀬川−高千穂−阿蘇と考えられ、当時阿蘇外輪山の東南麓,日向に近い草部(くさかべ)という地があり、この里に草部吉見神という豪族が居て健磐竜命はその娘を娶り阿蘇に入った。
阿蘇神社始め阿蘇山一体に散在する大小の神社には命の偉業に関する神話や行事が多く残っている。 子孫は肥国の国造に任ぜられ現在90代を数える。
(阿蘇神社発行しおり)



[ 二宮神社 ] :にのみや、

二宮拝殿 住所:。東京都あきる野市二宮2252
祭神:国常立尊(くにとこたち)

本殿:平入、南向
千木:。 神紋:三巴左

場所:JR蓮田駅東4km。pk有。

由緒,伝承:

明治初めまでは小河大明神,又は二宮大明神。和名抄記載・武蔵国多摩郡小河郷の地区内。
「神道集」「私案抄」などに見られる、武蔵総社六所宮(府中大国魂神社)。
六社:「一の宮、小野大神」「ニ宮、小河大神」「三の宮、氷川大神」「四の宮、秩父大神」「五の宮、金佐奈大神」「六の宮、杉山大神」所祭神座の二番目にあるためである。

朱雀61天皇の時、藤原秀郷は自分の生国近江国、山王21神中のニ宮を特に崇敬しており、天慶の乱に際して平将門討伐の為、関東出陣の折、当地に戦勝祈願をし、乱平定後奉賽として社殿玉垣を造営し社領百町を寄進。建久年間、源頼朝より社領千石寄進。北条氏政より社領五百石寄進。徳川家康より代々15石のご朱印の寄進。
(神社しおり)


末社 荒波々伎神社

9月に行われる秋季例大祭「しょうが祭り」は著名。
参道を登りきった処に荒波々伎神社(あらはばき,足神様)がある。
境内社(上写真末社):右から伊勢神社,八幡神社、八雲神社,天津社、稲荷神社。

境内に接して近郊の発掘物を展示している「二宮考古館」がある。