[ 事任八幡宮 ] 、ことのままー、ことのまち、ことまち、(やさか)

事任 住所:静岡県掛川市八坂642 (宮村)
祭神:己等之麻智媛、誉田別、息長帯比売、玉依比売。
本殿: 。 千木: 。 神紋:巴(菊,葵)五大神咒。 
:pk有 。

由緒、伝承: 式内社。
−−境内掲示板
 御由緒 創立年代未詳。大同二年(807)坂上田村麻呂東征の際、桓武帝の勅を奉じ、旧社地本宮山より現社地へ遷座すという。延喜式(927)神名帳に佐野郡 己等乃麻知(ことのまち)神社とあるはこの社なり。
古代より街道筋に鎮座、遠江に坐す願いことのままに叶うありがたき言霊の社として、朝廷を始め全国より崇敬されしことは平安期の「枕草子」の記載あるを見ても明らかなり。
 世が貴族社会より武家社会に移るや八幡信仰が一世を風靡し、康平五年(1062)源頼義が石清水八幡宮を当社に勧請し、以来八幡宮を併称す。
 江戸期に入りては、徳川幕府も当社を信仰し社殿を改築、朱印高百石余を献上す。明治以降、県社八幡神社と称せしが、第二次大戦以後の社格廃止に伴い、由緒ある名「事任(ことのまま)」を復活し、現在は、事任八幡宮と称す。
      宮司 誉田秀之
−−

国道側事任
◆ 境内社
五社神社(西の宮様):天照大神、八意思兼、火迦具土、大国主、東照大権現。
稲荷神社:宇迦御魂。 金比羅神社:大物主。

◆主な年中行事
・月次祭:毎月1日/15日、本宮月次祭:毎月8/18/28、
・元旦祭:1/1、御焚上祭:1月15日、
・祈年祭・稲荷神社祭:2/17、  献茶祭:5月(八十八夜)
・夏越大祓祭・人形焼納祭:6/30。
・五社神社祭:9/1、  金比羅神社祭:10/10、
・中酉祭:11月の中酉日、  誕生祭:12/14、
・例祭 :敬老の日の宵祭(金曜)例祭大苗祭(土曜)神幸祭(日曜)、
・十五夜祭:旧暦8/15、


秩父神社事任本殿から
 延喜の神名帳では遠江国、佐野郡4座に「己等乃麻知神社」として記載され、事真知媛、奇真知、己等麻智媛、などとも書かれることがある。社伝では御神名を天津羽羽神(幸魂)櫛真知(奇魂)阿波比売(和魂)とされているようである。
武蔵秩父神社の本殿裏に全国の天神地祇74座が祀られている、その中では「事麻智大神」として表記されている。

境内は小高い台地に有り蛇行した逆川が社殿裏を通る。社殿は南面し参拝者は本殿を通し北の粟ヶ岳(阿波々神社)をも拝する事になる。
社の500m程西に標高差150m程の山塊があり本宮と呼ばれ事任神が鎮座した旧地で北東の中腹には若宮社がある。

五大神咒(かじり,しんごん):ト(北)ホ(丑寅)カ(東)ミ(辰巳)エ(南)ミ(未申)タ(西)メ(戌亥)という。と、かみ、えみ、ため、太占に用いる時五言とし天地創造五大にあてる。天津祓、真知天神の神言。

−−− <事任社と資料>'0811追加
:歌。
 枕草子直後の相模の歌集「東路に在ることのまま--、」。
 鴨長明「さやの中山--、」。歌枕名寄「さやの中山--、」。
 源親行東関紀行「事の儘--ゆうだすき--ことのまま」(1242)。
 くだって鴨真淵(地元)岡部日記「八幡=己等乃麻知」など。

:解釈
 事任八幡宮の社伝によると源頼義が京より石清水八幡を勧請とある。が八幡と残る資料の初見は宝治2(1248)の地頭忍十郎の遠州百社参り。
=「ことのまま」は東国から京への街道筋でさや(佐屋)とセットで認識されている。女性が詠うことも多く祭神が女神であることも納得できる。また粟ヶ岳(山だて)ー本宮山(古宮)−忌部−己等乃麻知媛の関連も見逃せない。
(※慶長に光広卿を諏訪社へ案内したのは戦国での亡失かさめやらぬ誘導だろう。)

:小国と事任。
 小国が常に進階が上位です。小国にコトマチ神が奉られた可能性があるのは、平安末期から戦国末期。(延喜神名帳から字類抄(-1177)までは周知郡3座=小国1座。)
 家康×武田で、元亀から目代武藤刑部「事任奉斎」が武田側につき宮代・真田山に築砦。約十年後小国の神主鈴木重勝は家康につき小国社殿に自ら火を放つ。天正1氏定は家康に降り亀の甲に己等乃麻知を奉じた、天正9氏定は勝頼が落とした高天神へ戻り、討死。これが現在の掛川駅近くの事任社。
徳川になり事任八幡も奉幣を受け将軍代替わりには祠官が江戸まで出向き「太玉串」を奉じている。だが当然ながら小国社への待遇は格別だった。



神社探訪・別館Top古代であそぼ