[ 天宮神社 ] 、あまみや。

天宮 住所:静岡県周智郡森町天宮576
祭神:宗像三神。
本殿:流 。 千木:内削 。 神紋: 。 
:pk有 。

由緒、伝承: 。
ーー境内掲示板
御祭神:田心姫命、亦の名、多紀理毘売命、奥津嶋比売命。    湍津姫命、亦の名、中津島姫命。 、  市杵嶋姫命、亦の名、佐依比売命、辺津島姫命。 
、 この三柱の神は天照大神と弟の建速須佐之男命とが天の安河で誓約のとき誕生された、 三柱の神を宗像大神と称し別名「道主貴」すなわち「最高の道の神」と申しあげる(古事記日本書紀に拠る)。
道の神、陸海交通安全の神として神威あらたかで人々の崇敬が高い。
人玉二十九代欽明天皇の御宇(凡そ1500年前)にこの地を開発した氏族によって筑紫国宗像から神霊を迎えて斎きまつったと伝えられる。

例祭日:四月の第一土、日曜日
指定文化財:舞楽十二段(国指定重要無形民俗文化財)、本殿及び拝殿、棟札1枚(県指定文化財)竹柏一樹(県指定天然記念物)このほか県及び町指定の文化財多数。

・天宮神社末社(一宇)
右:秋葉神社、迦具土、木花咲耶姫、菊理姫、天児屋根、瓊々杵、大山祇、誉田別、大日霎、大鷦鷯、石凝姥、伊奘冉、猿田彦、道真朝臣、大己貴。
左:御鍬神社、倭姫。

・境内社:多賀社(本殿右手)

天宮社殿 天宮舞殿
==境内掲示板
天宮神社本殿・拝殿及び棟札
 天宮神社は、由緒書によれば人皇29代欽明天皇の御代筑紫国宗像三神を勧請し、文武天皇慶雲二年(705)に社殿を造営したと伝えられ、同国一宮小國神社とは金胎両部(密教用語で金剛界・胎蔵界)の一社にあるという。
社殿(本殿・拝殿)の造営は、天正十七年(1589)に徳川家康が寺田右京亮を奉行となし、幕下棟梁福島新左衛門・一宮大工高木五郎左衛門父子によって完成した。(高木家文書)その後元禄十年将軍綱吉は横須賀城主西尾忠成を奉行に定め、幕府棟梁甲良豊前守宗賀によって修造が行われた。
甲良豊前守宗賀は、徳川家光霊屋をはじめ信州善光寺等を手掛けた名匠で近世建築史上特筆される人物であり、元禄十年の修造に当っては小國神社修造にも携わったが明治の火災によって焼失し、数少ない匠の足跡を当社によって伺い知ることができる。
 本殿:桧皮葺、三門社流造り、間口4.2m、奥行2.7m、
内部が下陣内陣に分れ内陣は3室3座に仕切られている、蟇股も用いず木鼻なども型を守り、妻飾も虹梁叉首又組で古式を重んじ簡素で和様色が強い。
拝殿:桟瓦葺、入母屋造り、間口5.5m、奥行0.0m。
回縁が付き内部には仕切りはない。本殿と同時の造営と言われる。
棟札:栂材で厚さ1.8cm、長さ110.5cmである。
 森町教育委員会、森町文化財保存会。
−− 標識:町文化財指定・天宮神社の乙女神楽
掲示板:「遠江森町の舞楽、天宮神社十二段舞楽」
 当神社の舞楽は慶雲二年(703)に社殿を造営せられ都から藤原綾足が神官として赴任し、十二段の舞楽が奉納されたのが舞楽のはじまりであると伝られている。
舞楽は小國神社の舞とほとんど同じ舞で、延鉾、色香、庭胡蝶、鳥名、太平楽、新靺鞨、安摩、二の舞、抜頭、陵王、納蘇利、獅子舞の十二段が四月二日、三日の例大祭に奉納されていたが最近は4月の第1土曜日日曜日を例大祭の日としている、
なおこの舞に用いられる面や衣装などはいずれも古作の秀作で芸術的価値も高く賞賛されている。
森町教育委員会、森町文化財保存会。
===境内掲示。

・天宮神社は小国神社との縁が深く、男・女、金剛界・胎蔵界、とも擬される。
また天宮の地は古来より太田川の大きな津として栄え、小国への物資などの玄関口でもあった。天宮より標高100m(比高差50m)程の峠を2つ越え西へ3km程に小国神社が鎮座する。




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