[ 許袮神社 ] 、こね、きね。

許袮参道 住所:静岡県周智郡森町三倉830番地
祭神:伊邪那岐命・伊邪那美命。事代主命、誉田別命、天忍穂耳命、金山彦命。 。
本殿:流 。 千木:外削 (5) 。 神紋: 。 
:pk有 。

由緒、伝承: 。
ーー境内掲示板
創建の年代は明らかでないが延喜式(九二七年完成)に記されている古社である。昔木根棚指村の氏神であったが大正四年現在地に遷座した。明治六年、三倉郷熊切郷の郷社に定められる。 大正四年三倉蛭子神社合祀、大正十一年黒田八幡神社、西ヶ峯金山神社、大府川神明神社。中村西宮神社を合祀。

境内本殿前:若宮八幡社3扉一宇、

許袮社殿 許袮境内
==鳥居横掲示板
許禰神社、
鎮座地、森町三倉830番地。
● 許祢神社[コネ] こね、許袮、 ・許彌神社[こね]、「伊弉諾命 合 速玉男命、事解男命」文武天皇大宝二年紀伊熊野権現を勧請。静岡県袋井市木原282。 御祭神、伊邪那岐命・伊邪那美命。事代主命、誉田別命、金山彦命、天忍穂耳命。
創建の年代は明らかではないが古より木根棚指村(現在の木根)の氏神であった。
伝説によると伊邪那岐命が筑紫の日向国で禊祓されたとき、投げられた杖(衝立船戸神)を祀ったと伝られる。
許禰神社は、同村便家の東方約二十丁(約二千二百米)の人跡まれな山中一丈ヶ岩に鎮座していたが氏子木根松次郎は山中に僻在する社殿を自宅正北三丁の自己所有地に間口八尺奥行六尺七寸の社殿を新築遷座し、同時に境内地一千六坪を寄附して杉数百本を植林した。
明治六年、浜松県官吏調査の結果延喜式(九二三年完成の法令書)搭載の許禰神社であることを確認、三倉郷十四ヶ村、熊切郷十二ヶ村の郷社と定められたが次第に三倉郷のみで祀るようになった。
大正二年三倉区内への移転を決め大正四年七月五日現在地に奉遷同年九月十三日三倉蛭子神社を合祀、大正十一年九月二十二日黒田八幡神社、西ヶ峯金山神社、大府川神明神社、中村西宮神社を合祀する。
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 秋葉山へ続く街道三倉川左岸、中村川と2川の合流点の南200m程に位置し、鳥居前は道を挟み駐在所で山塊の迫った裾に鎮座する。
乙女神楽十二段舞楽が伝わっている。
太田川下流の袋井市木原にも式内許袮論社である「木原権現」がある。




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