[来宮神社] きのみやじんじゃ、


来宮境内 住所:静岡県熱海市西山町43-1。
祭神:大己貴命。
 五十猛命。日本武命。
本殿:平入。南向。千木:外削。
神紋:桐57、。
場所:JRきのみや駅北50m。pk有。

由緒,伝承:「式内、阿豆佐和気命神社か、
 鎮座 古くから来宮大明神と称し、熱海郷の地主の神であって来宮の地に鎮座し、福の神・縁起の神として古くから信仰され祭典は、三柱である。
「大己貴命」は素盞嗚尊の御子であって又の名を、大国主命、俗に「ダイコク様」と云われ古代出雲の神々が海、山を渡られて伊豆地方に進出されたときに、此の熱海の里が海、山に臨み、温泉に恵まれ風光明美にして生活条件の整っていることを愛し給い此処に住居を定めた時祀られたと伝えられています。

「五十猛命」は素盞嗚尊の御子であって、尊と共に朝鮮に渡られ、樹種を持ち帰り日本国土に播種した神であります。当社へは和銅三年六月にまつられました。
今から凡そ千三百年前和銅三年六月十五日に熱海の海へ漁夫が網をおろしていたところ、お木像らしい物が之に入ったので不思議に思っていたところ、ふとそこに童児が現れ我れは五十猛命である。此の地に波の音の聞へない七本の楠の洞があるからそこへ私をまつれ、しからば村人は勿論当地へ入り来る者も守護するからと云うと同時に童児は地に伏してしまったので、村人一同で探し当てた所が、今の此の地であり、毎年六月十五日(新暦の七月十五日)になると海岸へ出て当時を偲ぶお祭を行う。(七月の例大祭。こがし祭)当時海辺で神に麦こがしをお供へした故事にならい今でも古くから引続いてこれを神に供えて、尚、国の天然記念物に指定されている此の大楠は、当社の御神木(ヒモロ木)であって、太古は此の楠へ神の霊をお招きして神をまつっていました。

「日本武尊」は人皇第十二代、景行天皇の御代、御東征に出陣せられ、箱根路から此の地に軍を進められた時、住民を労り、産業を奨励した功績と、武勲を称え、まつられたと伝へられる。

祭事
夏祭:夏祭の例大祭は七月十四日、十五、十六の三日間行われる(例祭)十五日は、御鳳輦に御従する麻裃の一行と氏子崇敬者に、旗差物が之に加わり、又獅子舞の一隊が、先導を勤め市中を巡幸し、夕頃海岸の御旅所に着御して、祭典が斉行される。
夜間は、各町内から出る三十数台の、山車が街中に繰出し、祭囃を互いに、競いつつ、市中をねり廻り、此れは十六日も亦同様である。両日は街中神人和楽のるつぼと化し、両日の昼間の祭典には神社と御旅所では、県無形文化財に選定されている鹿島踊や、古くから童女が奉仕する神女の舞、乙女が仕へる浦安舞等、琴、横笛、楽太鼓の奏でる音と相和して奉納される。又巡幸中、猿田彦が大音声を発して撒く「麦こがし」が参観者の身体に降りかかると病難火難を除けるとの云い伝へがあるので競って之を「こがし祭」と称している。
(由緒書)



来宮 楠

例祭行事
一、鹿島踊:県無形文化財に指定され、当社の例祭には青年の保存会員が白衣の袴、金の柄杓、白幣等を持ち、太鼓、鉦を高くかざし前後左右に舞い踊る。歌上げ役は、古歌を唄って之に和す。同勢、約四十名。
ニ、神女の舞:全氏子の中から選ばれた童女一名、扇子、幣帛、を持ち古来よりの伝統を受継ぐ「ろ組」若衆と青年有志の奉仕による楽人の笛、太鼓、鉦等の演奏に合せて舞い比等の中にも古き時代の素朴さが現れています。 三、浦安の舞 乙女四人が、琴、筌、横笛、楽太鼓の伴奏にて舞い優美にして典雅な舞である。

年祭
元旦祭:、一月一日、年頭に当り世界の平和と国の髀ケ、氏子崇敬者の繁栄と幸福を祈る。 節分祭 二月三日 諸名士参加の下に追儺式を行い、今年の災厄をはらい、福を招く行事、数千点の景品を一般に領ち大いに賑わう。 新年祭 二月十七日 今年に於ける。五穀豊穣を願い各自業の繁栄を祈る。 勤労感謝祭 十一月二十三日 今年とれた新穀を神に供え、諸産業に対し無事勤労出来えたことを感謝する祭

「長命、願望成就の大楠」 一、二千年の樹齢にあやかり古くからこの大楠を一廻りすると一年寿命がのびると伝えられています。 一、又願い事のある人は思う事を誰にも云わず一廻りすると願事がまとまるとも云われています。

  禁酒の新徳 当来宮神社は「禁酒」の神として古くから一般に信じられ、毎日禁酒に来られる人が跡をたたない。又満願になると此の神礼を神前に返し、神に約束した間、無事禁酒が断行出来、身体も頑強に、家業も繁栄し家庭も円満になった事を神に御礼と同時に報告に参拝する。斯く禁酒した人は今迄万余を数える。此の神礼は神社へ納めたものの一体であります。
(由緒書)