[三嶋大社] みしまたいしゃ、


鳥居 住所:静岡県三島市大宮町2-1-5。
祭神:大山祗神。事代主神。
 二柱の神を総称し三島大明神。
配祀:阿波神、伊古奈比当ス、楊原神。
本殿:平入。南向。千木:外削(5)。
神紋:桐57、一重亀甲に三、菊。
場所:JR三島駅南東1km。pk有(有料)。

由緒,伝承:「式内社」名神大、伊豆三嶋神社。
創建の時は不明だが古くより三島の地に鎮座、三嶋大明神と称せられ、富士火山帯の根元の神、伊豆の国魂の神、国土開発の神としての信仰は古く、天武天皇13年(日本書紀)淳和天皇天長9年(釈日本紀)仁明天皇承和7年(続日本後期)宇太天皇仁和3年(扶桑略記)等に造島の事が見え、仁明天皇嘉祥3年(文徳55実録)以下その位階は累進し、延喜の制においては名神大社に列し・・(由緒より)。

摂社:若宮神社、見目神社(6柱)
境内社:東に本殿側より、船寄社、飯神社、酒神社、第二社、小楠社。西に、大楠社、天神社、聖神社、第三社、幸神社、幸神社。

祭事:田祭(1/7、特殊神事,五穀豊饒を祈る予祝神事)、小豆粥調進祭(1/15、特殊神事)、奉射祭(1/17,33間先の大的を射つ)、追儺祭鳴弦式(2/3)、神鹿記念祭(3/22)、鎮花祭(4/9)、酉祭(4/13,五穀豊穣)。八坂大神渡御祭(7/15)、宵宮(8/15)、例祭(8/16,古くは旧8月酉の日)、手筒花火神事(8/16)、流鏑馬(8/17)。伊豆魂神社例祭(11/4)、酉祭(11/16,新穀感謝)、恵比寿講祭(11/20)。

<和漢三才図会(1714-)、抜粋>
<(伊豆)一の宮・三島大明神、賀茂郡三島、530石、神主飯倉式部、別当愛染院、
祭神1座:大山祇命。
崇峻天皇、庚戌の年にこの神は出現した。摂津島下郡の三島社、伊予越智郡の三島神社と当社と3所とも同一神である。社前に池がある。神階、貞観9(867)7月従3位。(1180)10月、頼朝田園を寄付」>

・延喜式神名帳では、三嶋神社は加茂郡に記載される、現在鎮座する三島市は田方郡。下田白浜神社→大仁広瀬神社→三島市現在地と奉遷したとの伝えがある。。
三嶋大神の后は7人といわれ大社の見目神社は配祀に1人で見目神社には6人なのだろうか、伊豆に見られる境内社見目は7柱が多い。見目はミヌメ、美奴売、敏馬に通じるのかは不明。



拝殿 本殿向って左の境内社

*境内の掲示板

*本殿・拝殿・舞殿・神門・彫刻
一遍聖絵の社頭と現在のそれとではかなり異なり、焼失記録を見ると、文永5(1268)と永仁4(1296)に焼け、延享1(1744)と安政1(1854)の地震で倒壊している。
今の社殿は万延1(1860)から明治2(1869)にかけて再建されたものである。
本殿は流造、拝殿は入母屋で前面には3間の向拝をつけ正面に千鳥破風と軒唐破風がつく。 両殿の間には軒下に納まるように相の間がつくられている。
この建築の様式は権現造りといわれ大きさは国内最大級で高さ23m、鬼瓦の高さも4mある。彫刻は伊豆国名工・小沢希造、駿河国名工・後藤芳治良がそれぞれ門下生と共に技を競い合って完成した傑作である。
*神池
天長4年(827)神池の水が渇れ天下大旱し神官の訴えにより朝廷は三島神殿に於いて澪祭(雨乞)を行わしめた、6月11日から15日まで大雨が降る。時の帝は当社に圭田を寄せ神官に禄金財帛を賜った(類聚国史)
元禄2年(1185)8月源頼朝は神池に於て放生会を行い、その際糠田郷・長崎郷を三島社の料と定めた(吾妻鏡)
*厳島神社 祭神:市杵島姫命(天照大御神の御子神)
北条政子が勧請し殊の外信仰したと伝えられる、当社は家門繁栄・商売繁盛・安産・裁縫などの守護神として広く信仰されている。
*見目神社
若宮神社と同じく御本社と最も関係の深い社で摂社と言う。 御祭神は三島大神の后神六柱を祀る。 昔は御本社大祭の前々日、幕府より奉献の玉簾を在庁(将軍の代理)が奉持し此の社の前で検分の上、神主に渡す儀式が行われた。慶応4年9月3日再建。

*境内樹木
・樹齢千二百年と伝う天然記念物指定の金木犀、9月上旬と下旬から10月上旬にかけ薄黄色の小花を全枝につける。
・樹齢千年余の楠の大木、三島七木の現存するただ一つ。