[鹿島神宮] :かしま、


鹿島鳥居 住所:茨城県鹿嶋市宮中2306-1。
祭神:
武甕槌大神(建御雷神・たけみかづち)。
奥宮:建御雷神荒魂。
本殿・奥宮:平入、北向。
(本殿奥宮共神座は東向)
千木:外削(3)。 神紋:桐、巴

場所:JR鹿島神宮駅歩10分。国道51号,pk有料。

由緒,伝承:「式内社」常陸国一の宮。
延喜式では常陸国の項に「鹿島神宮、名神大・月次・新嘗」とある。また神名帳での神宮の称は、伊勢、香取と鹿島の3ヶ所。
崇神10のとき大坂山に鹿島神(建御雷神)が顕れて、中臣氏の祖神・聞勝命(ききかつ)に神託をつげた。命はすぐ天皇に奏言しここに社伝を造営、天皇から剣や鏡などを献じられたという。

本殿・幣殿・拝殿は徳川秀忠の造営で元和5(1619)。仮殿は元和4。奥宮は家康が慶長10年に現本殿位置に造営したものを元和4年に移設したもの。楼門は水戸初代・頼房(家康11子)が寛永11(1634)に造営。
本殿・奥宮は北を向いて建ち、神座はともに東を向いている。境内の大国社(大国主命)・稲荷社・要石は東向、他の境内社は南向。境外の伊勢社は西向。

鹿島鳥居:神明鳥居の一種だが、笠木が円柱で左が太く(根)左右を斜めにカットしている、この笠木の特徴から特に鹿島鳥居と呼ばれる。貫は角材、楔は外側より内へ向けている。境内の稲荷社も鹿島鳥居になっている。

古く、香島、日の香島宮、豊香島(とよかし)宮、天之大神(あめのおおかみ)などの称がみえる。


本殿・拝殿 奥宮(荒宮)
 藤原鎌足の出生は、大和・大織冠・などにも産湯などあるが、鹿島神宮の西端にも出生地と伝わる場所があり、鹿島を出生地とする文献(口伝)は多い。
 公の長子定慧が多武峰山頂に父の墓を造り十三重の塔を建てたという・談山神社・に縁深い、「多武峰縁起」には、藤原鎌足の出生と氏神について次のように記している。
"藤氏始祖大織冠内大臣(諱鎌足)者。天児屋根廿一世孫。小徳冠中臣御食子卿長子也。 母大徳冠大伴久比古卿女。大伴夫人是也。初懐姙之時。母夢従レ身藤花出生。遍ニ満日域-矣。在レ孕而十有二月。哭声聞ニ於外-。或云。声聞ニ于郷里-。" "推古天皇廿二年(甲)戌八月十五日。生ニ於大和国高市郡大原藤原第-。或説云。生ニ於常陸国鹿嶋郡-。仍鹿嶋神是藤氏氏神也。"
「大鏡(1086頃成立)&裏書」「伊呂波字類抄」「下学集」「新編常陸国史」にも出生を常陸とする記述がある。(中臣氏の氏神をめぐって・志田諄一氏)

太田亮氏は常陸の中臣氏とし、さらに・多臣流・の中臣氏としている。

鹿島・香取の宮司職は代々中臣氏の世襲で、奈良・春日大社は当初、常陸の鹿島社の封戸で運営されていたとされる。藤原良継が病の時「その氏神鹿島社に正三位、香取神に正四位上を叙す(続日本紀)」。

※ 謝辞:鹿島神宮、千葉様。貴重なお話、有難うございました。

 ・鹿島境内