[香取神宮] :かとり、


香取・拝殿 住所:千葉県佐原市香取。
祭神:
経津主命(ふつぬし)
本殿:平入、南向
千木:外削(9)。 神紋:桐、巴

場所:JR香取駅南2km弱。東関東佐原香取ICより2km,pk有。

由緒,伝承:「式内名神大」下総国一の宮

 記紀によるとニニギ命の降臨に先立ち武甕槌とともに出雲の大国主に国譲り派遣され説得した功績と伝える。経津主は武甕槌と同じイザナギの子・カグツチの後とあるが子,孫,曾孫と説があり、他にも両神は兄弟、同一神などの説もある。また出雲へ派遣されたのは武甕槌一人とか、アメノヒナトリが主将で経津主は副将ともいう。 古く社殿は20年毎に鹿島,住吉と共に造営され国費を充てていた。神職首座は大宮司,大禰宜といい経津主の子・天苗加命(あめのなえます)の子孫が香取氏を名乗り首座となったが、後世大中臣氏(藤原)が入り相互に重職を世襲した。(神社100撰)

摂社:側高神社、匝嵯神社、鹿島新宮
末社:櫻大刀自神社、市神社、

・東国蝦夷征伐の折、側高の神は馬2千頭、下流の忍男神は馬1千頭を陸奥より捕え献上と伝わる。

− 和漢三才図会に「香取大明神、香取郡にある。1000石、神司、大宮司。別当金剛院。祭神1座、斎主命(いわいぬし)「一名は経津主命」。斎主命は初めの名を「斎(いつき)」の「大人(うし)」と号した。神祇を祭る主である。日本守護の霊神が楫取(かじとり)の地に鎮座ましますのである。」 −
*同図会(江戸期1715-頃)に、鹿島神宮は2000石、諏訪が1000石とある。



鳥居 本殿
 利根川を望む小高い台地にあり亀甲山(かめがせ)と呼ばれる。利根川,潮来を挟み対岸10kmほどに鹿島神宮がある。社殿裏に櫻の馬場、茶屋、展望台があり遠く筑波山を望む。

 経津主・武甕槌両神は天太玉命の孫又は曾孫とする説もある。
千葉県は安房・下総・上総の3国だがもとひとつでフサの国と呼ばれた。このフサは太玉の子孫・天富命が阿波から(職能集団である)天日鷲の子孫を連れて房総先端安房に上陸、素晴らしい麻(好麻)ができた。千葉県の匝嵯は狭布佐(さふさ・細い麻)、印旛の麻生、那珂の阿蘇、倭文など布・麻に関する地名が多い。
香取神宮から利根川上流に天日鷲命、天鳥船、稚産霊を祀る社がある。稚産霊は太田亮によると経津主の親、磐筒男・女から迦具土・埴山姫に辿られこの2神の子が稚産霊となる。この迦具土の系統にちと異端な天尾羽張の名がでるが倭文氏の祖・天羽槌雄との類似、神系不明の磐筒女、この辺りが由縁を示していると思われる。

 ・香取境内