[二宮神社]
 :にのみや、寒川神社、さむかわ。

寒川拝殿 住所:船橋市三山5
祭神:建速須佐之男命、櫛稲田比売命、大国主命、
藤原時平命、大雀命、誉田別命。
本殿:流造、南向。 神紋:巴、。
場所:京成大久保駅北2km、pk有。

由緒、伝承: 式内・寒川神社(論社)。
弘仁年間(812-820)嵯峨天皇の勅創により古くより寒川神社二宮大明神と称す。往昔より近郷23ヶ村の総鎮守にして丑未7年目毎に二宮神社ほか社外8神社の神輿を会し大祭をを執行す。
治承4年(1180)藤原師経当国へ左遷の際、同人及び神官倶々協議して左大臣藤原時平を本社の相殿に合祀す。
慶長年中東照宮上総国東金へお成りの砌り参拝の際御墨印寄せられ、2代将軍秀忠より御朱印寄付、家光より御朱印をもって下総国千葉郡三山村において神領10石。
明治43年12月16日、千葉郡二宮村字北ノ海道199,無格社若宮八幡神社(大雀命)、同所字西ノ庭44二宮神社摂社阿波八幡大神(誉田別尊)、本社へ合祀す。

祭礼:例祭(10/16)、大祭(丑未7年目11月(日は9/13湯立祭に決定する)。
(神社由緒書抜粋)

寒川1鳥居 小川の在る低地を通る寒川参道

大祭起源:500年程前、馬加村(千葉市馬加町)の城主馬加陸奥守康胤の奥方懐妊11ヶ月に至るも出産の模様無く、三山村二宮神社、畑村子安神社、馬加村子安神社、武石村三代王神社の各神主に命じ馬加村磯部に地を相会し安産ご祈祷の祭礼たる産屋の古式を執行せしむ。(磯出祭は是也)
奥方は無事男子を出産し総社二宮神社にお礼の大祭を執行する様領内村々に告げ、康胤は出生せし若殿家臣一同連れ大祭を挙げたり。
この先例を丑年未年の7年毎に外八神社(畑村子安神社、馬加村子安神社、武石村三代王神社、久々菊田神社、高津高津比盗_社、実籾大原神社、大和田時平神社、古和釜八王子神社)より神輿が三山神揃場に集い行列をなし本社に参進し大祭を執行す。



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