[物部神社] もののべ、物部十社明神


  住所:石和町松本615
祭神:饒速日命、可美真手命(うましまて)より十神。
本殿:流れ造。南向。
千木: 。 神紋:。
場所:JR石和温泉駅北350m、pk可能。

由緒,伝承:式内社。古一宮。
<境内掲示>
物部十社明神といい物部氏の御先祖である饒速日命その子の可美真手命(うましまて)より十神をお祀りする神社です。饒速日命は神武天皇が大和国平定の折勲功を立ててそれ以来代々朝廷にお仕えし垂仁天皇の御代に物部(朝廷を警護し武事を掌りし部族の総称)の姓を賜はり、大連(朝廷の政務を補佐し国務大臣に相当する職)として国政に参与し、一家一門はこの地を中心に繁栄し隆昌をきわめた。
又物部神社は延喜式神名帳三代実録等の古典に記録されており、それによると清和56の貞観5年6/8に甲斐国従5位下勳12等、同年8年3/28正5位下、同年閏3/18従4位下、同18年7/12従4位上、更に陽成57の元慶3年2/8正4位上,物部神従3位の位と田34町歩を賜る。
往古は山梨の郷御室山に鎮座したが後世この地に遷し祀る。
−−掲示板抜粋−−

本殿  参道石段より南方向

・奉納和歌、
甲斐がねに 咲にけらしな 足引の 山梨岡の 山なしの花 ー能因法師
足引の 山梨岡に 行く水の たたすぞ君を 恋わたるべき ー読み人知らず、続古今和歌集
外よりも 光り久しく さやけきは 月のかかるる 山梨の岡 ー続古今ー同
世の中を うしと言ひても いつくにか 身をばかくさん 山梨の岡 ー続古今ー同
物部の 神のみいつそ いや高く 栄え行くなり 松本の里  ー加茂仕人
−−掲示板−−

(旧?)参道入口にある標  この標から参道を入ると墓場に突当る、その奥の高みに社は鎮座する。墓は向かって右手にある大蔵経寺のものである。神社の後ろには標高715mの大蔵経寺山があり社との比高差は430mほどになる。
大蔵経山の稜線を東に700m程下ると標高597mの高みがある、これが山梨岡神社の背後にある御室山と呼ばれる神山である。
社の由緒にあるようにこの御室山は物部神社の旧地である。
山梨の地名は物部の山無媛からだろうという。
甲斐は三枝というか、日下部、丈部、など所謂伴部の姓が目に付く。また額田部湯坐、湯母竹田など母系からの繋がりも匂う。山梨岡神社のはじめは御室山の物部神を祀り奉斎する場で山無媛を祭る様になり後に御室に坐す神が今の物部に下りたのではないだろうか。
後、長く甲斐の実務を握る壬生氏がいるがこれは物部宗家滅後に物部から改姓などで移った人々が意外に多かったのかも知れない。
山梨、物部、三枝、この地名のセットが下総千葉郡に郷名としてあり糟瓜(かすひら?)もある。山梨は古く月見里とも書かれ今も山梨県のこの場所と千葉県四街道に残る、もうひとつは静岡県袋井市の山名神社近隣にある。記紀とは異なるが応神15の子宇治稚郎子の母であるとする旧事紀の「山無媛」、風雅な名とあわせ楽しく妄想している。

 ※ 画像は5年前('03)に撮った物です。