[熊野神社] くまの、。


  住所:山梨県西八代郡市川大門町平塩
祭神:天照大神、
本殿:流平入。南向。
千木: 。 神紋:巴、

場所:JR身延線市川本町駅南東500m、pk可能

由緒,伝承:。
甲斐源氏の祖といわれる源義清が甲斐目代として平塩に館を構えていたとき守護神として祀ったのが始めで、その後平塩地内の諸神を集め祀ったと伝えられている。現在の本殿は1間社流造、向拝軒唐破風付、江戸末期までに建立とされる。

<境内掲示>・寛治元年(1087)源義家の弟新羅儀三郎源義光が官を辞し軍兵を従え奥州に下り、兄の陣に加わり武功を立てた、その功績により甲斐守に任ぜられたので義光の三男である刑部三郎源義清が12世紀のはじめ天永年間(1110-15)甲斐国へ下向し、峡南市河庄青嶋庄の庄司として平塩へ館を築き、甲斐源氏勃興の基を開いた。
義清は長男の清光と共にこの地に遷り駒の飼育に精進するがやがて甲斐の黒駒と云われる名馬の産地となり毎年優秀なものを朝廷に献上する例となっていた。
清光は逸見庄に根拠をおいたので逸見冠者とも黒源太とも云われ、父義清と共に智略に富んだ勇猛な武将であった、義清は久安5年7月23日、市河庄平塩の館で75才で病没。(ライオンズ)

彫刻 甲斐源氏旧跡

 市川本町駅より南東500m程の丘陵の端に在る。町道?から100m程入る道は細いが境内地(源氏旧跡顕彰碑)に停車可能。台地突端の小高い位置にあり北に展望が開け甲府盆地を一望できる。境内社殿とも広くはないが特に本殿の全面にわたる彫刻は見事でその題材も面白い。
 甲斐源氏といえば武田氏だが、その発祥地というのがこの平塩になる。清和源氏の流れの、源頼義以下を抜きだすと、
┬義家─義親─為義─義朝─頼朝
├義光┬義業┬昌義─隆羲   (佐竹)
│  │  └義定         (山本)
│  └義清┬清光┬光永    (逸見)
│     │  ├信義┬忠頼 (一条)
│     |  |  ├兼信 (板垣)
|     |  |  ├有義 (武田)
|     |  |  └信光 (石和)
|     |  └遠光┬光朝 (秋山)
|     |     └長清 (小笠原)
常陸へ下った義光(新羅三郎)は合戦を起し、義清は甲斐市川庄に流される。熊野荘園をめぐる「長寛勘文」が(1162年)。その後(1180)三井寺から始る頼朝挙兵、甲斐源氏も挙兵する。この時の主役は武田太郎と記録に残る信義だが一時頼朝の不興をかったらしい。この系図では武田の祖は有義となるが、石和の信光が兄を殺し?(逐電、追放、匿い)武田の名をついでいる。