[弓削神社] ゆげ、(二宮・弓削神社)


  住所:山梨県西八代郡市川大門町弓削。
祭神:木花開耶姫命、瓊瓊杵命、彦火火出見尊、日本武尊、大伴武日連命。
本殿:流平入。南西向。
千木: 。 神紋:弓文字、剣花菱。

場所:JR身延線市川本町駅南西500m、pk無。

由緒,伝承:式内社。
 延暦24(805)の創建と伝える。延喜式にある甲斐20社の一つ、祭神は木花咲耶姫命はじめ諸神、社の宝物に古代の獅子頭などがある。

境内社:白紙社(天日鷲神、津咋見神)、衢神社(ちまた、八衢彦神、八衢姫神)、地主神(不詳)、東照宮(徳川家康公)、祖霊社。

隋神門 鬼瓦?

 境内入口の鳥居辺り道つきなど、一瞬長野上田の塩野神社を思い浮べた。このあたりの地は「印沢(おしてざわ)」と云うが、川から弘法太師の「手の跡」がついた石が出たのが地名の由来と言う。笛吹川に注ぐ印沢川がつくる扇状地の中腹に社は鎮座する、南の高い所を「高田」といい浅間神社が鎮座する。市川大門町では弓削神社を「二の宮」、浅間神社を「一の宮・あさま」とよんでいる。
 創建と言う延暦24年は、坂上田村麿が東国侵略を一段落させた頃、奈良の石上神宮(物部)の神宝を平安京に移した年、神祗伯が多治比氏から藤原氏系に切り代る直前あたり、富士山の噴火・地震も大小頻繁に続いていた頃、になる。

 弓削と言うと弓削道鏡を連想するが物部もみのがせない、北東1kmほどに「矢作」の地名があり、さらに北東の甲斐国衙の近くにも同じ地名がある、大阪河内の弓削も同様である。
 神紋は屋根の棟などを見ると「花菱」と「弓文字」、花菱は唐花をつぶしたに近い。弓文字の紋は藤原氏の一流と弓削氏が使っているが、この社の弓文字紋は「幣紋」を連想する。
 境内社の白紙社は摂社らしく、天日鷲とその子・津咋見(つくいみ)を祀る。この忌部氏の祭神が「紙」と密接なのは「幣」が布から紙に代るに忌部氏・天日鷲が関り深かったのだろう。紙は帋で漢字からも幣との関連の深さもみれる。
紙が貴重な時代には葉書の語源になった「タラヨウの木の葉」に文字を書き傷をつけ黒く浮出るのを利用したが、この「タラヨウ」の県内最大という木が町内にある。
市川大門町は和紙で千年以上の歴史があり「市川肌吉紙」として流し漉きの伝統を守り伝えている。弓削神社の北隣りに「手漉工房ニコーアルファヒルズ・二の宮」があり手漉きの体験もできる。

関連、・曽根丘陵・

謝辞:一瀬様、お世話になりました。