[山梨岡神社] やまなしおか、


  住所:東山梨郡春日居町大字鎮目字宮の前
祭神:大山祗命、別雷神、高おかみ神。

本殿:春日造。南向。
千木: 。 神紋:。

場所:JR石和温泉駅北1.2km、pk可能。

由緒,伝承:式内社。旧郷社。
崇神10の時疫病流行し、勅命により御室山頂に創祀。成務13の時に麓の梨樹を伐り拓き開き神戸を遷し「甲斐ヶ根・山梨岡神社」と号した「やまなし」の語源発祥となる。
例祭:4/4-/5に摂社吾妻屋宮(あづまやぐう)の神体を迎え斎行される。虫加持・太々神楽、神輿渡御など行う。
文化財:本殿1間社隅木入春日造,向拝付こけら葺,室町末期飛騨匠の造営。 太々神楽24種(別名信玄出陣の神楽、いずれも天岩戸の故事より、四方舞より始り正午に岩戸が開かれ最後に大山祗の舞で終る。20番目の四剣の舞は「久米舞」ともいわれる。{キ}の神(雷,魔除の守護神)。ふじ。
(境内掲示)

拝殿 平等川土手より御室山

「やまなし」の名のおこりだが諸説ある。山が有るからの「山有」=山成るがヤマナシにとか、「山無」に繋がるヤマナシもある。静岡県袋井市に山梨の地名は古く月見里(ヤマナシ)と歌に訓まれ、物部氏の流れであり応神の妃である山無姫に由来する名という。
山梨岡の由緒にある崇神10の時には、石上神宮の武器を春日臣氏の一族である"市河"が管理しこれが物部首の始祖であるとされ、後に布留宿祢を称する。
成務13の時に麓の梨樹を伐り拓き開き、とあるが、この梨樹はヤマナシで御室山の麓一帯は梨畑で「杜(やまなし)」と呼ばれていたのかも知れない。
甲斐国は石上神宮の武器を管理したという一族の流れが甲斐源氏の繁栄するまで在地一番の勢力として続いている。鎮目の地名と春日居の地名が残るように律令以降は春日氏を前面にしての活動だったろうが、それ以前は物部の流れを前面にしていたのだろう。この切替はあいまい徐々にか明白にかはまだ不明だが、やまなし・いちかわ、の地名など追ってみると物部・春日の違いなど面白い。