[松尾大社] :まつのお、まつお

住所:京都市右京区嵐山宮前 
祭神:大山咋命・おおやまくい、市杵嶋姫命・いちきしま(中津嶋姫命) 
本殿:東向、平入、松尾造
千木: 神紋:立葵

場所:阪急嵐山線松尾駅。参道手前にpk有。

略記、伝承:「式内名神大」
古事記によると祭神大山咋は大歳神の子で「葛野の松尾に坐す」とある。文武天皇大宝元年(701),秦忌寸都理(はたのいみきつり)が勅命により松尾山大杉谷の磐座の神霊を勧請し社殿を建てたとあり、天智天皇7年(668)筑紫の宗像から嵐山に市杵嶋姫を勧請したとの伝えも有る。秦忌寸都理は饒速日命之後也と秦氏のなかで唯一神別としてみえる。

本殿は重要文化財で天文11(1542)に改築されたもので、宝物は男神坐像2体、女神坐像1体がある。

古事記、大山咋の記事は比叡山の [日吉大社] も同様で、また天智が市杵嶋を勧請した時期に日吉に大和の三輪大神を勧請している。大津京遷都、即位の時に強力な地主神に加え、さらに強力な神々を加える。。なかなか面白いものが有る。

京都鴨社にも伝わる丹塗矢伝承がある「秦氏の女子が葛野川で洗濯をしていたら矢が流れてきたので寝室に挿してしておいたら子ができ、皆を集めて成長したその兒に父は誰かと聞いたら挿してある矢を指した。するとその矢は雷公となり屋根を破って天に昇った。故に鴨上社は別雷神と号し鴨下社は御祖神と号す。戸上の矢は松尾大明神是なり・・・」この後にも訥弁とした文が続く。
鴨社のそれは秦氏の女子が玉依日売、その父は賀茂建角身命、母は丹波の神野の神、伊可古夜日女(いかこや)となり、丹塗矢は乙訓郡の社の火雷神となる。

摂社:衣手社(羽山戸)、一挙社(一挙,素戔嗚?)、金刀比羅社(大物主)、祖霊社。
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・嵐山の南面にあり、古くはこの一体を松尾(村)と称し、荒子山(あらし)とも別雷山ともいう。大山咋の母は市杵嶋、子が別雷神なので、神社由緒の2体の男神のうち残りは別雷となる。 大山咋は近江の比叡神、この地では火雷神として祀られている。

境内の霊亀の滝と呼ばれる滝から不思議な亀が現れ、これを瑞祥として年号を和銅から霊亀へ改めたとの伝え、また聖武天皇(神亀)の頃、社殿背後の御手洗谷より霊泉が涌き出たとある。このことは古くより酒造の神として信仰をあつめていることもあり、松尾の神を祀った秦氏が大陸伝来の新技法で美酒を醸したと思われる。

境外摂社は、南に松尾の神官が兼任したという「式内名神大・月読社」、北の桂川渡月橋のたもとに市杵嶋を祀る「櫟谷・宗像神社(いちたにむなかた)」がある。
桂川渡月橋あたりから上流は大堰川と呼ばれ秦氏が創設した堰が名のはじめと謂う。古く農業用水の為つくられたという用水路が今も境内を通りその流れは一の井、ニの井と呼ばれている。桂といえば月にある神木、舟の楫にも使われた。月読、宗像。。桂と葵も日吉から松尾までつながっている。

本殿は東より少し北方向の比叡山を向いている、叡山との直線上に木嶋神社、下鴨神社があり、線の少し南に京都御所がある。

(杜内掲示・神社100選・古事記)