[広瀬大社]  :ひろせ、

住所:北葛城群河合町大字川合、  

祭神:若宇加能売命・わかうけのめ。
相殿:櫛玉命・くしたま、
 穂雷命・ほのいかづち、

本殿:南向、妻入
千木:内削
神紋:橘、菊

場所:JR法隆寺駅東南2km.法隆寺IC東へすぐ案内有り、pk有り。

由緒,伝承:「式内名神大」。
式内では「廣瀬坐和加宇加売命神社」とある。
崇神天皇9年、広瀬の河合の里長廣瀬臣藤時に神託があり、水足池(みずたるいけ)と呼ばれる広漠たる沼地であったが一夜で陸地に変化し橘が数多く生えたことが天皇に伝わり、この地に社殿を建て祀られるようになる。(社縁起)

天武天皇13年秋7月、行幸の砌廣瀬川(現大和川)に御幸橋を架ける。(日本書記)
若宇加能売命は別名を豊宇気比売大神(伊勢外宮)・宇加之御魂神(稲荷神社)・廣瀬大忌神(ひろせおおいみ)とも呼ばれ総て同神である。龍田風神(龍田大社)と深い因縁がある。(由緒書)

境外摂社:水分神社。
境内末社:祓戸社、稲荷社(稲倉魂神)。
境外末社:八神殿社(皇室守護)、饒速日命社(社家樋口氏は物部氏末裔)。

拝殿 本殿

社地は往時の八町四方別途神領に較べると遥かに狭いが、現在1万坪程で参道は近所の駐車場となるほど長く広い。奈良盆地への川、佐保、初瀬、飛鳥、曽我、葛城、高田、富雄など流れが集中する場所にある。

社伝承の一夜にして沼地が陸になったというのは、河内へ流れる大和川が洪水か地震でせき止めていた亀の瀬辺りが崩れ水位が一挙に減った事があった、可能性は十分ある。と考えている。