[多神社]  :おお、多坐弥志理都比古神社・おほにますみしりつひこ。


住所:田原本町多字宮ノ内

祭神:
第1殿:神武天皇、
 2:神八井耳命、
 3:神沼河耳命、
 4:姫御神(玉依姫)
明治24では2、3が祭神で1、4は境内社。

本殿:妻入南向
千木:外削。 神紋: 

場所:近鉄橿原線笠縫駅西南西1km。国道24線を東へ1km,又は寺川西岸の華表より西へ、pk有。

由緒,伝承:「式内・並、名神大、月次、相嘗,新嘗」
多氏族はこの地に住んで大和平野の水稲耕作の開拓者として栄えてきた。社殿裏の森には古代祭祀の遺跡がある(境内由緒書)。

「多神宮注進状」・祭神2座について、
珍子うつのみこ、賢津日霊神尊さかつひこの、皇像瓊玉坐。
天祖あまつおや、賢津日霎神尊さかつひめの、神物圓鏡坐。
祭神、賢津日霊は「河内国高安郡春日部坐宇豆御子神社」と賢津日霎は「春日部坐天照大神之社」と同体異名也とある。[春日戸社坐御子神社],[天照大神高座神社]である、この神社は大社で「元名春日戸神」と神名帳は注記している。
南禅寺蔵の「大智度論」の奥書に「河内国高安郡春日戸村主広田」が父母のため百巻を書写したとある。 他の文献に、春日部比良・春日戸村主大田・春日戸村主人足・春日部刀自売など。 河内の教興寺は秦河勝創建と伝わる、別名秦寺といい高座神社の神宮寺である。 (秦氏の研究・大和岩雄、式内社考)


多神社境内 寺川の華表

東1kmほどを流れる寺川沿いの道路に面して華表が立つ。
石灯篭の形が珍しい今の神社は殆どが春日か所謂古代灯篭であるがそれが見あたらなく参道境内は切妻の家の形である。この家型灯篭は東北3kmほどにある[村屋坐]にも見られる。



[小社神社 ]    :こもり、
小社神社社殿前 小社神社鳥居

住所:田原本町多、  祭神:太朝臣安萬侶。
本殿:春日、南向。 千木:外削。

由緒,伝承:「式内社」。本社は皇子神命、姫皇子、屋就神命とともに多神社の皇子神である。

屋就神社:多神社西1km、飛鳥川挟んで西にある。

多神社の拝殿は'98台風の過で樹木は倒されは修復中である。南に隣接するこの小社もそうだが、奈良盆地の神社は葛城の鴨山口神社からこの多、志貴県、大神にかけてが特に被害が大きい。被害の大きい神社の境内はいやに明るい。